タイガとユリは恋人同士である。
基本的なスタンスはバカップルだが、真面目にキメるときはきちんとキメているし、教師からもOKは出されている。
問題は、サンダースである。
彼はユリに想いを寄せていたし、どうやらそれが初恋だったらしく、日々溜め息をつくだけだ。
「また14位だったわね・・・」
「ロマノフ先生、サンダース君の階級を下げるかもって言ってたよ?」
「僕たちの仲で一番サクサク進んでたからねー。大魔導士って賢者まで後一歩なのに・・」
クラスメイト達がサンダースの事をあーやこーや言っても、サンダースはまだ遠くを見つめるばかりで。
そしてそんなサンダースをどうにかしよう、と言う生徒がいた。「私達が相談に乗らないで、誰がサンダースの悩みを聞くの!?」
「・・・リディア先生辺りが聞くんじゃないですか・・?」
「・・・・そんなのじゃ、いつまでも不幸なままよカイル君・・・」
「お兄ちゃんを元気にしよう〜!」
ご存知ルキア、カイル、マラリヤ、アロエの四人組だ。
後一人でマジアカ戦隊マ○レンジャーになりそうだが、生憎メンバーはまだ四人だ。
それは置いておく。
結局ルキアは普段からガンガンの無駄な母性本能でサンダースを助けようとか思ったりして、それにお人好しのカイル、サンダースを気にしてるマラリヤ、構って貰えずむくれるアロエを巻き添えにした形になった。
色んな意味で迷惑だ。
タイガとユリが仲良く校庭、別称コロシアムを歩いているのを、サンダースはぼうっと眺めている。
―つい先日、遥か外国の戦場へと派遣される事が決まったサンダースは、後悔したくないという一心でユリに告白した。
そして、玉砕―。
(我ながら女々しい・・・己が此ほど軟弱だとは・・・)
サンダースは思わず歯ぎしりをしてしまう。
だが、アカデミーを退学して戦場へと向かえば、帰る場所も他人の温もりもなくなってしまう。
昔の自分ならば、戦場での死こそ軍人の誇りだと断言していたのに。
クラスメイトや教師達といる時間が、長すぎたのかも知れない。
サンダースは、拳を握り締めた。
―早々に辞めよう。
私は、ここに来るべきではなかった―
初めて抱いた恋心も、初めて出来た親友も、全て胸の中で思い出に変えよう、そして――。
(奴らの未来は、私が守る。命を賭してでも・・・・!)
サンダースの背に悲壮な決意が宿る。
爪が掌に食い込んで血が滲んでいる。
サンダースが一人決意を固めているのを見ていたのは、彼のクラスメイトのシャロンだった。
サンダースがユリに惚れている、なんてクラスメイト達は先刻承知の話で、でも彼が必死なのが酷く滑稽に思えて、見ているだけにとどまっていたが。
(最低ですわね・・)
ぼそりと小さく、自虐してみる。
サンダースの必死さは滑稽などころか、羨ましいとさえ思える。
シャロンは、今まで何一つの不自由さえない生活を送っていた。
人の心さえも金で動かせると教えられた。
―そして、それを真実と信じて疑わなかった。
「・・・サンダースさん、貴方にお話があるの」
「・・・」
気が付いたら、彼に声をかけていた。
鬱陶しい、とでも言いたげな目を向けられた。
「貴方、ユリにフラれたのでしょう?」
「笑いたければ笑え。馬鹿にしたければ馬鹿にするがいい」
馬鹿になど、と言いかけて、シャロンは口を閉ざした。
このまま話をしていても埓があかない。
―ならば。
「それより、こんな―教室で言い合いをするのも不毛ですわ。良ければ私の部屋へいらっしゃいな」
そうすれば、何の遠慮もしないで話せる。
誰かに見られるという恐れも最大限なくなる。
「・・良かろう、貴様が何を企んでいるか知らんが付き合おう」
「当然ですわ。では早速行きますわよ」
シャロンの口ぶりに刺激されたサンダースが、シャロンの後ろについて歩き出す。
シャロンの部屋までの道中、二人は全くと言って良いほど喋らない。
「お父様から届いたジュースですわ」
「気を使わなくてもいい。・・・話をするのだろう?」
「そうですわね・・」
グレープジュースだろうか、深い紫の飲み物をグラスに注いだシャロンは、サンダースの隣に座る。
椅子ではなく、ベッドにだが。
「貴方はユリさんの他に誰か好きな相手がいるのですか?」
「おらんよ。いわゆる初恋というやつだった」
「・・・それで諦めますの?」
冷ややかなシャロンの視線に、サンダースは溜め息をついた。
「彼女の幸せを考えればな。私などより奴の方がいいはずだ」
「・・・それは、ただの言い訳ですわ。貴方は負け犬なんですの。逃げることをユリさんの幸せに見せかえただけですわ」
シャロンの言葉に、サンダースは口をつぐむ。
シャロンの言うことも正論だった。
だが・・・。
「―私は近々戦場に赴かねばならん。その際に死ぬ恐れがあるのだ、なれば彼女を手に入れても不幸にするだけだろう」
「・・・許しませんわよ。死ぬなんて、この私が許さないから・・!」
欝とした表情のサンダースを少しみて、シャロンはグラスの液体をちびりちびりと飲む。
喉越しがいい。
シャロンは好き嫌いが多く、それは飲み物にも反映されているが、それを差し引いてもこれは美味しいと思えたらしい。
一杯、二杯と次々にグラスを空ける度、テンションが上がって、体が熱くなってくる――――。
「しにゅらんて、あたしゅがゆるしゃないかりゃ・・」
「・・・ろれつが回ってないぞ。これは、やはりワインか・・・」
グラスの液体を指先に付け、舐めてみたサンダースは、ほんのりと漂うアルコールの匂いと、過去飲んだワインの味から飲み物を当てた。
「君は――ベッドで少し眠るといい。私はこれで失礼するから・・・」
「らめれしゅ!あたしゅをれっろまれはこりなしゃい!(意訳:駄目です!私をベッドまで運びなさい!)」
「・・・何を言っているのか解らんのだが・・」
「うぅー・・・・」
理解しきれない言語を語るシャロンが、退室しようとするサンダースを引き止めて早くも三十分。
サンダースは今更ながらに酒の力の恐ろしさ、シャロンの変貌に驚いた。
一方『酒に溺れたお嬢様』シャロンは、変な唸り声をあげると、肉食獣が獲物を補足した時のような目でサンダースを見て。
――――不意に、飛びかかった。