夏休みの最終日の夜に、ユリとサンダースの距離が9ヤードほど近付いた事件から一週間。
マジックアカデミーのメンバーは遂に最大のイベントである修学旅行を前にしていた。
否が応でも高まる期待。
普段ならば厳しい規則で固められるはずだが、今回はそれもない。
恐らく全権リディアに託されたからだ。
『男の子も女の子も、誰とでも二人一組で行動よ?その二人でホテルの部屋も一緒だからね』とか何とか責任を投げっぱなしジャーマンにして、リディアは笑っていた。
「という訳でペアをきめる。各個自由な相手と組め。ユウに関してはサツキとのコンビは認めぬ方向でな」
リディアから『サンダース君なら仕切れるでしょ?』とだけ書いてあった矢文が届いた為、サンダースは会を仕切っている。
サンダースの声と共に、クラスメイトたちは各々自由にペアを組んでいく。
ヤンヤンとタイガ、セリオスとマラリヤ、シャロンとカイル、クララとユウ、ラスクとアロエ、ルキアとレオン。
そして。
「・・何故貴様だ?」
「余ったんだもん、しょうがないじゃん?」
サンダースとユリ。
どうみても仕組まれた様だが、サンダースは一切文句をつけない。
この辺りサンダースが優しくなったと呼ばれる所以だったりする。
ちなみにユリはサンダースと同室でも別段嫌とは思わないし、寧ろレオンやらタイガより紳士だしいいかなぁとか何とか思ったり。
即座と言って差し支えない早さでコンビが決まった以上、後は各々の組で行動先を決めたりするだけなのだ。
今回の行き先は、常夏の大陸。
海で遊んだり、南国気分を味わえるらしい。
で、サンダースとユリのコンビは屋上で行動を決めたりしていたのだが。
「もうサンダースが決めちゃっていいよ?」
こいつも責任を投げっぱなしジャーマンかよ、とサンダースは頭を抱えてしまう。
いっそ全ての日程の食事・入浴・睡眠以外を、指圧マッサージにしてやろうか、とも思ったが、それはそれで嫌だ。
・・・で。
結局無難過ぎるぐらい無難な行動に決めちゃったサンダースは、ユリにそれを教えて。
日曜日。
服やら日用品を買いに、サンダースとユリは街まで降りた。
幸い二人とも杖で飛ぶ事には慣れていたし、修学旅行の用意に使う金もたんまりとある。
・・・・そう。
そして、やはり問題はここから始まるのだ。
「まずは水着よね〜?」
「・・・海に行った時のでいいではないか?」
「鈍いなぁ?サンダースのだよ?」
衣装ショップの前。
最初に水着を買いたいとか吐かしたユリを、少しも疑わなかった自分をサンダースは恨んでみる。
無論んなことをしても状況は変わらないのだが。
「私はいらん。見ているだけでいいからな」
「えぇ〜、一緒に泳ごうよう?」
「君が恋人などであれば魅力的な誘いだがな。生憎私は海が苦手なのだ」
双方全く譲らぬ舌戦。
はっきり言えば、ユリはサンダースが嫌いではないのだ。
寧ろ好きとも言える。
無器用ながら優しいし、特に夏休み最終日の勉強の際、彼と同じ布団で寝た時に感じたサンダースの温もり、大きさがユリの心を揺さぶっている。
ただ彼女自身が友情と恋愛感情の間が理解しきれていないだけだ。
「ほら、ペアなんだしさ。ペアルックとか、色々お揃いにしたいじゃない?」
「そうか。私はそうは思わないが」
――結局。
ユリの押しを受け流し切れなかったサンダースは、派手ではないものを、と言う条件をつける事で水着購入を認めたのだが。
「・・・・・」
試着室から水着に着替えて出てきたサンダースを見て、ユリは息を飲む。
躯中に刻まれた傷痕、無駄のない躯――。
格闘技をするには、この上なく理想的な体。
「・・・すご・・」
「もういいか。流石に素肌を人前に晒し続けるのは・・・気が退ける」
「あ、そだね。・・・はぁぁ・・」
ユリは無駄のない躯を作る事がいかに苦しく難しいか、良く知っている。
だからこそ・・・。
「何を呆けている。貴様は選ばんのか」
「・・・・」
「・・む?」
少しばかり考え込むユリを見て、サンダースは――額に手を当ててみる。
熱はない。
「おい。貴様、何を呆けて・・・」
「ひゃああっ!?サンダース!!?」
度を越えた驚愕の声。
ユリは恐いもの知らずだが、今回は別の意味で心臓がとびだしそうになった。
(サンダースの顔が・・あんな近くに・・)
ばくばくと高鳴る心音。
今の一瞬で、ユリは間違いなく自分がサンダースに惹かれている、そう自覚出来た。
「大丈夫か?熱があるようだが」
「あ―うん、だいじょぶだいじょぶ。結局それにするんだ、水着」
「あぁ、似合っていると言われた故な。流石に褒められたものを買わぬ訳にはいかん。ほら、掴まるがいい」
床にへたりこむユリに差し出された、サンダースの武骨な腕。
ユリがそれを掴むと、一気に引っ張りあげられ。
勢いのあまり、サンダースに抱きつく様な形になってしまう。
「―――――!!」
「ふむ、軽いな。無駄な肉がないようだ」
「ちょ、サンダース?」
サンダースに抱き締められる形に相なり、ユリは頬を紅く染める。
顔が熱い。
夏の熱さなど話にもならない熱が、ユリの全身に宿る。
「ふむ。酷く顔が赤いぞ。やはり今は寮に帰って養生せねばならんのではないか?」
ここに来てまだ鈍いサンダースが、今は恨めしく思える。
ユリは、幾らか考えて、
「・・私、スクール水着しかないんだもん・・」
失敗した。
間違いなく失敗した。
そういう趣味があるヤツならば泣いて喜ぶだろうが、相手はこのサンダースなのだ。
呆れられるに違いない。
「構わんではないか。似合っておったぞ?」
「へ?」
ユリが顔を上げて、サンダースの顔をみる。
変わらぬ仏頂面。
しかし、彼は数度授業で見せただけのスクール水着姿を覚えていてくれた。
「君は無駄に飾るより、シンプルな方が映えると思うのだが?」
「・・・馬鹿」
胸の鼓動が激しさを増した。
―この想い、もう疑うべくもない。
ユリとサンダースが二人、まだ日も高い街を歩く。
サンダースが先に、少し後ろにユリ。
見方次第でデートに見えなくもない構図だ。
(あぅ・・マトモにサンダースの顔が見られないよぅ・・・)
「ユリ」
「・・・うん?」
ユリが照れていると、サンダースが喫茶店の前で立ち止まっていた。
その手にはサンダースの水着と、一応買っておいたユリのビキニが入っている袋。
「少し腹が減ったし、喫茶店に寄らんか?」
「(まんまデートじゃん・・)うん、いーよ。私もお腹減ったしね」
ユリの答えに、そうか、と満足気にうなづいたサンダースは、近くの洒落たオープンカフェに向かって歩き出し。
ユリは慌ててそれを追っていく。
どうやらユリの焦燥は、まだまだ続きそうだ。