夏休みが始まり。  
一部(と書いて大多数と読む)の生徒達は成績不振による補習授業を終え。  
またそれを除く生徒は無事に課題をやり終え、各々が夏休みを満喫していた・・・・。  
 
 
のだが。  
補習を受けるような生徒が夏休みの課題を一人で片付けるなど出来るはずもない。  
多分に漏れず最終日に大半を仕上げなくては、という状況に追い込まれてさえいた。  
 
 
「・・という訳で、夏休みの課題を写させて欲しいのよ」  
「帰れ。自業自得だ。大体海に五回行く余裕があるのだろうが?」  
「あぅ」  
 
少女ユリは、クラスメイトのサンダースに言いくるめられていた。  
ただサンダースの言葉は一々正論な為、ユリも言い返す事は出来ない。  
因みにサンダースは海に行くことを酷く嫌がり、自室で軍記物やら随筆を読んでいたり、戦艦の模型を作ったりしていた。  
 
ある意味、引きこもりに近いかもしれない。  
 
 
サンダースが引きこもりかどうかはまぁいい。  
問題はユリの夏休みの課題なのだ。  
今こうしてサンダースに頼み込んでいる時点で昼、丁度昼食の席だ。  
という事は後半日も時間がないという事になる。  
徹夜さえすれば時間は格段に延びるが、それでも一人で課題を片付けるには至らない。  
今回はカイルやらクララも遊びに夢中だった為、実質終わっているのはサンダース一人という事になる。  
 
 
「本ッッッ当にお願い!サンダースの課題見せて!?」  
「・・知るか。半日、いや徹夜さえすれば終るだろうが。休む暇などない。今ここで無駄な問答をするのならば、早々に片付ければいいだろう」  
「・・・意地悪!」  
 
あくまで冷えきった答えのサンダースに、ユリは遂に諦めたのか。  
大っ嫌い!と吐き捨てるように言い、自室へと走って行った。  
 
 
「大嫌いか。望む所だ。・・私には、優しさ等必要ないのだからな」  
 
小さくそう呟いたサンダースは、箸で笊蕎麦を摘んで蕎麦汁に運ぶ。  
氷が溶けた蕎麦汁は酷く冷たく、少し薄味だった。  
 
 
夕食の席で、サンダースは言われのない誹謗を受けた。  
その出処は恐らくユリだろう、人でなしやら何やら散々に言われた。  
だがサンダースはそれにさえ全く動じない。  
マロンやリディア達教師が気を使ってくれたが、大丈夫とだけ答えて自室へと足早に戻った。  
 
 
蚊取り線香に火を着け、扇風機のスイッチを入れて、氷を入れたコップに缶のカフェ・オレを注ぎ。  
 
栞を挟んで置いた本を手に取る。  
ごろりとベッドに寝そべり、気ままに本を読む事のなんと楽しいことか。  
 
本の中では恋愛は美しく、優しく、文字通り美化されている。  
だが、サンダースは現実での恋愛の痛みを、悲しみを、辛さを、身を持って知っている。  
 
 
だからこそ、本の世界に溺れた。  
 
サンダースが丁度本を読み終え、氷で薄くなったカフェ・オレを飲み干した時分にノックの音が響いた。  
 
時間は既に深夜一時過ぎ、この時間に起きている等普通は有り得ないし、他人の部屋へ訪れるなど非常識にも限りがある。  
 
もう一度控え目なノックがあって、仕方なくサンダースがロックを解くと、そこにはユリがいた。  
パジャマとタオルを抱え、まだ昼間の私服姿のままのユリが。  
 
「・・何の用事だ。こんな時間に他人の部屋、ましてや男の部屋を訪れるなどと、非常識だと思わないのか?」  
「うん、ゴメン。だけど明かりが着いてたから、起きてるのかなって」  
「ふん。で、貴様は何をしている?課題は仕上げたのか?」  
「うぅん、まだ。今からお風呂に入って。で、続きをやるつもり」  
 
苦笑混じりの笑顔を見せるユリに、サンダースは呆れの溜め息をつく。  
 
「・・・仕方あるまい」  
 
サンダースの顔が、呆れから苦笑へと変わる。  
 
「この時間ならば他に起きているヤツもいまい。風呂を終えたら今一度ここに来い。課題の写しぐらいやらせてやろう」  
「え・・・・?」  
 
サンダースとしては最大限気を使ったつもりだったが、今度はユリが呆然とする番だった。  
 
「そもそも昼間に貴様に見せれば、他の奴らに不公平だとか言われるだろう。だが今なら、偶然を言い訳に出来るからな」  
「そ・・だったの?」  
 
嘘である。  
ただの言い訳だ。  
 
「ほら、さっさとしろ。余り遅いと私が眠くなるではないか・・」  
「じゃ、勉強道具取って来るね!」  
 
パジャマやらを放り出して駆けていくユリ。  
甘い女の匂いと汗の匂い、そして茫然とするサンダースだけがそこに残された。  
 
 
カリカリと鉛筆がノートを走る音だけが、静かな部屋に聞こえる。  
サンダースはベッドに寝転び、ユリが必死こいて写しているのを見ている。  
一度ユリのノートを見て、言語なのか象形文字なのかミステリーサークルなのか解らないようなものの羅列があったことに、サンダースはショックを受けたものだ。  
 
「ねぇサンダース、今何時!?」  
「午前五時二十三分」  
「うっそ!?超ビックリ!」  
「嘘だ。午前二時になった所だ」  
「・・・なら、まだ余裕あるよね・・」  
 
サンダースのイジメにも負けず、ユリは鉛筆を走らせる。  
余程テンパっているのか、それとも集中してんのかのどちらか。  
だが答えは何れでもなくて。  
 
 
「サンダースさぁ?」  
 
ユリが持参のゴッキーを摘みながら口を開く。  
サンダースは眠たいらしく、首をユリの方に向けるだけだ。  
 
「サンダースってさ、何で皆と仲良くしないの?突っ張ってるって息苦しくない?」  
 
やたら固い菓子らしく、ユリがゴッキーを噛む度にゴキゴキと嫌な音がする。  
 
「あぁ〜・・・?」  
「ほら、アロエちゃんなんかサンダースに甘えたがってるよ?」  
「甘えて・・・?」  
「サンダースは何時も一人だから心配もしてるみたいだし」  
 
サンダースの眼はとろーんとし、瞼が重くなりつつある。  
普段の凛とした、と言うべきサンダースとは違い、ユリには身近に感じられたりする。  
無論鉛筆は動かしているが。  
 
「サンダース、眠いの・・・?」  
「あ〜・・・もう寝る」  
「え?ちょ、サンダース!?」  
 
ユリは慌ててサンダースに近寄るが、布団を被って安眠モードに入ってしまったらしく、ユリは諦めて宿題を写す作業に専念し始める。  
 
 
まだまだ先は、長い。  
 
 
午前六時。  
漸く全ての宿題を写し終えたユリは、大きなあくびを一つ。  
 
「ん〜っっっ!やっと終わったぁ〜・・!」  
 
自力で達成した訳ではないが、これだけ必死になるのも久し振りだ。  
恩人はベッドで穏やかな眠りについている。  
 
せめてシャワーを浴びたかったが、サンダースの穏やかな寝顔を見て睡眠欲がそれに勝ったのか。  
 
「ごめんねー?私も寝させてねー?」  
 
無論返事はない。  
ユリはパジャマにその場で着替えると、サンダースの隣に寝転んで、そのまま寝息を立て始めた。  
 
 
 
そして、きっかり一時間後。  
徹夜しても間に合わなかったルキアがサンダースに助けを乞いに彼の部屋を訪れ、散らかったユリの制服&下着と、一緒に眠る二人を見て、大騒ぎになるのは。  
 
無論の話だった。  
 

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