最終戦はマロン先生の意向により、ノンジャンルの12問勝負となった。
全てのジャンルから、形式すらバラバラに出題される混乱っぷりは間違いなく脳に厳しく、
慣れる事を許さない。落とし穴も多く、これで間違えない方がおかしいくらいの難易度だった。
(……絶対、問題を難しくして早く終わらせたがってるわね、マロン先生……)
正解を続けるごとに眉を寄せるマロン先生の表情を見ると、アメリア先生の予想は大方間違っていない。
そんな計略をよそに、二人ともハイペースで正解を叩き出し、決勝戦を盛り上げる。
「……戦い自体は、是非とも記録に残しておきたいんだけどね……」
悩むアメリア先生の後ろに、大きな影がさした。
「ふむ、何か問題でも?アメリア先生」
「ひうっ……が、ガルーダ先生!?」
アメリア先生の魔法障壁は、当然術者よりレベルの高いものには効果が無い。
いつの間にか寄ってきたガルーダ先生が、嬉しそうな顔で勝負を見物していた。
「ガルーダ先生……どうしてここに?」
「名勝負の匂いがしてな……来てみたら面白そうな事をやってるではないか」
「あ、あのっ、ガルーダ先生……お願い!この勝負、他の生徒には言わないでっ……」
「む?……まぁ、何か事情でもあるようだな……承知した。それにしても、上級魔術師のレベルで
ミックスアップを見られるとは……あいつら、やるじゃないか」
「ミックス……アップ?」
あまり聞いた事の無い単語に、アメリア先生がオウム返しに尋ねる。
「試合の中でレベルアップしていく現象だ。普通、知力は毎日の勉強を積み重ねる事で上がっていく。
……しかし、稀に勝負の中で度胸や運を身につけて強くなっていく奴がいるんだ。
極端なまでの緊張感と集中力を二人同時に持っていて、なおかつ相性が良くてはじめて起きるもんだ。
俺も見た事は片手で数える程しかない。よく見ておいた方がいい」
「へぇ……」
「シャロンもずいぶんと真剣なようだな……ああまで脱ぐほどに大量の汗を流して」
「えーっと……そういう訳では……あ、いえ…いいですそれで」
ここで突っ込むと、また話が逸れてしまうのであえて黙っておく。
ただ、言われてみれば二人とも、決勝戦が始まる前とは明らかに雰囲気が違う。
人間の形そのものを表す【顔立ち】自体は変わらずだが、
人間の心の有り様を示す【顔つき】が引き締まり、
レオンは頼れるリーダーとして王者の如き風格を身に纏い……
シャロンは血生臭い戦場にありながら輝き続ける戦乙女の如き美しさを醸し出す。
もはや、大魔道師以下にはとても見えない決勝戦に、見ているもの一同は
呼吸する音すら立てられないほどの緊張を強いられていた。
「わずかだが、レオンが押してるか?……それでも0.3ポイントくらいだな。
たった一つの不正解で状況はひっくり返る……凄い闘いだ」
「そうですね……いえ、たとえ正解でもワンテンポの遅れで逆転します。
わたしは教員になってから日が浅いですが、こんな試合、何度見られる事か……」
「お兄ちゃんたち、すごぉい……降参して正解だったかも……」
凄まじいまでの正解率で二人は一歩も引かずに突き進む。
残す問題もあと1問となり、周囲にもう一段、緊張が重なった。
最後に残った問題は画像4択クイズ。
図に示す像は、どの美術館に収蔵されているでしょう?というものだった。
画像を詳しく見るまでも無くそれは有名なもので、一般的に言う【ミロのヴィーナス】と
呼ばれるものであった。当然、その答えも有名なもので、問題の難易度は低かった。
しかし、重要なのはその問題が、どのタイミングで出たかという事であり。
レオンにとっては問題の難易度より、彫像とはいえ女体を見たという事実こそが、
この瞬間における最高のアクシデントであった。
文字情報より、画像の方が直接的にイメージに響くため、
今まで集中力で押さえ込んでいた劣情が強烈に蘇る。
女性の平均よりは大幅に薄いシャロンの胸。しかしながら肌は染み一つ無く綺麗であり、
瑞々しくも十分に成人女性としての色気を見せる乳首までもがレオンの瞼に焼き付いていた。
こうなると、脳の構造というものは厄介で、次々に関連する記憶を引っ張ってくる。
シャロンの下着に、大事なところを覆うふくらみ。そして、汗にまみれて薄く透けている黄金の茂み。
ほんの一瞬だが、レオンの時間が止まった。
それは普段なら何てことない時間だが、真剣勝負には決定的な時間であった。
「……くっ!?」
何とか正解のパネルを叩くものの、明らかにシャロンより一歩遅れた。
終わってみれば、両者全問正解のパーフェクトフィニッシュ。
いつもならトップは手堅い万全の結果であった。……しかしこれは対戦形式の決勝戦で、
どんなに優れた点を取っても、その上を行くものがいれば勝利の女神はそちらに傾く。
「むぅ……これは俺でも分からんな。最後の最後で逆転か?」
「……結果が楽しみですね。95点クラスは行ったでしょうけど……
マロン先生の採点を待ちましょうか」
「はいはーい、お待たせっ♪採点結果を発表しちゃうよー!!」
時間が押しているためか、さすがに彼女の採点は早かった。
普通なら、発表の際は生徒達に緊張感を持たせるためにある程度の間を置くのだが……
魔法少女アニメを楽しみにするこの先生を前に、そんな決まりは無視しても構わないほど、
些細なものであった。
『結果は……レオン君95.05点、シャロンちゃん95.08点!よって、シャロンちゃんの優勝ー』
高らかなファンファーレと共に、学園で用意された紙ふぶきが表彰台の上に舞う。
今回は特別ルールでの勝利のため、スペシャルメダルおよび前年度仕様の、
真紅の優勝旗がシャロンに手渡された。
「おめでとー♪じゃ、アメリア先生、後はヨロシクー!!やっほーい間に合ったー♪」
「ちょ……ちょっと、マロン先生!?表彰と経験値の割り振りが!!」
「任せるからてきとーに計算して。後で理事会からハンコもら……」
最後まで言い切る前に、テレポートの魔法が発動してマロン先生が消えた。
おそらく、寮内の自分の研究室にある大型魔法ハイビジョンスクリーンの前へ行ったのであろう。
「ああもうっ!しょうがないわね……まず、シャロンちゃんに優勝旗を……うわ!?」
下着一枚で佇むシャロンを見て、アメリア先生は大事な事を思い出した。
(マロン先生……せめて魔法解除してから帰ってよ!?)
改めて状況を見ると、シャロン、アロエ共にショーツ一枚のあられもない格好で、
シャロンにいたっては大量の汗で下着が透け、白い布の向こうに金色の茂みがうっすらと見えている。
とりあえず、真紅の優勝旗をシャロンに贈呈し、その布地で身体を隠してもらった。
「おめでとう……あと、ごめんなさいね……本人でないと、魔法解除は出来ないから……
後でテレポートで自室まで送るわ。見えなくて大変だけど、自力で着替えてね」
「わかりました……ですが先生、その前に少し、よろしいかしら?」
シャロンは、そのままアメリア先生に背を向け歩き出す。
そして、力の全てを出し切ったレオンが仰向けに倒れている場所へと歩み寄り、手を差し伸べた。
「……本来、対戦相手に言葉をかけるべきでない事は承知しておりますが……
レオン、ありがとう……あなたが檄を飛ばしてくれなければ、恥ずかしさに心が折れていたわ。
そして、あなたが相手でなければ、わたしもここまでは来れなかった……」
本来、シャロンは誰とでも仲良くするタイプではないが……この時ばかりは状況が違った。
力のあるものを認め、素直に健闘を称え感謝するその心に嘘偽りは無く、
普段の尖ったイメージからは考えられないほどに、爽やかな笑顔でレオンに微笑みかけた。
「お、おう……っ!?」
レオンが差し出されたシャロンの手を取って起き上がるが、彼も忘れていた事が一つ。
決勝戦が終わり、集中力が切れてしまえば彼も普通の健康的な男子生徒であり……
優勝旗で隠してはいるものの、赤い布の隙間から見える肩口からスラリと覗く太腿に、
思わず股間が反応してしまう。
さらに、彼の方が低い位置にいるため、ローアングルでシャロンの下着が見えてしまった。
「早くお立ちなさいな……貴方がシルバーメダルを受け取らない事には、進みませんわよ」
「わ、分かってるから……頼む、ちょっと離れてくれ……本当にやばそう……」
緊張感が消えても戦いの感覚はまだ残っているらしく、視覚も嗅覚も鋭いままだ。
このままではシャロンの裸ばかりか、彼女の【女の子】としての匂いに、
さらに下半身が反応して、終始前かがみでいることになりそうだ。
「はっはっはっ……若さだな。実に素晴らしい試合だった」
「ガルーダ先生。お願いですから少し会場の整理を手伝ってくれませんか?
メインの担当が二人とも外れちゃってこっちも大変なんですからっ!!」
会場の収拾にメダルの授与。正解と得点の記録から、理事会への報告、承認……
そして最後に生徒へのケア。
アメリア先生は半分泣きながらそれらの雑務を全てこなしつつ、結界を維持し、
何とかこの決勝戦のスケジュールを全て終わらせた。
今日が週末であることが幸いしたらしく、このあと彼女は寮に帰った後、
丸一日、泥のように寝込む事になったらしい。
アカデミーの歴史に残る、変則ルールの脱衣決戦は、こうして幕を閉じた。