しんしんと雪が降る。
大多数の生徒たちは実家に帰省しており、アカデミーに残る生徒はサンダースのみになっていた。
クリスマスイブ。
神が生まれた日の前日だとて、神を信じないサンダースには無用、無関係のイベントだ。
今のサンダースに必要なものは、
「・・芯が切れたか。街に買いに出るか」
とりあえずシャープペンシルの芯だった。
街に出たサンダースを待っていたのは、そこかしこに氾濫するクリスマスイルミネーションの数々。
街にはカップルや家族連れが溢れ、サンダースは息苦しさを感じた。
「早いうちに買って帰るか・・・」
近くのコンビニエンスに足を運び、シャープペンシルの芯とペットボトルのコーヒーを数本、昼飯のパンと惣菜を購入。
何らかのフェアらしく、一度だけくじを引かされて。
そして、サンダースは小さく溜め息をついた。
「あら、サンダース君じゃない?」
アカデミーに戻ったサンダースに、美人エルフ教師のリディアが声をかけてきた。
「サンダース君は戻らないって聞いてたけど、どうしたの?溜め息なんてついて?」
無邪気な笑顔のまま、リディアがサンダースに近付く。
サンダースは大きな溜め息を一つして。
「コンビニエンスに買い物に出掛けた。・・今宵、浮遊大陸グランドホテルにて行われるディナーの招待券が当たった」
ペア一組二名様、しかも丁寧にホテルの部屋まで取ってあるらしい。
独り身のサンダースには無用の長物だった。
「すごいじゃない!?」
「独り身の私にはただの紙屑だ」
どうせなら商品券辺りの方が凡庸性はあった。
だがリディアはサンダースが愚痴るのを制し、ニコリと笑った。
「だったら、ね?私と二人で行かない?アカデミーに二人きりで残ってるんだもの、サンダース君といっぱいお話もしたいし・・・ね?」
取り敢えず、サンダースの予定は埋まった様だった。
サンダースとリディアは目一杯に着飾り、そのディナーに出向いた。
サンダースは礼服、リディアはドレス、共に着替えを用意しておいた。
だが。
「正直、あんまり美味いものでもなかったな」
「本当ね。アカデミーの学食のうどんやおそばの方が美味しいわ」
ベッドに体を投げ出したサンダースとリディアは、つい先程食べた料理について愚痴っていた。
「つまらぬ事に付き合わせたな。すまない」
「構わないわ。クリスマスに独りで過ごさないで済んだだけ儲け物よ」
「助かる」
リディアはワインを数杯飲んだだけで酔ったらしく、部屋に連れてくるのもサンダースがお姫様だっこをしてだった。
リディアのドレスは胸元が大きく開いており、豊かな乳房を持つリディアだからこそ着こなせた品だと思われる。
白い肌がアルコールを飲んだ事でうっすらと赤みを増し、桜色の肌が余計に色っぽい。
リディアがベッドに体を寝かせているのを見計らって、サンダースは浴槽に湯を張り、風呂に入った。
「くぅっ、いい湯だ」
熱目の湯が体の疲れを溶かしていく。
温泉ではないが、熱い湯が全身に染み渡る感覚が何とも心地良い。
幾らか湯を楽しんだ後、サンダースは体を洗おうと湯船を出て。
「サンダース君、私もお風呂に入るわね♪」
声かけから一瞬の後、風呂場のドアが開き、全裸のリディアが躊躇いもなく乱入してくる。
これに驚いたのはサンダースで、彼にしては珍しく慌てる。
「リ、リディア教官!」
「教官じゃないわよ。外でぐらいリディアさんって呼びなさい。呼び捨てでも構わないわ」
「そうではなく!」
リディアが一歩進む度、形が綺麗でかつ豊かな胸がたゆんたゆんと揺れる。
サンダースの視線は否が応でもそちらを向き。
「恋人付き合いでも夫婦でもない男女が!互いに全裸を晒すなど、風紀的、いえ倫理的に問題があります!」
「じゃあ恋人付き合い、する?」
「・・・は?」
リディアが笑み、サンダースに体を委ねる。
サンダースはそれを抱き支えるが、途端にリディアの柔らかな体が全身に触れてしまう。
「サンダース君は、確かに真面目で成績もいいわ。でも、全部独りで抱えこんで、独りで悩んで。ダメよ、そんなの」
「・・私は、賢者になるためにアカデミーに通っているのです。他人と馴れ合うためではない」
「助けあうのは馴れ合いではないわ」
リディアがサンダースの頭を、まるで幼子にするように撫でる。
幾分かのくすぐったさ、そして大半の気恥ずかしさから、サンダースは顔を赤くしてそっぽを向く。
「この傷も、アカデミーでの今のクラスも、全部サンダース君が頑張った証なんだから」
リディアはサンダースの躯の傷を、そっと撫でてやる。
同年代の生徒と比べても、明らかに筋肉質で無駄がない。
恐らくは、だが、サンダースは愛を知る経験がないはずだ、とリディアは予想していた。
リディアはそっとサンダースの頬に両手を当て、そっぽを向くサンダースに優しくキスをする。
サンダースは予想していないリディアのキスに驚き目を見開いたが、やがてリディアに身を委ね、唇の甘く柔らかな感触を感じていた。
幾らかの時が過ぎ、リディアの唇が名残惜しげにサンダースの唇から離れていく。
リディアの可愛らしい笑顔が、今はとろけそうな程に淫らなそれに見えて、サンダースは息を飲む。
「教師と生徒と、二人で一夜を過ごす。周りの目は厳しいでしょうね」
「な、ならばここいらで止めておいては?」
「だァめ。私がサンダース君の側にいて、私がサンダース君を愛して、守ってあげるって決めたから。もうだめよ」
サンダースに豊かな胸を押し付け、再度のキスをする。
風呂場ではキスに止まったが、二人の中の何かが弾けて。
その夜、リディアは処女を散らし、そしてサンダースも初めてを捧げた。
翌朝。
少し早い時間に目を覚ましたサンダースは、自分の隣で眠る女教師に布団をかけなおしてやり、窓の外の風景を眺めてみた。
昨日の雪は積もらなかったらしいが、身を切るような冷気はまだまだ残っている。
不意にサンダース君、と呼ばれ、サンダースはとっさに振り返る。
どうやらまだ夢の中にいるらしい女教師が、寝言で呟いただけらしい。
だが、それだけで顔がにやけてしまう。
(たった一夜だ。それだけで私は狂った。壊れたのかもしれんな)
今なら、この女教師を好きだと言ってもいい。
互いにはっきりと告白はしていないが、初めて自分を愛してくれた、愛を教えてくれた女教師。
(好きだと言わぬまま抱いてしまったが)
「むにゃ・・サン・・・ダース・・くぅん♪」
また寝言。
こんなに自分を呼んでいるのだ、側にいてやろう、と、サンダースが勝手に決め、再度布団にはいってみる。
サンダースは一度だけリディアの額にキスをし、彼女を抱き締めたまま今一度の眠りについた。
外では、今一度雪が世界を白く染めようと降りだしたようだった。