新しい一年。
元旦。
つい数分前に、年が明けていた。
気付かない内に、明けてしまっていた。
年越しに興味が無かったわけじゃない。
どちらかというと、仲間とワイワイ騒いで新年を迎えたかった方なのだが。
…まぁ…仕方ないか。仕事だし。
―――大晦日から元旦にかけての、アカデミー校舎の見回り。
通常、アカデミーの教員が持ち回りで毎晩行う仕事だが、
今晩だけは、「バイト」という名目で、俺が就いていた。
…ピピピ、とメールの着信音。
幼女先生からのものだ。
『レオン君、あけおめー!見回り代わってくれてありがとね!お年玉、期待していいよーっ!』
…確か、前回に見回り代わったときは、吉野家の豚丼並盛だった。
労力に対して、見返り少ねっす先生。
あらかた校舎は見て回った。
後、見ていないのは何処だったか…
…遠くで、元旦を祝う花火の、光と音。
アカデミーの廊下を、一瞬だけ照らす…遠い光。
思わず、窓から夜空を見上げる。
―――華やかな打ち上げ花火を背景に、
暗く聳える、高い尖塔。
ああ…
そういえば、あんな場所もあったっけ。
普段は誰も気に留めないような、
アカデミーの片隅にポツンと建つ、古い古い、物見の塔。
所々の石は崩れ、ツタが絡み、屋根の一部は剥げ落ちている。
もう、誰も寄り付かない、寂れた過去の遺物。
そこまで行くのも面倒だが…あの塔を見れば、今回の見回りは終了だ。
よし、もうひと踏ん張り。行くか。
冷える身体に喝を入れ、塔へと向かう。
遥か遠くに聞こえる、人々の歓声と、花火の音。
―――新年に乗り遅れた俺に、その音は少々…大きすぎる。
雑草の生い茂る塔の周辺をぐるりと回ってから、塔の入り口へ。
それなりにしっかりした造りのようで、崩れる心配は無さそうだ。
塔に入ってすぐ螺旋階段があり、遥か上まで伸びていた。
ため息を一つ吐いてから、
長い階段を、ぐるぐると昇る。
おとぎ話等では、こういう塔の最上階には、囚われのお姫様なんかが居たりする。
で、王子様が助けに来てくれるのを待っている、と。
…夢のある話だが、
大抵の史実では、敵に捕らわれた姫は敵国の王の子を孕むか、誰も助けに来ないまま老いて朽ちるのみ。
現実は甘くない。
甘くないからこそ、夢を見てしまうのだろう。
―――幸せな結末を迎える、姫君の夢を。
螺旋階段を昇りきると、そこには何人も阻むかのような、分厚く大きな鉄の扉。
ご丁寧に、錠前まで付いている。
本格的だ。
本当に、お姫様を幽閉する目的で建てられたんじゃないのか、この塔。
そう思ってしまうほどに、その扉は、立派で頑丈だった。
幸い、鍵そのものは掛かっていない。
扉と比較して、極端に小さいドアノブに手を掛ける。
…この先の部屋に何も無く、無事に見回りを終えられますように。
…幽閉された不幸なお姫様が、助けを求めていたりする事なんか、ありませんように。
心の中で、そっと祈りつつ。
扉を、開けた。
広い部屋。
石造りの床と壁。
扉の真正面に、大きな繰り抜き窓が一つ。校舎の全景と、遠くの花火を望める。
何も無い部屋。
寂れた部屋を照らす、遠くの花火。
寂しい部屋を僅かに彩る、遥か彼方の祭の光。
―――何も無いというのは、語弊があった。
窓の下に、簡易ベッドが一つ。
そこかしこに転がる、ビール等の空き缶。
そして、
窓枠に腰掛け、彼方の花火を眺める…
囚われの、姫君。
「…何してるんすか、ミランダ先生」
しばしその光景に見入った後、声を掛けた。
ゆっくりと、こちらを振り返るミランダ先生。
長い金の髪が、遠い花火の光を受けて、淡く煌めく。
穏やかな顔。
でも、どこか…憂いを忍ばせた、顔。
いつもの先生じゃない。
明るく賑やかな顔、
生徒を安心させる、弾けた笑顔が…無い。
―――いや、そもそも…
お祭り好きのこの人が、
元日の祭りに行かず、こんな寂れた塔に、一人。
どうしたのだろう。
何をしているのだろう。
「なーんだ、レオン君か……。ちょっと期待したのに…」
振り返り、しばしぼんやりと俺を眺めていた先生は、
何ともつまらなさそうに、そう言った。
「…すいませんね、俺で」
自然、不機嫌な顔と口調になってしまう。
この辺、まだまだガキなのだろう…俺は。
先生は、そんな俺の様子を見て、柔らかく笑う。
……普段、生徒達に見せている顔では、無い。
それは……まるで、
離れ離れになった恋人が、互いに相手を想う時のような……
遥か遠い世界へと向けた、
優しく、寂しく、物悲しい、笑顔。
「誰か…待ってるんすか」
俺の問いかけに、先生は答えない。
無言で、俺を、穏やかに見つめる。
「っつっても、こんな寂れたへんぴな塔、わざわざ来るような物好きは居ないでしょうけど」
「ふふ……そうね、物好き君」
いたずらっぽく俺に言って、笑う先生。
足元のビール缶が、からんと音を立てて転がる。
結構な量を飲んでいるようだ。
頬が薄っすら上気している。
「レオン君は、どうしてここに?」
「バイトです。校舎の見回り」
「実家には帰らないの?」
「……先生も知ってるでしょう、うちの事情」
賢者だった親父は、俺が幼い時に家を出て、それっきり。
俺は、親父の背中を追い掛け、
親父の首根っこ引っ掴んで持ち帰るまで、実家には帰らない。
いつか、家族全員で、一つ屋根の下に暮らせる事を夢見て。
穏やかに、俺を見る先生。
その目が、表情が、不意に曇る。
笑顔の代わりに覗くのは、憂い。
「―――貴方は、強いわね」
そう、ぽつりと漏らした。
「私には、真似できない。私は、探しに行く事なんて、できない。
私は、私は、ただ、ひたすらに、待つ事しかできない―――」
石畳の床に視線を落とし、夢にうなされる幼子の様に、言葉を並べる。
「……私ね、人を待っているの」
ほんの少しだけ自嘲を混ぜて、
先生は、静かに言う。
「私の夫。私を置いて…この塔から飛び立っていった、私の夫を」
―――以前、聞いた事がある。
まだ若いうちに結婚した、ミランダ先生。
相手は、先生と同じく、かなりの実力を持った魔術師。
大恋愛の末の、皆に祝福された、幸せな結婚。
…だが、その結婚生活は、長く続かなかった。
籍を入れて、結婚式を間近に控えた日。
夫に、召集が掛かる。
遠方の国で起きた、事故の調査。
「私達の結婚式ね、この塔で行う予定だったの」
遥か彼方の花火を見つめ、遠い日を語る、先生。
「丁度、この塔の下見に来ている時に、召集令状が届いて。
―――あの人は、そのまま、この塔から飛び立った。
…年明けには戻る、―――そう言って」
何も無い塔。
寂れて放置された、塔。
それが、
この二人が別たれてから、どの位の月日が経っているかを、物語る。
「あの人は、帰って来なかった」
小さな花火が一つ上がり、先生を淡く照らす。
長い髪に阻まれて、表情は見えない。
「必ず帰るから、待てと。年明けには必ず帰るから、それまで待っていてくれと、あの人は言ったわ。
だから―――」
だから、待つ。
夫が戻ってくると言った、この塔で。
毎年、年明けには、必ずここに来て。
夫が戻ってきた時の為の、パーティーの準備をして。
真っ白なウェディングドレスを、整えて。
元日の祭りを、この塔から眺めて。
祭りの花火の、その儚い光を、目に焼き付けて…
一人、
乾杯をする。
新しい時間と、
新しい世界と、
戻らない夫と、
寂れ行く…自分の為に。
「あの人に何があったのか、わからない」
少し大きな花火が、先生と、部屋と、俺を照らす。
遅れてくる、花火の音。
「出向いた先で、事故に巻き込まれたのか」
花火の残滓を見つめたまま呟く、先生。
「流行り病に冒されたのか」
「…先生」
膝の上に乗せている手が、強く、握られていて。
「失態を犯して、拘束されたのか」
「先生……もう、いいっすから…」
先生の肩が、小刻みに震えていて。
「それとも、ひょっとして、ひょっとして…」
「先生、それ以上は―――」
全ての苦しみを吐き出すように、大きな声で。
「もう、もう…、向こうの国で、誰か、違う、女の人と―――」
「先生っ!!!」
一際、大きな花火が上がる。
光が、部屋を、明るく照らす。
窓辺に腰掛ける、先生。
その先生の身体を、
強く、強く、抱きしめた。
…光に照らされた先生の頬は、涙に濡れていて。
その身体は、震えたままで。
俺は、抱きしめることしか、出来なくて。
「………怖いの…」
震える声で、ぽつりと漏らす。
「探しに行くのが、会いに行くのが、怖いの…
あの人の、今を知るのが、怖い…
とても……とても……
だから、私は、ここで、待つしかない……
待つ事しか…できない……」
―――おとぎ話の姫君は……
高い、高い、塔の上、
切ない涙に震えながら、
遠い、遠い、王子を望む―――
「……嬉しかった…」
俺の腕の中、静かに言う、先生。
「…あの人が居なくなってから、初めて、扉が開いたの」
遠い花火の音にかき消されそうな、そんな、か細い声。
「初めて、階段に足音がして、
初めて、扉が開いて…。
―――夢を、見ることが出来た。
あの人が、戻ってきたんじゃないかって。
あの人が、扉を開けて、
私を、迎えに来てくれたんじゃないかって。
幸せな夢を、一瞬でも、見ることが出来た。
―――嬉しかった…」
そう言って、
姫君の扉を開けた、俺の腕の中で…
先生は、泣いた。
―――現実は、甘くない。
―――甘くないからこそ、夢を見てしまうのだろう。
―――幸せな結末を迎える……姫君の夢を。
次々に光る、花火。
先生と俺を、様々な色に、染めてゆく。
遅れて来る、音、音、音。
人々の、歓声。
静かな部屋の中に、木霊する。
先生の涙は、その光と音に溶け込み、消えてゆく。
足元で、また一つ、
空き缶が、からり、と音を立てた。
先生の身体が、冷たい。
震える、先生の身体。
それが、悲しみだけでは無く、寒さからも来ている事に気付いて。
足元の簡易ベッドから、毛布を引っ張り出して、
先生と俺の身体を、包んだ。
―――さっきは、無我夢中で気付かなかった。
先生が、この寒空の下、
いつも学校で着ている、あの薄手の服しか纏っていないという事に。
それだけ、酔っていたのだろうか。
寒さを忘れるほど、酔いが回っていたのだろうか。
毛布に包まれた、腕の中の先生。
依然、震えたまま。
その白い吐息には、かなりのアルコールの匂い。
先生の様子と、足元の空き缶の数を見る。
―――もう、とっくに許容量を超えている様に、思う。
「―――あったかい…」
腕の中の先生が、ぽつりと言う。
同時に、俺の背中に腕を回し、俺の身体を抱きしめる。
さっきよりも、先生の身体が、さらに密着する。
先生の腕が、先生の腿が、先生の腰が、…規格外の胸が、
俺の身体に、当たる。
コートを着込んだ上からでも分かる、
先生の、柔らかさ。
ちらりと、下を見る。
薄手の衣服の中、俺の身体に密着し、俺の身体の通りに形を変える、胸。
先生の、白い胸元。
先生の、白いうなじ。
目線を、上に向ける。
目の前に、薄紅色の唇。
先生の目は閉じられていて、
長い睫毛が、涙に濡れていた。
……俺の胸が、締め付けられる。
こんなにも、美しい。
こんなにも、優しい。
こんなにも、穏やかで、
こんなにも、いとおしい。
こんな、こんな、素敵な人を、
ずっと、ずっと、悲しませたままだというのか。
この人の、夫という男は、、
こんな素敵な妻を、ずっとずっと……放ったままだと、いうのか。
遠くで光る、花火の様に、
胸の中で、何かが弾ける。
…それは、
俺の生涯の中で、そう何度も感じる事の無いであろう、
猛烈な―――怒り。
この人を、救いたい。
この、高い高い塔に閉じ込められた、姫君を、救いたい。
だが、俺には、
この人の心を、気持ちを、この塔から連れ出すことが、出来ない。
悔しい。
腹立たしい。
俺には、この姫君を救う事が、出来ない。
救えるのは、王子だけ。
この人が求める、この人が助けを望む、王子様だけ。
俺には、
目の前で悲しい涙を流す、この人を助け出す事が、出来ない…
―――許せない。
こんな自分が、許せない。
何も出来ない自分に、
人一人救えない自分に、
猛烈に、猛烈に、腹が立って。
何故か、目の前がぼんやりと霞んでいて。
…自分が、涙を流している事に、気付いて。
拳を、強く強く、握り締めていて。
自分の唇を、強く噛んでいて。
唇からは、血が流れていて。
顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃで。
―――本当に悲しいのは、目の前の、この人なのに。
その人よりも、自分が大泣きしていることが、情けなくて。
それがまた、腹立たしくて。
だからまた、涙が止まらなくて。
「―――ごめんなさい…」
目の前の、悲しい姫君が、そう呟いて―――
薄紅色の唇を、
そっと、俺の唇に、重ねた。
何が起きたのか、一瞬、分からなかった。
それが、口付けであると気付いた時、
先生の唇から伸びた、唾液に濡れた舌が、
俺の口の端に流れた血を、掬い取っていた。
強烈な、感覚。
唇に当てられた、この世のものとは思えない、柔らかい感覚。
口の端に這わされた、ぬらりとした、湿った感覚。
その感覚が、
俺の神経を、貫く。
意識が飛びそうになる。
理性が、立ち消えそうになる。
理性と野生の狭間…針が振り切れるその寸前で、
唇が、離れた。
俺の口と、先生の唇の間に、
一本、唾液の糸が伸びる。
もう一度、先生が、俺の唇に軽く口付けて、糸を消す。
「……お願いが、あるの………」
その唇が、言葉を紡ぐ。
「先生を……、私を、温めて欲しいの…。
私に、一時だけ、温もりを…分けて欲しいの…。
私に…、私に…、一時だけ、夢を、見せて、欲しいの………」
涙に濡れる、目を伏せて。
一節一節を、噛み締めるように区切って。
先生は、
俺に、そう言った。
―――先生の言っている意味が、分かった。
一時だけ、
あの人の夢を。
待ち人の、あの人の夢を。
この塔に自分を迎えに来る…王子様の夢を。
見させて下さい、と。
あの人の温もりを、例え偽りのものでもいい、感じさせて下さいと。
先生は、
そう、言ったのだ。
―――俺に出来る事。
俺が、この人にしてあげられる、唯一の事。
ほんの刹那でもいい、
この人の孤独を、この人の悲しみを、覆い隠せるのなら。
…喜んで、俺は、偽者となろう。
…喜んで、俺は、夢魔となろう。
遠くで、連続した小さな花火の音。
歓声。
この静かな塔の部屋に、
その音は、少々、大きすぎる。
……いや、
この俺の、縦横無尽に暴れる胸の鼓動を誤魔化すには、丁度良いかもしれない。
初めて。
やり方なんぞ、分かる訳がない。
本で読む事はあっても、
実際にやるのとは、訳が違う。
喜んで貰えるだろうか。
夢を見て貰えるだろうか。
考えても…仕方が無い。
思うがままに……
理性と本能の、赴くままに…
先生を、愛そう。
―――先生を、抱きしめる。
さっきよりも、強く。
片手を、先生の背中に。もう片手を、先生の頭に添えて。
密着する、二人の身体。
近づく、二人の距離。
お互いの吐息が掛かる。
その唇に、もう一度、口付ける。
お世辞にも、優しくとは言えない。
野獣のように。
貪るように。
先生の柔らかい唇と、赤くぬめる舌と、口腔と、唾液を、味わう。
吸い尽くす。
嘗め尽くす。
…はう……、と、先生の吐息に、甘い色が加わる。
それが、さらに俺の本能に火を付ける。
唇を離す。
お互いの唾液で、先生の唇が、淫靡に光る。
そのまま、先生の耳に、歯を立てる。
びくんと跳ねる、先生の身体。
歯を離し、舌で、優しく舐める。
先生の吐息が、はぁぁ……はぁぁ……と、苦しそうに、切なそうに、揺らめく。
愛しい。
もっと、鳴かせたい。
首筋に、鼻先を擦り付ける。
んっ、と、息の詰まる音。
吸血鬼の様に、首に噛り付く。
「……ああぁっ」
大きな声が漏れる。
もっと。
…もっと、聞きたい。
視線を下へ。
申し訳程度の衣服に包まれた、大きく、丸い、二つの隆起。
躊躇い無く手を伸ばし、掴む。
「んぅっ」
驚きからか、詰まった声を出す先生。
止まらない。
手を止められない。
掴んだ手を、くにくにと動かす。
柔らかい。
脳の奥が、ショートする。
あまりの柔らかさに、脳髄が、悲鳴を上げる。
片手じゃ足りない。
両手だ。
両手で、両の乳房を掴む。
掴んで、揺り動かす。
上下に、左右に、揺さぶり、捏ね、揉む。
先生の吐息が、徐々に荒くなる。
手のひらの一箇所に、少しづつ硬くなる感触。
…衣服の上からでも、分かる。
乳首。
乳首が、立っている。
自己を、主張する。
切ない、と。
吸って欲しいと。
乳首が、高く、硬く、立ち上がる。
我慢なんて、出来るわけがない。
一気に衣服を引き剥がし、乳房を露わにする。
薄っすらと汗ばみ、
呼吸の度に、ふるふると揺れる、隆起。
その先端の、淡い桃色の、突起。
―――乳首。
目の前に、乳首がある。
今にもはちきれんばかりに尖り、
俺の口を誘うように、硬くなる。
いつの間にか。
何の意識もしないまま、
俺の口は、
ミランダ先生の乳首を、咥えていた。
「はぁうぅぅ!」
一際大きな声で鳴く、先生。
口の中には、先生の固くしこった乳首。
うっすらと、汗の味。
しょっぱくて、
―――美味しい。
もっと、もっと、味わいたい。
先生を、味わいたい。
無我夢中で、吸う。
静かな部屋に、
ぢゅぱぢゅぱと、湿った音が響く。
舌先で、くにくに転がす。
ころころと、舌の動きに逆らうように、口の中で暴れる乳首。
歯先でかるく噛み、押さえつける。
「きゃっ!……んっ……」
強い刺激に、身を仰け反らす先生。
…先生がいけないんです。
こんなに、乳首を尖らせるから。
こんなに、男を誘うから、いけないんです。
口を離し、胸を露わにしたままの先生を抱き上げ、簡易ベッドに横たえる。
ぎし…と、先生と俺の重みで、ベッドが鳴る。
遠くで時折光る花火が、先生の胸を照らす。
俺の唾液で、てらてらに光る、乳房。
先端の乳首は、充血し、硬く、天を向く。
濡れた胸をそのままに、
手を、さらに下へ這わす。
あばらを抜け、へそを通り、下腹部へ。
下衣に隠された、先生の秘部。
躊躇わず、下衣をたくし上げ、覗き込む。
秘部だけを覆う、白い下着。
淡く、濡れている。
染みが付き、その染みが、今もその範囲を広げている。
「やぁ……やぁぁ……」
恥辱に、声を漏らす先生。
両手で顔を覆い、俺を、全てを、見ないようにしている。
…先生がそうしたいのなら、構わない。
でも、俺は、止めない。
愛しい。
この人の声を、もっと聞きたい。
この人の身体を、もっと愛でたい。
もっと、もっと。
下着に手を伸ばそうとした時、
先生が、何事かを、何度も何度も、呟いていた。
よせばいいのに、聞き耳を立てて、
先生が、
自身の夫の名を、繰り返し呟いていた事に気付き……
胸が、強烈に、締め付けられる。
分かっている。
俺は、身代わり。
先生の、待ち人の、代わり。
一時の夢の中の、幻。
分かっている……
苦しい胸を誤魔化す様に。
乱暴に、下着に手を伸ばす。
グッと掴み、
引き剥がす。
そこには、
金の茂み。
茂みの奥に覗く、割れ目。
淫らに開き、透明な液をしとどに流す。
―――じっくり観察する余裕が、無い。
俺の心臓が、滅茶苦茶に爆ぜる。
心が、俺を、急き立てる。
大きな花火が、連続で上がる。
大きな音が、何度も何度も、木霊する。
早く、早くと、
何かを、急き立てる。
心の焦燥は、静まる気配が無い。
…それは、悪魔の誘い。
…それは、夢魔の主張。
―――染めてしまえと。
―――目の前の女性を、俺の色に、染め上げてしまえと。
―――俺のものにしてしまえ、と。
…悪魔が、そう叫んで、嗤うのだ。
……眩暈がする。
悪魔の嗤いが、脳内を駆け巡る。
夢魔の甘い誘いが、俺の心を揺さぶる。
俺の防壁を、突き崩そうとする。
目をぎゅっと瞑り、
一時、先生から離れる。
目頭を押さえ、蹲る。
いつの間にか、また、涙を流していた。
…悪魔の嗤いは、止まらない。
余りにも、情け無い。
俺は、どうしてしまったのか。
俺は、こんなにも、弱かったのか。
この人の為に、
一時だけ、夢を見せるのではなかったか。
この塔に先生を迎えに来る…王子様の夢を、見せるのではなかったか。
温もりを、分け与えるのではなかったか。
―――俺に出来る事。
俺が、この人にしてあげられる、唯一の事。
ほんの刹那でもいい、
この人の孤独を、この人の悲しみを、覆い隠せるのなら。
悪魔が、大声で怒鳴る。
めちゃめちゃにしてしまえと。
奪い去り、染め抜いてしまえと。
…涙が止まらない。
…先生を、見られない。
どんなに格好をつけても、
俺は、欲望に、勝てない。
俺は、
俺は、何と、浅ましい人間なのか―――
不意に、俺の頭を、
柔らかい手が、腕が、胸が、包み込む。
「…ごめんね……」
耳元に、先生の声。
切なげな、声。
「…ごめんね……。ごめんね……」
俺の髪を優しく撫で、繰り返し謝る先生。
何で先生が謝るんですか。
…俺の弱さが、俺を苛んでいるだけなのに…。
俺の頭を抱きとめたまま、
先生は、俺を、ベッドへと誘う。
流れ落ちる涙をそのままに。
誘導されるまま、ベッドに横たわる。
先生は、俺の下腹部を弄り始めた。
…何するんですか、先生。
俺のジッパーを探り当て、引き下ろし。
下着の奥、俺のモノを、そっと、取り出す。
…俺の驚きと不安を他所に。
先生は、固く屹立した俺のモノを、しっかと握り締める。
それだけで、
モノが、さらに硬く、長く伸びる。
―――そして、
先生の唇が、
俺のモノの、先端に、触れ、
深く、咥え込んだ。
初めて、俺以外の人間が、俺のモノに触れた。
それどころか、
口腔深くに、俺のモノを、咥え込んだ。
それは、
俺の中の理性を、
俺の中の野生を、
俺の中の悪魔を、
微塵に、吹き飛ばす。
頭が、真っ白になる。
ただただ、ひたすらに。
先生の唇が、先生の舌が、
俺のモノに、刺激を加える。
舌先が、先端の裏を這う。
唇が、竿を上下し、時折、根元をきつく締め上げる。
その度に、
俺の脳髄を、
俺の脊椎を、
苛烈な電流が、迸る。
びくびくと、脈打つ竿。
まずい、
このままでは―――
気を抜いて、放出してしまう寸前。
先生が、口を離す。
俺のモノは、放出一歩手前の、最高潮に膨張したまま。
「―――欲しいの」
そっと、呟く、先生。
「貴方の物が、欲しいの―――」
そう言って、
俺に、覆い被さる。
……先生。
先生、俺は、もう、
これ以上、自分自身を偽る事が……
そう訴えかけようとした俺の口を、
先生の唇が、塞いだ。
先生の泣き腫らした目が、
…もう少し、もう少しだけ……と、
懇願していた。
何も言えない。
そんな目をされたら、
何も、言えない。
俺に覆い被さる先生の片手が、
俺のモノを、掴む。
掴んだまま、自身の割れ目―――
金の茂みの奥にある、しとどに濡れた秘部へと、誘導する。
「―――」
呟く。
夫の名を、呟く。
先端が、触れる。
淫らな愛液に塗れた、肉襞に、触れる。
今まで感じた事の無い感覚に、
俺の腰が、跳ねる。
先生は、
構わず、腰を落とす。
ゆっくりと、ゆっくりと。
先生の中に、
俺が、入り込む。
先生の、長く閉じた襞を、
俺のモノが、こじ開けてゆく。
絡みつく肉襞。
滑り、溢れる愛液。
ぞくりぞくりと、
僅かに進む毎、俺の脳髄を、快感が蠢き、のたうつ。
先生の奥に到達し、
根元深くまで、先生の秘部が、俺を咥え込む。
はぁぁぁ……、と、
長く、長く、
息を吐く、先生。
先生の腰が、
ふるふると、震えている。
それはきっと、
めくるめく、快感から。
「――――――」
先生が、声を漏らす。
夫の名を、呼ぶ。
そして、
静かに、腰を、動かす。
上下に。
左右に。
回す様に。
捏ねる様に。
俺のモノを、隅々まで味わう様に、
先生は、ひたすらに、腰を振る。
腰を動かす度に、石畳の部屋に、じゅぶじゅぶと…滑った音が、響き渡る。
同時に、先生の、甘い吐息が漏れる。
「はぁぁ…はぁ…あっ……あっ…あっ」
謳う様に、
踊る様に、
先生は、腰を振る。
先生は、声を漏らす。
……一心不乱に。
……夢の中の夫と、肌を、重ねる。
―――先生。
今、
先生は、幸せですか。
夢の中で、
夫と二人、
幸せですか。
―――俺は、
俺は、辛いです、先生。
先生にとって、夢の中の幻でも。
俺にとって、これは、現実です。
どんなに強がっても。
どんなに、先生の為の、捨石になろうと思っても。
現実が、
俺を、押し潰すんです。
先生。
先生。
一言でいい。
俺の名を、呼んでくれませんか。
たった、一言で、いいんです。
それさえあれば、
俺も、幸せに、なれるんです。
先生、
どうか、どうか、
俺にも、夢を、見させてください。
ほんの、一時でいい。
先生を愛し、
先生に愛される、
俺という男の夢を、
……見させてください。
……先生は、目を瞑ったまま。
腰を振る。
ぐちゅぐちゅと、
卑猥な音を立てながら。
口の端には、唾液が漏れ、
つつ…と流れて。
その口は、
その口は…
繰り返し、
繰り返し、
――――――夫の、名を、呼ぶ。
繰り返し、繰り返し、
夫の名を、叫ぶ。
―――どうだ。
―――思い知ったか、
俺の中の悪魔よ。
………分かったか、
俺の中の、夢魔よ。
この人の中に、
俺が入り込む隙間など、無い。
俺の名が、微塵も侵入する事は、叶わない。
この人と、想い人との間に、
何人たりとも、入り込む事は………出来ないのだ。
………だから、
だから、悪魔よ。
……泣くな。
俺という名の、夢魔よ。
泣くんじゃない。
俺は、
…俺という人間は、
……俺という人間と、肌を重ねた時間は、
所詮、
一時の夢の中の、
幻なのだから。
……先生。
今、この時だけ。
この一瞬だけ。
吼える事を、許して下さい。
俺という名の悪魔が、
断末魔の叫びを上げる事を、
許して下さい。
「ぉぉぉおおおぉぉぉおお!!!」
叫ぶ。
遠くの花火、歓声、
先生の、淫らな声、
全てを掻き消す様に、叫ぶ。
激情に任せ、
先生の肩を掴み、ベッドに組み敷く。
強引に先生の足を開き、
その中に腰を滑り込ませ、
秘部を、一気に貫く。
「ぉぉおぉおおおぉお!!」
叫ぶ。
喉が張り裂けんばかりに、叫ぶ。
俺の中の、悪魔の死に際を、代弁する様に。
貫く。
滅茶苦茶に、腰を突き動かす。
ガンガンと、お互いの腰が砕けるのではないかと思える程に。
俺の目に、涙。
とめどない、涙。
俺という、悪魔が流す、涙。
この人の、想い人を知りながらも、
それでも、この人の心を求めてしまった、
俺という悪魔の、涙。
泣きながら、
叫びながら、
貫く。
―――現実は、甘くない。
―――甘くないからこそ…夢を見てしまったのだろう。
―――幸せな結末を迎える……男女の、夢を。
「あぁ……ぁぁ…あぁっあっあっあぁぁっ…」
俺の下。
俺の腹の下で、
声を上げる、先生。
俺の腰の動きに合わせ、先生の腰も動く。
もっと深くと。
もっと強くと。
部屋の中、
二人の声と、二人の音が、重なる。
それは、見かけだけの、重奏。
心の奥底では、決して交わらない。
そんな、音。
そんな、悲しい、音。
いつしか、
先生の喘ぎに、涙の色が混じっていた。
虚ろだった……先生の目が、
しっかりと、俺を見ていて。
俺の目を見て、泣いていた。
ごめんなさいと。
ごめんなさいと。
繰り返していた。
繰り返し、俺に、呟いていた。
先生。
戻らないで下さい。
俺という現実に、戻らないで下さい。
夢を、夢を、見続けて下さい。
俺の事は、もう、気にしないで。
幸せな夢を、
尊い夢を、見続けて下さい。
どうか、幸せに―――
幸せに、幸せに、なって下さい。
そうすれば、
報われるんです。
俺という男が、
俺という悪魔が、
報われるんです。
俺という心の、
流した涙が、
救われるんです。
泣きながら、腰を揺り動かす、先生。
泣きながら、腰を突き動かす、俺。
遠くの花火は、最後の大玉を打ち出し、
観衆は、花火の行方を見守り、
俺と、先生の吐息が、早くなり、
先生が、俺を抱き寄せ、口付けをし、
大きな花火が、夜空に弾け、
一瞬の明るい光が、部屋を照らし、
先生が叫び、大きく仰け反り、
俺が叫び、腰を引き、
弾けた花火の残滓が、部屋を包む中、
俺は、
先生の腹に、
悲しい悪魔の、白濁の欲望を、
たくさん、たくさん、吐き出し……
果てた―――。
―――おとぎ話の姫君は……
高い、高い、塔の上、
切ない涙に震えながら、
遠い、遠い、王子を望む―――
誰もが忘れた、名も無き塔、
寂れし塔の、その上に、
過去に囚われし、姫君一人。
誰もが見ない、塔の上、
一人、彼方の、王子を想う。
例え、助けが来なくとも、
例え、扉が開かなくとも、
姫は、遥かな夢を見る。
王子の腕に、抱かれる、
そんな、叶わぬ想いを抱き、
隣に寄り添い、寂しく眠る、
悪魔の御髪を、撫でながら―――
……一人、塔にて、涙を流す。
―――いつの間に、眠ってしまっていたのか。
塔の繰り抜き窓から、光が舞い込んでいた。
太陽の光。
朝日。
……初日の出。
俺は、ベッドに横たわっていて。
頭だけ、高く持ち上げられていて。
枕を敷いていることに、気付く。
柔らかく、温かい、枕。
ミランダ先生。
ベッドに腰掛けた先生の、膝の上。
…ずっと、膝枕をしてくれていたのか。
先生を、見上げる。
座ったまま、壁に寄り掛かり、
静かな寝息を、立てていた。
……俺は、
幸せな夢を、見せてあげられただろうか。
一時だけ、
待ち人の夢を、
この塔に、迎えに来た…王子様の夢を、
見せて、あげられただろうか。
温もりを、感じさせてあげられただろうか。
―――俺に出来る事。
俺が、この人にしてあげられた、唯一の事。
ほんの刹那でもいい、
この人の孤独を、この人の悲しみを、
覆って、隠してあげること。
俺に出来る、せめてもの事。
それを、俺は、してあげられただろうか。
……答えは、分からない。
聞こうとも、思わない。
答えは、きっと、
この人の心に踏み込まないと、分からない。
固く、重く閉ざされた……
この人の心の扉、
姫君の扉を、開け放つ事の出来る人間にしか…
分からないのだ。
朝日が昇る。
日差しが、先生を、照らす。
金の髪が、眩しく、華やかに、輝く。
ふと。
ほんの少しだけ、
先生が、笑った気が、した。
幸せな夢を見て眠る、幼い少女の様に―――
ほんのりと、穏やかに、
笑った、気が、した。
十分だ。
それで十分だ。
ほんの、一瞬。
その一瞬だけでも、
笑顔を見せて、くれたのなら。
ほんの一瞬だけでも、
幸せな夢を、見てくれたのなら。
それで、
十分だ。
先生を起こさないように、身を起こし、立ち上がる。
朝日が、真っ直ぐに俺を照らす。
眩しい。
新年の、朝日。
今年は、何があるだろう。
どんな事が、あるのだろう。
楽しい事は、あるだろうか。
嬉しい事は、あるだろうか。
きっと、ある。
きっと、
先生にも、良い事が、ある。
必ず、ある。
ありますよ、先生。
だって、
幸せな事、無かった年を探すほうが、難しいんですから。
そっと、先生をベッドに横たえ、
毛布を掛ける。
穏やかな寝息。
……次、会うときは、
いつもの、
普通の、先生と生徒。
俺の、一時の夢は、終わりました。
少しでも、先生のお役に立てたのなら、
嬉しいです。
どうか、
俺の心の中の、悲しい悪魔の分まで、
幸せに、なってください。
携帯電話の、着信履歴。
見回りの終了報告を求める、幼女先生のメール。
―――扉へと、歩く。
分厚く、大きな、鉄の扉。
姫君を閉じ込める、扉。
扉を、開ける。
薄暗い、螺旋階段。
回る。
回る。
良い事も、悪い事も、
螺旋の階段の様に、
絡み、廻り、迷い、うねる。
俺の心も、惑い、うねる。
少しでも、
迷わない様、真っ直ぐに、降りられるよう、
歩こう。
―――最後に、振り返る。
ベッドに横たわる、
眠り姫。
―――どうか、
―――次にこの扉を開ける者が…
―――姫君の待つ、王子様でありますように……。
心の中で、そっと祈りつつ……
―――扉を、閉めた。