今日は初級魔術師に昇級して最初の授業。  
マジックロッドを授かり、攻撃魔法の実習がカリキュラムに加えられた。  
人気の呪文は雷撃。先生が「おしおき」で使うアレである。  
もっとも、いきなりあんな強烈な代物が出せる訳ではない。  
術者のスキルが足りないうちは、実習用のマジックロッドの殺傷力など僅かなもの。  
それでも、授業以外での無闇な呪文の使用は固く禁じられていた。  
他人を傷つけることが攻撃魔法の本質ではない、という教えからである。  
 
しかしここに、いけない目的で雷撃を使う事に興味津々な生徒が一人。  
 
 
夜──  
 
ルキア「マーラーりん♪」  
マラリヤ「…」  
ル「私達、いよいよホントの魔法使いって感じ?ワクワクするよねー」  
マ「そうね…」  
ル「早速だけど、授業の復習をしたいの。手伝って」  
 
「手伝い」が何を意味するかは、すぐに想像がつく。マラリヤが切り返す。  
マ「…人に向けて使っちゃいけないって言われなかった?」  
ル「いいのっ。別にマラりんを虐めたい訳じゃないのよ。むしろ逆。  
  マラりんって…おしおきが気持ちいいんでしょ?」  
マ「…!」  
ル「あたし知ってるよ。どんなに歯をくいしばって痛そうにしてても、  
  一瞬すごくイイ顔するんだもん」  
マ「そんな…こと…」  
 
不意を衝かれ、思わず顔を赤らめるマラリヤ。  
ルキアはさり気なく人を見るのが巧い。  
スッと寄り添って、絶妙のリズムで相手の心の隙を押し開ける。  
天性の人当たりの良さ、友達作りの上手な娘、  
それだけで済んでいるうちは罪もないが、マラリヤの場合は少し違った。  
外見手強いが、一旦守勢に回ると脆い。攻めるほど面白いように壊れる。  
普段の冷淡でストイックなイメージとの落差がたまらない。  
 
こうしてルキアの小悪魔は目覚め、ある日意を決しての乱入拘束場外痴態プレイ  
1RKO勝ちを収めてからおよそひと月、新しい責め素材を試してみたい盛りに  
初級魔術師への昇級が重なった。渡りに船とはこの事を言うのだろう。  
 
 
ル「さぁ行くよっ!そこに立って。動かないでね」  
マジックロッドを振りかざし、詠唱のポーズを取る。  
ル「……うーん」  
マ「どうしたの?」  
ル「(今のあたしとこの杖じゃ、ほんの小さな雷撃しか出せない。  
  もっと手っ取り早く強力なの出せないかなぁ)…そうだアレ!」  
マ「?」  
 
手にしていたマジックロッドを放り出し、隣の部屋から大きな樫の杖を持ち出してきた。  
マ「昔通りがかりの賢者様にもらったって奴?」  
ル「そうそう!今まで空を飛ぶくらいにしか使ってなかったけど、なんか凄い魔力が  
  ありそうな気がしてたの。試してみるね」  
 
マラリヤは、何故かその杖に見覚えがある気がした。  
小さい頃本で見た伝説の魔道具の何かにソックリに見えて、以前から気になってはいた。  
しかしそれが何だったかまでは、どうしても思い出せない。  
せっかくだから、今訊いてみよう。少し悪い予感もするし。  
 
マ「その杖…何か名前とかある?」  
ル「これ? マラりん」  
マ「???」  
ル「ほらココ、一番新しく貼った写真の名前で呼んでるから」  
杖の頭にペタペタ貼られた友達とのツーショットの数々。  
その中にマラリヤとの写真もあった。プリクラBOX内で胸を揉みしだかれて  
恍惚の最中に撮られていたらしい。  
ル「最近一番のお気に入りよ。一枚あげよっか?」  
マ「いらない…剥がして。お願いだから(涙目)」  
 
 
ル「それじゃ改めて、魔法でマラりんを気持ちよくさせてあげる!  
  …偉大なる神ペルーン様、我が呼びかけに応えたまえ、この奴隷めに戒めの雷を…」  
マ「(ペルーン!まさか…っ!?)」  
思い出した。あれはペルーンの杖。トールハンマー、ゼウスの弓、インドラソードと並ぶ  
雷神の名を冠した四大魔道具の一つ。  
でもどうして? どんな理由があれ、駆け出しの魔術師が所有している事などあり得ない。  
レプリカか何かだろう、そうに違いない。  
 
しかし…杖の先の空間が一瞬歪み、次いで見たことも無いような巨大な魔方陣が現れた。  
吹き荒れる突風、耳鳴り、体中を包むスパーク、浮遊感。  
ル「あわわわわぁっ!」  
マ「ひぃっ…!!」  
魔方陣から発せられる目も眩む閃光が標的めがけて舞い、着弾した。  
天地が分からなくなる程の衝撃波・大音響が部屋を、いや寮全体を揺るがす。  
 
リディア「ふぇっ、なに今の?……地震か、やっぱり地上よね…ムニャムニャ…Zzzz」  
 
家具やら調度品が残らずひっくり返った部屋で、呆けてヘタリ込むルキア。  
やがて閃光で奪われた視界が徐々に戻ってきた。  
視界の先には、マラリヤが目をカッと見開いたまま立ち尽している。  
ル「ま…マラりん!マラりん! 大丈夫!?」  
マ「ぁ……ぁ…ぅ…ぁ……」  
体中が痺れて声にならない。  
ル「そ、そんなバカな事って! マラりん、痛かった!?ねぇマラりん!」  
 
何を思ったか、一旦マラリヤから離れ、再び杖を振りかざして叫ぶ。  
ル「ペルーン様、何度も呼び出してゴメン! 今の雷私に出して!同じ強さで!」  
もはや呪文でも何でもない只のお願いである。  
それでも杖は呼びかけに応えた。先の魔方陣がルキアの頭上で大きくなってゆく。  
マ「ぁ…ぁぁ……だ、だめ」  
感覚が戻りかけたマラリヤが止めようとしたが、時すでに遅し。  
 
まばゆい光とともに、かつて経験した事もない感覚がルキアを襲う。  
何十本もの槍が同時に全身を貫き、心臓を巨大な手で握り潰されたような痛み。  
こんなの全然気持ち良くない!  
 
視界が瞬時に暗転し、意識が遠のく。その後の事は何も覚えていない。  
 
ル「……あ、アレ? …あたし…」  
ベッドの上で意識を取り戻した。  
ル「(ええっと、呪文を唱えたら凄い雷撃が出て…もう一度出したら…ハッ!)  
  マラr…ぁああああっ!」  
慌てて飛び起きようとして、体中に激痛が走る。  
足音が近づいてくる。  
痛みで首すら曲げられない今は、聴覚だけが状況を知る手がかり。  
 
マ「気が付いたのね…どうなる事かと思ったわ」  
マラリヤの声は、穏やかで、しかし感情を表に出さない普段のトーン。  
怒っているのか、呆れているのか、それとも…。  
 
相手の心の底が見えない、それはルキアにとって何より怖い事だった。  
いつもなら、持ち前の視覚と触覚で心のわずかな動きを捉え、自分のペースに  
持っていけるのに、今はそれができない。  
 
マ「驚いたわ。あの杖、本物だったのね…」  
ル「マラりん…」  
マ「最上位の魔道具は、術者の魔力を最大限に増幅する。ちょっと修練を積んだ  
  魔術師が本気で使えば、こんな寮ひとつ簡単に吹き飛ぶわ」  
ル「マラりん、詳しいんだね」  
マ「小さい頃いろんな本を読んだから…。いつかこんな伝説の魔道具を  
  自分のものにするのが夢だった。でも…」  
ル「でも?」  
マ「道具の方が持ち主を選ぶのかもしれないわね。あなたに杖をあげた賢者様が  
  どんな人かは知らないけれど…とにかくあなたは選ばれたのよ」  
ル「そ、そうかなぁ。でもどうしてあたしなんかが…」  
マ「さぁ…正直言って悔しいわ。嫉妬してる」  
 
どうしよう。やっぱり怒ってる。只の興味本位で何て事をしてしまったんだろう。  
杖の素性を知っていたら…そもそも先生の言い付けを守らなかったから…。  
不意にマラリヤの気配が動いた。こっちに来る!  
彼女をこんなに怖く感じたのは初対面の時以来だ。思わずキュッと目を閉じる。  
 
マ「……(チュッ)」  
ル「!! マ、ママママラッ、マラ、りん…?」  
マ「クスクス…。でもね、私嬉しかったのよ」  
ル「ど、どういう事?嬉しかった…?」  
マ「あなた、あの雷撃を自分に向けて撃ったでしょ」  
ル「うん…どれだけ痛かったんだろうって…」  
マ「その優しさがあなたのいい所よ。世の中には、他人の痛みを顧みず  
  力だけを振るう輩が多すぎるわ」  
ル「あ、あたしそんな…」  
マ「その気持ちを忘れない限り、杖はいつまでもあなたの力になってくれるわ。  
  大切になさい…」  
ル「マラりん…」  
 
マ「あなたが私の御主人様で、本当に良かった。これからもよろしくね」  
そう言ってもう一度唇を重ねる。  
 
ルキアは圧倒されていた。やっぱりマラリヤには一生かなわないのかな。  
それでも、こんな自分を御主人様と呼んでくれた。  
嬉しさと、恥ずかしさと、申し訳ない気持ちがゴチャゴチャになって、涙が溢れる。  
いつしか窓の外は白み始めていた。  
 

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