「クララさーん、紅茶は何人分淹れればいいですか?」
「えっと、全員分淹れて下さい」
「分かりました」
寮内のみんなが食事をとる広間に隣接している厨房にて交わされる会話。
広間のドアと天井の間にかけられている時計は午後3時5分前をさしている。
僕は今、クララさんのお菓子作りを手伝っている。
とはいっても、器具の準備とお茶を淹れるくらいなのだけど。
テーブルの上に白地で赤、紫、青の花が描かれたテーブルクロスと淡い緑色のシンプルなランチョンマットを敷く。
僕はテーブルの一席で紅茶のティーパックをいくつか取り出し、同じ数のティーポットに入れる。
ティーポットは予めお湯をはった鍋で温めておくのがコツだ。
そして沸騰したお湯をすぐに注ぐ。こうしないと茶葉が開かず、美味しく仕上がらない。
紅茶を入れるティーカップも同じように暖めておくと更に美味しく飲める。
クララさんは苺のショートケーキの装飾にとりかかっているようだ。
クリームを使ってかなり繊細に紋様を描き、その出来はもはやアマチュアというレベルを超越している。
さらに、そのすべてを独学で獲得したという噂です。たゆまぬ努力には頭が上がりません。
ケーキの甘い香りと、紅茶の香りに誘われて皆が集まり始めた。
「しょーとけーき? それって何アルか?」
「日本では生クリームと苺を使ったシンプルなものをさすのだ」
「おー! サンダースは物知りアルねー」
「ふ、ふん。 さらにいうと『shortcake』の『short』とは本来『サクサクした』という意味でな」
「どうでもええから、早くできへんかな?」
皆のわくわくした会話が聞こえてきて、少ししか関わってはいないけどもてなす側の僕としてもうれしい限りです。
暖めておいたティーカップに人数分の紅茶を淹れながら、僕は集まっているメンバーを見た。
……あれ。お茶会に真っ先に飛びつきそうな人が来ていませんね。
シャロンさんの姿が見えない。
確か、僕自身がこのお茶会の話をしたはず。知らなかった、はありえない。
……忘れてた、だったらすごく悲しいですね。
そうこうしているうちにケーキを切り終えたクララさんが僕に言う。
「シャロンさんが来ていないのは少し残念ですけど、はじめますか?」
でも、あのシャロンさんだから、待っていないとかなりひどい目にあうのでは……?
という懸念を頭に置きつつも、僕は首肯する。
「そうですね、シャロンさんには悪いけど、待ってる人も居ますし」
僕が周りを見渡してみんなの期待の眼を見た、まさにその時。
ばたーん!
「お、遅くなりましたわ……」
と大きな音を響かせながら扉を開け、ぜぇぜぇはぁはぁ、と息を切らし肩で呼吸している噂の主が現れた。
と、それはいいのですけど。
「シャロンさん、その服、なんですか?」
クララさんが僕と同じ、というより誰もが思い浮かべる疑問を口にした。
それもそうです。
なぜなら、シャロンさんは舞踏会に出てもおかしくないドレスを着てここに現れたのですから。
「え、お、お茶会にはやはりこうでないと、わたくしは気分がのりませんの」
走ってきて疲れたのか、顔が赤いままシャロンさんは答える。
「まあ、とりあえずお疲れでしょうから。 ここに座って」
とりあえず僕は一番扉に近い席をひき、彼女に座るように促す。
最近真夜中まで机に向かっていることが多いようですし、無理はしてほしくありません。
彼女は一瞬僕の方を見て、ほんのわずか顔が赤くなりながら、少し小さな声で言う。
「そ、そうですわね、疲れてますから、わたくし」
わずかに下を向きながらさささっと移動し、すとん、と座るシャロンさん。
なんだかちょっと様子がおかしい気がするのですけど……。
周りの人は「ちっ」と舌打ちしたり「鈍感」という単語が飛び交ったりしていますが僕にはちょっと意味を解しかねますね。
「そういえばカイル、あんたの席がないけど?」
ルキアさんがフォークを器用にくるくる回しながら僕に質問してきた。
確かに僕の席はありません。でもそれは僕がイジメにあってるとかそんなんじゃないですよ?
「あぁ、僕が給仕の役目もするからですよ」
僕は笑みを深くし、ルキアさんからみんなの方へ向かい、
「では、着替えてきますね」
みなの頭の上に「?」が浮かぶのと、クララさんとヤンヤンさんがニコニコしているのを見て、僕は広間を後にする。
僕が来たのは自分の部屋。机と、本と、クローゼットと、ベッドだけのシンプルな部屋。悪く言えば質素。
桐で出来たクローゼットの中に収められているのは制服と寝巻き以外にもうひとつ。
「……僕に似合うのかなあ」
いまさらながらため息をつくのもどうかと思うが、着ないことには始まらない。
僕が先ほど「給仕」と表現したのは少し間違いで、本当は「執事」といった方が正しい。
要は、執事服のことだ。
「執事服」と銘打ってはいるが、スーツを少し改造し、縦じまのYシャツと蝶ネクタイをつけたものだ。
スーツの改造はヤンヤンさんが行ったもので、布地を傍目には分からないくらいに精密に縫い合わせて燕尾服のように仕上げている。
……なるほど、この器用さを使ってヤンヤンさんは麻雀に勝っているのですね。
と、すぐに着替えなくてはせっかくの紅茶がまずくなってしまう!
以前に麻雀に付き合ったときにヤンヤンさんの鬼ヅモに納得しつつ執事服の上着に袖を通す。
なんだか、僕にぴったりだし、なじむ気がする。それも考えて作ってくれたんでしょうか?
ここはヤンヤンさんに感謝しなければ。ありがとうヤンヤンさん。
でも、積み込みはやめてくださいね。レオンさんがすごいことになってましたから。
広間の扉の前で深呼吸。すー、はー。意を決し、僕は扉を開ける。
「執事のカイルです。なんなりとお申し付けくださいませ、ご主人様方、お嬢様方」
この台詞はクララさんとヤンヤンさんが一緒に考えていたもので、僕に責任は一切ありません。
今日のコンセプトが「貴族のたしなみ」らしく、適任だったのが僕だったのだそうです。あまり嬉しくありません。
「おー」と感嘆の声を上げたり、「!?」と驚いたり、「ふふふ」と笑ったりと千差万別です。
うーん、やっぱり嬉しくないです。
とりあえず、僕はミルクの入ったポットを取り、扉の近くに居たシャロンさんに言う。
「では、お嬢様、失礼いたします」
「は、はいっ」
あれ、僕はてっきり「どうぞお入れなさい」とお嬢様節を炸裂させるのかと思ったのですけど。
やっぱり、なんだかおかしい。
動きもぎこちないし、一般人ならまだしも、あのシャロンさんがここまでガチガチになるなんて……。
「あの、質問なんですけど」
ミルクを入れ終わった僕にアロエちゃんがはいっと手を挙げて訊ねてくる。
「なんでございましょうか、お嬢様?」
「えーっと、ミルクは後から入れると味が悪くなると聞いたの」
僕はいつもの笑みを崩さず、いつものスタンスで話す。
「それは低音殺菌のミルクの場合でございます。超高温殺菌のミルクを使う場合には問題ないかと存じ上げます」
「そのミルクは?」
「もちろん、超高温殺菌でございます」
アロエちゃんはうんうん、と納得した様子で、ミルクをいれてー、と僕に言ってくる。
「えぇ、もちろんお入れいたしますよ、お嬢様」
お嬢様、というたびにアロエちゃんはきゃーっ、と満面の笑みで喜ぶ。
やっぱり、女の子というのは「お嬢様」の響きに弱いのでしょうか?
……では、その憧れの的とも言うべき「お嬢様」のシャロンさんはどう映るのでしょう……?
と僕がふと思いをめぐらせている時。
ばたん、と誰かが倒れた。
僕は音のした方を向き、座るべき主がいない椅子を見て、倒れている人を見た。
騒然とする広間。
会を催したクララさんも、衣装つくりに協力してくれたヤンヤンさんも驚きが表情を支配している。
僕はなんだなんだと騒ぐ皆を手で制し、倒れた人の隣へと歩いていってから意識を確かめる。
もちろん、意識は無い。眼は閉じられ、顔が赤い。 風邪か何かでしょうか?
意識の喪失を確認した僕は、立ち上がり深々と頭を下げた後、
「申し訳ありません、ご主人様方、お嬢様方。 私めはこちらのお嬢様をお部屋へお連れいたしますので」
と言って、「失礼いたします」とつぶやいてから首とひざの裏を支えながら持ち上げる。
お姫様抱っこ。
皆が眼を丸くして僕をまじまじと見ているが、気にしないことにする。
それよりも、
「では、失礼いたします」
早く、シャロンさんをベッドへ。
「ん、んぅ」
「気が付きましたか?」
「ふぇ!?」
なんともかわいらしい悲鳴ですね。平素からは想像も出来ません。
もちろん、シャロンさんの部屋に居座ることは出来ず、僕の部屋で寝かせることにした。
幸い僕の部屋は女子の方に見られて困るようなものは何一つ置いていない。
これがレオンだとたぶんダメなんじゃないでしょうか。あとタイガあたりも危険かもしれませんね。
結局お茶会は中止と相成って、皆が心配そうに僕の部屋を訪れ、一言二言寝ているシャロンさんへ声をかけて帰っていった。
かれこれ、もう4時間ですか。単なる気絶にしては長いですね。
「……あ、服……」
「執事服ですか? 着てると恥ずかしいので今はクローゼットの中ですよ」
僕はふふ、と笑いながらベッドから上半身だけ起こしたシャロンさんに話しかける。
机に備え付けられた背もたれのある木のいすをベッドの横へつけて座る。
シャロンさんはなぜか僕の方を向こうとせず、ベッドのそばにある窓の方を見ている。
僕は――なぜかはわからないですが――ふぅ、とため息をついてからシャロンさんのおでこに手を当てる。
一瞬びくっと身体をこわばらせたシャロンさんはこちらを眼を大きく見開いて見た。
「……熱は無いようですね」
僕は心のそこから安堵し、笑みを浮かべてシャロンさんに話しかける。
「……何か心配事があるなら相談してくださいね?」
「!」
シャロンさんは身体をこちらへと向け、何か言いたそうに口をぱくぱくさせている。
「誰でもいいんです。ルキアさんでも、クララさんでも、誰でも。 ……なんなら、僕にでもいいです」
「……!」
「一人で背負い込んではダメです。傷つくのは他ならぬシャロンさんなんですから」
……僕は「傷つく」のが嫌いです。以前、たくさんのものを失ったあの事件から得た唯一のもの。
そのために、僕は常に笑顔で居ました。怒れば、誰かが傷つく。それですら、僕には許容できませんでした。
色々な人が傷つくのを、黙っては見てられないから、色々と手助けもしました。
だから、今背中を押したら何の抵抗も無く倒れてしまいそうなほどに弱くみえた彼女を、放ってはおけません。
「……」
僕の言葉をゆっくりとかみ締めるように、顔を下へ向け、手を胸に当てるシャロンさん。
本当に、儚げ、だと思います。
と思いをはせているとシャロンさんは急に僕の身体をベッドそばへと引き寄せ、僕の胸に飛び込んできた。
「しゃ、シャロンさ……」
僕の言葉は途切れた。いや、黙らざるを得なかった。
シャロンさんの小さな手が、細い指が僕の服をぎゅっと握り、肩を震わせていた。
……そんな彼女に、僕は声をかけるべきでしょうか?
声をかけることが出来る人が居るなら、今すぐその言葉を、方法を僕に教授してほしいものです。
僕にはただ、彼女の頭をなでるぐらいしか、できませんでした。
シャロンさんが僕の胸を借りてから数分して、やっとシャロンさんは落ち着いたようだ。
ゆっくりと僕から離れ、高そうなドレスの袖で涙をぬぐった。
「落ち着きましたか?」
僕は笑みを崩さず、顔がほんのり赤らんでいるシャロンさんに話しかける。
「えぇ、お陰様で。 だいぶ落ち着きましたわ」
シャロンさんはいつになく眼を細め、やわらかく微笑みながら僕を正視する。
……こう見てると、シャロンさんは「気高い」という感じがしますね。
いわゆる「美少女」なのでしょうけど、それだけでは表せない何かがある気がします。
「……わたくしの父は、わたくしにさほど関心をしめさない人なのですわ」
僕が見惚れていると、シャロンさんは窓の外の月を見ながら誰に言うでもなく語り始めた。
「そんな父を見返したくて、わたくしはこの学校にきました」
僕は黙って聞いている。
「最初は、勉強ばかりしていましたわ。 ただ、父を見返す一心でしたから」
月を見ていた彼女の顔が、こちらを向いた。
ほのかな月の光が彼女を照らし、幻想的でひどく魅力的に見えた。
「でも、わたくしは皆と出会えましたわ。 ……それからは楽しくて楽しくて」
彼女の微笑が、いっそう深くなる。心の底から楽しいと思っている何よりの証拠だ。
「……そこで、わたくしは『ある人』に出会ったのです」
シャロンさんの、真剣な表情が眼に映る。
もともと、シャロンさんは表情がころころ変わる人だが、今の表情はまさに真剣そのもの。
「いつもにこやかに微笑んでいて、いつも誰かのために行動している人」
……それって……?
「自分のために頑張るわたくしとは正反対の人でしたわ」
僕は考えをめぐらす。
「だからこそ、わたくしは思いました。 ……『その人』のことを、知りたいと」
どう考えても、ひとつの結論にしかならない。
「その人は、常に『微笑み』のベールで『本性』、というべきなのかしら? とにかく裏にあるものを隠していました」
本当に?
「……わたくしが、わたくしの『想い』に気づいたのは、つい先ほどでした」
僕のうぬぼれ、じゃないですよね?
「消え行く意識の中、はっきりと聞こえた言葉。 わたくしを気遣ってくれる、暖かい言葉」
彼女の眼が、細く弓なりになった。
こんな微笑を、僕は初めて見た。
「たぶん、誰が倒れても同じことをなさるのでしょうけど、わたくしはこの『幸せな勘違い』を信じますわ」
どくん。
心臓が跳ねた。
「……」
……? あれ? なんだか、シャロンさんの顔がみるみる赤くなっていくような。
「……」
え?
「っ!」
シャロンさんは突然顔を真っ赤にし、ベッドから飛び降りるとものすごいスピードで走り去ってしまった。
……ドレスを着ているのに、あの速さで走れるのはある意味驚嘆に値すると思うのですが。
「あーあ、失敗したね」
「シャロンさんってば、大事なところでいつものクセが出ちゃいましたねー」
シャロンさんと入れ替わる形でルキアさんとクララさんが入ってきた。
……えーっと。
「説明していただけますか?」
僕は微笑を維持したまま、ルキアさんとクララさんを見る。
「ちょ、ちょっと怖いってばカイル……」
「いえ、僕は怖くないですよー?」
「その微笑がいつになく怖いですぅ……」
2人がびくびくしながら僕を見ている。僕は力を入れた肩を楽にし、2人に答えを促す。
「ま、まあ、その、アレよ。 今回のお茶会は、あたしとクララ、それにヤンヤンの3人で企画したの」
クララさんとヤンヤンさんが関わっているのは分かりましたが、なぜルキアさんが?
「……続けてください」
「コンセプトは『貴族のたしなみ』よね。 ……誰がどうみても、シャロンを意識してるのは明白でしょ」
言われてみれば。
「で、その『執事役』、いわば『主役級』に抜擢されたのがカイル、あんたよ?」
……まさか。
「今回のお茶会は、シャロンさんの告白のための布石……?」
「ご明察です。 それを発案したのが、ルキアさん」
浅くうなずいたクララさんがルキアさんの言葉をつなぐ。
「私達3人は彼女から何度か相談を受けていましたから彼女の気持ちは知っていました」
「まあ、本人が気づいてないんだからそれはそれで苦労したんだけどね」
「だから、まずは想いに気づかせて、告白へと導こう、と画策したのです」
……蓋を開ければびっくり仰天玉手箱、といったところですか?
「さて、今度はあたしからの質問よ」
いつになく低く、感情を押さえつけているように思えるルキアさんの声が部屋に響く。
「なんでしょう?」
「ぶっちゃけ、あんたシャロンをどう思ってるの?」
「ストレートですね」
「うん、あたし回りくどいのは苦手だからさ」
ははは、と苦笑いを浮かべるルキアさんだが、声自体はまじめそのもの。
今日はいろんな人のいろんな面を見れるなあ。
「……そう、ですねえ。 魅力があるとは思いますよ?」
「こ、こんのぉっ!」
「まあまあ、ルキアさん、落ち着いて。 私達は『あなたは』どう思っているのか、を聞きたいんですよー」
髪の毛が逆立って今にも襲い掛かってきそうなルキアさんを抑えつつクララさんがわずかに非難めいて言う。
……もちろん、それぐらい僕にも分かっていますよ。
お茶会の場で気にしていたこと。
「放ってはおけない」と思った、その真の理由。
そして、あのときの心臓の高鳴り。
「……申し訳ありません。 2人とも、その答えはあとで」
「なんでっ!?」
ルキアさんの叫び声を聞いて、僕は今まで続けてきていた表情を変える。
2人が見たことも無いようなものを見たかのような顔で僕の顔を凝視する。
比喩でも何でもない。今の僕は「笑っていない」のだから。
僕の顔から、あの事件以降、初めて「笑顔」以外の表情が現れたのだ。
「行かなければならないところがあります。 それも、至急」
「分かりました」
「……なるほど、ね。さっさと行きなさい。答えは後で聞いてあげるから」
すぅ、はぁ。
深呼吸をして、女の子らしい装飾が施された扉をこんこんと叩く。
「どなた?」
か弱い声が扉越しに聞こえた。さきほどまで聞いた、あの声。
もしいなかったらどうしようかと……。
「カイルです。 ……中に入れていただけませんか?」
「え、あっ!? ちょ、ちょっと待っててくださる!?」
「えぇ、構いませんよ」
僕の返答の数秒後、中からバタン、がさごそ、「ああんもうっ!」などと色々な音や声が聞こえる。
どう聞いても片づけをしているようにしか聞こえない音。
当り散らしていたのかなあ、と思って想像してみる。うん、シャロンさんらしい。
音はすぐにやみ、扉がそろーっと開く。
「ど、どうぞ」
シャロンさんの部屋はまさに女の子、の部屋だった。
僕の質素なものとは違い、オレンジ色の壁紙があたたかく、ベッドにはたくさんの人形が置いてある。
……うーん、性別が違うだけでこんなに部屋は変わるんですね?
「そ、それで、どういったご用件ですの?」
シャロンさんはベッドに腰掛けて、僕から眼をそらし何も無い右斜め下の床を見ている。
僕はそんなシャロンさんの前に、ゆっくりと歩み寄り、
「シャロンさん、あのですね、さきほどルキアさんとクララさんがきまして」
「!?」
ブラフのつもりではなかったのですが、みるみる顔が赤くなっていってかわいいですね?
それを見れただけでもあのお2人の名前を出した意味があるってものです。
「えと、色々と言われました」
「……な、何を?」
「言う必要、あります?」
「うぅ」
耳まで真っ赤にしてうつむくシャロンさん。
なんだか僕がいじめる構図になっています。第三者が見たら大変なことに……方向を変えなくては。
「でも、それを聞いて、とても嬉しかったですよ」
「……え?」
シャロンさんが顔を上げて僕の方を向いた。
眼には涙がわずかにたまっている。
「シャロンさんが倒れたとき、僕は『お姫様抱っこ』をしましたね?」
「そ、そうですわね」
あ、今の「お姫様抱っこ」って言葉に反応してさらに赤くなってしまった。
人ってここまで赤くなれるのですね。
「……もし他の人なら、僕はたぶん『担架を運んできてください』と言ったはずです」
そう、普通、人が倒れたなら担架で運ぶべきなのですから。
担架で運べば抱きかかえるより安全に運べますし、何より運びやすい。
「さらに『宿直室に』運ぶのがベストの選択なのに、僕は『僕の部屋に』運びましたよね?」
「あっ……」
顔の赤みは依然としてシャロンさんを熱っぽくさせているようだ。
僕の方にもその熱さは伝わってくる。
「……この意味が、分かりますか?」
「でも、わたくしは、いざと言う時に躊躇って、挙句逃げてしまうような女ですのよ?」
僕から目線をそらしたシャロンさんは自嘲めいた台詞をはく。
僕は彼女の手をとり、彼女がこちらを向くのを確認してから、
「いいじゃないですか、それが『シャロンさん』なのですから」
「!」
僕はさきほどまで真剣になっていた表情を変え、シャロンさんに笑いかける。
「もし、あそこで躊躇わず、逃げなかったら、僕はシャロンさんに惚れていませんよ」
「!!」
言った。
言ってしまいました。
とりあえず、シャロンさんの反応を待ちましょう。
「……」
あれ?
「……うきゅぅ」
もしかして、またですか?
「……あぅ?」
「お目覚めですか?」
2時間ですよ、2時間。
倒れすぎです、シャロンさん……ってまた顔が赤くなってますよ!
「あ、えと、あの」
普段なら見れないしどろもどろになっているシャロンさん。
今この光景を見ただけで事実上の告白をした甲斐がありました。ごちそうさまでした。
「こ、こちらこそよろしくお願いいたします、わ……」
ああっ! 嬉しいけど、シャロンさん! 頭から湯気を出しながらベッドに倒れないでくださいっ!
がっ、と僕は反射的にシャロンさんの首に手を回し、僕の身体へと引き寄せる。
「ひうっ!?」
思いもしないかわいげな悲鳴。いいですね?
「ああああ、あの、カイル、さん?」
「えーっと、なんといったらいいのか、その、倒れすぎると身体によくないですよ?」
「た、倒れさせてるのは誰なんですかっ!」
うん、いつものシャロンさんらしい。僕はふふ、と思わず笑ってしまう。
「何がおかしいんですのぉっ!?」
シャロンさんの頬は前とは違う赤みがさし、大きな青色の瞳には涙がたまり始めた。
「いえ、この方がシャロンさんらしいなあ、と思いまして」
笑いを微笑みに変え、ベッドのヘリに座っているシャロンさんの隣に座る。
「心配事は、解決できましたか?」
僕の質問に、シャロンさんは――おそらく誰も見たことが無い――満面の笑みで、
「えぇ」
と明朗に、僕の方を見ながら答えた。
「……ところで、その、わたくしたちは恋人、になったわけですわね?」
シャロンさんはおずおずと上目遣いで僕を見てくる。これはかなりの威力ですね。
「そう、ですね。 口にするのは恥ずかしいですけどね」
「で、では、その、証というか、その」
なんだか要領を得ませんね。
「えと、あの……き……」
……き? ああ、なるほど。
僕はシャロンさんの身体を僕の方へと向けさせ、頷きで合図を送る。
シャロンさんは僕の意図が読めたのか眼を閉じた。
ゆっくりと僕はシャロンさんの唇へ触れる。
途端、やわらかい感触と、優しい暖かさが僕に伝わる。
お互いがお互いに触れるだけの幼いキス。
でも……今のこのときはまさに至福ですね。
それはシャロンさんも分かっているようで、目を閉じていながらでも雰囲気で理解できる。
実際の時間では数秒ですが、本当に数分、数時間に感じられるものですね。
「……なんだか、わたくし、今幸せですわ……」
ぽわーん、と浮ついた表情でほほに手を当て、うっとりしながらシャロンさんは言う。
かく言う僕も勿論賛成なので、同意の意思を示す。
「そうですね、言葉に出来ないくらいです」
自然と笑みがこぼれる。心から湧き上がる嬉しさが自然と顔をほころばせる。
「ですけど、どうして……その、き、キス……だと分かったのかしら?」
一単語を発するたびに顔が真っ赤に変わるシャロンさんは見てて愛おしさすら感じてくる。
僕はいつもとは似て非なる微笑みを浮かべ、
「あの状況から連想できて、『き』から始まる単語なんてそうそうありませんから」
「……で、でも、もしかたしたら他の単語かもしれませんわよ?」
「たとえば?」
「そ、その……『気合』とか……」
「ははは、それはありえませんって」
「うー」
こういう、たわいも無い会話までもが楽しいを通り越して至上のものになっている。
……恋って、いいですね。
それはいいのですが。
「……なんだか癪ですわ」
「はい?」
シャロンさんは急に眉根をよせ、僕の方を凝視する。
「今、思い返すに、わたくしは猛烈にカイルさんにもてあそばれた気がしておりますの」
……そ、それは単なる言いがかりでは……?
シャロンさんは――これまた僕が始めてみるのでしょう――あくどい笑みを浮かべ、
「では、わたくしは今から『仕返し』をすることにいたしますわ」
「へ?」
シャロンさんはベッドを降り、あろうことか僕の制服のズボンのファスナーを下ろし始めた。
「しゃ、シャロンさん!?」
「……他人の焦るさまを見るのは、確かに面白いですわね」
うわあ、確実に悪人っぽく見える! 小悪魔なんてレベルじゃないですよっ!!
抵抗しようと、ファスナーに手をかけているシャロンさんを引き剥がそうとすると、
え、あれ? 身体が動かない!?
ドアの方をちら見すると、見知った顔が色々のぞきこんでいた。皆の手には何かの魔法書と淡い光を放つ杖。
まさかハメられたのですか!?
「ふふふ、では、辱めといきますわ」
ファスナーをおろし終わったシャロンさんは手をわきわきとしながら僕のトランクスをずらす。
お願い、後ろを向いてシャロンさん! 気づいてシャロンさん!!
そんな願いもむなしく、シャロンさんはずらしたトランクスからお目当てのブツを外気にさらす。
中から現れたのはへにゃりと休眠中の僕のポケットモンスター。
それをまじまじと見ているシャロンさん。うわああ、恥ずかしいっ!
「そんな眼で見られても、やめませんわよ? まだ仕返しは始まったばかりですの」
そう言って微笑むと、シャロンさんは僕の分身を優しくつかみ、上下にすり始めた。
「確か、こうすると……」
何かを観察するようにシャロンさんは僕のモノを見続ける。
……身体は正直です。
すぐに僕の息子はいきり立ってしまった。まさに怒髪天。
「……これは、『モンスター』ですわね……」
何を言ってるんですかシャロンさん! あとドアのほう! 生唾を飲む音がこっちまで聞こえてます!!
でもなんで気づかないんですかシャロンさん!!
「確か、コレを……」
はむ。
一番敏感なタートル・ヘッドを唇で甘噛みされた。
僕の脳に甘い電撃が走り抜けた。ロマノフ先生の雷とはまた違う衝撃。
びくぅ、と身体が反応する。身体が固まって動けないのになぜ反射だけ!
「あら、気持ちいいんですの?」
そうですけど、シャロンさん、眼がなんだかとろんとしてますよ!? 何を……!
シャロンさんはゆっくりと、僕のバベルの塔をぺろぺろとアイスキャンディーのようになめはじめた。
これは、かなり、キツい!
ぺろ、ぺろ、と茎から裏の方まで丹念になめあげるシャロンさん。
なんとも淫靡。
一通りなめ終わったシャロンさんは、まだまだ終わりませんわ、と僕のビッグ・ベンを上からくわえた。
うあああああ!!
なんか、もう、僕、天使に誘われそうですっ!!
じゅぷ、じゅぷ、と上下運動するシャロンさんが前髪をかきあげる仕草までもがみだらに見える。
……あ、なんだか、頭がぼーっとしてきました……。
数十回往復した後、ぷはぁっ、とシャロンさんは荒い息を吐きながら僕の愚息をしごきあげる。
「硬さもすごくなってきましたわね。 ……口に出して構いませんわよ?」
いま、なんと……?
僕が回想する間も無く、一回深呼吸をしたシャロンさんは再び僕の屹立をくわえ込む。
うああ、なんか、溶ける、と表現した人がいますが、まさにそのとおりだと思いますっ!
上下運動をしながら舌を動かしさかんに僕の亀を刺激するシャロンさん。
だめ、もう、我慢できないです……!!
僕の砲塔から発射された弾はシャロンさんの喉を直撃したようだ。
「んうっ!? んうー、んっ、んっ、んっ」
どく、どく、と僕の大砲が動くたびにシャロンさんの喉が動く。
……え、ちょ、ちょっと!?
大砲が発射を終えると、更に中に残った弾丸を出そうとちゅー、と吸い上げられる。
あああああ!!
「……濃密でしたわー……」
なんだか肌のつやがよくなって、恍惚とした表情でつぶやくシャロンさん。
いつのまにか金縛り――のような魔法――は解けていたのか、僕はぐたっと前へ倒れる。
「ひ、ひどいです……僕、もうお婿にいけません……」
「ふふふ、カイルさんがあんなことしたから……そうですわ」
僕は疑問符を頭に浮かべながら、首だけ動かしてシャロンさんのほうを向き、
「なんですか?」
「……あの、こ、これからは、その、『さん』をつけずに……」
髪をくりくりといじりながら顔を赤らめ、横目で見ながらシャロンさんは言う。
「ああ、そういうことですかー」
だるーん、とだれながら僕は言う。
「分かりましたよ、『シャロン』」
……あ、またプヒューと蒸気出しながら倒れましたね。
翌日の朝。
シャロンは鬼の形相でいろんな人を追いかけては魔法を打ち付けている。
「あーあ、昨日のこと、気づいてしまったんですね」
どうやら、誰かがぽろっと漏らしてしまったらしく、すでに被害者は半数に及ぶ。
すでに犠牲になったレオンとサンダースに肩を貸しながら僕はつぶやく。
「し、しかたねーだろ、お前みたいな朴念仁とシャロンみてーな奥手だったら見たくなるだろ?」
「我輩は下らぬと言ったのだが、皆が行け行けとうるさいから仕方なく」
「とかなんとか言って、ホントは――」
「だ、断じて違う!!」
僕は苦笑いしながら右と左で話し合っている二人に告げる。
「僕も今回ばかりは少し頭にきてますけど?」
一瞬にして黙った2人。
……なんだか、だんだん僕に「怖い」イメージがつきまとっているような気がしますね。
宿直室に2人を届け、その後雷が宿直室から聞こえてくるのを無視しながら僕は寮の廊下を玄関へ向かって歩く。
玄関へと向かう廊下へ出ると、最後の犠牲者を倒し終えたシャロンが肩で息をしながら立っているのが見えた。
「シャロンー」
「!」
ぎろり、とにらまれる僕。
いや、僕に責任はありませんから、残念。
「……カイル、あなたは何もしませんの?」
「えぇ、僕はしません」
僕の答えを聞いたシャロンはあきれた表情を浮かべ、しかし再び微笑みに戻って、
「まあ、あなたらしいですわね」
僕は、僕らしく。彼女は、彼女らしく。手をとりあって行こうと思います。