小さい頃、学校の成績でどうしても納得できないことがあった。
図工の授業があった。学校によっては工作、美術。色んな言い回しはあると思うが、
絵を描くのはだいたい、どこも同じことだと思う。
俺の学校ではとりあえず、図工という名前で、10段階評価だった。
今はどうかは知らない。この話にも関係が無い。
俺の絵の成績が、非常に不可解だった。
ある時は1だった。親に怒られた。
ある時は5だった。よくなったなと先生に言われた。
ある時は10だった。お前一体何やったんだと友人に言われた。
ある時はまた1だった。お前は一体何やったんだとまた友人に言われた。
下絵を描き、色を塗る。課題だって例年そうは変わらない。
花を描きなさい。人を描きなさい。空を描きなさい…。
言われたように描いただけだった。
…いや、あえて俺がしたことと言えば。
常に『こうだったらいいな…』と脚色を加えたことだろうか。
生来、深く考えない性格の俺は、気づいたら結構「やっちまってた」。
鬱金香の紅い花壇を模写したとき、
その中央に、ありもしない翡翠の色をした鬱金香を描いた。それが一番気に入っていた。
親父から貰った俺の赤い髪より鮮やかな紅。
彩りが欲しいと思った。俺の髪にぴったりに合う。そんな彩り。
気に入っていたけど…その学期の成績は「3」だった。不満は無い。負けは負けだ。
俺は当時から不満や負け惜しみを嫌っていた。
数値の変動の大きい図工の成績は一種の掛けのようで、嫌いじゃなかった。
今回はこの色合いにかけた。だが負けた。初めはそれだけだと思っていた。
図工は一学期につき一つしか課題が出ないことも多い。その時も例外じゃない。
その頃、小さかった俺は、純粋にどうしてかわからなかったことがある。
『いいじゃないか、この色使い。タッチといい、実に独特で絵画としても評価できる』
『そんな訳ないじゃないか、こんな下手っ糞な絵』
『う〜ん。生徒が書く分には普通じゃないのでしょうか、どうしてお二人はレオン君をそんなに気にするんです?』
『芸術的じゃないか!』
『模写は模写だ。…きっと絵の具が足りなくなったから他の色にしたんだろう』
職員室を通りかかった時、聴こえただけだが「レオン君」という言葉があったので俺の絵について討議してたのだろう。
どうしても、わからなかった。
昔から深く考えないはずの頭に疑問が突き刺さった。
考えるな、負け惜しみする男なんて情け無い……。
そう自分を納得させ、疑問を抑え込んだ。
なぜ表現に、優劣をつける?否定する?評価する?是非を問う?
この疑問は、きっと今でも続いている。
―――――
アカデミーが地上に降りる、数週間前の事だった。
ホームルームの時、選択芸術の課題が出た。期限は二週間とのことだ。
賢者を目指すアカデミーでも、やはり選択授業は授業で存在した。
美術。音楽。書道とあったが、俺の人生経験から見たら、一見、美術が楽そうに見えたから、つい、美術をとってしまった。
屋上に出て、昔、自分の絵について微かに聴こえた討論を思い出す。
(書道にすりゃ良かったかなぁ……)
今更の後悔をする。いつもは簡単に吹き飛ばすであろう後悔に、珍しく囚われていた。
熱血の烙印を押されている俺でさえ、あまり好ましくない思い出というものはある。
熱くなりやるい性格である事は自分でも否めない。これを直すつもりは無い。俺だからな。
屋上に出て気分を入れ替えようかと思ったが、どうやら先客が居たようだ。
「………ルキア?」
声を上げずには居られなかった。
ルキアと言えば、 運動神経もあり努力家、ついでに胸の大きさであらゆる人物から一目置かれている存在だ。
クラスも同じで、よく話す。はきはきと、さらにさっぱりとして世話好きという才色兼備って奴を良く表現している。
さっぱりし過ぎて男扱いされかけた事もあるが。
いつからかはもう思い出すことが出来ないが、俺は彼女に惹かれていった。
直球で言えば好きな娘だ。
「ん……レオン?」
しかし、俺の知ってるルキアは少なくとも、こんな陰を含んだ表情はしていない。
人には色々ある。きっと俺が知らないだけだろう。
正直に言うと、こんなルキアもいいなって一瞬考えた。
でも彼女は、悩むことを嫌っている。
その嫌い方は俺の負け惜しみ嫌いに通じるものがある。
「悩んだりしたら、いつもここに居るのか?」
口は勝手に喋っていた。…なんの脈絡も空気も読めていない発言からスタートしちまった。
駄目だな俺。
「そんなわけないじゃない。ちょっとね……レオンこそ……」
珍しいね。何か嫌な事でもあったの?と、その目が尋ねてくる。
「ま、今日はちょっとな」
「選択授業の課題がちょっぴり憂鬱かしら?何、芸術は苦手?」
顔に陰はあっても、好奇心旺盛で世話好きでいて……鋭い。
やはりルキアだ。少し安心した。
「………まぁな」
「同じタイミングで似たような顔されちゃ、そりゃ勘で言いたくなるっての
鏡で見てみた?あんたの顔。熱血の称号が笑うわよ〜?」
口調はいつも通り。でも目は笑ってない。言葉に押してくるような覇気も無い。
「ルキアもそうなのか」
「さーね……レオン美術だっけ?クララの話じゃぁ何でもいいから風景画?だっけか」
「正解。そういうお前こそ、アロエの話じゃぁ、何でもいいから一曲。だろ?」
「そういうこと。アロエったら可愛いのよ?
あの背でチェロ弾き出すんだもの。よくあんな指でフィンガリング出来るわね〜
ハーフポジションまでしっかり決めて音程も正確。あんなに弾けるなんて思わなくて皆引いてたわよ?
あんなに凛々しいアロエはそりゃぁ見物だったわよぉ〜。レオンもこっちにくれば良かったのに」
「いや、俺ぁ、いい。楽器はどうも苦手でさ。…詳しいのか、音楽」
「……まぁね〜」
手をひらひら返しながら適当に答えて来る。
「何か楽器が上手いのか?」
「それはわからない」
こっちははっきりと言われた。
「ハープ弾いるんだけどねぇ。ちっさい頃から」
「へぇ……それは流石に意外だな。アロエのチェロとどっこいだな」
「それ、カミングアウトする度言われるのよ」
そう目元を下げるようなクスっと笑う仕草に少し、胸が鳴る。
ルキアにもそんな動作があるのか…。
「でね?どうしてか、私の演奏への評価が人によって極端なのよ」
テンポを上げていた鼓動が急に止まる。
背筋に、冷や汗が浮かんでくる。
もしかして、鏡というのは……。
「習ってた先生には普通って言われた。
母さんには上手って言われた。
学校の音楽の先生には……」
当ててみろと言われるような間。
「下手って言われたんだろ」
「ま、そういうことよ。」
風が駆け抜ける。
言葉も交わさずに。ただフェンスに寄りかかり突っ立ったまま、
同じ疑問を背負う二人は。ただ、秋の肌寒くなってきた空気に身を任せ、
各々、物思いに耽っているようだった。
どうすれば良いのかわからない。
気にせず適当に済ませれば良いはずの課題を、
自分の何かが無理矢理引きとめしなくても良いはずの疑問を自らに課す。
疑問ややがて鎖となり、何をどうすればいいのか、身動きを封じる。
やがて心を絡め、そもそも何に対して疑問を持っていたのかすら曖昧にしていく。
「ね?」
ルキアが先に沈黙を破った。
「ん?」
同じ事を考えているのかもしれない。
何故ならあと数秒ルキアが声をかけなかったら、自分が声をかけるつもりだったからだ。
「互いが課題でやるもの指定しよっか?」
やはりそう来たか。口元が自然に吊りあがった。
「俺音楽わかんねぇ」
「だいじょうぶ。あたしだって絵画なんてわっかんない」
「だろうと思った。いいぜ」
「3秒で考えて」
「せめて40秒位はくれよ」
3…2…1…
「なら、『この空』を描いて欲しいな」
「じゃぁ、『この空』に合う曲を作ってくれ」
「「っぷ」」
自分たちで言うのもなんだが、臭すぎる。噴出すなという方が無理だ。
夕焼けが見える。真っ赤に燃える。茜色に。
そんな夕焼けを背にした彼女は微笑む。
ルキアの翡翠の瞳は、陰が差し、燃える夕日との比較による
目の錯覚か、紅い雲が踊っているように見えた。
「それじゃぁ、提出前に見せ合うとするか」
―――――
一曲ね…洒落たこと言ってくれるじゃない。
言葉にはしなかったけど、きっと。レオンなら……。
違う、レオンだから、私がどうして欲しいか、分かるんじゃないかなと想う。
…それにしても、『この空』で被るなんて……やっぱり、レオンは良い。
普段は荒々しい熱血の癖に、私の欲しい言葉を心で求めた時に自然にくれる。
レオンの後ろの宵闇と、彼の爽やかな赤い髪は色が混ざり込み、
目の錯覚か、空に咲いた花が踊っているように見えた。
「りょ〜かい」
―――――
「あの、風景。か…」
部屋の収納から一回くらいは使うと思い持ち込んだイーゼルを持ち出す。
…埃塗れだった。懐かしい絵の具や画布の臭いがする。
そして、ワトソン紙と、水彩絵の具を出そうとして…やめる。
頭の中で思い出す。
結局は素人の俺が、何を描けば。
彼女の言った『この空』になるのだろう。
『丁寧に、描いてね』
なぜか、そう言われた気がした。
そして俺が成績で「3」を取った時の画材を持ち出す。
油彩絵の具と、画布。そしてそれを固定する器具。
そして、使い終わっていない、中途半端な古い5Bの黒鉛筆。
水彩絵の具は文字通り、水のような淡く、染込むような、そんな美しさ見せることが出来る。
だが。
水彩画は手早く塗らなければならず、修正が利かない。
間違ったら間違っただけの修正も、
ぶつけたいだけの思いも幾重にも濃く、描き込めない。
何より、
『翡翠の鬱金香』を、もう一度描くのだ。だから同じ画材が、一番だ。
思えば、あの絵を描くこと自体は……結構楽しんでいた気がする。
別に上手くはなかったけれど…楽しかった。
たっぷり1時間ルキアのことと鬱金香の事を思い出していた。
考えれば、ルキアの賢者になろうとしている理由を訊いた時から、
俺の賢者になろうとしている理由を話した時から、
惹かれあっていた気がする。
似ていた。初めはただ、それだけの感覚だった。
細部こそ異なることも、すぐ熱くなることも。正義感が堅いことも。
運動が出来ることも。何より、目指す目標が『行方不明の恩師(父親)』。
気がついたら境遇の似ている友人は好きな娘になっていた。
もっと素直に、早く気持ちを伝えた方がよかった気がする。
俺は鉛筆を置いて、描き始める前にハープの事を調べに資料室へ向かった。
―――――
それから一週間と六日。
俺は仕上げた絵を提出する前の日の放課後、屋上へと進む階段を登る。
脇には仕上げた絵。
微かに、歌が聴こえる。そして、音量の大きくない。ハープの音色。
Do it notice?The thing that I love you.
既に空気は寒く屋上にでて食事に洒落込む変な奴も居ない。居るとしたら
I might resemble your mind so much why.
こんな寒空の下。きっといちいちテンションの変化まで調節してる俺の好きな人。
Please if you have the same one as feelings that I think you.
気恥ずかしくて、わざわざ俺が階段に足をかけるタイミングを予想し演奏する。殊勝な、でもいつもは気丈な彼女。
Please write the message only to me.
…しっかり込めてある。
Has my voice been carried to you?
空は赤が踊るようなグラデーション。屋上のフェンスから見える紅い夕日と空とそして……
―――――
曲は制限時間でもあったのか、短く、ショートバージョン。と言ったところだろうか。
屋上の扉へと手をかける。
キィ----バタン。
「…よぉ、ちゃんと聴いてたぜ」
「…本当はイタリア語で作ろうかと思ったけどレオン。あんた、洋楽好きでしょう?」
「俺の語学は喋る事だけは得意だ。文法とかよく間違えんだけどな」
「あたしも」
ローズウッドフレームの大きめのアイリッシュハープの横に座る彼女は…
「様になってるな。良く似合ってるじゃないか、ハープ」
「ありがとう」
ルキアは立ち上がり、前と同じフェンスに寄りかかる。
俺は前よりずっと近い、拳一つ分しか間の無い近くに寄りかかる。
眼下に広がる景色を見る。前より海が近い。アカデミーが緩やかに緩やかに、降下しているのだ。
きっと遠くない内に、アカデミー着地予定地点へ到着するだろう。
見納めになるかもしれない、眼下の海。
もう数時間も経てば、一週間と六日前と同じく紅い、とても紅く美しい夕日が見えるだろう。
「…曲作ってるときに…考えたんだけど」
ルキアが沈黙を破る。心無しか声が震えている。
「ん……?」
「どうして、音楽に評点なんかつけるんだろ…」
「……学校じゃぁ仕方ないんじゃないか」
「見る人、聴く人だって、好きなものに好きと言えばいい。
気に入らないものにまで何か言う必要はなんてない。
もっと良くなる方法を提示するならいい。でも実際は違う」
どうやら、マイナスの評価という仮定で話が進んでいる。
「……確かにそんなケースもあるな」
「……あ、頭ごなしに貶してっ!!認めな、い…
自分の考えが…絶対だと…信じて疑わない!
ちっぽけな……自分勝手な自尊心しか持ってないっぃ!…くっ…」
「……そんな人も居るな。気にするな」
「…ぅぅ…そうだけど!!どうしてぇぇ…なんでぇ……
他人の世界…をぉ…自分の世界…のように…ぃヒクッ…グ…
優劣をつけるのぉ?否定するのぉ?評価するのぉ?是非を問うのぉよ…?
客観性ぃ?…嘘よ…客観や当たり前…ぅう…常識という名の下に振り翳してるのは
ただの勝手な偏見のコレクション!!
結局あいつらは自分だけに都合の良い世界に浸っていたいだけなのよぉ……」
それはあの日俺が感じた疑問と同じ。
相手までは分からないが…きっと、扱き下ろされたのだろう。
ルキアも抑えこんでいたのだろう。きっと。成績や上辺の褒め言葉じゃなくて、
認めて欲しかったんだろう。
My favorite things。自分の世界。
その正体はこんな世界が一つあってもいいんじゃないかって言う想い。
自分自身の、自尊心だ。
今ルキアが爆発させているものが俺の気持ちと同じだから。
悔しいと想う自分が抑え込んだ本音。
俺が隣で同じものを爆発させる必要は無い。
同時に、答えを知らない俺が意見を言うのは多分ルキアの望むことじゃない。
俺がやるべきことは一つ。
「取り付く島が無いょぉ……自分の考えが絶対なんて有り得ない……
どうして声が届かないのぉ……ぅ、うぅぅ!!」
限界だったのだろう。ルキアが目じりに溜まっていた涙が溢れ出す。
女の子なんだ。勝手に打たれ強いなんて、俺は思い込んでない。
「俺が聞いてるから。気持ち、分かるから」
「こんな…こんな…ぁぅ、ぐず…嫌な気持ちになるからぁ…ぅぅぅ!
悩みなんて嫌なの…ックゥ…よぉ…!!」
「分かるから。だから、ルキア。お前は今、泣いていい」
「…ぅ、む、胸…か、借りる…わよっ…ぅぅぅっぅぅぅ…」
勢い良く、胸に飛び込んでくる。
それでもルキアは大声を上げて泣かない。
声を押し殺して泣く。…辛い事だ。
少しでも安心できるように、ルキアの頭を撫でながら。言うべき事をいう。
「今の曲、俺は好きだ」
「ぅぅ……ほん…と…?」
これだけじゃ足りない。…ルキアの欲しがってる言葉じゃない。俺の言いたい言葉だ。
「ルキアは俺の好みに合わせてわざわざ曲を合わせてくれた。歌詞を合わせてくれた。
転調出来ない種類のハープの中で、俺の好きなパターンを再現してみせた」
勉強と同じ。過程だ。そこに至るまでの苦労がある。
その努力が割の合わない結果を生んだとしても、誰かが認めてあげなくてはいけない。
「…レオンは……ぅっ、いつだって…ぇぐ……欲しい言葉くれ…る。
だから…だいすき…よぉ…馬鹿ぁ……」
「俺もルキアのこと大好きだ…だからこんな絵になっちまった」
縁に貼り付けた画布を見せる。
「……ほんとはレオンに告白させる…ぅぅぅ!つもりだったのぃ……っ!!」
今度こそ、声を上げて泣いてくれた。
―――――
「あ〜、ひっさびさに泣いたらすっきりした。あ、胸ありがと」
「どういたしまして。だ」
「後一つだけ、整理付けたいことがあるの。付き合ってくれる?」
頷く。
曰く、ルキアがある機会で弾いた、ショパンのワルツ、14番の曲想を相当に扱き下ろされたらしい。
言われたの内容を掻い摘んでいえば、
『作曲者の意見は絶対。この曲を楽しげに弾くなど…』
『曲を侮辱しているのか』
『ハープでショパンなど有り得ない』
全否定を受けたということだ。
…ルキアは言われた事が間違っているわけではないと理解している。
その上で、こう言った。
「結局」
「………」
「絵も音楽も、文学も、造形も、建築も。芸術って、結局は好みなんじゃないかなぁって。
もし誰かの目に気に入られたとしても。
もし誰かの目に嫌われたとしても。
創り手も、受け手も、自分の考えを押し通して人を傷つけちゃいけないんじゃないかなぁ」
「まるで美術専門学校の生徒みたいなこと言うんだな?ここは賢者養成機関だぜ?」
「茶化さないの。ねぇ、そうじゃない?」
一瞬頷きかけた。
でも違う。この返答は感情だけで答えていいものじゃない。
感情的な自分をグッと抑え込む。
「人は…世界は、そんな単純には出来ていない」
「………レオンもそう思う、か」
結局この疑問は、一生付き合っていくしかない。
「でも、さっきの曲は気に入ってくれたんでしょ?
『レオンが個人的に』採点するなら10点満点で言うといくつ?」
「…10点だよ。…ついでに俺の絵は?」
「当然満点。……レオンはどれだけ私の事好きなのよ…くくく、あははっ!
それにしてもおっどろいたぁ、レオンは油彩画で来たかぁ…ククク………っ
絶対あんた徹夜してたでしょう?朝のあたしの挨拶もスルーだなんて…
なになに?風景描いてて好きな人を華麗にスルーだなんて世話ないわー。あはは!!」
「そんな笑うなよ…鬱になってくる……」
「…ふふ…くくく…私の『さっきの曲』はレオンが好きなら私はそれでいいの。
評価?ハッ、知らないわ。提出できりゃそれでいーのいーの。それに…ふぅ…」
ルキアは笑いを収めて、微笑んだ。
「褒めてくれてありがと。すっごく、嬉しかった。レオンのそういう熱血で一途、それでいて気配りのある所、好きよ」
「お・・・ぉぅ…」
「照れてる照れてる♪」
その目尻にもう一度浮かんだ涙を隠すためにわざと笑ったんじゃないかって思う。
後付の理屈をつけようが、心の傷は時間すら癒しきれない。
だから人は散々言葉を気にし、自分が傷つく事を恐れ、自分の世界を守るため他人を傷つける。
ルキアは我慢した。自分が傷ついても人の世話を焼き、決して他人を傷つけない。
決して人を傷つけなかった彼女は褒められるべきだ。彼女の我慢はとても、尊いと思った。
だが、さっきのルキアが言葉にしたことが正しいのかと言えば一概にそうとは言えない。
否定的な言葉は時として原動力となる。時として、淀んだ空気を換気する力を持つ。
だから、俺たちは……
「悩んでても仕方ないね!あたしとレオンの気持ちを結んだ出来事ってことで」
「過ぎてみれば良い思い出って奴でいいだろ。そう思ってた時期が俺にもありました〜。か?」
「あはは!それいいね!!」
俺たちに悩む姿は柄でもないし、好きでもない。
だから、笑う事にした。
もう一人で不安なまま抱え込む必要はない。
―――――
すこしずつ、日が傾いていく。
陰が少しずつ、伸びていく。
気温が、下がっていく。
「ね?」
「……まだ何かあるのか?」
「あたしの部屋でえっちしよっ。夕日が沈む前に」
返事を待たず、仕舞っても自分の身長大にも近いハープを軽々と片腕で担ぎ歩き出した。
断る権利はどうやら俺に無いらしい。
ハープ。俺の調べた時の資料によると確か、ルキアの持っているタイプのものは凡そ12kg。
「ぷっ…」
「なーに笑ってんの〜!早く来なさいよ〜!」
「今行くって」
ルキアらしい姿を見て、心から安心した。
…ん?今あいつ何て言った?
―――――