「よっしゃ、これで完成や」  
 
ようやく出来上がったそれを、カオラは満足そうに見つめた。後は、試運転が必要と言えば必要だが、彼女は自分の腕に絶対的な自信を持っているまず、100%の能力を発揮すると見て間違いないだろう。  
問題は、これを使うのは、事態が最悪に陥った場合であるということだった。はるかからは、もう三時間以上連絡が無い。どうやら、状況は悪化の方向に進みつつあるらしい。  
 
「しゃあないなあ……こうなったら、こっちも本気でやったるで!」  
 
カオラは側にあったリモコンを手に取り、スイッチを押す。すると押入れの中から物音が。そこには秘密の扉があり、地下へと続いているのだ。彼女は出来上がった作品を分解すると、それを地下へ搬入し始める。  
二階からの作業は時間が掛かった。何度も往復して全ての作業が終了し、部屋から物音と人の気配が消えたのは一時間後のことだった。  
 
 
その晩の夕食後、本来の住人がいなくなった素子の部屋では、景太郎達が集まって何やら密談していた。  
ぼそぼそとした小声での話は、部屋の外には漏れていない───はずだった。しかし……  
 
「ふむふむ……やっぱりけーたろとはるかとモトコのねーちゃんやな……」  
「ねぇカオラぁ、盗み聞きなんてよくないよ……」  
「何だ?なんかヤバい相談でもしてるのか?」  
 
隣の部屋、つまりカオラの部屋では、カオラ、しのぶ、サラの三人が息を潜めて囁き合っている。気配を悟られた時の用心として、瞬時に透明になって逃げる事が出来る熱光学迷彩全身タイツを着用。  
さらには赤外線センサー式のブービートラップをジャングルのような室内いたる所に設置しながら、超高感度指向性マイクによって壁越しに盗聴しているのだった。  
万が一部屋に踏み込まれても安全な、水も漏らさぬ備えである。とても中学生の事とは思えない。  
 
「……とりあ……人を……それぞれ……」  
 
はるかから聞かされていた一連の事件の真相を、カオラは知らない。  
だが、その内容が何であれ、彼らが陰謀団の構成員であることは確実なようだった。となれば、後は行動あるのみ。  
はるかは、どうやら計画の全貌を掴もうとして捕まった後に買収でもされたらしい、とカオラは睨んだ。  
 
 
「ふむ……バナナ一年分でももろうたんか……それとも、あの喫茶店を合体ロボに改造する資金目当てか……」  
「……なんだよ、それ」  
 
しばらく腕組みをして考えていたカオラだったが、やがてすっきりした顔で頷くと、二人を促した。例の秘密通路から地下に向かうまでの間、景太郎達の陰謀について説明する。それは、甚だしく事実と異なる内容ではあったが、方向性としては間違っていなかった。  
 
「ええっ!?センパイが、そんなことを……?」  
「マジかよ、それ……で、どうすんだ?あたしらで止めんのか?」  
「そや。ウチらがやらんで、誰がやるんかいな?」  
「でも、なる先輩とキツネさんとむつみさんはどうするの?放っておいたらあの人達も……」  
「ふっ……しのむ」  
 
ポン、としのぶの肩に手を置いて、カオラは悪魔のような微笑を浮かべた。  
 
「尊い犠牲やで……ホンマに」  
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ〜!?」  
「カオラ……お前ってやつは……」  
「まあ、しゃあないで。なんせ“アレ”には三人しか乗れへんしなぁ」  
「あ、アレって?」  
「この先にある……着いたで。さ、ここや」  
 
木造の建物を走る細い隠し通路がいつの間にか金属張りの広い通路になり、やがて地下と思われる岩盤を露出させた巨大な洞窟のような場所で一行は止まった。目の前には、大きな鉄の扉がある。カオラは、その横にある音声認識ロックに向けて言った。  
 
「カメは舞い降りた」  
 
すると、軋みと共に扉がゆっくりと開き、中から柔らかな光芒が差し込んできた。扉が開くにつれて、後ろの二人はあんぐりと口を開けている。それを満足そうに見ながら、カオラは呟く。  
 
「さあてけーたろ、ウチに黙っておもろいことやってた罪、たっぷりと償ってもらうでぇ〜!」  
 
 
また、こちらでも準備は完了していた。素子の部屋に呼び出されたむつみは、明かりの点いていない室内を不思議そうに見回しながら入って来る。夜になって降り出した雨が、外の地面を叩く音だけが聞こえていた。  
 
「浦島君、どこ?……きゃっ」  
 
人気の無い暗がりを覗き込むように探していると、突然胸に人の手の感触を覚えた。驚いて振り返ろうとしたむつみは、鼻腔に男の香りを感じ取り、ほっとして力を抜いた。  
 
「もう、何やってるんですか……?こんなことして。だめよ、女の人の胸を無断で触ったりしたら」  
 
めっ、というように指を立てると、むつみは景太郎の手を握った。そうすれば、すぐに離してくれるだろうと思ったのだ。しかし……  
 
「あっ……?」  
 
指先がぴくりと動き、豊かな乳房の下から上にかけて、うねるような感覚があった。自分の思い違いかと考えたのもつかの間、今度はその指先がはっきりと動く。乳輪の周りがじっくりとした指使いでなぞられ、同時に乳首の先をこね回すように弄られた。  
 
「んんっ……う、浦島君……だめですってば……」  
 
普段、何かにつけて人にキスをするむつみだったが、男に、それも景太郎にこういう事をされるのは予想していなかった。その手から逃れようとしてみたが、しっかりと後ろから抱きしめられているためにただ身をよじらせることしか出来ない。  
 
「はっ……あ、あんっ……い、いけません、うらしま、くんっ……ひゃうっ」  
 
じわじわと広がってくる快感のために自然と吐く息が熱くなり、声は切なげになった。膝頭が震え、踏ん張ろうと脚を広げた時、スカートの裾から景太郎の手が中に侵入した。抗議の声を上げようとしたが、耳たぶを唇で咥えられたためにで甘やかな悲鳴が出ただけだった。  
全身を景太郎の指によってくまなく蹂躙され、むつみの体は抵抗する力を失い、床に倒れようとした。が、なおも景太郎の腕は力強く彼女を捕らえ、重力に身を任せることを許してはくれない。ただ黙々と容赦なく、彼女の性感帯を攻めてくる。それが、不思議だった。  
こうも的確な愛撫をがっつく感じがなく出来るのは、景太郎はいつの間にかその方面の経験を重ねていたということだろうか……そんなことを頭の片隅でぼんやりと考えながら、初めて味わう官能に身体は震えていた。  
 
「ふあっ……あっ、あっ、だ、だめぇっ!」  
「ふふ……可愛いですよ、むつみさん」  
 
指の動きが早くなるにつれて、その感覚はどんどん強まってくる。どれだけ我慢しようとしても、もう肉体が意思の支配下に置かれることを拒否するかのように。  
 
「んんっ、はあぁん、だめっ、あ、ああんんっ!!」  
 
瞬間、身体の力が抜けて意識が一旦浮き上がり、すぐに落下して暗くなった。景太郎の腕に身を任せるようにして寄りかかったむつみの耳に、複数の足音と戸の開く音が聞こえた……  
 
「なる、こっちだ」  
「でもはるかさん、真っ暗ですよ?」  
「ホンマやね。ここでなんかオモロイことでもあるんか?」  
「そうどす。まあ入ってや」  
 
四つの影が滑り込んできた。これから自分達を待ち受ける運命を知らない者が、知る者に手を取られて。ほの暗い室内を見渡すと、景太郎がむつみを抱いているのがどうにか分かる。それは、何か異様な雰囲気を漂わせる情景だった。  
 
「ちょっと景太郎?あんた、何してんのよ」  
 
不審の声を発したなるは、直後に胸に手の感触を感じて震えた。はるかに、後ろから胸を抱え込まれている。驚く間もなく、その指先はゆっくりと動き出す。服の上からでも無視しようのないその感覚が、指の力が強まるに従って神経細胞に訴えかけてきた。断続的に、直接的に。  
小さなうめき声を漏らしながら身体をよじると、今度は服のボタンが器用に外されていき、度を失ってもがくと首筋をねっとりと舐められた。また細いうめき声、そして沈黙、熱い吐息のさざ波……  
 
「あっ、はるかさん、なにをっ……」  
「力を抜いて楽にするんだ、なる。私が教えてやる」  
 
行き場のない恐怖と戸惑い、快感と羞恥がこの非現実的な状況に対して出口を追い求めていた。しかし、考えようとすればするほどなるの精神は袋小路に迷い込んでいく。理解不能、対処不能、回答不能……  
ぼやけた視界に、鶴子に捕らわれたみつねが自分と同じように服を脱がされ、愛撫されている光景が映る。  
 
「あ、あかんて姐さん、そんなこと……ひゃんっ」  
「ふふ……こないなええ体してはるのに、まだ経験はなさそうやね?ウチが可愛がったるわ」  
「あうっ、あんあっ……」  
「そ、そんな……鶴子さんまで……あっ」  
 
一体何が二人をこのような行為に及ばせるのか、そうなった理由は何なのか。得られない結論を求めてあがく間にも、なるの身体は火照って疼き出している。それは初めて経験するようでもあり、そうでないようにも思われた。  
その違和感に戸惑っていると、景太郎が彼女の内心を見透かしたように言った。  
 
「成瀬川は、初めてじゃないよね。前、俺と楽しんだことがあるから」  
 
その言葉に、なるは愕然とした。前に景太郎とした?そんな覚えはない。そんなはずは……  
 
「まあ、覚えてないのも無理ないか。でも、すぐに思い出すよ。あの時とは比較にならないくらい、これから可愛がってあげるから……おっと、こっちはそろそろいいかな?」  
「う、浦島君……ああっ!」  
 
むつみの局部が十分に濡れていることを確認すると、景太郎はその太腿を抱きかかえて立ち上がった。仰向けに落ちそうになる恐れから、むつみは半ば本能的に両手を景太郎の首に回す。  
それを見て取った彼は、自分の股間の辺りを覗きながら、腰の動きだけで器用に花弁の中央部へと挿入した。  
 
「あっ、い、痛い……」  
「大丈夫、すぐに良くなるよ。すぐにね……」  
 
膣内のなにかが無理矢理に押し開かれる痛みに、むつみはうめいた。時を置かずして、異物が律動する衝撃が連続して伝わってくる。景太郎が、本格的に腰を前後運動させ始めていた。  
 
「やっ、あっ、ああんっ、はぁっ!」  
「よっ、とっ……ふむ、ふむ。むつみさんのここもなかなかいい仕事してますねぇ〜……なんてね」  
 
そんな二人の痴態を見て、はるかと鶴子はくすくすと忍び笑いを漏らしている。そういう光景を目の当たりにしたなるは、頭をハンマーで殴られたほどにショックを受けた。  
 
(一体どうなってるの?みんな、まるでこれが当たり前のことみたいに……)  
 
本来の性格からすれば別人とも思えるほどの淫蕩さを見せる彼女達は、そよ風が吹いたほどにも動揺していない。それどころか、はるかはなるの耳元に口を近づけて信じがたいことを言った。  
 
「なる。私達はね、景太郎の奴隷になったんだよ」  
「……え?なんですって?どういう意味なんですか、はるかさん!」  
「分からないかな。景太郎、いや景太郎様は私達のご主人様なんだよ。私達はあの方専属の娼婦として、身も心もご主人様様に捧げるんだ。そうすれば肉奴隷として正しい道に導いて頂けるし、ああして可愛がってももらえる。悩むことなんて、何もないんだよ……」  
「は、はるか……さん」  
 
嘘だ。そんなことを、景太郎やはるか達が望むはずがない。そう思いたかったなるだが、はるかの眼は戯れや冗談でそれを言っている様には到底見えなかった。そう、これは……本気だ。  
彼女は、大真面目で景太郎の奴隷になったつもりであり、なる達をも同じ立場に落とし込もうとしている。それが、紅く沸騰して突き抜けるような視線からはっきりと伝わってきた。なるは、言葉も無くその煮えたぎった瞳を見つめることしかできなかった。その時、  
 
「い……嫌や!ウチそんなん嫌や!」  
「あ、これみつねはん、大人しゅうしいや」  
 
はるかの言葉が聞こえていたのか、みつねが激しく抵抗していた。眼に涙を溜め、懸命に鶴子の腕を振り解こうとする。しかし、鶴子に首の一点を指で押さえられた瞬間、電池が切れた機械のようにその動きを止めてしまった。  
その様子に、景太郎はなおも腰を動かしながら苦笑して歩み寄ってきた。  
 
「あ……け、景太郎、かんにんしてぇ……」  
「キツネさん、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。ほら、むつみさんもこんなに」  
「はあっ!あぅんっ!う、浦島君、いいです、もっと……あんっ!!」  
「そうやで、みつねはん。嘘みたいに気持ちよくなれるんどす」  
「そんな……でも、ウチ……」  
「安心してよ。嫌な思いはさせないからさ」  
「……」  
 
考え込むように黙ってしまったみつねを尻目に、景太郎はむつみに最後の一太刀をくれるべく腰の動きを一段と速くした。  
紙を叩きつけるような音と、濡れ雑巾を絞ったような一定のリズムを作り、切なげなうめき声と低い吐息にぶつかり合って浮かんでは消え、消えては浮かんでいる。  
 
「あっ、あっ、ああっ!浦島君が、浦島君が私の中でぇっ……すごい……ひゃうっ!!」  
「そろそろかい、むつみさん?それじゃいくよ、それっ!」  
「あっ、ひゃあっ、だ、だめっ!う、うらし───あぁううっ!!」  
 
糸が切れたように力を抜いたむつみの膣から息子を抜いた景太郎は、彼女をそっと床に横たえた。そして、みつねと鶴子を振り返る。鶴子は心得たように、みつねのふくらはぎを掴むと景太郎に向けて大きく両脚を広げさせた。  
その結合点にある器官は、充血して分泌液を多量に垂れ流していた。満足げに頷いた景太郎は、小刻みに震えるみつねの髪をそっと撫でると、女の体液でぬめった肉棒をそこに押し当て、ぐっと前に出た。  
 
「やっ……ああうっ!」  
「ん、どうだいキツネさん。最初はちょっと痛いと思うけど」  
「この娘、遊んではるように見えて結構純情みたいどすわ。御主人様、じっくり可愛がっとくれやす」  
「心得てるよ。……よっと」  
「あ、くぅ……け、けーたろ……ウチ……」  
「ふふ、みつねはん。アンタのそこがどんな風にされてるか、よう見とき」  
「どうだい、出たり入ったりしてて、面白いだろ?」  
「あ……ああ……ひゃんっ」  
 
みつねはたわわに実った乳房を鶴子にゆっくりと愛撫されながら、この上なく無防備な姿勢で自分が犯されつつある光景を、片時も目を離さずに観察させられた。否、あるいは自らの意思で観察したと言えるかもしれない。目を逸らそうとすれば出来たはずである。  
が、胸がつぶれそうになるほどに湧き上がってくる羞恥心を、毒蛇のようにとぐろを巻く別種の衝動が押さえつけていた。環境があまりにも非現実的に変転したこと、また部屋を取り巻くむせ返るほどの淫蕩な空気が、みつねの状況認識力を麻痺させた。  
彼女は規則的に出入りする見慣れない男の生殖器官を、あるいは滑落して行く自分の運命を、虚ろな表情で見つめ続けていた。  
 
「はぁうっ……けーたろ……ウチの、ウチのここが……ああ、熱ぅい……」  
「そろそろ、気持ち良くなってきたかな?でもまだまだ、こんなものじゃないよ……ほらっ!」  
「やっ……はっ、んあぅぅっ!!あはぁんっ!!」  
「ほほほ。やはりご主人様のムスコはんは格別のお味みたいやねぇ」  
 
愉悦の色を増していくみつねの様子を見ながら、なるは頭の片隅に奇妙な疼きを感じていた。  
どこかで見たような記憶。  
知らないようで、既に知っているような体験。  
失われた映像の断片が、パズルのピースのように繋がっては砕けてゆく。  
そういえば、景太郎はさっき何と言った?  
 
(前、俺と楽しんだことがあるから)  
 
確かそんなことを……しかし、あれは、まさか……  
 
「さあ、これでフィニッシュだっ!」  
「ウチ、もうっ!あ、きてえっ!けーたろっ!!あっ、はっ、あ、ああ──っ!!」  
 
─────!!  
そうか、あの時……思い出した。全てを。  
私は、景太郎と、自分の部屋で……そして、モトコちゃんに見られて……  
 
「うらやましいな、なる。ご主人様と、一番初めに『できた』んだからな」  
 
はるかの声に、なるは恥ずかしそうにうつむいた。  
 
「い、いやでも、あれはできたというかしてしまったというか……私別に、そんなつもりだったわけじゃ……」  
 
なにやら場違いな釈明を始めるなるに、はるかは苦笑して言う。  
 
「ははは、どっちみち同じことだろ。でも、今度はちょっと違うぞ」  
「え……?」  
「お前も見ての通り、私達四人はみんなご主人様に可愛がって頂いてるんだ。それで、お前はどうする?このまま黙って帰るかい?」  
 
その挑発的な言葉に、なるは顔がぱっと熱くなるのを感じた。私だけがのけ者になる?景太郎と最初に寝たのは自分なのに?そんなこと……我慢できない。絶対に!  
 
「ふう。キツネさんも初々しくて良かったよ。あそこの出来もなかなか……」  
 
快感のあまり気を失ったみつねを満足そうに眺めながら、景太郎は立ち上がった。そして何気ない口調で、誰に尋ねるともなく言った。  
 
「うん、とりあえずこんなとこかな?」  
「ご苦労様どす、旦那様」  
「おいおい鶴子さん、ご主人様はアンタだけのものじゃないんですよ?」  
「あらまぁ、ごめんやす。ほほほ」  
 
三人の奇妙に和やかな会話に、なるは決心した。自分だけが、置いていかれたくない。私も、景太郎の  
ものにされたい……  
 
「ま、待って!」  
「ん?どうしたの成瀬川」  
「私も……私も景太郎、いえ、ご主人様の奴隷にしてください……」  
 
景太郎を殴り飛ばして平気な顔をしている普段の態度からすれば、別人のようなしおらしさでなるは哀願した。そして返事も聞かずに立ち上がって走り寄ると、彼に抱きついた。梃子でも離れなさそうな按配である。  
皆が沈黙してこの部屋の支配者の反応を待っていると、薄い笑いがしじまを破った。  
 
「そうかい。それは……」  
 
景太郎の胸から顔を上げたなるは、  
闇に映える紅い双眸を見る。それは、本能の原始的な部分を怯えさせると共に、深い安堵感を覚えさせる神秘的な光だった。  
 
「……まことに、殊勝な心掛けだな」  
   
普段と明らかに違う彼の声も、自分が受け入れられた、と感じた喜びにかき消された。爪先立ちになって景太郎の唇を求める。唇が触れ合う感覚と、目に差し込む彼の不思議な光とが、この上ない陶酔感を覚えさせて、言葉に出来ないほどの心地良さだった。  
 
 
 
 
そこは神奈川県の、とある山中。  
雲間から覗く淡い月光が、山麓にぽつりと座った人影を遠慮がちに照らし出していた。  
青山素子である。  
すんでのところで化生の魔手から逃れた彼女は、あてどもなくさまよい歩いた後、ここにたどり着いた。しかし、その心は絶望と後悔に打ちひしがれている。最近では夜にも鳴くようになったツクツクホーシの合唱が、彼女の心にひときわ哀調をもって迫ってくる。  
 
(淫らな欲望に囚われた私の弱さが、姉上とみんなを妖の手に堕させてしまった……)  
 
それは、悔やんでも悔やみきれない失態だった。この罪を償うには、もはや方法は一つしかない……  
 
『朧月 唄よはかなし 蝉時雨 名こそ惜しめや 一朝の露』  
 
辞世の詩を短冊に書き付けると、素子は姿勢を正して姉の愛刀『明鏡』を抜く。鏡のようにきらめく刀身が、満天の星空を映して明滅する。せめて自分の最後も、この刀のように美しくありたい。  
柄を逆手に握ると、懐紙で刃を包み腹部に当てた。しばし瞑目し、自分がこの緑なす山の懐に抱かれ、やがてしゃれこうべとなって風化してゆく姿を思い描いた。それはそれで、一篇の詩を詠むにふさわしい情景であるかもしれない。  
 
「一死、大罪を謝す……姉上、お先に参ります……」  
 
そして、素子がその右腕に力を込めようとした、その時───  
 
「ピィ───ッ」  
「む?」  
 
星明りをその背に羽織った一つの影が、虚空の中から飛び出してきた。それはやがて大きくなり、素子を目指して一直線に近づいてくる。目を凝らしてみると、やがてその正体が明らかになった。  
 
「疾風!なぜここに!?」  
 
それは、姉がいつも肩に留まらせている鳥だった。そのクチバシには、一振りの刀がくわえられている。  
 
「こ、これは……」  
 
抜いてみると、それはかつて苦楽を共にしてきた素子の愛刀『止水』だった。柄元で折られた痕は微塵もなく、奇麗に修復されている。  
 
「しかし……なぜ」  
「みゅっ」  
「うわわっ!?タマ、お前もか!」  
 
疾風の背に乗っていたのか、タマがみゅっと顔を出した。何やらしばらくみゅうみゅう言っていたが、紙とペンを取り出すとサラサラと字を書き、ばっと素子に見せた。  
 
『イ`』  
「…………」  
 
やがてその下手な字を見つめていた素子の顔が歪み、腰を折り曲げて笑い出した。息が苦しくなるまで……そしてようやく笑い収めると、涙を拭って立ち上がる。  
 
「そうか……そうだな。仇は、生きていてこそ取れるものだ。ここで死んだら、私はただの愚か者で終わってしまうんだな……」  
「みゅみゅっ」  
「くぇっ」  
 
二匹の頭をそっとなでてやると、素子は麓に向けて歩き出す。姉の魂がこめられた刀と、甦った自分の刀を手に。種族を超えた友情に結ばれた鳥とカメは顔を見合わせると、嬉しそうにその後を追いだした。  
 

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