リドリー・ティンバーレイクの生まれた年に、水龍は永き眠りについた。  
 家老ジャスネは大層喜び、『龍殺し』ケアン・ラッセルの  
愛した風の加護を産み落とされたばかりの娘に与えた。  
 小さなリドリーはその身に将来の約束といくらか年上の許嫁を貰い、後の若き女将ナツメ  
を姉分とし、ラジアータの城の中で幾多の貴族の子供達と苦楽を共にした。  
 
 
 その小さいリドリーが大きな大きなラジアータの城、その勉強部屋から大階段を三階に降りてきた  
ところで立ち止まり、時たま飾られた絵の近くの何もない空間に、まるで幼い友がいるかのように  
うなずき、語りかけ、そして笑顔を見せることに、周りの大人達は疑問を抱いた。  
 ある日、その場を通りかかったジャスネが、青い顔をしてナツメに問うたことがある。  
「リドリーの我が愛娘、いったい何をしておるんだ?」  
「トレニアと話しているのですわ、ジャスネ様」  
「トレニア?」  
 ナツメは「私には見えますわ」と小さな胸をツンと貼り、リドリーの視線の丁度同じ所へ指先を向ける。  
「トレニアは私たち子供にしか見ることができないそうです。今史以前、つまり妖精達との  
友好が始まる以前より、このお城に住んでいるそうですわ」  
「するとナツメ、お前は幽霊があそこにいてリドリーと会話しておると、そういうのだな。  
ええい、またラークスかルシオンめが好き勝手に吹き込んだな!」  
「いいえ、ジャスネ様、私たちは直にトレニアから」  
「うるさい、黙ってなさい!」  
 ジャスネは自分とほぼ同じ背丈のナツメを押しのけて・・・・・・それで小さなナツメは危うく壁に  
頭をぶつけそうになった・・・・・・いまだ、なにかと話しているようなリドリーの元へとズンズン  
あるいていった。  
 
「リドリー!」  
 姓の違う父親、それもどちらかというと対して好きではない、それとは正反対に  
自分を溺愛する父親の呼び声にあからさまに落胆のため息をつき、それでも小さなリドリーは  
振り返る時に笑顔を見せる。  
「お父様、ごきげんよう」  
「ご機嫌ではない、リドリー。いったいこんな絵の前でなにをしとる」  
 リドリーは小さな顔に乗ったちょっと吊り気味の瞳を、その長く生きる友達へと向けて、  
「トレニアとお話を」  
「ほう? わしにはそこには誰もいないように見えるがのう?」  
「それは、大人には見えないからでしょう」  
「かっ! よもや賢しなる愛しい娘までがそのような風聞を信じるとは! どうせ、ふム、ルシオンの  
入れ知恵じゃな? 大人をからかって陰で二人で笑うとるのだな」  
「ルシオンは関係ない!」  
「ほほう、ほほう。慌てるところを見るとどうやら図星のようだのう。リドリー、今後はこの階段を使う  
事は禁ずる。勉強部屋から裏の階段を通り、そのまま部屋に帰りなさい」  
 リドリーの顔はリンゴのように真っ赤になっていた。もちろん図星などではなく、己の好き勝手に  
 彼女を罰した父親に激昂しての事であった。  
「さて、ルシオンにも何か罰をやらねばな」  
 そういって手を揉み揉み歩いていくジャスネを、小さなナツメは悲しい目で見送る。  
 
 彼女にはジャスネの、娘を溺愛するが故に、自分の理解の及ばない物に娘を近づけることへの恐怖が  
その拙い思考でもなんとなく理解できたのだ。  
 さればこそ、リドリーがまた父親を嫌うことにジャスネは気づかない。それもナツメにはわかっている。  
 悲しい家老を見送る目は、だからどこか悲しげになる。  
 我慢しきれず、頬をはち切れんばかりにふくらませ、目に涙の大粒が溜まるリドリーに、トレニアは  
優しく語りかける。  
 ---大丈夫、私はここにいるばかりじゃないから。あなたがゆくところ、どこにでもついて行くわ。  
  だってあなたは、私のお友達ですもの  
 
 時は過ぎ、小さなナツメはその才能をいかんなく発揮し、騎士はもとより、その一団の長になり、  
小さな許嫁だった南方国狼ワード家の長男、クロスも一足先に団をとりまとめ、リドリーの一つ年上  
だったニーナも見事騎士になり、いつの間にかレナードとかいう大男が彼女の周りをウロチョロすることになり、  
そしてまたいつの間にやらトレニアがいなくなって、劇的に環境は変わっていき、  
 ついに、小さなリドリーは騎士リドリーとなる年になった。  
 豪勢に行われた誕生パーティのその中で、ジャスネが発表したのだ。  
「我が愛しきリドリーも遂に十六の齢となり申した。されば、騎士団セレクションに挑むことの可能となり、  
また娘本人も急ぎ騎士への道を歩みたいとの希望を持ち、日夜励み申すことなれば、次回、満を持しての  
挑戦をさせて頂くことをこの場を借りて申し上げまする」  
 これには参加者一同、盛大な拍手を送るより他無く、壁際でムッツリとジュースを飲んでいるリドリー本人  
のことなど忘れ、口々に言葉を交わし在った。  
 その日から指南役は厳しさを増し、彼女が何故か不釣り合いの斧を得物に選んだこともあり、稽古は朝の  
早くから宵のふけまで続くことと相成った。  
 
 そして更に数ヶ月を経て、明後日に騎士団セレクションを迎えるというその日。  
 稽古を終え、黒の帳が落ち、壁の松明のみが弱々しく明かりを浮かび上がらせる中を、リドリーは歩いていた。  
汗は頭のてっぺんから足の先までまんべんなく体を濡らしており、鎧を脱いだ後の運動着は腕から背中から  
胸から腹から股から太もも、脹ら脛、果ては尻の割れ目までベットリと張り付き気持ち悪いことこの上ない。  
 邪魔になるからとツインテールに纏めた髪をほどくと、これもまたうなじに絡みついて彼女は少し後悔する。  
 疲れた。  
 毎夜毎夜のことながら、階段を上がるのも億劫な程、彼女は疲労していた。壁に手を当て、もたれかかる  
ように一段づつ上ってゆけば、見覚えのある顔。  
 見事に引き締まった長身の上に乗った端正な顔。弁髪。切れたように細い両眼をギラギラ輝かせながら、  
クロス・ワード黒色山羊槍士団長兼許嫁が立っていた。待ちかまえていた。彼は思うより長い腕を差し出し、  
焔の明かりの中、一見優しげに微笑みを投げる。  
「こんな時間に何をしている?」  
 差し出された手は無視し、リドリーは問いかけた。  
「お前の考えるように、リドリー、お前を待っていたに相違ない」  
「それなら部屋へ帰れ、クロス。お前の考えているとおり、私は疲れている」  
「つれないな」  
 若い騎士は伸ばしていた腕を引っ込め、やはり微笑み・・・薄ら笑いと言った方が正しい・・・を浮かべ、踊り場へと  
上り詰めたリドリーを見守る。  
 
「将来を添い遂げる仲ではないか」  
「父が決めたことだ」  
「そしてそれは絶対だ」  
「これ以上」  
 ノブに手をかけて、リドリーはクロスを睨み付ける。  
「無駄話はしない」  
 ドアを開け、中に入り、閉め、リドリーはホウとため息をつく。  
 あの若き騎士団長はリドリーの物心のついた時から既におかしかった。野心に溢れることは悪くない。だが  
度を過ぎれば騎士の本分を失い、闇に染まり、人々にとってとても、とても危険な存在になりかねない。  
 クロスはその境目をフラフラとうろついている。態度は横柄もいいところで、騎士団長ダイナスに恐れはばかる  
ことなく罵倒を浴びせ、部下を慈しむ心など全く持ち合わせていない。プライドに至ってはリドリーの父ジャスネを  
も超えていると行っても過言ではない。  
 ---よりによって、あの男が許嫁---  
 もとよりリドリーの承諾した覚えのない取り決めだ。なにしろ生まれたそのときに定められたのだから。彼女に  
従ういわれなど、どこにも無い。  
 いずれ騎士になり(これはそう遠くない)、団を持ち、ダイナスの座を実力で得て、それこそクロスより  
大きな権力を握り、このようなせせこましい縁など叩ききって捨ててやる。  
 
 一連の考えを頭に巡らしながらも、リドリーは運動着を脱ぎ、水布で体を拭き、風通しの良い寝間着に  
てきぱきと着替えていた。長い髪の毛を新しい水布で拭き、香油を薄く染みこませ、優しく手で伸ばす。  
 ふと、風の流れを感じた。それだけでなく、背後に音も聞こえた。  
 無礼な何者か、またはくせ者が、部屋に入り込んできた。  
 リドリーがはじかれたように振り返るのと同時に、暗闇から一本の太く逞しい腕が飛び出した!  
「クロス!」  
 なんということか! 考えることに夢中で鍵をかけていなかった。ほぼ野獣に近い男が部屋の前にいたと  
いうのに。  
「扉を開けておいたと言うことは、もちろん承諾の証とみて良かろうな、リドリー」  
 クロスの腕は、それなりに鍛え上げられた彼女の二の腕をわっしと掴んでいた。顔は先ほどまでの  
奇妙な笑みではなく、獲物を捕らえたがごとき氷のような攻撃的な笑みが浮かんでいた。  
「その手を離せ、クロス。今部屋を出て行けば、私は誰にもこのことを話さない」  
 
「ジャスネ様にか? 大層喜ばれるだろうよ」  
 クロスがひょいと掴んだ腕を振ると、リドリーの体はいとも簡単にベッドに投げ出された。  
 家政婦の手による純白のシーツとクッションがリドリーを包み込むほど、ベッドは柔らかかった。  
 突然の事に呆けたような表情でクロスを見つめる彼女の元に、どら猫のぬいぐるみが転がる。  
「なっ」  
「明後日は喜ばしい日だ。お前が騎士となる日だからな。まさか落ちはすまいよ。一日早いが本番に疲れを  
残すわけにもいくまい。前夜祭ではないが、契りを結び、記念としよう」  
「乱心したか、クロス」  
「まさか。当然の事だ。夫が妻を悦ばせるのは」  
 言いながら、クロスはゆっくりと上着を脱いだ。割れた腹、筋肉に膨らんだ胸板が現れ、太い首を通り、  
弁髪のしっぽが上に掻き上げられるのが順繰りに見えた。  
「悦ばせるのはな」  
 月明かりの下、大きく歯を出して歪んだ笑みが浮かんだ。  
 そのまま覆い被さってきた。  
 
「止めろ!」  
 リドリーは叫び、ベッドから逃げようとした。この断首台のような所から逃げ出せれば、勢い余って  
床に頭をぶつけることなどどうでも良かった。  
 しかし、クロスの片腕がいとも容易く動きを封じる。  
「衛兵!」  
「この夜深い時、城の者は眠りこけている。兵士なら、私が遠ざけておいた。心配するな」  
 リドリーは再びクロスを睨み付けた。ギリ、という歯ぎしりの音を伴って。  
 彼は勝ち誇ったように、呟いた。  
「任せろ」  
 片手でリドリーの両腕を上に上げ、寝間着を引き上げ、脱がせる。  
 シンプルな白い下着に包まれた、傍目には少々判りづらい小振りな胸が現れる。クロスはクツクツと笑って、  
何事か呟くが、リドリーはもちろん聞いてはいなかった。馬乗りになられた絶体絶命の体勢から逃れようと  
懸命に頑張っているが、クロスの握力は万力のごとし、どう捻っても手首が痛むばかりでびくともしない。  
足をばたつかせても、彼の背中に届きはしない。顔は男に裸を見られる羞恥と、それが予期せぬ時期での  
驚きと、初めてだという恐怖と、相手がクロスだという憤怒で真っ赤に染まっていて、歯を食いしばり、  
目をギュッと閉じ、全身全霊を持って否定しようとか細いうなり声を上げる。  
 
 しかし、もはや鬼の形相としか見えぬクロスはどうもとも感じなかったようだ。なんの迷いもなく、  
今度はスカート状の下半身の寝間着を取り去り、放り捨てると、リドリーの両腕を掴んでいた左手を  
離し、今度は両脇で押さえ込むように乗せた。  
「綺麗だぞ、リドリー」  
 リドリーの心を知って知らずか。おそらくは知っているだろうが知らぬ振りをして、クロスは言葉を  
投げかける。剣を握って堅くなった手のひらで、まだ柔く白いリドリーの肢体をなぞる。  
「止めろといっているっ」  
 唯一動かせる頭を可能な限り振って、リドリーは拒絶を示す。視界はグチャグチャになり、  
ちょっとした浮遊感が襲ってきた辺りで、いきなりの感触に驚き、びくっと動きを止める。  
 股にクロスの手が伸びていた。  
「知ってるか? 契りを交わすとは、この陰部を使うことだ」  
 もちろん知っていた。諭すようなクロスの言い方に激烈ともいえる怒りを覚えた。クク、と彼は笑うと、  
「男の物は見たこともないのだろうな」  
 そういって、これもまたシンプルな文様のパンティを、するすると下ろし始めた。  
 
「クロス!」  
 もはや目には涙が浮かんでいた。下着姿を男に見られるのも初めてなら、もちろん一糸纏わぬ姿も  
初めてに間違いなかった。下着をはぎ取られぬよう、足をジタバタと振り回し、彼の体と思われる  
物は勢いよく蹴り飛ばした。もちろんクロスの体に当たっていたが、彼は大して気にもとめず、  
むしろ膝程までおろした布切れがなかなか進まないことの方に神経をやっていた。  
「動かすな。破れるぞ」  
「クロス、出て行け! 今すぐ出て行け!」  
 リドリーは処女であった。許嫁であるクロスと体を重ねたことがないのだから当たり前であったが、  
その秘部には手入れの行き届いた陰毛が生え、まだ本人以外の何人たりともふれたことのない襞が  
覗いている。いったんリドリーを離し、自らのズボンをずり下ろし、自由になったと見るや  
もの凄い勢いでベッドの端まで後退したリドリーに、その怒張を余すことなく見せつけた。  
「どうだ」  
 さっきまでわめいていたリドリーは、今度は悲鳴も出なくなっていた。血管の浮き出た一物はまるで  
凶器の用であり、興奮に満ち満ちたクロスの雰囲気と合わせ、今にも自分を殺しそうな迫力を持って  
そこにある。  
 ヒュッ、と喉から息が漏れた。クロスは今にも飛びかかって来そうだ。  
 そのときだ。  
 
 ガタンッ!  
「ぬ?」  
 リドリーの見てる前で、突然、ベッドの脇にあった背の高い本棚が倒れた。丁度、クロスの上。  
 下敷きになったクロスの呻きと、本の崩れる音が聞こえた。一瞬、我を忘れて見入っていたリドリーは  
首筋にかかった小さな吐息でハッと気が付く。  
 ---早く。  
 逃げなければ。  
 クロスは既に這い出しかかっていた。聞くにも耐えぬ罵詈雑言をはき出し、本棚を持ち上げている。  
 リドリーは急いで薄いシーツを体に巻き付け部屋から飛び出た。  
「待て、リドリー!」  
 クロスの叫びが聞こえた。これでも誰も起きないというのか。皆、クロスを恐れて出てこないだけではないか。  
ともかく、リドリーは迷わず三階への階段を上った。素足に石段はとても痛かったけれど、そして外の  
空気は存外に冷たかったけれど、もとの部屋に戻るわけにはいかない。  
 途中で転げそうになり、三階のすぐ右手の廊下の扉を半ば体当たりするように開け、ナツメの部屋の  
扉を力の限り叩いた。  
「ナツメ、ナツメ!」  
 消え入りそうな悲鳴で、おそらくは寝ている騎士を呼びかける。  
「ナツメ、開けて、ナツメ!」  
 クロスの来る気配は感じられない。それがことの他恐ろしい。いつ背後に立っているか、気が気ではない。  
 永遠にも思われたその時間、実はほんの数秒で扉は開いた。なんと運の良いことに、ナツメは寝ては  
いなかったのだ。むろん、寝ようとはしていたようだけれど。  
 
「リドリー様?」  
 こんな時間になんの用だと扉を開けたナツメは、目の前で薄いシーツを纏い、おそらくはその下には  
ほぼ何も付けてはいないリドリーの姿を見て驚きを隠せない。  
「と、とにかく中へ」  
 そういってリドリーの肩へ手をかけた時、  
 ガチャ。  
 リドリーの体が小さく縮こまって動きを止めた。クロスが来た。そうとしか思えなかった。  
「ナツメ殿」  
 よもや、違うとは思いもしなかった。開いたのはクロスが来るはずの扉とは反対側の、  
騎士ガンツの部屋のドアだった。  
「いったい何が、うぬ、り、リドリーさん!?」  
 しかも、慌てたように近づいてきた。ナツメは一瞬のうちにガンツを殴り飛ばし、リドリーの体を抱くように  
部屋へと誘った。クロスが来たのはその少し後だ。彼は服装を正していた。そのためリドリーの逃げる時間に余  
裕ができたのだが、そのことを別段悔しがる様子でもない。  
 ただ床に転がってウンウン呻る丸っちい騎士に一別をくれて、踵を返す。  
 
 リドリーはガタガタとふるえている。何が在ったのかはナツメには確信を持って断言はできなかったが、  
とにかく、彼女のふるえを止めるため、柔らかい薄絹の上から精一杯リドリーを抱きしめる。  
「リドリー様」  
 もう、昔のように呼び捨てにはできない。  
「リドリー様、もう大丈夫です。ここは私の部屋。誰も入れませんわ」  
 その言葉が体に染みこんでいくように、体の震えが収まっていった。代わりに、しゃっくりと嗚咽を伴う  
号泣が始まる。  
 ナツメはそのまま抱いていた。小さなリドリーが疲れ、寝てしまうまでずっと抱いていた。  
 
 次の日、リドリーは何事も無かったかのように訓練場、地下一階から一階へと吹き抜けるコロシアム会場に  
現れた。  
 なぜなら明日は、騎士団セレクションだからだ。  
 小さなリドリーは、ナツメの部屋に置いてきた。  
 
 
 
 ・おまけ・ 
 
リドリーがクロスに襲われていた同時刻。西のソレユ村、井戸の近くの一軒家  
 
ギシギシ  
「うあっ・・・ねぇちゃん、おれ、俺もうっ・・・!」  
「あぁ、ジャック、ジャック!」  
どぴゅ  
「あうっ」  
 
 
了  
 

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