──退屈だったのだ。  
 
  薄暗い部屋の中で、ジャック・ラッセルは不意にそんなことを思った。  
 農村での娯楽というのは、初めから数えるほどもない。  
 畑仕事と、剣の訓練と、食事と、睡眠。  
 毎日繰り返される波風のない日常。  
 このまま平穏な時間が過ぎていけばいいという気持ちと、何か大きな変化を期待する心の二つが自分の中にあった。  
 そして、後者が少しだけ前者を上回った。  
 それだけの話。  
 
  姉、エアデールはいつものように、ジャックが脱ぎ散らかした服を一々拾ってたたんでいた。  
 性格なのだろう。  
 同じ血を引いているはずなのに、ジャックには些か足りていない几帳面さが、姉にはむしろ溢れかえっていた。  
 親友に殺された父、後を追うように病魔に負けた母。  
 彼女のそれは、幼い弟を、たった一人で育て上げるうちに培われたものに違いない。  
 ありがたいと、思う気持ちはもちろんあった。  
 普段はその口うるささに、つい反発してしまうが、エアデールがいなければ、  
 ジャックは自分がおそらくもっと他の、より辛い人生を歩んでいただろうことを理解していた。  
 
  ジッと、見つめる視線に気づいたのか、エアデールはふと顔を上げる。  
 
 「何見てるの?」  
 
 「姉ちゃん」  
 
  そのまま答えただけなのに、エアデールは顔を赤くして再び服をたたむ動作に一心になった。  
 少しだけ不安になる。  
 
 「怒った?」  
 
 「怒ってない。いいから、向こう向いてて」  
 
  たたみ終わった服をベッドの横にある机に置いて、エアデールは言った。  
 返事も待たずに、自分自身もジャックに背を向ける。  
 
 やっぱり怒ってるじゃないか、と思いながらもジャックは言われたことを黙殺してエアデールを見続けた。  
 見ていることがバレたら、もっと怒ることは分かっていたけれども。  
 
  自分が服を脱ぐところを、見られるのは嫌なのだろうか。  
 エアデールはいつも同じことを言って、ジャックはいつもそれを無視する。  
 
  服のボタンに手をかけてから、姉は少し逡巡したようだった。  
 後ろ向きなので実際に見えるわけではないのだが、ジャックには手に取るように分かった。  
 いつも、彼女はそこで少し躊躇する。  
 そして、結局ボタンを外すよりも先に、後ろで一まとめに括った髪を解き始めるのだ。  
 
  首筋に掛かった幾筋かの髪の束を後ろに払う仕草が、ジャックは無意味に好きだった。  
 ほどいたエアデールの髪は、肩口を少し越える辺りで行儀よく並ぶ。  
 髪を下ろした姉は、いつもよりずっと幼く見えた。  
 
  もう一度、ボタンに手をかけたまま悩み込んで、彼女は服を脱ぎはじめた。  
 ベスト、ブラウス、と上から脱いで、思い出したように靴ヒモをほどく。  
 一つずつ、脱ぐたびにたたむのもまた、姉らしい。  
 タイツからスルスルと足を抜いて、スカートに手を掛けた所で、エアデールはふとこちらを振り返った。  
 
 「ジャック、こっち見てないでしょうね?」  
 
 「──っ、見てない」  
 
  咄嗟に顔をそらしたのが、なんとか間に合った。  
 ほんとかしら、となおも疑わしそうに呟くので、再びそちらを見る勇気が湧かない。  
 見たからって何が変わるというわけでもないだろうに、とかく姉はそれを気にする。  
 
  ストンと床に何かの──おそらくはスカートだろう──落ちる音。  
 
  下着姿になった姉は、予告もなしに部屋唯一の光源であるランプの炎を吹き消す。  
 目を瞑っていたので、すぐに真っ暗な闇にも慣れる事が出来た。  
 頼りない星明りの中で、背中に手を回して下着を外しにかかる姉の姿は、鳥のようなシルエットと化す。  
 
  ゴソゴソと音だけのする方が、余計に気分を盛り上がらせるとは、聡明な姉も知らないらしい。  
 闇の中でためらいを失ったエアデールは、先ほどまでとは別人のような速さでショーツを脱いだ。  
 
  一糸まとわぬその姿を隠そうともしないで、──もちろん、ジャックにも詳細は見えない──、  
 エアデールは、冷たい床の上をペタペタと音を立てて歩いた。  
 ベッドのシーツが片端から少しだけ持ち上がる。  
 
  冷たい空気が仲間で押し寄せてきた。  
 もっとも、肌と肌とが直接触れ合う暖かさが、すぐにそれを補ってくれる。  
 
 「もう少し、右に寄って」  
 
 「ん」  
 
  ひっついて眠らなければ、狭いベッドはすぐに体がはみ出てしまう。  
 自然向き合う顔にかかる息がこそばゆかった。  
 ごまかすように口付けをする。  
 
「んっ、ふぁっ、あっ──」  
 
  自分の顔よりも見慣れた姉のそれを、ジャックはとても美しいと思う。  
 怒っても、泣いても、笑っても、酷く絵になる。  
 身びいきもいくらか入っているかもしれないが。  
 
  赤く、上気し、悦びで視点が定まらず、口の端が唾液で濡れたその表情は、  
 中でも際立って綺麗だった。  
 
  喉で詰まったような声にならない言葉が、それを更に飾り立てる。  
 
  もっと聞きたいと思うのは、間違っているのだろうか。  
 たとい間違っていたのだとしても、止めようとは思わない。  
 
  右手で小ぶりなその胸を、左手で太ももを撫で回す。  
 柔らかい手触り。何かをこらえて跳ね上がる身体。  
 鍛錬で磨かれたそれは、おそらく平均的な彼女の年齢の女性よりもやや硬いのだろう。  
 しかし男とは明らかに違うことも確かだ。  
 
  空気を求めて喘いだ口の中を舌で舐める。  
   
 身を捩って、エアデールはジャックの行為から逃れようとする。  
 無論、本気ではないのだろうけれど、逃がさないように姉を押さえ込むとき、  
 ジャックは自分の中に湧き上がる嗜虐心を感ぜずにはいられなかった。  
 
  細い手首を取って、ベッドに仰向けにする。  
 暴れた拍子にシーツが二人の上をすべって、床に落ちた。  
 
 「姉ちゃん」  
 
  呼ぶために離した口と口の間を、糸が引いて切れた。  
 下になった彼女の顔は、暗い中に自分の影まで被ってしまって見えないけれど、  
 潤んだその目が、ただじっとこちらを向いている。  
 
 ジャックはもう一度、軽く口と口とを合わせた。  
 空いている方の手を、姉の股間に伸ばす。  
 一際熱い空気が迎えた。  
 ビクリと跳ねる身体。濡れている。  
 
 「良い?」  
 
 「知らない」  
 
  泣いているのだろうか。  
 ふと、そんな風に思える声でエアデールは言った。  
 
 構わず、姉の両足の間に、ジャックはゆっくりと自分を割り込ませる。  
 エアデールは咎めない。  
 むしろ自ら足を上げる。  
 
  いつの間にか上がっていた息が、何もない世界の唯一つの音のように思えた。  
 大きな波は、いつだってその下に小さな波の存在を覆い隠してしまう。  
 意識していようと、していまいと。  
 
  ジャックは、ゆっくりと身体を姉の中に入れた。  
 

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