レサンの木でジャックとの密会を終えたリドリーは、自己嫌悪感にさいなまれていた。  
胸に込み上げてくるのは激しい後悔の念。  
最後にジャックと二人っきりで話せたのはすごく嬉しかった。  
しかしその実、自分は彼に何一つ伝えられなかった。  
そして彼の気持ちにも応えてあげることが出来なかった。  
いや、しようとしなかったのである。  
ジャックはあれほど想ってくれているのに、それを行動に移してくれているのに、  
自分はただ彼の優しさに甘えているだけで、何も彼にしてあげられていないではないか。  
そう思うとあまりのふがいなさに涙がにじみそうになる。  
もちろんジャックが嫌いなわけではない。むしろそれとは逆の感情を抱いていた。  
だからこそ想いを伝えることができないのだ。  
ジャックの拒絶が恐ろしいのではない。  
ジャックはリドリーの想いを受け止めて、あの無邪気な笑顔を見せてくれるだろう。  
そのことは予感や期待といった曖昧なものではなく、  
確信としてリドリーの心の中にあった。  
リドリーは自分の弱さを知っていた。それゆえ全てを捨てて妖精達のもとへ来たのだ。  
しかしジャックだけは自分についてきてくれた。  
かつての仲間と剣を交えることになっても守ると言ってくれた。  
命さえ懸けると言ってくれた。  
 
そのことが、そしてジャックの存在自体が大きなくさびとなって、  
リドリーの心に打ち込まれ、決して抜けようとしないのだ。  
彼女にとって今やジャックだけが、ジャックを想うこの気持ちだけが自分が自分であるという証だった。  
しかしこの気持ちのままに、これ以上ジャックとの距離を縮めてしまったなら  
きっと自分はくじけてしまうだろう。  
宿命を受け入れようとした決意は消え去ってしまうだろう。  
そう考えたから先ほどはすげない会話をして、足早に一人帰って来てしまったのである。  
あのときはそれでいいのだと思った。  
しかし今一人になって、もうジャックには会えないのだと改めて認識すると、  
どうしようもない負の感情に襲われる。  
本当にあれでよかったのかと。  
ジャックを想うリドリーの気持ちはすでに自制の効かないところまで膨張していた。  
今すぐジャックのもとへ行って彼と一緒にどこか誰も知らないところに逃げ込んで、  
そしてそのままずっと二人一緒に暮らしていきたいとさえ思う。  
トゥトゥアスの秩序を守ることとその欲求は彼女の中では釣り合うものであった。  
ジャックがリドリーのためにラジアータ中の人間を敵にまわしたように、  
彼女もまた一人の男と世界を天秤にかけていた。  
それは端から見ればアルガンダースよりもさらに歪んだ病。  
しかし彼等には互いこそが全てなのだ。互いの存在が世界と等価なのだ。  
やはりこのまま別れることなどできない。せめて最後にジャックの温もりが欲しい。  
それはもはや抗うことが不可能な欲求であった。  
リドリーはヘレンシア砦のうす汚れた壁を睨みつけ、立ち上がるとジャックの部屋へ足を速めた。  
もうそこに迷いは無かった。  
今彼女を動かすのはどこまでも純粋な愛しい者への想い。ただそれだけ。  
 
「ああっ! くそっ! 全然眠れないってば」  
ジャックはそう一人毒気づいてベッドの上で体を起こした。  
彼もまた先ほどのやり取りに思いを巡らせていた。  
リドリーに対する想いが頭の中でぐるぐると回って気分が落ち着かない。  
思えばリドリーにはっきりと想いを伝えたいことも、リドリーの気持ちを確かめたことも無かった。  
あれだけのことを言っておいて何を今更とも思うが、そういったことははっきりとさせておきたい。  
いつ命を落とすかもしれないこの状況で、互いに何かあったときに悔いが残るのだけは嫌だった。  
やはり一度はっきりと想いを伝え、そしてリドリーと愛し合いたい。  
そんな強い願望がある一方でこうも思う。  
この恋愛感情は自分がただ突っ走っているだけで、  
ひょっとしたらリドリーの自分に対する気持ちは恋愛とは無縁のものではないのかと。  
さらに別の自分はこう言う。  
自分は見返りが欲しくてリドリーを想っているわけではないので、それでもかまわない。  
自分は自分で決めて今ここにいるのだから。  
そんな思考たちがジャックの頭の中に浮かんでは消えていった。  
まるで難解な迷路に迷い込んだかのように答えはでない。  
ジャックはそんなことを小一時間も考えた後、遂に意を決して、  
「何を迷ってんだよ! ジャック・ラッセル! 今すぐリドリーのところに行って、  
オレの気持ちを伝えればいいんだ!」  
リドリーの部屋に行こうとベッドから立ち上がり、腕を大きく振って行進を始めた。  
ジャックが勇ましく自分の部屋を出ようとしたちょうどその時、  
これまた力強い足取りでジャックの部屋に入ってきたリドリーと鉢合わせになった。  
危うく正面衝突しそうになる二人。  
鍛え上げられた反射神経で一足先にブレーキをかけたジャックが、  
慣性の法則でこちらに衝突してくるリドリーを優しく抱き留めた。  
 
「…………」  
「…………」  
しばしの沈黙。  
二人は思いもよらぬ、想い人との突然の衝突に胸を高鳴らせ、  
頬を朱に染めて、先の体勢のまましばらく呆然と立ち尽くしていた。  
先に口を開いたのはジャックのほうであった。  
「リ、リドリー。どうした、なんか用か?」  
そう言ってリドリーの身体からそっと離れる。  
「あっ……」  
リドリーは離れた温もりを求めるように腕をのばす。  
その手はフラフラと空中をさ迷った後、ジャックの服を控え目に掴んだ。  
「リ、リドリー!?」  
「あの、じ、実はさっき言い忘れたことがあって………」  
俯きながらぼそぼそと話始めるリドリー。  
その顔は先ほどより紅く染まり、心臓ははちきれんばかりに脈動を早める。  
「ジ、ジャック。私は、私は………」  
気持ちばかりが焦ってうまく言葉を口にすることができない。  
その様子からは戦場で巨大な斧を振り回す勇ましい戦士の姿など全く想像できない。  
そこには愛しい者に想いを伝えようと、悪戦苦闘する恋する少女しかいなかった。  
しかしここまでくれば言葉にしなくても、言わんとすることは充分に伝わる。  
ジャックはリドリーの一連の挙動不審を見て二人が両想いであることを確信した。  
そして心の中で「よっしゃ!」っとお決まりの台詞をいう。  
テンションは上がっていくばかりである。  
ジャックは感情の奔流のあまり理性を流され、目の前の少女を抱きしめた。そして、  
「リドリー、好きだ」  
自分の想いを口にする。  
「あっ………」  
ジャックに抱きしめられて、彼の鼓動を感じて、告白されて、  
リドリーは今までに感じたことのないほどの幸福感で満たされていた。  
 
リドリーはジャックの背に手を回し、一度ギュッと抱きしめた後、顔を上げて彼の表情を見上げた。  
ジャックは少し照れたようにして、無邪気に笑っていた。  
「私もジャックのことが好きだ」  
ジャックの笑顔を見つめて、想いを伝える。  
その後は自然だった。  
どちらからということもなく顔が近づいて、唇が重なり合う。  
唇を合わせるだけの軽く、短いキス。  
二人は上気した顔を離すと照れくさそうな笑みを浮かべ、クスクスと笑いあい。  
そして、  
「リドリー」  
「ジャック」  
再び抱き締め合った。互いの存在を、そして自分自身を確かめるように。  
「ジャックはあたたかいな」  
リドリーはジャックの胸に顔を埋めて呟いた。  
「リドリーもあったかいぜ。それに……」  
ジャックは目の前の美しい金髪を優しく撫でながら話を続ける。  
「こうしてると、なんか安心する」  
「なぜだ?」  
「だって……さっきのリドリーなんか変だったから、  
まるでもう二度と会えないみたいなこと言うから、オレ心配で」  
「っ……」  
言葉に詰まる。本当のことを言われて一瞬身体が強張ってしまった。  
 
「リドリー?」  
「な、何を言っているんだジャック。私は何処にも行かない。  
ずっと、ずっとおまえの傍にいる」  
「えっ!?」  
今度はジャックが硬直してしまう。  
そのリドリーのセリフは聞く人が聞いたら立派な誓いの言葉である。  
「あっ! い、いや、その……別に、私は、でもずっと一緒にいたいのは本当で、だからつまりだ……」  
リドリーは自分の発言の重大性に気付き慌てふためく。  
「……かわいい」  
「えっ!」  
「あせってるリドリーもかわいいなって」  
ぼっ、と火が着いたような音がどこかで聞こえた。  
「な、なっ! 何を言っているのだ、おまえはっ!」  
リドリーの顔は、火竜の焔以上に紅蓮に染まっている。  
「これからずっと一緒にいたら、もっといろんなリドリーが見れるのかな?」  
「…………」  
「オレはもっといろんなリドリーを見たい」  
「私も見たい。ジャックをもっと、もっと」  
それはできないことだと分かっている。あと数時間もしたら、リドリーは世界の果てへ行く。  
だからこそ、彼女の想いは激しく燃え上がる。  
ジャックをもっと知りたい。ジャックにも自分をもっと知ってほしい。  
一秒でも長く、ジャックと一緒にいたいと思う。  
一寸でも近く、ジャックを感じていたいと思う。  
その愛する者ヘの激しい感情は少女に決意を促す。  
愛する者と一つになる決意を。  
 
「ジャック、私を抱いてくれないか?」  
先ほどまでと違い、はっきりとした口調でリドリーはジャックを求めた。  
「んっ? 今も抱いてるじゃん」  
経験がないのか、天然なのか、かなりズレたことを言う。  
そんなジャックを見てリドリーはため息を一つ。  
「ふうっ。そういうことではなくてだな……女にこれ以上言わせるのか?」  
上目づかいで少し媚びるように言う。  
そんなリドリーを見て、その中に女を感じて、ジャックは気付く。  
「えっ! そ、それはナニですか? 同じベッドで? そういうことを?」  
「だから女にこれ以上言わせるな。おまえはひょっとして嫌なのか?」  
少し意地悪な問い掛け。ジャックは首を横にぶんぶんと振る。  
「いや、あっ! いやってのはそっちの嫌じゃなくて、嫌がいやで、  
いやいや……って何言ってるんだ、オレってば!」  
「フフッ」  
ジャックの様子に思わず吹き出してしまうリドリー。  
「だからだ、つまりオレはリドリーとしたいんだ。その……いろいろとさ」  
リドリーはさっきの笑顔を崩さぬまま、そっとジャックから離れる。  
「リドリー?」  
「抱き合ったままでは服が脱げないだろ?」  
「そりゃそうだ」  
少しほうけたように頷いて、リドリーを注視する。  
「………………」  
「………………」  
二人の間に再び沈黙が流れる。  
 
「あの……恥ずかしいから後ろを向いていてくれないか? それとジャックも服を脱いでくれ」  
「ああ、わ、わかった」  
ジャックは後ろを向いて自分の服のボタンに手をかける。  
後ろからは何にも音が聞こえてこない。  
「リドリー?」  
「だめだ! こっちを向くな!」  
先ほどまでは積極的になっていたリドリーだったが、服を脱ぐという実際にそういう  
ことに向かう行為に際して羞恥心が戻ってきたのか、手が止まってしまっている。  
「だってまだ脱いでないじゃん」  
「これから脱ぐところだったのだ。いいから後ろを向いていろ」  
ジャックは苦笑しながら後ろに向き直り、上着に手をかける。  
後ろからはリドリーの逡巡する気配が伝わってくる。  
「手伝おうか?」  
「服ぐらい自分で脱げる! 馬鹿にするな!」  
リドリーはそういうと決意を固めて服を脱ぎ始めた。  
狭い部屋には二人分の服を脱ぐ衣擦れの音だけが響いていた。  
ジャックは上着を脱ぎ捨て、ズボンも下ろしたところでふと気づく。  
この場合下着まで脱いでしまったほうがいいのだろうか?  
もし自分だけが脱いでいると、なんだか先走っている印象を与えかねないなと思い、  
下着一枚を残し脱衣を中断した。  
「もういいぞ……こっちを向いてくれ」  
リドリーの声に促されてジャックは振り向く。  
 
「…………」  
初めて見る女性の体にジャックは思わず声を失ってしまう。  
白く透き通るリドリーの肌。金髪とのコントラストがたまらなく美しい。  
下着は身に着けていたがそれでもその様子は十分扇情的だった。  
むしろ下着があるからこそ、より扇情的であったのかもしれない。  
リドリーの体に視線が釘付けになってしまうジャック。  
「は…恥ずかしいから、そんなにじろじろと見ないでくれ」  
「わっ、わりぃ、リドリーが、そ、その綺麗すぎたから」  
「……そのセリフも恥ずかしい」  
「でも、本当のことだ。リドリー、綺麗だ」  
ふらふらと吸い寄せられるようにジャックの体がリドリーに近づいていく。  
その手が触れようとした瞬間、  
「明かりを消してくれないか」  
リドリーが初体験に際したもっともらしい要望を口にした。  
「えっ、明かりを消したらリドリーの体がよく見えなくなるだろ」  
「だから言っているのだ。今でもこんなに恥ずかしいのに、その、  
 明るいところで裸になったりしたら、私は……」  
「でもオレはちゃんとリドリーの裸を見たいんだよ。明かりをつけたままってのはやっぱりだめ?」  
男として、そこは譲れないジャック。  
「だめだ。恥ずかしすぎる」  
女の子として、そこは譲れないリドリー。  
「どうしても?」  
粘るジャック。  
「どうしてもだ」  
折れないリドリー。  
「う〜ん。やっぱりだめ?」  
しつこいジャック。  
「だめ」  
きっぱりリドリー。  
 
「わかった。今回はあきらめる。でも今度するときは明かりつけたままで、な?」  
このままでは埒が明かないと、ジャックのほうが自分の要求を取り下げた。  
しかしそれが意外な効果を発揮する。  
「…………っ」  
「今度」そのさりげない一言が今のリドリーにとってはひどく重い。  
この二人に今度というものはおとずれない。  
そのことを誰よりもよく知っているのは他ならぬリドリーである。  
自分はこれから世界の果てに行く。  
そしてそのための最後の踏ん切りをつけるため、今ここでこうしているのだ。  
自分はいい。  
ジャックの温もりを感じられれば、彼と一つになれたなら、もうなんの未練もなく旅立てるだろう。  
しかしジャックはどうなる?  
本当に彼のことを思うのなら、あのまま砦を出て行くべきだったのだ。  
そのほうが未練は少なくてすむ。しかしリドリーは彼のもとを訪れてしまった。  
その上恥ずかしいなどといって彼の要求を突っぱねてしまった。  
リドリーは思い直す。これが最後になるのなら、せめて彼の要求には精一杯応えよう。  
明かりを消しにランプへと向かっていたジャックに声をかける。  
「や、やっぱり明かりは……消さなくて、いい」  
「は? どうしたんだよ急に。さっきまであんな嫌がってたくせに」  
「き、気が変わったのだ。それに私も、お前の裸を見てみたいし、な」  
少し声が裏返ってしまった。虚勢を見破られないように一気にまくしたてる。  
「さ、さあ早くしよう。ほらこっちに」  
「なんか今のリドリー……すげぇエロい」  
「なっ、私はそんなエロくなどなっ」  
その言い訳は最後までさせてもらえなかった。  
「エロいリドリーもかわいい」  
近づいてきたジャックはそう言って、リドリーを抱きしめる。  
「だからエロくなどっ」  
それも途中でさえぎられる。  
ジャックは強引に唇を重ねると、リドリーを抱いたままベッドに倒れこんだ。  
 
古臭い木製のベッドがミシッと音を立てる。  
その上で二人は長く深いキスを交わしていた。  
ジャックの舌がリドリーの唇を割ってその先に進入する。  
「んっ!」  
リドリーは驚き、顔を離そうとするが頭に添えられたジャックの腕がそれをゆるさない。  
ジャックの舌は縦横無尽に動き回り、リドリーの無垢な口内を愛撫していく。  
ジャックもこのようなキスは初めてであった。  
それでもその稚拙なキスは愛しいものを陶酔させるには十分だったらしい。  
徐々にリドリーの表情が艶を帯びたものへと変わっていく。  
「うんっ……はぁっ、ふっ……ぁあっ」  
リドリーの口から甘い吐息がもれる。  
いまやリドリーは自分から舌を伸ばし、ジャックを求めていた。  
当然ジャックもそれに応えて、舌の動きを激しいものとする。  
こうして二人は互いの口内の感触と、舌の触れ合いを存分に楽しんだ。  
初めにキスだけに耐えられなくなったのは、やはりジャックのほうであった。  
唇を離し、顔を上げリドリーの目を見つめながら言う。  
「リドリー、オレ、キスだけじゃ、もう……」  
その表情はかなり切羽詰ったものになっている。  
そんなジャックの様子を見てリドリーは軽くうなずいた。  
「私も、もうだめだ。胸が苦しくて……ジャック下着を脱がしてくれないか?」  
「まかせとけ」  
ジャックはリドリーの体をまたぐようにして膝をつき、体を起こした。  
リドリーのほうを見下ろす体位になる。  
彼女の皮膚はまるで湯上りのように桜色に染まり、胸は大きく上下している。  
コルセットで締め上げられているのでその様子はかなり苦しそうだ。  
 
「じゃあ、はずすぞ」  
リドリーの背中に手をまわし一本一本紐を解いていく。  
その手の動きはどこか熟練されていて、よどみがない。そのことがリドリーに疑念を与えた。  
「ジャック。おまえ、こういうこと初めてだよな?」  
「初めてだよ」  
「その割には手馴れていないか?」  
「姉ちゃんの締めるのを手伝ったりしてたから」  
「……そうか」  
「安心した?」  
「ああ」  
「なんか素直だな……女の子もやっぱ相手が初めてとか気になるの?」  
「まぁ、それなりにな。言っておくが、私は初めてだからな。その……こういうことをするのは」  
最後は顔を背けながら、小さく付け足した。  
「わかってるよ」  
リドリーは貴族の娘だ。  
しかも北方大鷹の称号を持つ名門ティンバーレイク家の嫡子である。  
それならば婚礼まで純潔を守るのは当然であろう。  
「でもよかった。あのまま城にいたらいつクロスの野郎が  
 手を出してきたかわからなかったからな」  
「ふん。もしそんなことになったら、手を切り落としてやったさ」  
「はは、こえーな。でも、それでこそオレのリドリーだ」  
その「オレのリドリー」という表現はともすれば嫌悪感さえ与えかねないものだったが、  
今のリドリーにはその言い方がうれしかった。  
「私は、おまえだから……大好きなジャックだから体をゆるすのだ。  
 他の誰でもない、私の、私だけの意志で」  
その言葉に強く力をこめるリドリー。  
「オレもリドリーだから、大好きなリドリーだからしたいんだ」  
ジャックも応える。  
そんな甘い恋人同士の会話をしているときもジャックの動きは止まることはなかった。  
ついにリドリーの上半身が束縛から解かれる。  
 
「あっ……」  
決して豊満とはいえないが、形の整った白く美しい乳房。  
その緩やかな山の頂にはうすい桃色をした可愛い突起がのっかっている。  
ベッドの上に広がる滑らかな金髪。  
ベッドに横たわる美しい白い肢体。  
それにはこの場所にいるすべての妖精よりも神秘気的な印象を与えられる。  
もし天使というものが実在するとしたらこんな感じなのだろうか?  
ジャックは目の前の光景にすっかり魅了されて、そんな突拍子もないことを考えていた。  
「ジャック?」  
「…………」  
いまだ心ここにあらずなジャック。  
「ジャック!」  
「わ、わりぃ。続けるぜ」  
リドリーに強く名前を呼ばれてジャックは我に返る。そして彼女の体を愛でることを再開した。  
ジャックは両手に神経を集中させ、そっとふくらみに添える。  
そのわずかな刺激だけでも無垢なリドリーには大きすぎるらしい。途端に嬌声を上げ始める。  
「ふっぅん……あっ、あ、い……いやぁ」  
身をよじって抵抗を示す。しかしそれはジャックの加虐心をくすぐるだけであった。  
ジャックはさらにその感触を楽しもうと、手に力をこめて柔らかなふくらみを揉んでいく。  
「だ、だめだ、そんな強く……やんっ! ジャ、ジャックぅ」  
首筋がぞくぞくするようなリドリーの甘い声。  
ジャックは左手をどけてリドリーの乳首に唇を寄せていった。  
すでに硬くとがったそれを軽く吸う。  
するとリドリーは一際たかい嬌声を上げて仰け反った。  
 
「リドリー、感じてるのか?」  
顔を上げて問いかける。  
「んっ!……た、たぶん。は、初めてだからよく分からないけど、なんか体、  
ジャックに触られているところが特に熱くて、それで、頭がぼぅっとしてきて……」  
初めての快感に耐え、目を潤ませながらジャックの問いかけに応える。  
その様子からはリドリーの健気さが伝わる。  
「そっか。よかった。リドリーが気持ちよくなってくれて」  
ジャックはそう言って微笑む。  
またあの笑顔、それを見てリドリーは胸の奥に疼痛を感じる。  
こういう情事の最中ですら無邪気な笑顔はいつもと変わらない。  
そのことが彼女に罪悪感を与える。  
なぜ彼はこれほどまで自分のことを想ってくれるのだ?  
男というのは初体験の興奮や、好きな女を抱きたいという欲望よりも、  
相手を慈しむ感情の方が大きいのか?  
そんなことさえ考えさせられる。  
そんな自問自答をしながら、しかし答えはリドリーの中にしっかりとあった。  
 
ジャックは優しいのだ。  
自分の夢を打ち砕かれる原因になった者ですら「同じ団に属する者は家族」そういって、  
自分の命を懸けられるほどに。  
いつだって彼は自分のことよりも他の誰かのことを優先していた。  
きっとリドリーが本当のことをいっても、ジャックは彼女を抱いてくれただろう。  
そして笑顔で送り出してくれるだろう。  
その上でジャックはリドリーを助けに来てくれるのだ。  
ジャックは優しい。圧倒的に優しい。その優しさが今はリドリーをさいなむ。  
いっそのこと乱暴に犯されたほうがよかったとさえ思わされる。  
これほど優しい彼に自分は何をしてあげられるのか?  
それはわからない。でも今いうべき言葉ぐらいはわかっている。  
 
リドリーは最後に向けて決心を決め、そのきっかけとなる一言をいった。  
 
「ジャック……きて」  
「ああ」  
ジャックはうなずき体を起すとリドリーの足元へと移動して、彼女の下着に手をかけた。  
するすると彼女の体を覆う最後の一枚を脱がしていく。  
あらわになるリドリーの秘部、まだ毛の生えそろっていない様子からは彼女の幼さがうかがえる。  
ジャックが両手で膝を掴み、左右に力をこめた。  
するとそれは何の抵抗もなくあっさりと開いた。  
乳首の色とはまた違った種類の鮮やかな桃色をしたものがのぞく。  
そこからは初めての男を向かい入れるための潤滑液がすでに多量に分泌されていた。  
彼女のきめ細かな臀部の皮膚をつたいシーツにしみを作りつつある。  
「リドリー、すげぇ……濡れてる」  
「ジャックが気持ちよくしてくれたからだ。今度は一緒にきもちよくなろう。さあ、きてくれ」  
そんな恥ずかしいセリフも今は自然と口にできた。  
先を促されたジャックだが、彼にはまだそのつもりがないらしい。  
「ああ、でもその前に……」  
言いながら体を倒し、前に屈んでいく。  
「なっ! なにをするのだ!?」  
リドリーは驚き声を荒げる。  
それも当然である。ジャックが向かう先には自分の最も秘めたる部分があるのだから。  
「さっき言っただろ、いろんなリドリーを見てみたいって」  
「しっ、しかしそれは……最近はちゃんとした入浴もしていないし、きっ、汚いぞ」  
「オレは気にしないから」  
どんどん顔をリドリーの秘部に近づけていくジャック。  
しかしリドリーはもう抵抗しようとはしなかった。  
彼の要求には精一杯応える。そう決めたのだから。  
 
両手を使って閉じられた陰唇を開く。そこに広がるのは桃色に彩られたおそろしく淫靡な世界。  
ジャックは初めて見る女性器の様子に思わずつばを飲み込む。自分の中で音がやけに大きく響いた。  
その音がリドリーにも聞こえたような気がしてジャックは気恥ずかしくなる。  
それをごまかしてしまおうと、急ぎそこに口を近づけていった。  
「ああっ!! だ、だめぇ……ジャックぅ」  
舌先が触れるとリドリーは今までで一番大きな嬌声をあげた。  
それは普段の彼女からは想像もできないほどいやらしい声音であった。  
自分がリドリーにこんな声を出させている。  
そう思うとジャックの興奮は異様な勢いで増していった。  
薄い布地の下で自分の分身は痛いほどに膨張している。もうこれ以上は耐えられそうになかった。  
「だめだ。オレ、もう我慢できねぇよ。いいかリドリー?」  
「わ、私はもう、覚悟を決めている。ジャックきて……」  
リドリーは快感に耐えながら、はっきりと自分の意思を示した。  
ジャックは残っていた自分の下着を勢いよく脱ぎ捨て、そそり立ったものを取り出す。  
リドリーが初めて見る男のそれに驚愕し、目を見開く。  
「じゃあいくぞ」  
「あ、ああ」  
最終確認を済ませて、ジャックは膨張しきった最も男らしい部分を  
リドリーのもっとも女らしい部分へと近づけていく。  
指で広げていたときは内部をうかがい知ることもできた性器は、  
未開発ゆえか今は閉じてしまっていてよく見ることができなかった。  
挿入する前に入り口を確かめるため、そっと秘部に指を触れてみる。  
「……っぁ!」  
先ほどのまでの行為で敏感になっているのか、僅かに指先が触れただけでも劇的な反応を示すリドリー。  
そんなリドリーの様子がジャックにとっては愛おしくてたまらない。  
 
「ここ?」  
「そ、そこも、気持ちいいけど……入り口はもっと下のほうだとおも、う……っはぁ」  
リドリーの指示通り先ほど触れたところから下のほうに指を動かしていくと、  
指が飲み込まれるような感触を覚える場所があった。  
触れたときリドリーが声にならない吐息を漏らしたことからも、  
ジャックはそこが入り口であると確信した。  
ジャックは狙いがずれないように手を添えて力強く脈動するそれを制し、  
リドリーの入り口へと近づけていった。  
わずかに湿った音を立てて、二人の性器が触れ合う。  
ジャックは腰を動かし挿入を試みるが狙いがそれて滑ってしまった。  
すでにお互いの性器は愛液で濡れていたので、その擦り付けるような触れ合いが十分に快感を与える。  
「くうっ!」  
「ん、ぁぁぁっ!」  
ましてやリドリーのほうは滑ったジャックの先端が陰核に触れてしまったのである。  
敏感な処女にこの快感は強すぎた。  
もはや思考をめぐらすことさえ困難な状況に追い込まれる。  
「わりぃ、ちゃんと入らなかった。次は失敗しないから」  
ジャックは荒い息を吐きながらもリドリーを気遣う。  
その気遣いにも答えはない。  
わずかに首を動かし肯定の意思を示すのが今のリドリーには精一杯であった。  
今度は失敗しないようにと、右手は性器に添えてままで左手を使い入り口をしっかりと確認する。  
その後でゆっくりと近づけていき先端を入り口へとあてがった。  
そのまま腰を進めていくと狭い入り口を過ぎ何かに包まれていく感触があった。  
ジャックが結合部を見れば、確かに先端がリドリーの中へと埋まっていた。  
 
ジャックはとりあえず挿入が成功したと一息つく。そのとき、  
「……っう」  
リドリーの口から今までとは明らかに違う種類の吐息が漏れた。  
彼女は痛みに耐え、唇をかみ締め、眉を寄せていた。  
「リドリー、痛いのか?」  
「い、痛い、けど、大丈夫だ。戦闘に比べればこ、これぐらいっ」  
リドリーは激痛のせいで逆に明瞭とした意識を取り戻していた。  
ジャックに余計な気遣いをさせないように懸命に虚勢をはる。  
しかしその綺麗なエメラルドグリーンの瞳は涙で揺らいでいる。  
「大丈夫」でないのはジャックの目には明らかだった。  
「ジ、ジャック、動いてくれ、私で、きもちよくなっ、て……」  
その要求を無視して、ジャックは体を倒していき寸分の隙間も嫌うように密着した。  
そしてリドリーを強く抱きしめる。  
「ジャック?」  
「だめだ。二人で気持ちよくなるんだろ? オレだけ気持ちよくなっても意味ないじゃん」  
「ジャック……」  
リドリーもジャックの背に手を回し、力を込めて抱きしめる。  
二人は顔を寄せて、つながったまま今日何度目かになるキスをした。  
ジャックは舌を差し込み激しいキスをするとともに、  
背筋をうまく使い体をずらして腰を進め、挿入をより深いものにしようとする。  
抵抗が大きくうまく入っていかない。  
それでももたらされる快感は相当のものであった。  
リドリーの膣内はジャックを容赦なく締め付ける。  
さらにはリドリーの愛液が絡みつき、ぬるぬるとした粘膜の感触も味わうことができた。  
こらえてなければ情けない声をも発しそうになる。  
しばらくすると抵抗が少なくなり、先ほどよりも愛液の分泌もふえてきて  
すんなりと奥へ進めるようになってきた。  
ここぞとばかりにジャックは速度を上げリドリーの膣内を進んでいった。  
そしてついにジャックの先端はリドリーの最奥に達した。  
 
「リドリー、最後まで入ったよ」  
「ああ、わ、わかる。ジャックが私の一番奥まできている……」  
その様子からはまだリドリーの痛みをうかがい知ることができた。  
それを取り除いてあげたくて、ジャックは再び唇を重ねた。  
「ふぅん、はぁ…ジャック、好きだ……あ、愛している」  
キスをしている最中でも二人の睦言は止むことはなかった。  
「オレもリドリーを愛してる」  
愛を言葉にしてから、ジャックは前後に動き出した。  
少しでもリドリーの苦痛を取り除こうと、両手と舌を使い彼女の性感帯を刺激していく。  
挿入と愛撫による淫らな水音が部屋に広がる。  
「いっ……きゃ…ぁん、ふわっ!」  
激しくなっていくリドリーの嬌声。  
それと比例するようにジャックの興奮と快感も増していく。  
「リ、リドリー、リドリー」  
リドリーの名前を呼びながら、ジャックは動きを終極に向けて速めていった。  
少しリドリーが痛そうなそぶりを見せたが、もう止まることはできなかった。  
「くうっ……オレ、もう出そうだ。リドリー!」  
「ひあっ! ジ、ジャックのが、中でお、おきくぅっ、あっ、ああっ!」  
リドリーはもう痛みとも快感とも区別のつかない嬌声をあげている。  
そしてさらにジャックを求めるように舌を伸ばす。  
ジャックもそれに応え唇を重ねて、舌を絡めた。  
さらに動きを速める。幾度も往復した後、リドリーの一番奥でその動きが止まる。  
「くぅぅぅっ……」  
低いうめき声のようなものを上げてジャックは達した。  
体をふるわせてリドリーの膣内に白濁した粘着質の液体を注ぎ込んでいく。  
「ジャックの……あたたかい」  
 
リドリーは今まで背中に回していた手を頭のほうに移動させ、ジャックを包み込むように抱いた。  
ジャックも射精を終え、彼女を再び抱きしめた。  
二人は繋がったまま長い時間抱き合い、行為の余韻にひたる。  
欲望を吐き出した後におとずれる穏やかで幸せな時間。  
互いに髪を撫であい、鼻を触れ合わす。  
二人は互いの耳元で何度も、何度も「愛してる」とささやきあい。  
何度も、何度も唇を重ねあった。  
後戯も終えて、ジャックはようやく腰を動かして二人の粘液でぬめる性器を引き抜いた。  
そしてそのままリドリーの横に仰向けになる。  
リドリーは彼に密着して伸ばされた右手の上に頭をのせる。  
ふと二人の目が合う。二人は静かに微笑みあった。  
その後には少し沈黙がおとずれた。やがてジャックが口を開く。  
「どうだった? 気持ちよかったか?」  
男としてそれはかなり気になるところだった。  
「初めはすごくよかった。でもジャックが入ってきてからは痛かった。そして最後は……」  
「最後は?」  
「よくわからなかった。気持ちいいような、痛いような」  
「そっか。でもよかった。痛いだけじゃなくて」  
「ジャックはどうなんだ?」  
「え?」  
「ジャックは気持ちよかったのか? その、わたしの体は」  
これで首を横に振られでもしたらたまらない。  
ジャックに何もしてあげられなかったことになってしまう。  
 
「オレは……」  
わざとじらすようにするジャック。リドリーが期待と不安に満ちた目で彼を見上げている。  
「すっっっげぇぇ気持ちよかった!!」  
満面の笑みで応えるジャック。リドリーの表情がたちまちに明るくなる。  
大丈夫だ。  
そう思った。  
これで自分はもう何の迷いもなく世界の果てに行ける。  
そう思った。  
再び沈黙がおとずれる。しかしそれは二人にとってまったく嫌なものではなかった。  
言葉などなくとも二人はしっかりと相手の気持ちを理解していた。  
きっと相手も自分と同じ気持ちであると。  
ジャックの鼓動が心地よくて、リドリーがついまどろんでしまっていたときに声がかかる。  
向こうも少し眠そうな声である。  
「なぁ、リドリー。もしこの戦いが終わって、オレたちが生きていたら……」  
「生きていたら?」  
「どこか遠くに、人間も、妖精もいないような遠くに行って、そこで二人で暮らそう。  
 それで子供を作って、子供を育てて、寿命で死ぬまでずっと、ずっと一緒に暮らそう」  
それはいい考えだと思った。何も考えずにリドリーはうなずく。  
「ああ、私とジャックでずっと二人一緒に生きよう」  
その誓いの後に二人はもう一度キスをした。  
初めてのときと同じく、唇を軽く触れ合わせるだけの短いキス。  
そしてそのキスを終えると、二人はだんだんと意識を失っていき、穏やかな眠りについた。  
 
東の空がわずかに白み始めたときベッドから人影が起き上がった。  
リドリーである。彼女は音を立てぬよう注意をはらって、服を着替えると出口へと向かった。  
そのとき、  
「ん、リ、ドリー……」  
ベッドのほうから名前を呼ばれた。  
驚いて意識を集中させるが、ジャックが目を覚ました様子はない。  
どうやら寝言のようだった。彼女は再び出口に向かう。が、何かを思いついたように歩みをとめた。  
そしてベッドへと近づく。  
ジャックは穏やかな寝息を立て、幸せそうに眠っていた。  
リドリーは髪がジャックの顔に触れないようかきあげると、  
腰をおって顔を近づけていった。  
二人の顔が重なる。  
顔をあげるとリドリーは口の中だけで何かをつぶやき、  
そしてもう振り返ることなくジャックの部屋を後にした。  
 
 
「別れはすんだのか?」  
部屋を出たところで話しかけられ、リドリーは思わず声を上げそうになった。  
見ればガウェインが壁を背にして、腕を組んで立っていた。  
「ガ、ガウェイン殿! い、いつからそこに?」  
「安心しろ。つい先ほどおぬしの部屋に行ったら、気配がしなかったので、もしやと思ってな」  
情事の最中はいなかったのだと知り、リドリーはほっと胸を撫で下ろす。  
「して、もういいのか? 未練はないのか?」  
「はい。もう大丈夫です」  
「ふむ。では、早くここを立とう。私はザイン殿に出発を知らせてくるので、  
 おぬしは先に外に出て待っていてくれ」  
「わかりました」  
ガウェインが奥の部屋に進んだのを見送ってから、リドリーはヘレンシア砦の外へと歩き出した。  
 
外に出ると朝の涼しい風が長い髪をなびかせた。  
リドリーは頬にその心地よい風を感じながら振り返り、砦を見上げる。  
そして先ほどジャックの部屋でつぶやいた言葉を、今度ははっきりと声にした。  
「          」  
しかしそのとき突風が吹き、その言葉を聞くことは誰にもできなかった。  
 
それでよかった。それは伝える必要などない言葉だったのだから。  
 
 
Fin.  
 
 

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