部屋に入るやいなや、関口は口いっぱいにそれをほおばった。
「おいおい、そんなにがっつくことないだろう」
「我慢できなかったんだもん。…別に水野や山下にご飯おごるなってわけじゃないのよ。でも、先生にとって私は特別じゃなきゃ厭」
「コラコラ」
榊は照れている。ちょっとしたリップサービスでかくも嬉しそうな顔になる単純な正確を、関口は少し可愛いと思っている。
「おいしい…こんなに汁が垂れてきてる…」
染み出してきた液体を、彼女は口の中で存分に味わう。一滴たりとも味わい尽くさずにはいられぬ風で、喉に流し込む。
「おいしい」
もう一度彼女は呟いて、恍惚のため息をついた。目元は火照り、桜色に染まっている。その色艶に思わずうろたえた榊は、話をそらす。間の悪い方向に。
「なあ…もしかしてお前と水野や山下、実はうまくいってないのか?」
いかにも困惑しきった眉毛を見て、関口はくすっと笑う。
「最近プライベートではそんなに一緒ってほどでもないわ。仕事は別よ。命にかかわるもの」
そして、意地の悪い笑みを浮かべる。
「女ってね、仕事の上ではいかにも仲よさそうに見えても、オフではまったく口きかなかったりするものなのよ。女同士って案外そういうもの。吉田とか桃山、道ですれ違っても気が付かないふりするもん」
「…何か怖いなぁ」
「まあね。修羅場にならないだけマシよ」
再び関口は肉を口いっぱいに含んだ。あとは黙々とその作業が続く。
男と女が、二人っきりで狭い部屋にこもって肉のよろこびに身を任せている。その関係たるや医者と看護婦ってのもつくづくやばいなぁ。
榊はタバコの箱を探ろうとして、やめた。最中は吸わないことにしているのだ。
「至福〜って感じ♪」
関口は指を腹のほうに這わせ、撫でさすっている。
その顔を見ると、先ほどまでの些細な躊躇いなどどうでもよくなる。
この刹那、関口の喜ぶ顔見たさに榊はここにいるのだから。
「…また、来ような」
「…うん」
すっかり朱色に頬を染めた関口を見て、榊はこの二時間は実に有意義だったと満足した。