「……で、これは一体何のつもりだ?」  
 浅い眠りから目を覚ますと、半ば呆れた様子で、我が相棒――リロイ=シュヴァルツァーは口を開いた。その黒瞳に映るのは、己の逸物を握っている女。  
 イヌガミ・アズサ。リロイの記録を抜き、最年少でS級まで昇ったSS級の傭兵だ。そして、リロイと敵対する組織、ヴァルハラのエージェントである。  
 現在は一応休戦中とはいえ、本来ならば敵対している立場であるはずなのだが。全く持って、この女の行動は理解しがたい。まぁ、それを言えば普段からそうではあるのだが。  
「何って、暇潰しさ」  
「暇潰しなら昼間にやっただろ」  
 視線すら向けず手を動かすアズサに、リロイは完全に呆れている。  
 無理もない。二人が暇潰しと言っていた、ウィルヘルム派との戦闘で、この部屋はそこら中が血だらけになっている。流石に、信者達の死体などは既に撤去してあるが、それでも、まともな精神の持ち主では、泊まれる部屋ではない。  
 その証拠にテーゼは、別の部屋を取ってそちらに移っている。  
 ちなみにリロイは、部屋を取って貰えなかった。旅の経費は、全てアイントラート持ちなので、仕方がないと言えば仕方がない。  
 ――リロイは憤然としていたが。  
 とにかくそんな部屋だ。アズサも別の部屋に泊まっていたというのに、わざわざ夜這いをかけに来るというのは、リロイでなくとも信じがたい行動だ。  
「良いじゃない、ちょっと味見をするだけさ」  
 まるで摘み食いでもするかのように平然と言い放つアズサに、リロイはもはや抵抗する気もないのか、何も言わずに天井を仰いでいた。  
 いや、摘み食いと言えば、摘み食いではあるのか……馬鹿なことを言ったようだ。  
 ――とりあえず、自己紹介をしておこう。  
 私の名は≪ラグナロク≫。  
 血塗れのベッドの横に、無造作に放り出されている剣、それが私だ。  
 
 男性器を口に咥え、黙々とそれを舐め続けている女と、それを黙然と凝視している男。そして血塗れのベッド。  
 傍から見れば、いっそシュールを通り越してホラーな光景が、現在この部屋では繰り広げられていた。  
 顔にかかる、艶のある黒髪を片手でかきあげつつ、亀頭を舐め上げている。顔は無表情なのだが、乱れた和服から除く剥き出しの胸が、扇情的な雰囲気を醸し出している。  
 もともと、顔の造形やスタイルは悪くない女だ。普段の振る舞いから、そもそも女性であるという事実すらしばしば忘れそうになるが、なるほど、こうして見ると、確かに女である。  
 それにしても、情けないのは我が相棒だ。こんな状況だというのに、顔を歪めて快感に耐えている。  
 ――流されおって、この助平め。  
 アズサの愛撫は尚も続いている。口一杯にリロイの男性自身を頬張り、豪快に顔を上下させている。力技ではあるが、襲い来る快感は多大だ。  
 リロイとて例外ではなく、我慢しきれずに達してしまった。  
「……ったく、イクんならちゃんとそう良いなよ。顔がベトベトになったじゃないのさ」  
 顔面に付着した白濁液を手で払いつつ、アズサは鬱陶しげに声を上げた。勝手に押しかけておいて理不尽な言い様だが、リロイが情けないのは事実だ。  
 リロイも、不満気な様子ながらも、何も言い返そうとはしなかった。  
「ふん、やっぱり、アンタとは戦う方が楽しめそうだね」  
 だが流石に、視線をリロイの股間に合わせたまま、嘲りもなくそう言われては、黙っていられるものではない。  
 リロイは羞恥と憤激に顔を赤く染めると、猛然とアズサに襲いかかった。  
 不意を突かれ、アズサが態勢を整える間もなく、リロイはアズサの服を剥ぎ取り、組み敷き、一気にその秘部を貫いた。  
 まさに、一瞬の出来事。≪黒い雷光≫の面目躍如といったところか……馬鹿馬鹿しい話ではあるが。  
 流石に、何の準備も無しの行為に、アズサの表情が苦痛に歪む。  
「か……っは、や……やれば、出来るじゃないのさ」  
 とはいえ、その状況でも減らず口を叩くのは、アズサらしいと言うべきか。  
 
「黙ってれば調子に乗りやがって、足腰立たなくしてやる」  
 優位に立ったリロイは、ニヤリと笑って腰を激しく動かし突き上げる。相手を壊さんばかりに激しく動くリロイではあったが、アズサも負けていない。  
 馬乗りになっているリロイの側頭部を横薙ぎに殴りつけると、そのまま腕を絡め、リロイを力ずくで押し倒す。  
 今度はアズサが上になり、腰を動かし始めるが、リロイが半身を起し、アズサを再び押し倒そうとして、動きが止まる。  
 アズサはそれに抵抗し、押し返そうとするが、体勢はややリロイの方が有利だ。  
 ……それにしても、この二人は繋がったまま一体何をやっているのだろうか?  
 ……私も、一体何をやっているのだろうか?  
 二人の攻防は次第にエスカレートし、至近距離で打撃が飛び交っている。  
 限られた空間。下から抉るような肘の一撃が、アズサの脇腹を襲う。電光石火の一撃は、しかししっかりと腕でブロックされた。  
 アズサの反撃は、顎へのアッパーだ。身体を目一杯反らせ、最大限の捻りを加えた一撃は、当たれば確実に顎の骨を砕くだろう。  
 無論、当たるわけにはいかない。  
 リロイはアズサと同様に、目一杯身体を反らせてその拳に空を切らせる。  
 そして、二人同時に、体を戻す反動を利用した――渾身の頭突き。  
 互いに加速の付いた額をぶつけ合い、衝撃で密着していた身体が離れた。  
「痛ぅ、ったく硬い頭だねぇ。脳みその代わりに石でも詰まってんじゃないのかい?」  
「お互い様だろ」  
 額を抑え、しかもなんと瞳の端に涙すら浮かべ、ベッドの端でアズサが悪態を吐く。リロイも同様、アズサとは逆の端から、憎々しげにアズサを睨み付けている。  
 結局、何がしたかったのであろうか?  
 私には理解できないし、したくもない。  
「まぁ、暇潰しにはなったかねぇ。じゃ、あたしは帰るよ」  
 散々荒らすだけ荒らしておいて、アズサは何事もなかったかのように着衣を直すと、そのまま部屋を出て行ってしまった。  
 リロイと言えば、その背中を疲れた様子でぼぅっと見送っている。  
 やがて、アズサもいなくなり、静けさが戻った部屋で、  
「……何がしたかったんだよ、クソッ」  
 ベットに倒れ込んだリロイの声が、虚しく響いた。  
 
 ――相棒よ、それは私の台詞だ。  
 

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