城の中にある、彼女らにあてがわれた部屋。  
光と風と、今日はここに泊まって、明日の夕方、帰ることになっている。  
今は海以外、誰もいない。  
ベッドに座り、溜め息をつく。  
(言い過ぎたかな…言い過ぎたよね、やっぱり)  
アスコットが逆らえないことを、彼女はよく知っていた。  
自分の都合で会いに行けなくて、海に会いに来てもらっている。  
そのことに、彼が引け目を感じていることも、わかっていた。  
だから、後悔しているのだ。  
弱みにつけ込んだような罪悪感が、彼女を苛む。  
 
きっかけは、単純なことだった。  
カフェのような店――アルコールもあるらしいが――で、一緒にお茶を飲んでいた時に、彼の左手の薬指に指輪跡を見つけただけであった。  
彼にしてみれば、大事な指輪を、一番邪魔にならない指にはめていただけのこと。  
しかし海にはそれが気に入らなかった。  
大事な指輪。  
元彼女とのペアリング、などとは当然思わなかった。  
ただ、例えば両親の形見だったとしても、彼から両親の話を聞いたことがない。  
例えば、召喚に必要な道具だったとしても、召喚士として彼がどういうことをしてきたのか、それも彼女は知らない。  
彼が自分のことを話してくれていないことに気づかされて、苛立っていたのだ。  
――重い沈黙。  
そこに、彼と同じ黒基調の制服を来た男の子達が二人、店に入ってきた。  
片方の少年がアスコットに気づき、声をかけた。  
「あー!アスコットが美人さん連れてるー!」  
その言葉にアスコットが、一瞬赤くなって顔を背けたので、海は少し機嫌を直しかけた。  
その少年がアスコットに話しかけた。  
「いーなー。美人とのんびりお茶なんて余裕だなー。主席の余裕とか?」  
かなり嫌みな台詞を、邪気のない、羨望を含んだ口調で言われて、アスコットが苦笑した。  
(…主席…?)  
アスコットが主席を取ったことを、海は知らなかった。  
些細なことだが、棘が刺さったような苛立ちをまた感じた。  
今まで何も発言していなかった男の子が、海に話しかけた。  
「はじめまして」  
「え?あ、はじめまして」  
海が慌てて笑顔で挨拶すると、その少年は、にこにこ笑って彼女に言った。  
「俺達は二人とも、寄宿舎でアスコットと同室なんだよ」  
――ルームメイトがいることも知らなかった。  
(私…アスコットのこと、何も知らないんだ…)  
訊きたかった。  
(アスコットは私に、何一つ話してくれる気がないの?)  
しかし知らない男の子達の手前、それも出来なかった。  
 
海は用もないのに腕時計を見て、アスコットに言った。  
「ごめんなさい、そろそろ帰らなきゃ――アスコット、途中まで送ってくれる?」  
二人きりになるための作戦であった。  
海の右腕には、蝶のような羽が生えた、黒い子猫に似た生物が抱かれていた。  
長距離は無理だが、一瞬で人一人を移動させる能力を持つ、精獣の一種だ。  
アスコットも、その精獣を知っていたから、送っていく必要がないことぐらい、わかっていただろう。  
だが彼は頷いて、友人達に「送って行ってくる」と笑顔を作って言い、彼女と店を出た。  
送って欲しいとの海の言葉は、二人きりになるための口実だと、彼も気づいていたに違いない。  
黙ってついて来てくれたのは、海に逆らうような真似が彼には出来なかったからだ。  
店を出て、人通りの少ない方へと少し歩いてから、海は言った。  
「アスコットはどうして…私に自分のことを教えてくれないの?」  
「………え…?」  
表情を伺うと、明らかに驚いていた。  
質問を重ねた。  
「私に、自分のことを知って欲しいとか思わないの?」  
「…全く思わないわけじゃないよ」  
「じゃあ、どうして…?」  
泣きそうになる。  
アスコットが言葉を選びながら言う。  
「今まで何をしていたかとかより、これから何をするかを話したいから」  
「……………」  
「同じ寄宿舎の友達はたぶん、次に会う時も友達だよ。だけど、次にウミといつ会うか決めたり出来るのは…今日だけだから」  
「……………」  
「会える時間も短いし、何もかもは話せないよ…いつかは…全部知ってほしいと思うけど…」  
アスコットの言ったことは、正論だと思った。  
だが、正しいからといって、何も知らないという寂しさは消えなかった。  
それをうまく伝えるには、海は不器用だったかも知れない。  
泣き叫ぶように、感情を吐き出した。  
「それぐらいわかってるわよ!だけど友達でさえ知ってることを知らないのは寂しいじゃない…!それに会える時間が短いのは、そっちがお城に来られないせいでしょ!?」  
――最後の一言がアスコットの耳に届いた瞬間には、すでに彼女は後悔していた。  
(どうしよう…怒らせちゃったかな…)  
 
海の予想に反して、彼は怒った様子を見せなかった。  
アスコットが、手を差し出した――海にではなく、海の腕の中の精獣に。  
甘えてその手にすり寄るその精獣に、微笑んで彼が言った。  
「ウミを城まで送ってあげて」  
笑顔も、声も、どこか固いように思われた。  
精獣の力が発動する直前、彼がそっとキスをしてくれたが、冷たく軽い感触が却って胸を苦しくした。  
「ごめんなさい…」  
――呟くその言葉は、彼には届かなかった。  
浮遊感が体を包み、一瞬後、彼女は城にいた。  
 
また、溜め息をつく。  
(あんなにいつも気を遣ってくれてるのに、傷つけちゃったな)  
彼女をここまで運んできてくれた黒猫――のような精獣――の頭を、そっと撫でる。  
羽根の付いたその精獣は、外見通り子猫のように、心地よさげにグリーンの瞳を細めた。  
昼間に会った人物を連想させる色の瞳を、切ない思いで見つめて話しかける。  
「クレフ――あなたのご主人様の所に行かなきゃね」  
借りた精獣を返さねばならない。  
羽根つき黒猫を抱いて、彼女は部屋を出た。  
 
クレフは自室にはおらず、広間にいた。  
いつも持っている大きな杖を振って、ドアを開けてくれた。  
クレフは何かを言いかけたようだった。  
アスコットの様子を訊こうとしたのかも知れない。  
しかし元気のない海を見て、無言のままで広めの椅子を魔法で出してくれた。  
礼を言って、その椅子に座った。  
「あの…この子を返しに来たの」  
羽根つき黒猫を抱きあげ、クレフに差し出す。  
しかし、クレフは静かに首を横に振って言った。  
「今は返さなくてよい。明日も必要になるだろう?」  
(明日も?)  
意味が分からない。「アスコットの元へ、明日も行かねばならないだろう?」  
「…どうして…?」  
「アスコットと、何かあったのではないのか?」  
穏やかに言う。  
何もかも、お見通しのようだ。  
無言で頷いた。  
そして、全てを話した。  
アスコットのことを何も知らなくて、それが寂しいということ。  
彼が言った言葉。  
それを正しいと思ったこと。  
それでも、寂しいと思うこと。  
彼を傷つけてしまったこと。  
クレフは黙って、彼女の話を聞いていてくれた。  
「ね、どうしたらいいと思う?」  
「明日帰る前に、会いに行け」  
苦笑を噛み殺した様子で、クレフは言った。  
 
クレフに相談するまでもない。  
それが最善の方法、というよりも、唯一海に出来ることだった。  
それは彼女もわかっていたが――。  
「でも……」  
(会えるかしら?…会ってくれるかしら…?)  
「まだ、迷っているのか?」  
クレフが言う。  
そして、その言葉に対して、彼女が口を開きかけた時、腹部に温かい感触を覚えた。  
(え…!?何…?)  
混乱した頭で、クレフの手が白いキャミソールの中に入ってきたのだと理解した。  
「やだ…離して…」  
胸をブラの上から触られ、拒否する声にも吐息が混じる。  
ブラの中に手が入れられ、固くなり始めたばかりの先端を軽く摘まれた。  
「んっ…」  
そのままそこを指で弄ばれながら、反対の手で、ショーツ越しに花芽を擦られる。  
「…っ…はぁっ…」  
たった一度とはいえ、すでに愛されることを覚えた体には、あっさり火がつく。  
ショーツを膝まで下ろされ、直接指で触れられる。  
慌てて彼の手を止めようとするが、それには構わず、指が中に入ってくる。  
すでに溶けたそこが容易にその指を飲み込むと、一本から二本へ、中の指が増やされた。  
「っあ…!」  
中の敏感な場所を擦られ、体が跳ねた。  
そこだけを激しく責め立てられ、快感から逃れるため、無意識のうちに椅子の上で後ずさりしようとした。  
しかし、いくら大きめの椅子でも、当然それは出来ない。  
逆に椅子の上に両足を上げてしまったため、クレフから完全にそこが見えるようになってしまった。  
人差し指と中指で中の一点を、時折親指で花芽を刺激され、彼女は狂わされていった。  
 
白いキャミソールと、同じく白いレースのブラは上に捲られ、上気した肌も胸も晒されている。  
ミニスカートもめくれており、濡れた秘所が指を受け入れている様子が、完全に見えてしまっている。  
しかも先程から彼女は、肘掛けに手を置き腰を浮かせ、自らクレフの指に敏感な場所を擦り付けるように腰を振っていた。  
初々しい胸が、その動きに合わせて揺れている。  
最高にエロティックな眺めだ。  
「…ひ…あ、あっ…も、だめ…っ…」  
限界が近い彼女の目に、ぱたぱた飛んでいる精獣のグリーンの瞳が映った。  
背徳的な行為をしているという気持ちから目をそらそうと、目を閉じた。  
しかし瞼の裏に、精獣のものではないグリーンの瞳が映る。涙がこぼれた。  
罪悪感のためか、動けなくなった彼女を心なしか寂しげに見、クレフが指を動か  
す速度を上げた。  
「…ん、はぁ、あっ、あああ…っ!!」  
内壁がきつくクレフの指を締め付け、彼は彼女が達したことを知った。  
 
――頬に冷たいものが触れ、海は薄く目を開いた。  
「眠っていたのか?」  
彼女は首を横に振り、グラス――ガラスで出来ているかはわからないが――を受け取った。  
服だけ整えて、椅子に座ったまま、ぼんやりと考えごとをしていたのだ。  
「謝りに行く気にはなったか?」  
「……………」  
少し、迷っている。  
会いに行っていいものか、行ったところで会ってくれるのかどうかがわからない。  
グラスに口をつける。  
水かと思ったが、かすかにミントのような味がした。  
 
クレフも同じ飲み物を一口飲み、告げた。  
「伝令が来た」  
「伝令?」  
「アスコットが剣術の授業の際に、怪我をしたそうだ」  
(――え!?)  
危うく、グラスを取り落とすところだった。  
「無論、生死に関わるような重傷ではない。治癒魔法をかけられているはずだしな」  
(そうよね、そんな大変な怪我なら飲み物を飲んでる場合じゃないもの…)  
とりあえず、安心することにする。  
「発熱して少し消耗しているが、すぐに回復するだろう」  
(明日は会えないわね…)  
「会えなくて、残念か?」  
「………」  
頷く。嘘はつけない。  
勝手な話だが、会えないとなるとやはり残念だ。  
「部屋に、送ってやろう」  
「部屋に?」  
「会いたいか?」  
「…ええ」  
クレフが微笑した。少し寂しげに見えたのは、気のせいだろうか?  
「送ってくれるの?」  
「他に会う方法はない。明日はおそらく彼は外出出来ぬだろう」  
「……ありがとう」  
「少し休んで、支度をして、一時間後にここに来い」  
頷いて、海はいったん自室に戻った。  
 
入浴を済ませ、支度をしてもう一度クレフのいる広間へと向かった。  
服も先程とは違う。  
昼間と服装が違うのは不自然かも知れないが、指だけとはいえ、クレフとあのようなことをした後だ。  
あの服を着ていく気にはなれない。  
広間に入ると早速、先程の黒猫に似た精獣を抱かされる。  
転移の直前、彼女は言った。  
「ありがとう…優しいのね」  
クレフが複雑な表情を浮かべ、首を横に振ったのが見えた。  
浮遊感に包まれ、広間の景色が見えなくなった。  
一人きりになった広間で、クレフが呟く。  
「優しさではない。――奪う度胸がなかっただけだ」  
その声は無論、海には届かなかった。  
 
 
浮遊感が消え、目を開けた。  
「…わ!?」  
誰かの驚く声が聞こえた。  
知らない部屋だ。今日の昼間に会った少年二人が、目を瞠っていた。  
(そういえばこの子達、アスコットのルームメイトだって言ってたっけ)  
「こんばんわ…」  
驚きつつも、二人が声を合わせて挨拶した。  
思わず吹き出した。  
(なんか可愛いな)  
どう考えても、挨拶している場合ではない。  
女子禁制の寄宿舎、しかも自室に女性が現れたのだ。  
追い出すなり、ここに来た理由を問いつめるなり、すべきことが他にあるだろう。  
なのに、真っ先に、二人揃って挨拶している。  
ひとしきり笑って、彼女も「こんばんわ」と笑顔を向けた。  
「アスコット、昼間のお姉さんが来てるよ」  
ベッドの方へ向かって少年の一人が言う。  
熱があるのか、額を冷やしている。  
海の姿を見て起きあがろうとしたが、途中で眩暈がしたのか、額を押さえた。  
男の子達に寝かされる。  
「…ごめん…」  
「ごめんじゃない!起きたいなら起こせって言えよ!」  
「…うん」  
「アスコット、寝たままでいた方がいいわ」  
「…うん」  
一同が「本当にこいつ大丈夫なのか」という表情を浮かべた。  
アスコットが海の方を見、ささやくような声で問う。  
「どうして…ここに?」  
 
なるべく優しく聞こえるように意識して、答えた。  
「決まってるじゃない、怪我しちゃったって聞いたから来たのよ」  
「……………」  
熱で熱くなっている頬に口づけた。  
ついでに耳元で囁いた。  
「昼間は…ごめんね…」  
ゆっくりと、頭を横に振ってくれた。  
長居しては気を遣わせる。  
「そろそろ帰るね」  
可愛い彼と、彼の可愛いルームメイト達に言う。  
ルームメイト二人に、持ってきたカップケーキ――昼間アスコットに渡しそびれた――を渡す。  
「私の国のお菓子よ。みんなで分けて食べてね」  
そう言った時、腕をそっと掴まれ、ベッドの方を見る。  
「どうしたの?」  
アスコットが左手で彼女の腕に手を添えたまま、右手をかざす。  
緑色の光が生まれ、小さな魔法陣に変わった。  
そこから、一つの小さい箱が出てきた。  
「何?」  
「昼間、渡しそびれたから…」  
「私に?」  
頷く。横になったままなので、ベッドにすり寄っているような動作だったが。  
その場で開けたかったが、部屋の外で足音が聞こえた。  
ここに女性がいるのが見つかったら、「連れ込んだ」として扱われる。  
三人とも処分は確実だ。  
アスコットが、ささやくような声で、海の肩の上にいた精獣に転移を命じた。  
浮遊感を感じる。  
昼間と違い、グリーンの瞳は熱に潤んでいたが、海の目をまっすぐに見ていてくれた。  
 
今回は広間に着いた。  
まだクレフは広間にいた。帰りを待ってていてくれたのかも知れない。  
「ただいま」  
そう言って黒猫のような精獣を返した。  
「…アスコットの様子は、どうだった?」  
「熱があるみたいで、ちょっと辛そうだったわ」  
「そうか…早く良くなると良いが」  
「うん、そうね…なんだかいつもよりも危なっかしくて心配だわ」  
クレフは一瞬、寂しげに笑ったが、ふと海が持っている小箱に目をとめた。  
「それは…?」  
訊かれてから、自分がまだ箱を持っていたことに気づいた。  
「アスコットがくれたの」  
そう言って箱を、そっと開けた。  
箱の中には、貝殻で出来た、白い小さなケース。宝石箱のようだ。  
「可愛い…」  
クレフが声に出して、今度は明るく笑った。  
「その中身だろう、彼が渡したかったのは」  
首を傾げながら、彼に言われて、宝石箱を開けた。  
宝石箱の中は濃藍色の布が張られており、その中央に花が咲いていた。  
六枚の花びらを持つ、シルバーの花。その上に、一回り小さい、五枚の花びらを持つ水晶の花が重なっている。  
二種類の花が重なって一つの花を作り、指輪に飾られていた。  
繊細で美しいデザインに見とれてから、指に嵌めた。 細い指に本当によく似合う。  
「水の花、だな。“約束”や“誓い”を意味する花だ」  
約束…――自然に涙が溢れてきた。  
なんとなく泣き顔を見られたくなくて、急いでクレフにおやすみを言い、部屋に引き取った。  
 
クレフが閉ざされたドアに向かって、呟く。  
「私には、お前に何も誓うことは出来ない。でなければ、奪っていただろうな――たとえ誰かを泣かせてでも」  
 
 
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