彼女の寝顔を、彼は飽くことなく見つめていた。
優しげな造作をした顔。
視線を感じたわけではあるまいが、彼女が身動きする。
仰向けから、左を向いた姿勢へ寝返りをうった。
ずっと見つめていた寝顔がこちらを向いたので、彼は少し気恥ずかしいような喜びを覚えた。
行為の時すら隠そうとしている上半身が、ずれたシーツから半ば露出している。
柔らかな曲線を描く白い胸が、横を向いたことで強調される。
右胸に紅い、彼の執着の証。
淫らな行為によってつけられたものではあるが、彼女の肌にあるそれは、何故か可憐であった――何かの花弁のように。
思わず見とれる。そしてほんの少し、欲情する。
顔にかかっている髪を、そっと除けてやる。
触れた頬も髪も、ひどく触り心地が良かった。
長い睫毛が震え、大きな瞳が薄く開かれた。
「……フェリオ…?」
起き抜けで少しだけ掠れた、それでも可愛らしい声。
その瞬間に芽生えた衝動を、彼は口にする。
「襲いたくなったんだ」
部屋は薄暗かったが、彼女が顔を赤らめるのが分かった。
その半開きの唇を、彼は優しく奪った。
まだ夢の余韻を引きずっている彼女の反応は、軽いキス一度毎に、常に戻っていった。
それを知覚し、少しずつ彼女の中を侵していく。
おずおずと差し出された舌を、思うままに味わう。
キスを繰り返しながら、手は頬から顎へ、首へ、胸へと滑らせる。
しばらくしてようやく唇を解放する。
潤んだ瞳を見つめて、ささやかに意地悪をする。
「構わないか?」
ここまでしておいて今更何を、と彼女は思ったが、言えなかった。
「フウ」
えを促される。
思わず目を逸らす。頬の熱さがどうしようもなく恥ずかしい。
しかし同時に、どうしようもなく。
――続きが欲しかった。
「し、して…ください…」
目をぎゅっと瞑って囁くような声で言う。
彼は(内心はともかく)それだけでは許さない。
薄く開いた彼女の目を覗き込む。
目を見て言えということか。
彼女はそう理解したものの、二度も言えない。
悔しさも恥じらいも一緒に細い声を絞り出す。
「…おねがい…」
彼の中で何かが決壊する。
彼女の胸を掴むように、手の中で思いのままに形を変える。
もう少しで声にたどり着きそうな呼吸音が聞こえる。
胸の大きさの割に小さな、薄紅色の突起を親指で擦る。
「きゃ…ぁ…」
初々しい反応は愛らしいが、それは彼にしてみればどこか不足でもある。
今度は口で、罰するように強く刺激を与える。
「っあ、や、あっ」
高い声。
一瞬耐えられずに、彼を離そうとしたが、続けるうちに今度は縋るように彼を抱きしめて啼く。
胸を責めながら、細いウエストのラインを指でなぞる。
くすぐったさに彼女が身を捩ろうとする。
その動きを封じ、そのまま彼女の秘所に指を滑らせる。
中指に濡れた感触。
そのまま指を前後させ、感触を楽しむ。
「ん、あ、はぁ、…あっ」
一瞬指が中に滑り込みかけたが、引っ込める。
期待に震えた彼女の身体を、心底満足しながら眺める。
内心の喜びを隠し、からかうように言う。
「これだけで、もう欲しくなったのか?」
欲しくて堪らない。
だが彼女にそんなことが言えるわけもない。
かすかに、しかししきりに、首を縦に振るのが彼女に出来る精一杯の意思表示だった。
彼はそれを許さず、彼女に宣告する。
「言わなきゃわからないぞ」
言い終えた瞬間に軽く後悔する。
意地悪が過ぎたか?
潤む瞳が、少しの非難を込めて彼を見つめている。
その姿さえ可愛らしいものであったが。
後悔も彼女への愛しさも、ごまかすように行為に没頭する。
粘液のまとわりつく指を、花芽に押しつける。
「ひあ、あ、あん、あっ」
ひとしきり啼かせてから、中に指を挿しこむ。
「あ、あ、はあ、あ、……」
声を堪えて口を開閉する。
いつものこと。
欲しくなったら、彼女が無意識にすること。「どうした、フウ?」
指の動きを緩め(しかし止めることなく)、彼が問う。
「おねがい…もう…」
眉根を寄せ、息を弾ませながらねだる。
彼はその言葉の意味は理解している。
そして彼も早く彼女を貫いてしまいたいのだ。
それでも。
「どうして欲しいんだ?」
彼が自らのものを、彼女の入り口にあてがう。
「あ…」
彼女が小さく声をあげた。
彼女の手を掴み、今から挿れようとしているものに添えさせた。
なおも彼は繰り返す。
「これを、どうして欲しいんだ?」
彼女の手ごと、ものを軽く動かす。
彼女と擦れて微かな水音が聞こえた。
「あ、あっ」
早く欲しくて、彼女が無意識に腰を浮かせてしまう。
それを彼が軽く押さえつけて止める。
彼が彼女の中に侵入する。
しかし先端の数センチが入った時点でまた出ていってしまう。
それを数回繰り返された。
彼がまた彼女の瞳を覗き込む。
既にいつもの理知的な彼女はどこにもいない。
細い指を自ら彼のものに添え、彼女が小声で求めた。
「私の…中に、…ください…」
羞恥でどうにかなりそうだ。
しかし返ってきた反応は、驚く程優しかった。
「可愛いな、お前」
瞳から涙が一筋、零れた。
この涙は何の涙なのだろう、と彼女は頭の片隅で思った。
掠めるようなキスが降ってくる。
直後に、彼が彼女の最奥まで一息に貫いた。
「っ、きゃああっ!」
「フウ」
優しい声。
「…フェリオ…」
譫言のように呟く。
彼女の髪を透きながら、彼が言う。
「こういう時に、名前を呼んでくれたのは初めてだな」
その言葉に驚き、彼女が大きく目を見開く。
満足げに微笑し、彼が行為を再開させる。
「あっ、ああ、んっ、はぁ、あっ」
中をかき混ぜられる卑猥な音。
彼女の華奢な身体が熱を帯び、彼を視覚的にも煽る。
中がうねり、絡みつく。
退く動きの最中すら、奥へ奥へと誘う。
そして彼は凄絶なまでに甘い誘惑にのって、早く奥へ、もっと奥へと動きを早める。
何か眩しいものがちらつく。
限界が近い。二人ともだ。
「ああ、あっ、…フェリオ…っ…」
救いを求めるように、彼女が彼の首に抱きつく。
「フウ…」
囁いて動きをさらに速める。
強く彼女を抱きしめた瞬間。
「ああっ、あああああ…っ!」
絶頂を迎えた彼女の悲鳴のような嬌声が上がった。
同時に一際強い締め付けを感じ、彼は彼女の中に自分の熱を全て放った。
窓の外を見る。
先程より少し明るい。
性行為とは時間がかかるものなのだなと、ぼんやり思う。
傍らでは彼女が目を閉じ、また夢の中にいるようだ。
彼が肌の上に散らした花弁の数以外、深夜に目を覚ました時と変わらない。
しかしその前の行為の後より、彼は幸せだった。
自分の腕の上に彼女の小さな頭を載せ、髪を撫でる。
愛しくて堪らなくなって、呟く。
「愛してる」
「…私もです」
驚いて目を見開く。
「起こしたか?」
ばつの悪さを誤魔化すように、彼女にキスを落とした。
それら全てを、彼女は微笑を浮かべて受け入れる。
そして。
ふんわりと、彼女の唇が彼のそれに重なった。
彼女からの初めてのキス。
一瞬の後に彼は笑って言った。
「こういうのも初めてだな」
いたずらっぽく彼女が問う。
「気に入って下さいました?」
「ああ」
短く答え、もう一度キスを交わして。
二人は短い眠りについた。
Fin.