魔法騎士レイアース 【カオテックハーレム】  
 〈第4夜〉  
 
 
………………………………………………………………………………………………  
 
    XIII◆夢寐  
 
 
──パン! パン! パン! パン!  
 
(ああっ、凄っ、凄い…  
 ラファーガのおチンチン、灼けた鉄棒みたいに熱いで…!)  
 
深々とした溝を刻む逞しい男の背の向こう側で、  
ベッドに突っ伏しシーツを握り締める褐色の肌の美女が、  
後ろから激しく突かれて喘いでいた。  
それに合わせてギシギシと軋む質素なベッドの周囲にあるものは、  
床に転がる重々しいダンベルや筒に立てかけられた何本もの大剣、  
それに直立した武者のごとく飾られた、上下一揃いの蒼い甲冑といった、  
飾り気の無い無骨な代物ばかりだった。  
 
そこは兵士たちの宿舎として使われるセフィーロ宮下層部の  
一角にあるラファーガの部屋であり、  
カルディナはその夜も人目を忍んで彼の部屋に忍び込み、  
汗の玉を散らし、様々な体位で恋人と交わっていた。  
 
(いいぞ…最高だ、カルディナ)  
(ほんま? ウチ、めっちゃ嬉しいわ…)  
 
嵐の夜に初めて彼と結ばれてより、月が3度満ちては欠け、  
その間頻繁に密会を重ねてきた。  
生真面目な性格であるラファーガは、  
カルディナの大胆であまりに積極的な求愛行動に戸惑い  
はじめは距離を置いていたが、今では既に彼女の虜となり、  
カルディナもまた、何度も肌を重ねるうちに  
いまや彼無しではいられぬ体となっていた。  
 
(ラファーガ…、ラファーガ。今度はうちにさせてぇな)  
(相変わらず、上に乗るのが好きな奴だ)  
 
ラファーガは淫蜜まみれになった舞姫の股間から  
バナナのように反った独自の形のペニスを引き抜くと、  
入れ替わるにようにして仰向けにベッドに横たわる。  
キャンディーを頬張る幼児のように、そのペニスに嬉々としてカルディナがしゃぶりつき、  
咽喉の奥までディープスロートして隅々まで舌を這わせた後、  
今度は自分が上になって腰を沈めた。  
 
──ジュプ…ッ  
 
(ふはぁ…っ、ラファーガのバナナチンポ、うちの膣壁にゴリゴリ当たっとるぅぅ)  
 
体重がかかってより深くペニスが入り込み、  
カルディナは嬉しそうに目を細めながら激しく腰をうごめかす。  
熱く湿った肉壷で陽物を締め付けられ、上下にしごかれながら、  
ラファーガは真上でぶるぶると上下に揺れる彼女の乳脂肪を下から揉みしだいた。  
 
(はあっ、はあっ…イクっ、うち、イっちゃうでぇぇ…っ)  
(相変わらずでかい胸だな)  
 
セフィーロ随一の剣士と称されるだけの事はあり、  
ラファーガの底無しの体力とセックスにおける持続力は驚異的なものがあった。  
カルディナの熟練したテクニックにかかれば、  
大抵の男など半刻ともたず気をやってしまうのだが、  
ラファーガとの性行為は毎晩毎晩休み無しに何時間にも及び、  
踊り子稼業で鍛えられた体力と人並み外れた性慾を持つカルディナですら  
疲れ果てて褥に倒れ伏してしまう頃には  
窓外がすっかり白んでいる事もしばしばであった。  
 
(ラファーガ…ラファーガ…愛してる。  
 うち、もう離れたくあらへん…心の底から愛してるで…!)  
 
今度は半身を起こしたラファーガの首筋に手を回し、  
ぴったりと双乳を押し付けたまま腰を振りたてる。  
夜の商売につきものの、口先だけの大仰な虚言ではなく、  
全身で愛しさを表しながら、カルディナは喘ぎながら金髪の偉丈夫に唇を重ねた。  
ラファーガもまたそれに応えるように、  
筋肉に鎧われた骨太の腕を回して彼女を抱きしめる。  
 
(俺もだ…俺も…お前を愛している。カルディナ)  
(ラファーガ…!)  
 
口数が少なく、普段内心をあまり表に出さない彼の口から、  
はっきりと紡がれた至福の言葉。  
カルディナは歓喜を示すようにありったけの力をこめて  
膣口でペニスをギュンギュンに締め付けた。  
男の抱擁と腕を通じて伝わる彼の体温がたまらなく気持ちよく、  
金色の毛に覆われた厚い胸板へと甘えるように顔を埋める。  
対してラファーガは、長く続いたこの夜の性交の果てに訪れた、  
あまりに強く、蕩けるように熱く心地よい締め付けに、  
全身の血が沸騰しそうになりながらも、歯を食いしばって苦しそうに耐えていた。  
 
(も…もう駄目だ…離れろ、カルディナ!)  
(駄目やっ…抜かんといてや…今夜だけは、うちの膣内(なか)で射精(だ)してぇな…!  
うち、ラファーガの…ラファーガのありったけの気持ちを受け止めたいんや!)  
(うっ…!?)  
 
──ビュルッ! ビュルル…ッ  
 
膣内で鉄のように硬い剛直がビクビクと脈打ち、先端から大量に精を吐き出す。  
心地よく脱力して男の胸に寄り添いながら、カルディナは  
自らの膣内が愛する男の精液一色に染め上げられていくのを感じていた。  
 
(ウフフッ。ラファーガってば、上の方は逞しくっていつも寡黙なのに、  
 下の方はこんなにも弱くて饒舌なんやな。  
 まるで泣き虫の赤ん坊やで…)  
 
目の前の裸体をうっすらと覆う汗に含まれる男臭いフェロモンを、  
鼻腔いっぱいに吸いこみ、陶然としながらカルディナは告げる。  
しかしラファーガはしばらく厚い胸板を上下させて呼吸した後、  
ふいに彼女の身を引き離すと、真摯な目で彼女を見下ろし、  
心から詫びるように言った。  
 
(…すまなかった、カルディナ…)  
(うん?)  
(初めての時のように、俺の慾望ばかりを優先させてしまい、  
 避妊もせず、お前の中で射精してしまって…。  
 その…)  
(なら、責任とってくれへんか?)  
 
カルディナは悪戯っぽく彼の唇に指を当てて笑い、言葉を遮った。  
腰を浮かし、力を失ってしおれたペニスを引き抜くとともに、  
その股間からどろりとした白濁液が溢れ出す。  
 
(責任?)  
(そうや。うちを、ラファーガの…)  
 
幸福の絶頂にありながら、どきどきと心音を高鳴らせ、  
長い間胸の中で温めていた、婚約を取り付ける言葉を紡ぎ出そうとするカルディナ。  
 
だが言い終わらぬうちに彼女は異変に気づいて目を見開いた。  
目の前でラファーガの姿が次第に透けるようにして薄くなっていき、  
やがて完全に掻き消えてしまう。  
まるで初めからその存在自体が嘘だったかのように。  
 
(ラファーガ…?)  
 
どことなく幼い頃に死別した父を思わせる、  
逞しく圧倒的な存在感を漂わせる彼の巨体が無くなり、  
うつろに広いばかりの褥の上にはカルディナだけが残される。  
肌には彼の温もりは無く、鼻腔には彼のあの魅惑的な男臭い匂いも無い。  
辺りを見渡すと天井も壁も全てが消え去っており、  
あるものはただ夜のように晦(くらい)い曇天と、  
その奥から吹き付ける湿気を孕んだ冷たい風だけだった。  
 
(そんな…こないな…嘘や!  
ラファーガ! ラファーガ、どこや!? ラファーガ!)  
 
骨まで滲みるようなその寒さに耐え切れず身震いする。  
 
カルディナはまだうっすらと男の体温を残したシーツを抱きしめ、  
あちこちへ向けて大声で男の名を呼んだが、どこからも返事はなかった。  
それどころか唯一彼の残り香を宿すシーツまでもが  
空気の中に滲むように消え去っていき、  
最後に残されたのは、ただ全裸で寒風の中震える  
みじめな自分の姿だけだった。  
 
(こんなの…嫌やっ…!)  
 
悲痛と孤独に耐え切れず、天を仰いで叫ぶ。  
しかしそれは声にならず、吹きすさぶ風の中に飲み込まれて消えてしまった。  
 
 
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    XW◆沐浴  
 
 
…あたかも海底にいるかのような、深い眠りの底からカルディナは目を覚ました。  
瞼を開くとともにぼやけた視界の中に飛び込んできたのは、  
幾重にも重なった荘厳な雲海と、遥かな穹窿の頂をめぐり飛ぶ無数の天使たち。  
それが天蓋つきベッドの天井画である事に気づいたのは、  
もう少し眠気の靄が晴れてからの事だった。  
 
「ん…」  
 
首を折って左右を見ると、傍らにはうっすらと裸体が透けて見える、  
黒と白とのベビードールを纏った、しどけない姿の褐色の美女が  
抱き合うようにして眠っている。  
その肌から立ち上るえもいわれぬ高貴な香りは、  
二人が生まれつきの王族である事を示していた。  
 
チゼータの双子姫であるタータとタトラだった。  
昨夜の性奉仕で余程疲れたのか、ふたりとも規則正しい寝息を上げ、  
試しにその身を軽く揺さぶっても目を覚ます事はなかった。  
 
(ラファーガ…)  
 
先刻まで見ていた、想い人との熱い夜が、  
かつての出来事の回憶であり、今はその幸福な日々の渦中ではないという事に  
一抹の寂しさを感じ、囚われの舞姫はおのが胸をかき抱く。  
 
上体を起こして周囲を見渡すと、  
そこはチゼータの王宮のように整えられた豪奢な一室だった。  
広々とした褥の上に、昨晩飢えた豚のようにこちらの身体を貪った、  
あの忌まわしい倨傲のサムスンの姿は無い。  
自分の起床が遅すぎた事もあり、とっくの昔に出勤しているのだろう。  
 
ベッドから抜け出し双子姫に布団をかけ直すと、  
カルディナはエキゾチックな櫺子が施されたカマリヤ窓を開いて外を確かめた。  
サムスンが宿泊していた昨晩は銃を持った沢山の兵士が周囲を固めていたが、  
今は二人の兵士が門前を警護しているのみだ。  
 
どうやら本当に邪魔者は去ったようだと確認して  
廊下に通じる重厚な扉を観音開きすると、そこには4人のメイドが待機しており、  
まるで王族に接するように恭しく一礼した。  
カルディナは昂然とゆたかな胸を逸らすと、まるで女王のように、  
すぐに風呂を沸かすよう鷹揚に命じた。  
 
ややあって入浴の準備が出来たとの事で、大浴場へと向かう。  
浴槽は一面がゴージャスな黄金に輝いていた。  
昨晩サムスンに山のように財宝を貢がせる約束を取りつけ、  
約束通り自分の部屋にそれが運びこまれているのを先刻確認したので、  
それを使って、メイドたちに諸国の王侯よりもなお贅沢な風呂を用意させたのだ。  
 
カルディナは湯で身体を流すと、大振りの金箔を大量に浮かべた浴槽に漬かる。  
水面に波紋を生じ、温かな湯船に身体を沈めるたびに金箔が微細に蠢き、  
まるで一面に黄金の雪が舞っているかのようだった。  
浴槽の底には色とりどりの宝石が沈められ、揺らめく水面の底で淡い輝きを放っている。  
カルディナは宝石箱のような湯に首筋まで浸かりながらも、  
ラファーガとの熱い夜の事を思い出して思わず股間をまさぐっていた。  
 
「入りや」  
 
身体がほぐれてきた頃合をみて居丈高にメイドを呼びつける。  
たわわな乳房と黒々とした陰毛もあらわな、全裸のメイドたちが続々と入室し、  
椅子の上に座したカルディナへ、「失礼いたします」と頭を下げ、  
石鹸を泡立てて丁寧に身体に塗り広げていく。  
 
それはカルディナが奴隷のごとくサムスンに奉仕した昨晩の、ちょうど逆の構図であった。  
メイドの一人が背後から手を回し、カルディナの豊満なバストを鷲掴みにする。  
大して力を加えてもいないのに、あまりにも柔らかな乳房の中に十指が沈みこみ、  
そのまま上下に揉みしだくにつれて、  
パン生地でもこねるかのように胸の形が次々に変わっていく。  
 
美容効果を持つ様々なミネラルを含んだチゼータの火山より採取した泥と、  
5万片の薔薇の花びらから精製したダマスクローズ精油をすりこんだ最高級の石鹸を使い、  
瓜のような乳房を持った年長のメイドが、洗練された手つきで  
ほっそりとしていてそれでいて躍動的なカルディナの四肢を泡まみれにしていき  
まだようやく陰毛が生えかけたばかりという年端もいかない新米のメイドが、  
後を追うようにスポンジで、たどたどしくも懸命に女主人の肌を磨いてゆく。  
 
「ふふっ、仲々いい手つきやで。ほな、そろそろこっちも洗ってもらおか」  
 
腰を浮かせ、片足を台にかけるカルディナ。  
泡を纏った陰毛の間に覗く、肉ビラの肥大した性器が露になる。  
 
再び「失礼します」と頭を下げ、メイドの1人が彼女の股間に手を差し入れ、  
グチュグチュと音を立てて柔らかな土手肉を撫で回し、  
残る2人のメイドは敏感な性器粘膜用のソープを纏った指先を  
前後からココア色の花びらと菊蕾へと差し入れた。  
 
(うっ…、はぁ…あっ…!)  
 
感じ入ったようにびくん、と身体を震わせ、頬を赤く染めるカルディナ。  
彼女はあたかもサムスンのつけた全ての匂いを消し去ろうとするかのように、  
なおも念入りにメイドたちに身体を洗わせた。  
それは昨夜の嫌な思い出を払拭するためだけでなく、  
新たに魅惑的な香りを纏う事で更に男を惹きつけるためでもあった。  
 
(うちはやっぱりラファーガがおらんと駄目や。  
 こうして離れ離れになるとようわかる。  
 早く逢いたくてたまらへん…  
 あの太くて男らしいゲジ眉が恋しい…。  
 でもそのためにはまず、うち自身がここで生き延びねばならへん。  
 そして何とかしてあのブタを操り、囚われのラファーガを救い出さねばならんのや)  
 
おそらく今夜もサムスンは自分の許に来るであろうが、  
彼に対しラファーガたちは無事なのかと、直接問いただす事はできなかった。  
男は、例え色に狂った欲ボケであっても、  
こちらのほんの些細な質問から浮気の匂いを嗅ぎ取り、直感的にその思惑を把握する。  
一度他の男に気があると知れれてしまえば、どれだけ手を尽くして誘惑したとしても、  
相手が嫉妬を抱いてより自分を愛してくれるどころか、  
たちまちのうちに心が離れてしまうのを、  
これまでの夜の遍歴を経てカルディナは経験的に知っていた。  
 
(今夜もボケブタを手なづけねばならへん。  
 そのうちに完全にウチのカラダとチゼータの性秘技の虜にしたる。  
 あいつらにとってここは甘やかな夢を紡ぐ地上の楽園なのかもしれへんが、  
 明日の命も知れへんうちら虜囚の女たちにとっては戦場や。  
 うちらにとって夜の褥は、生きるか死ぬかの戦いの場なんや──!)  
 
鏡の前に立ち、宝石のように磨きこまれた張りのある肌と、  
大きさと整った曲線とを両立させた理想的なバスト、  
そしておのがエキゾチックな美貌とを眺め、  
そのいずれにも翳りや衰えが見られず、十分に魅惑的な武器である事を再確認して、  
カルディナは改めて己にそう言い聞かせたのだった。  
 
………………………………………………………………………………………………  
 
 
    XX◆晨明  
 
 
その一方で、カルディナより3時間ほども早めに目を覚ました元魔法騎士たちは、  
光に促されるままにあまり気の乗らないラジオ体操を済ました後、  
風の提案で、爽やかな汗を流して薄暗い中庭をジョギングしていた。  
時刻が早すぎる事もあり、何度か兵士たちに呼び止められて尋問されたが、  
その度に美しいプロポーションを保つためのダイエットの一環だと告げてお茶を濁した。  
 
(やっぱり、外に通じる入口は、この時間帯は全て封鎖されているんですのね…)  
(他にどこか脱出経路があったらいいんだけど)  
「風ちゃーん、海ちゃーん、遅いよ、こっちこっち!」  
「光、あなたは先に行き過ぎよ!」  
 
ジョギングの本当の目的は中庭を巡っての脱出経路の探索であり、  
同時に豪奢な屋敷で飼い慣らされた猫が、怠慢な性格となってブクブクと肥え太るが如き、  
体力の低下を恐れての定期的なトレーニングであった。  
 
中庭を何周もした後は、海の提案で巡回兵に目の届かない場所を選び、  
勘を鈍らせないないためにこっそりと武術の手合わせをする。  
いつ訪れても不思議ではない万一の事態と、  
いずれ決行する予定の脱出に備えての事であった。  
武器が無いため、訓練の内容が  
素手の格闘技に限定されたのがやや心細くはあったが。  
 
そして程よく汗を流した頃には、陽が登って辺りをしらじらと照らし出し、  
神殿の鐘楼より朝食の時刻を告げる予鈴が鳴り響いていた。  
三人は一旦部屋に戻って汗を拭い、着替えを済ませると、  
今は後宮として使われている、この聖域最大の施設であるエテルナ神殿の、  
元は神官たちが使っていたという食堂へと向かう。  
 
高々としたアーチ型の天井一面に、紅玉髄の焱を纏った神狼と、  
サファイアの鱗を鎧った蒼竜、緑柱石の羽毛に包まれた鳳凰が、  
長い触角を伸ばし、漆黒の翅を展開した禍々しい黒影と対峙し合う  
年古りた巨大な聖画が描かれていた。  
 
セフィーロの創生期の出来事を描いたという天井画を見上げつつも  
大ホールに足を踏み入れると、三階分の高さの吹き抜けの下、  
整然とテーブルが並べられ、黒服の兵士たち壁際で監視する中、  
チゼータ三人娘を除くほぼ全ての寵妃が一同に介していた。  
ここに連れて来られてからまだ一日も経過していなかったが、  
既に寵妃たちの間にはグループが形成され、  
それぞれが塊になって席についている。  
 
光たちもまた例外ではなく、食欲をそそらずにはいられない香りの立ち上る中、  
蜂蜜色の後ろ髪を金属の髪留めで結い上げた特徴的な後姿を見つけると、  
おはようと挨拶を交わし、その向かい側の席へ腰を下ろした。  
 
昨晩と同じ席で食事中の創師(ファル)プレセアだった。  
傍らには食べ辛そうに、カップの中のヨーグルトを  
半分に割った木の実の殻で掬って食べている妖精プリメーラの姿がある。  
 
「どう? プリメーラ、調子は」  
「いいわけないでしょ。ああっ、それより早く愛しのランティスに会いたいわっ。  
 昨晩もずっとそればかりを考えていたんだから!」  
「わかりますわ。わたくしも連行されたフェリオの事が気がかりですの」  
「プレセア、モコナ見なかった?」  
「ううん、どこにも」  
「そちらは夕べは何事もありませんでしたの?」  
「今のところはね」  
 
食事が運ばれて来るまでの間、さりげなく情報を交換し合う。  
 
「こんな所でくだを巻いていても何も解決しないでしょ。  
 できれば今日も昨日みたく何事もなく一日が過ぎればいいんだけど」  
「昼間から健康診断だっけ? 海ちゃん」  
「おかしな事をされないと良いのですけれどもね…」  
「そういえば知ってる? あそこの子、さっきからろくに食事も摂らず泣いているじゃない?  
 あの子、ゆうべ自分の運命を儚んで、庭の樹で首を吊ろうとしたんだけれど、  
 直前に巡回兵に発見されて目論見がパーになっちゃったんだって」  
「朝っぱらからそういう食事がまずくなる話題はやめてよ、プレセア」  
 
賑やかに会話を交わしながら匙を運ぶ少女たちであったが、  
不思議と自らサムスンにすり寄ったカルディナの話は出ない。  
彼女は女としてのプライドを捨て、敵に寝返った裏切り者として、  
光以外の人間にとっては、あたかも「初めからいなかった存在」のように扱われていた。  
 
ややあって光たちの席に、メイドたちが白い湯気を立てて朝食を盆に載せて運んできた。  
決して贅沢ではないが、栄養のバランスなどを考えて作られた美容食だった。  
この際に食事と一緒に銀製のナイフやフォーク、スプーンが渡されるが、  
寵妃たちの暴動や反乱を防ぐ意味合いから、  
食事が終わるとともに速やかに回収されてしまうため、  
これを持ち帰る事はできないのが残念ではあった。  
 
(ホント、切れ味は乏しいけどナイフの一本もあれば心強いのに。  
 夕べも部屋中探してみたけど、使えそうなものはなかったわ。  
 せめてどこかで武器になるものが手に入ったらいいのに)  
 
ひそかに周囲を見回し、兵士たちに目をつけられてないのを確かめて、  
声を殺して海が告げる。  
対するプレセアはニヤリと笑い、骨付き肉を食いちぎると、  
 
(伝説の魔法騎士ともあろう者が頼りないのね)  
(えっ…まさかプレセアさんは何か持っておられるんですの?)  
(勿論。オンナたる者、いつ男に襲われても身を守れるように、常に武器を携帯しているものよ)  
 
と不敵に言ってのけた。  
 
(何を持っておられるんですの?)  
(ヒ・ミ・ツ)  
(どこかに携帯しているようには見えませんけれど…)  
(当然でしょ)  
(………!)  
 
何かに思い至ったらしい海が赤面して問い返す。  
      . . .  
(まさか、あそこに隠しているんじゃないでしょうね!?)  
(ば…ッ、馬鹿言わないで!  
 まだお子様のあなたたちと違って、こちらはあの大部屋に連れて来られる前に、  
 前の穴も後ろの穴も、指を挿れられ、ペンライトで照らされて奥まで調べられたんだから。  
 そんなまっさきに調べられるところに隠したりなんかしないわよ!)  
(じゃあ一体どこに…)  
 
「おいお前ら、さっきから何熱中して喋ってるんだ?」  
「ひいっ!?」  
 
ポンポンと警棒を手でもてあそびながら、急に背後から兵士が語りかけてきたので  
ビックリしてプレセアはその場から飛びのいた。  
 
一方で光は、食堂の隅の席で、誰からも仲間に入れてもらえず  
ぽつんと俯いているひとりの幼女を見つけて傍らの妖精に語りかけた。  
 
「ほら、プリメーラ、あの子…」  
「うん? ああ、確かファーレンの皇女ね。  
 ちやほやしてくれていた侍女を全身殺された、おっ気の毒ぅな奴」  
「どうして1人で食事してるのかな」  
「他に同国人や同年輩の子がいないからでしょ。  
 その上お子様のくせに異常にプライドばかりが高い。  
 ホント何様? って感じだもの」  
「それなんだけどさ、こっちに誘ってみたらどうかな、って思うんだけど…」  
「何言ってるの、ダメよ、光!」  
 
横合いから海が止めにかかる。  
兵士に睨まれるのを憚り、耳元に囁きかけた。  
 
(ついこないだまで敵だった奴じゃない!  
 あいつらのせいでレイアースやセレスを殺されたのよ! わかってるの?)  
(そうよ、光)  
 
プリメーラも怖い顔をして指を突きつける。  
 
(あいつらが徒党を組んで魔神を破壊さえしなかったら、  
 今頃わたしたちこんなひどい目に遭わされてなかったハズなのよ)  
(そうそう。セフィーロの最大の切り札である魔神が無くなったせいで、あたしたち絶対絶命なのよ。  
 オートザムの連中は全滅しちゃったからもういいとして、元はと言えば  
 変な幻術を操るあの子供や、お調子者のチゼータの双子の攻撃のせいだわ)  
(あいつらがいなければ、愛しいランティスも囚われずに済んで、  
 今頃あたしたちは悪人どもと互角に渡り合ってた筈なのに!)  
(いえ、何分にも相手が多すぎますから、さすがにそれはどうかと思いますが…)  
「……」  
 
傍らでそれらの話を聞いていたプレセアは何か言いたげな目を向けたが、  
まだ近くに軍人の目があったために口を閉ざした。  
 
海をはじめとする仲間たちはファーレンに根強い不信感があり、  
光の提案を頑として許さなかった。  
対する光はやにわ盆を持って立ち上がると、  
自分の食事ごと幼女の正面席へと移動する。  
黒髪の幼女──阿洲花(アスカ)はうろん気な目で光を睨んだが、  
相手がニコニコと笑顔を返したのを見ると、すぐに面白くもなさそうに視線を逸らした。  
 
「こんにちわ。私、光。あなたは?」  
「………」  
 
ぶっすりと押し黙るアスカ。  
光は面食らったが、まったく手をつけられていてない彼女の食事を見て、  
気を取り直して再び話しかける。  
 
「どうしたの。食べないの? こんなにおいしいしのに」  
「…わらわはこのようなものは嫌いじゃ」  
 
扱い慣れぬ様子で握っていたフォークを投げ捨てる。  
 
「そもそもやんごとなき身分のわらわが、どうしてお前たち卑しい下民どもと同席して、  
 毒見もされていないしろものを自分の手で食べねばならぬのじゃ!」  
「下民って…」  
「いつもならわらわが口を開ければ、侍女どもが特級点心師の作った  
 魚翅饅(フカヒレまん)や桃包(タオパオ)などを、進んで口へと運んでくるというに」  
「でも、食べないと駄目だよ。そのうちお腹が減って動けなくなっちゃうよ」  
「このような蛮族の料理など、食べとうない!」  
 
癇に触ったらしく、自分の食事を盆ごと叩き落として大声で怒鳴り散らす。  
テーブルから落下した銀盆が、床の上で何度も跳ね返る音が甲高く響き渡り、  
食堂中の者が何事かとそちらを仰ぎ見た。  
アスカは視線の槍に突き刺され、いたたまれずに逃げるようにして席を立つ。  
 
とっさにその手を取って引き止める光。  
元皇女は振りほどこうと上体を振って悶えたが、ふいにその腹がぐぅ、と鳴った。  
 
「…やっぱり、お腹すいていたんだ。もしかして昨夜も何も食べなかったの?」  
「離せ!」  
「私の分もあげるから、一緒に食べましょ。ねぇ」  
「こんなもの、食べられるか!」  
 
差し出されたクロワッサンをまたもやはたき落すアスカ。  
再度何かを言いかけた光を無視し、力づくで腕をふりほどくと  
足早に食堂を出ようしたが、その前に風が立ちはだかった。  
 
「わたくしの分も差し上げますわ。一緒にいただきましょう」  
「ふ…ふん、私は風がどうしてもというから付き合ってやってるんだからね」  
 
更に盆を持ってやってきた海までも加わり、三人で取り囲むようにして  
じりじりとアスカを後退させ、無理やり元の席に座らせる。  
 
自分よりはるかに背の高い少女たちに取り囲まれているため、  
席を立つ事もできないアスカは、そのまま長い間黙りこくったままであったが、  
食事を終えた他の寵妃たちの大部分が帰り、そろそろ食堂を閉鎖するという頃合になって、  
ようやく根負けしたかのように口を開いた。  
 
「こ…これさえ食べれば帰してくれるというのじゃな!?」  
 
ようやく相手が折れかけたのをみて、光は嬉しそうに頷く。  
 
アスカが何も食べないのは異国の食事が口に合わないというだけの理由ではない。  
侍女たちを爆殺したメルセデスに対する根深い怨恨と、  
それに対する反抗の意志を示したものであった。  
だが、いつまでもこのままでいられない事は彼女自身もよくわかっていた。  
そして嫌々ながらも、アスカは三人に見守られながら2日ぶりの食事を摂ったのだった。  
 
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    XY◆和解  
 
 
久しぶりに腹がくちくなったアスカは、静まり返った一人部屋に戻ると、  
ぽつんと机に向かって頬杖を突き、後宮送りにされた際、  
離れ離れになったサンユンやチャンアンの事を思った。  
侍女たちをまとめて爆殺し、逃げ出した女たちを  
後ろから射殺したメルセデス軍の蛮行を思い出すにつけ、  
他の者たちが今どこでどんな扱いを受けているのか気がかりでならなかった。  
 
──コンコン  
 
「……? 誰じゃ」  
 
長い沈思を妨げるようにして、ふいに入口の扉が叩かれる。  
何ごとか、と思って腰を浮かしたが、  
とたん「近いうちに使いを遣す」と言っていた、昨日のメルセデスの将校の言葉が脳裏に蘇り、  
もしや自分を拐いに来たのではないかと背筋が凍りついた。  
だが幸いな事に、ややあって開かれたドアの向こうから顔を出したのは光だった。  
 
「な…何じゃ、さっきの平民か。驚かせおって」  
「…? どうしたの、一体」  
「何でもない! それより何しに来たのじゃ、こんな所まで」  
「えへへ、一緒に遊ばない? 1人ぼっちじゃ退屈でしょ」  
「べ…別に退屈などしておらぬ!」  
「そう言わずに外に出なさいよ、おチビ」  
「平民と遊ぶのも意外と良いものでしてよ」  
 
光の後ろから海と風が姿を現す。  
 
「何のつもりじゃ。招きもせぬのに厚かましくもお前たちまで!」  
「ふん、正午まで暇だし遊びに来てやったのよ。ありがたく思いなさいよ」  
「だってホントに何もやる事がないですからねぇ…」  
 
3人は外出を渋ったアスカを説得して仲間に加えると、  
窪突に富んだ立体構造をしたこの広壮な中庭の中でも、  
特に高台に位置する、緑深い樹々に囲まれた人気のない一角へと移動した。  
そして、体育座りしてぶっすりと睨みつけるアスカを観客に、  
元々部屋に遊具として置かれていたいくつかのボールを使い、  
キャッチボールやサッカーをして和気藹々と楽しんだ。  
 
一切の労働から解放されたうえ、何ひとつ業務があるわけではないので、  
同様に暇を弄んでいる女たちも多く、高台から中庭を見下ろすと、  
斜面に寝そべって日向ぼっこをする者、白亜の庵の中で世間話をしつつ紅茶を傾ける者、  
水際のベンチで読書をする者、窓の中で編み物をしている者たちの姿が見受けられた。  
物々しい銃を担いだ兵士たちが見回りのため巡回している事さえ除けば、  
それは旦夕に滅亡が迫った国とは思えぬほどの、平和そのものの光景でさえあった。  
 
海や風たちも、後宮に押し込められた時には、  
メルセデスの兵隊たちによって無差別に輪姦されるかと思い、恟々として構えていたのだが、  
今では後宮での生活が、意外にも秩序が保たれていて平和である事に拍子抜けしていた。  
 
「もしかすると…ですけれど、このまま大人しくしていれば、  
 いずれ無事に全員解放されるかも知れませんわね」  
「その可能性はあるわね。こちらの世界の事はよく知らないけど、  
 民間人を無理やり従軍慰安婦にしたなんて事が周辺国に知られれば、  
 大きな国際問題になるでしょうからね」  
「ねぇねぇ海ちゃん、イアンプって何?」  
「子供は黙ってなさい!  
 
もちろん彼女たちは、この偽りの静穏の裏側で、  
サムスンをはじめとするメルセデスの軍人たちが、  
いずれ自分たちを皆殺しにして口封じしようとしているなどとは考えてもいなかった。  
 
そのうちに自身も無聊に耐え切れなくなったのか、アスカも遊戯の輪に加わる。  
蹴鞠の経験があるとの事で、光が加減して蹴ってよこしたボールを器用に返してのけた。  
やがて散歩に来ていたプリメーラとプレセアも出くわしてゲームに加わり、  
プリメーラは体のサイズが違いすぎて応援のほか何もできなかったものの、  
つかのまの平穏の中、残る5人で大いに盛り上がった。  
 
半刻ほどして球戯にひと区切りがつき、息を荒げ、胸を上下させながら休息に入る。  
斜面に座ってタオルで汗を拭い、遠くの空を眺めたり、  
ストレッチしたり、互いにお喋りを始める少女たち。  
アスカもまた、このメンバーに大分打ち解けてきたようで、  
好奇心旺盛なプリメーラに質問され、ぽつぽつと自分の事を話しはじめた。  
 
自分が生まれてすぐに両親が他界し、広壮な宮殿の中で1人ぼっちだった事。  
心を許せた相手は、乳母をはじめとする侍女たちと、  
その子で乳姉弟の山伊(サンユン)、教育係の長安(チャンアン)だけだった事。  
 
皇家の血を継ぐ唯一の人間として、幼い頃から重い責任を負わされ続けてきた事。  
しかし女である事と、あまりにも幼いがために、朝廷においては不当に軽んじ続けられてきた事。  
 
“柱”を失い崩壊の危機に瀕したセフィーロに対し、千載一遇の好機ゆえに  
進軍して“柱”となってみてはどうかと冢宰からの進言があった事。  
それに後押しされるように、皇家唯一の跡取りとしての初業績を成し遂げ、  
朝廷内におのが立場を築かんがために、移動要塞『童夢』に乗っての遠征を決定した事。  
 
三ヶ国でセフィーロを陥落させんがため攻撃をしかけたが、予想外に堅い守りに膠着状態に陥った事。  
セフィーロ国土の崩壊速度の速さから、このままでは目的とする「柱」への道までも消失してしまうと思い、  
短期決戦をしかけるべくオートザムやチゼータとやむなく同盟を結んだ事。  
 
やがて突如奇襲をしかけてきたメルセデスに敗北し、移動要塞が撃墜され、  
側近ともども脱出艇に乗って難を逃れたのだが、それも捕えられ、仲間と引き離され、  
乳母をはじめとする侍女たちとともに後宮送りにされた事。  
 
そして侍女たちを皆殺しにされ、今はこの広寞な牢獄の中で一人きりになってしまった事…。  
…  
 
あまりに孤独で重苦しい話に、彼女を除く5人はしんと静まり返っていたが、  
そのような中、堅く結んだ唇から押し出すようにアスカは  
 
「…済まなかったな。お前たちの…、その…大切な魔神を…  
 破壊してしまって…」  
 
と謝罪の言葉を述べた。  
 
「あの時は…仕方なかったのじゃ。  
 静観していればいずれ柱を失ったセフィーロは崩壊する。  
 一刻も速くセフィーロを陥とさねばならぬと思い…他国と手を組んで…お前たちと…」  
「もういいよ!」  
 
その言葉を遮るように光が抱きついた。  
 
「レイアースたちを殺された事は今だって許せない。  
 けど…  
 アスカにだって仕方ない事情があったのはわかったから」  
「過去の事は水に流して、今は籠の鳥同士仲良くいたしましょう」  
「お前たち…ホントにそれでよいのか」  
「私は許さないけどね」  
 
腰に手を当てて海がきつい視線を向ける。  
 
「でも、何とかして、いつかはここから脱出しなくちゃ駄目だから、  
 一時的に目をつぶって特別に手を組んであげるわよ」  
「こちらは海さんと言いまして、わたくしたちの中でも一番頑固な人なんですのよ」  
「風!」  
 
柳眉を吊り上げて怒る海となだめる風の掛け合いに、  
アスカはここに来てから初めての明るい笑い声を上げた。  
 
………………………………………………………………………………………………  
 
    XZ◆捕獲  
 
 
「脱出といえば…そこな妖精っ子は何ゆえ逃げ出さないのじゃ?  
高い壁に囲まれた中庭とはいえ、天蓋が無いのじゃから、  
 夜闇にまぎれてその翅でどこまでも飛んで行けば良いであろうに」  
 
ひとしきり笑った後、憑き物が落ちたかのように清々しい表情になって、  
今度は光の肩に腰掛ける妖精プリメーラへと問いかける。  
 
「私も今すぐにでもこんなとこにおさらばしてランティスを探しに行きたいんだけど、  
 何でもこの首輪にはハッシンキってのがついていて  
 誰がどの場所にいるのかすぐに分かるそうなのよ」  
 
神経質に翅をピクピクさせて迷惑そうに言った。  
 
「それで首輪ごとの位置を一元監視している部署ってのがあって、  
 勝手に首輪の持ち主が許可エリア外に出たら  
 警告としてアラームを鳴らし、それでも従わなかった場合は首輪ごと爆殺するんだって。  
 だからどうしても逃げられ…」  
「プリメーラ!」  
 
横合いから光が口を咎める。  
爆殺と聞いて、侍女を殺されたトラウマの蘇ったアスカが、  
ふたたび顔を蒼くしてかすかに震え出したのに気づいたからだ。  
 
カルディナやプレセアのようなしっかりした大人ならまだしも、  
彼女のような幼い子供は、あまりにも心が脆いため、  
トラウマから立ち直るにはまだまだ時間が必要で、細心の注意を払って繊細に扱わねばならなかった。  
それに気づいたプリメーラが、  
ごめんなさい、大丈夫? と心配そうに問いかけるも、アスカは気丈に頷き  
大丈夫なのじゃ…と答えた。  
 
「無神経な事を言ってしまって本当にごめんなさい。  
 白状するけど、私、食堂ではあなたをのけ者にしようとしていたの。  
 でも、もうそんな事はしない。だから、私をアスカの友達にして欲しい」  
 
おずおずとプリメーラが手を差し伸べる。  
対するアスカは、お前はもうとっくにわらわの友達なのじゃ、と言って人差し指を突き出し、  
プリメーラはそれを握り返して仲直りの握手をしたのだった。  
 
「まぁ、良かったですわ」  
「…フン。ま、私も友達になってあげてもいいかも知れなくってよ?」  
「アスカ、あたしも友達、友達!」  
 
「……? …!」  
 
微笑ましくそれを見守る少女たちをよそに、  
プレセアは複数の跫音が、急にこちらへと近づいてくるのに気づいた。  
ややあって光たちも物々しい気配に気づいてはっと顔を見合わせ、  
そちらの方向へと視線を向ける。  
 
数秒後、8名ほどの部下を連れたヒュンダイ准将が  
少女たちの前にその威圧的な姿を現した。  
昨日の出来事を思い出し、咄嗟に光の背後に隠れるアスカ。  
不思議なのは、連れの兵士たちの何人かはいつもの長銃ではなく、  
夏休み中の小学生のように場違いな虫取り網と投げ網、  
それと鳥籠とを持っていた事だ。  
 
「あらあら、こんな所に鳥でも捕まえに来たの、軍人さん方? よっぽど暇なのね」  
 
プレセアは敵意をもった表情で揶揄したが、兵士たちは彼女になど注意を払わず、  
その背後にあるものに視線を集中させていた。  
不思議に思ったプレセアが視線を追って振り返ると、その先にいるのはプリメーラ。  
何より彼女当人が、なぜ自分が注視されているのかと、一番当惑しているようだった。  
 
「──捕らえろ!」  
 
ヒュンダイの命令で、兵士たちがいっせいに彼女めがけて殺到する。  
空を裂いて虫取り網が走り、一瞬前まで妖精が座していた光の肩に覆いかぶさった。  
プリメーラは翅を震わせて飛び立っていたが、その彼女を逃すまいと  
縦横に虫取り網が交錯し、そこから身を躱すので精一杯だった。  
 
「こら、妖精っ子をどうするつもりなのじゃ!」  
 
彼女が何とか逃げる時間を作ろうと、アスカが兵士の一人に掴みかかる。  
しかし当然ながら大人の力の前には抗すべくもなく、蹴飛ばされて尻餅をつき、  
その様子に一瞬目を取られたプリメーラは、  
瞬間、背後から投網をかぶせられていた。  
 
網が絡まってこれ以上上昇できず、  
素早く網の目を広げてそこから潜り抜けようともがく。  
しかしこの機を逃さず、より目の細かい虫取り網が覆いかぶさり、  
彼女は無残に地面に叩き落されていた。  
 
プリメーラ! と叫んで光は網を持つ兵士の腕にしがみついたが、  
後ろから別の兵士に羽交い絞めにされて引き離される。  
海や風も妖精を救い出そうと奮戦したが、  
武器を持っているのならまだしも、素手の戦いではとても勝負にならず、  
奥の手として男たちの股間を蹴り潰そうとしたがそれすらも足で防がれ、  
その上腕の関節を極められて地面に押し付けられてしまった。  
 
「炎の矢!」  
「水の龍!」  
「碧の疾風!」  
 
この状況を打破しようと魔法を唱えてみたが何も発動しない。  
後宮に囚われてから何度か試してきたのと同じ結果であり、  
どうやら例の様々な装置を内蔵した首輪には、  
魔法を構築する術式とそのソースとなる魔力の結合を阻害し、  
結果として魔法の発動そのものを完全に封じ込める機能もあるらしい。  
 
妖精は体勢を立て直し、網の縁を持ち上げて外に出ようとしたが、  
そうこうしている間にも兵士の手が伸び、網ごとがっしりと捕らえられてしまった。  
 
良くやった、と手をさしのばしたヒュンダイが、部下から虫取り網を受け取ると  
注意深く網の裏側からプリメーラの胴体を握りしめ、目の前に翳す。  
そして捕らえた獲物に傷がついていないかを、いろいろと角度を変えて確認した。  
 
「ちょっと…何するのこのゴリラ!  
 痛たたっ! 離しなさい…ってば!」  
 
身悶えして骨ばった掌から逃げ出そうとするプリメーラ。  
しかし両腕ごとがっしりと掴まれているためどうしても脱出する事ができない。  
 
「狼藉者め! 妖精っ子を離すのじゃ!」  
 
小さな友人のために勇気を奮い起こし、  
その脚をアスカが蹴飛ばしたが、空いた手によって腕を取られてねじり上げられる。  
ヒュンダイは差し出された鳥籠へプリメーラを収めると、  
部下は素早く入り口に鍵をかけ、一礼して籠を持ち去ってしまった。  
 
「そういえば昨日、“近いうちに迎えをよこす”と言ったなぁ?」  
 
仕事を終えると、屈みこんでアスカの顔を正面から睨みつける。  
その顎をつまみ上げ、突きたての餅のようになめらかな白い頬を、べろりと舐めてから言った。  
 
「生憎それは中止だ。なぜなら今ここで俺がお前を連れて行くからだ」  
 
そして幼女の襟首を掴んで持ち上げると、山賊が村娘を拐うかのような格好で  
肩に担ぎ上げて立ち上がった。  
 
「な…何をする! 離せ! 下ろすのじゃ!!」  
「アスカ!」  
 
男の背中をポカポカと叩き、脚をバタバタさせるが  
くちなわのような力強い腕で胴体を担ぎ上げられているので何もできない。  
そしてヒュンダイが舌なめずりしながらアスカを持ち帰るのを、  
兵士たちに腕を取られながら、光たちはただ悔しげに見送るほか無かった。  
 
………………………………………………………………………………………………  
 
 
    X[◆狂太子  
 
 
少し時間を巻き戻し、光たちがアスカとともに朝食を食べていた頃。  
セフィーロ宮の上層部、元々はセフィーロの宰相が使っていた膨大な書籍に囲まれた執務室を  
自らのオフィスに作り変えたサムスン遠征軍総司令官は、  
眼鏡をかけ、部下たちが提出した報告書に目を通して次々に決済の判子を捺していた。  
 
彼は早朝のうちに警護の兵士たちを伴ってチゼータ三人娘の邸を出ると、  
この部屋に入り、壁面に掲げさせた皇帝の巨大肖像画とメルセデスの国旗に敬礼し、  
その後パンとコーヒーの簡素な朝食を摂りながら本日の執務に取り組んだ。  
 
横長で重厚な雰囲気を漂わせる紫檀製の執務机の上には、  
堆く積まれた書類の山のほか、幾つものホログラフディスプレイが立ち並び、  
ひっきりなしに各所の現況を伝えてくる。  
せわしなく動く秘書が書類を持ち去っては新たな書類の山を運び込み、  
サムスン自身はそれらを決済する傍ら、幾つも置かれた携帯電話を取っては  
受話器の向こう側にいる相手へ高圧的に命令し、あるいはダミ声で怒鳴り散らしていた。  
 
鹵獲した移動要塞プラヴァーダの中ではチゼータの捕虜たちが劣悪な環境に不平を鳴らし、  
反乱の危険性が無視できえぬほどに高まってきている事。  
セフィーロで糧秣を徴収して当面の兵糧とする予定が、予想外に国土の崩壊が進んでいたため  
当初予定の1/10も徴収できなかった事。  
許容人数を超えた多くの軍人が駐留しているために、  
セフィーロ宮外郭部ではトイレが詰まって使用不能になった挙句  
予想以上に糧秣の減りが早く、食糧危機の問題が高まってきている事。  
 
セフィーロの外側では、大統領の令息を乗せた先遣隊を全滅させられた事に対し  
オートザム国会でメルセデスとの開戦について議論が白熱しているとの事。  
また、開戦直前に本国に向けて宣戦布告を行ったとはいえ、  
あまりに突然の奇襲だった事と、王族を捕虜にされてしまった事に対し、  
ファーレンとチゼータの世論も急速に反メルセデスに傾いてきているとの事。  
 
それらの国々に対してはメルセデス本国が外交官を派遣し、  
資金援助や通商規制の緩和といった飴と、  
圧倒的軍事力や人質の身の危険といった鞭をちらつかせ、  
セフィーロ占領問題に関しての不干渉へを要求する方向で現在折衝中であるとの事。  
…等々、占領に成功したまでは良いが、  
いまだ未解決の重大な懸案が山のように積み重なっていた。  
 
相当にハードでストレスのたまる仕事ではあったが、  
その鬱屈はサムスンの内部で歪んだ性慾とサディスティックな感情とに変換され、  
反動として仕事がはけると、彼は大量に沈澱したそれらの黒い慾望を  
寵妃たちを捌け口として思う存分発散する事にしていた。  
 
これまでも占領国の先々で同様の行為を重ねてきており、  
それが激務の代償としての司令官の役得であると自分に言い聞かせている。  
 
(グフフ、今夜も楽しみじゃわい。  
 とりあえず縄と鞭と蝋燭を使ってチゼータの三人娘で存分に楽しんで…  
 そうじゃ、次あたりにはあの巨乳の金髪娘をベッドに引き込んでやろうかのう。フッフフ(^??^?))  
 
淫りがわしい妄想を脳裏に浮かべつつも、表層においては厳格な軍人を装い、  
セフィーロの周囲で外敵の侵入に備え戦陣を展開する  
各艦隊の指揮官へと支持を飛ばし、様々なチェックを行う。  
だが会話中にも関わらず、一礼した第一秘書が割り込むようにして強引に口を差し挟んできた。  
 
「閣下。本国から通信が入っております」  
「何じゃ、緊急の通信なのか」  
「いえ、それが…」  
「馬鹿者! 今大事な話をしておるところじゃ、後にせんか!」  
 
こめかみに血管を浮かび上がらせ、コーヒーカップを取って投げつける。  
秘書はその立場上避ける事ができず、投擲をもろに額に受けた。  
ごつ、と鈍い音がして痣が生じ、床一面に茶色い染みが広がったが、  
苦痛をこらえてなおも言葉を続ける。  
 
「…それが、皇太子殿下より直通の回線なのです」  
「何じゃと!?」  
 
後でまた連絡すると告げて通信回線を切ると、サムスンは眼鏡を外して立ち上がり、  
すぐに本国からの直通回線を開かせた。  
 
眼前の虚空に巨大なディスプレイが出現し、秘書たちともどもそこへ向かって恭しく頭を下げる。  
 
『久しぶりだな、サムスンよ』  
「ははーっ、新年の式典以来でございます!」  
 
ディスプレイに映し出されたのは、年齢は20に届くかどうかであろう、  
長い前髪をした銀髪の美青年だった。  
だが、顔立ちは端麗であるもののその肌は病的なまでに青白く、  
頬がわずかにこけ、目の下にはうっすらと隈ができていた。  
手元の袋から幾つもの白い錠剤を取り出すと、がりっ、と不快な音を立てて一気に噛み砕く。  
 
それがメルセデス現皇帝ロイスY世の第6子であり、  
現在の皇太子であるプリウス・ストラーダ・ヴィッツ=メルセデスの姿であった。  
 
背景には彼の私室が映し出されていたが、壁一面を覆う巨大なガラス棚の中に  
服を着たものや全裸のもの、少女のものや幼女のもの、  
単独でポーズをつけているものから女同士絡み合っているもの、  
果ては触手に責められて喘いでいるものまでと、  
びっしりと大小様々な美少女フィギュアが所狭しと並べられている。  
一国の未来を背負って立たねばならぬ王族とは思えぬほどの、低俗かつ異常な趣味であった。  
 
『このたびはオートザムら三国の先遣隊を最小の被害で壊滅させ、王族を捕虜にし、  
 無事セフィーロを占領したとの事。卿の鮮やかな手並みを褒めて遣わすぞ』  
「有難きお言葉にございます」  
 
大仰にサムスンは感謝の言葉を述べたが、顔を隠すように大きく頭を下げたその裏側では  
侮るように不快に顔を歪めていた。  
 
というのも、プリウス皇子はロイス皇帝が設けた7人の子供の中でも、  
平民階級の愛妾との間に生まれた最も卑しい血筋の存在であり、  
しかも生まれつき“頭がおかしい”事で有名だったからだ。  
 
………………………………………………………………………………………………  
 
    X\◆狂行  
 
 
半分平民の血とはいえ絶大な権威を誇る皇族の末席である事から、  
プリウスは宏壮な屋敷と大勢の使用人を与えられていたのだが、  
幼少から数々の奇行が目立ち、それがより倒錯的に顕在化したのは  
彼が性に興味を抱き始めた思春期を迎えてからの事であった。  
 
産毛のような陰毛が生えそめ、控え目なサイズだったペニスが  
別物のように大きく育ちはじめた12歳の頃には、  
何を思ったか、日々谷千歳や大村裕美といった  
邸のメイドの中でも特に選り優った美貌の者たちを裸に剥き、  
尻を突き出した格好で横一列に鎖で床に縛りつけさせた。  
 
さらに本来庭を守るために飼われていた、数十匹の犬たちに薬を打って発情させ、  
それらを放してメイドたちと交わらせ、数々の羞恥と苦悶の悲鳴が上がる中、  
その狂宴を見ながら皮が剥けたばかりのペニスを一心不乱にしごいていたのだという。  
 
さらに彼は13の頃には、お忍びで町を巡っては、  
都民たちの中でも特に美しい幼女や少女たちを選び出し、  
強権を発動して彼女たちを毎月のように新たな住み込みのメイドとして雇いこんだ。  
 
木之本さくらや大道寺知世、鈴原みさきや九軒ひまわりといった美少女たちを  
住み込みメイドの名目で、二重三重に脱出経路を封じられた豪奢な宿舎に囲い込み、  
自分の権力をちらつかせて彼女たちを犯し、その無垢な身体を隅々まで貪った。  
 
それだけでなく、精神を崩壊する恐れがある事から禁制にされている媚薬を少女たちに投薬し、  
ペニスバンドをつけさせてお互いに絡ませて悦しんだり、  
ひとりひとり目の前で排泄させ、その糞便を凍結したりホルマリン漬けにしたりして  
排泄映像とともに秘密倉庫一杯にコレクションしているとさえ言われていた。  
 
後に帝都を追放されるまで彼が毒牙にかけた少女は、上は18から下は6歳まで、  
その数は少なくとも3桁に達していたと言われている。  
 
さらには14の時には彼が通っていた巨大学園都市主催の舞踏会において、  
詠心と凪砂という、中等部トップクラスの美貌と知性を持ち、  
将来の社交界の花形間違い無しと囁かれる二人の貴族の娘を相方として誘った。  
しかし気味悪がられ、衆人環視の中ですげなく拒絶されてしまった事に腹を立て、  
宴が終わると同時に彼女たちを捕らえさせると、全裸に剥いて座り込んだ姿勢で緊縛し、  
ギッシリと粗塩を満たした大甕に鼻と口だけを出した状態で全身を漬け込んだ。  
 
2日後、体中の水分を抜かれ、百歳の老婆のように皺くちゃになった二人を壺から出すと  
中等部校舎の門の左右に裸のまま縛り付け、  
同世代の男女の間で女神のごとく仰がれ、憧れられ、羨まれていた、  
かつての美貌が見る影も無くなったその無惨な姿を大勢の晒し物にし、  
それを見て爆笑しつつ、命令を拒まれた事に対する溜飲を下げたのだという。  
 
その異常性癖から、プリウスは15になる前に皇位継承権を剥奪され、  
遥か僻地にある離宮へと母親ぐるみで移送された。  
皇帝は彼らに対し一生外には出さずに幽閉するようにと内々に命を下し、  
股肱の臣らは一刻も早くこの国家の恥部を抹消しようと、  
裏から手を回して母子の食べる料理へと、毎日微弱な毒物を混入させた。  
 
それが積もり積もって、醜く肥って暴飲暴食を重ねていたプリウスの母親は、  
離宮に移送されてから僅か1年で死亡する。  
プリウスの方は一度は病に倒れたものの、危険を察知して使用人の大部分を解雇し、  
敵対勢力の息のかかった侍医の代わりに幼少からの侍医を帝都から呼び寄せ、  
愛人の代用品として持ち込んでいた、  
ちぃや柚姫といったセクサロイドを新たに使用人として使い、  
食材は近辺の目の届く範囲で飼育・栽培させたもののみを調達し、  
半年後、髪の毛が真っ白に変色しつつも奇跡的に病の底から蘇ったという。  
 
しかしその後、文明社会から隔絶された僻地の離宮の外側では、  
彼を取り巻く状況が大きく一変する。  
 
高齢ながら第一線に立って政務を行っていた皇帝が、突如急病に倒れて療養生活に入り、  
同時に第一皇位継承者として人望の厚い第一皇子プレミオが  
親征中、積年の敵国との戦いで命を落とす。  
それを皮切りに、第二皇子セドリックと第三皇子コロナを擁する者たちの間で  
次の皇位を巡り、宮廷を二つに裂いての大規模な権力訌争が勃発したのだ。  
 
それぞれの派閥は第四から第五、第七皇子までを味方に引き込んで互いに争いあったが、  
その中でセドリック皇子は演説中狙撃によって暗殺され、  
報復としてコロナ皇子は執務室ごと爆弾で吹き飛ばされ、  
以下の二人の皇子は対抗勢力によって次々に毒殺され、  
結果、重症を負って回復不能の植物人間状態となった第七皇子を除き、  
僅か3年のうちに皇位継承者と看做されていた全員が死亡してしまった。  
 
そのため担ぐべき神輿を失った廷臣たちは、急遽山奥に幽閉されていたプリウスを解放して  
皇族として復帰させ、のみならずお飾り上の存在とはいえ、  
皇帝に継ぐ権威を持つ皇太子として祭り上げた。  
 
こうして棚ボタ方式で次期皇位継承者となったプリウスではあったが、  
相変わらず人望が無く、狂行にブレーキが利かないのにリコールするわけにもいかず、  
裏では「狂太子」と囁かれて今に至るのだった。  
 
………………………………………………………………………………………………  
 
『──そういえばサムスンよ、面白い噂を聞いているのだがな』  
 
ディスプレイの彼方より、粘質的な視線を向けて、その“狂太子”が告げる。  
 
『何でも卿がこれまで制圧し、占領下に置いた国々において、  
 勝手に現地の女たちをかき集め、皇帝陛下をさしおいて  
 密かにハーレムを作っていた、とか…』  
(────!)  
 
最も知られたくない部分を直截的に指摘され、どきり、と心音が高鳴る。  
事実ではあったが、もしここで肯定してしまえば到底今の地位にはいられず、  
それどころか絞首刑に処されてしまうだろう。  
サムスンは内心恐懼しながら、できる限り平常心を取り繕って答えた。  
 
「ま…まさか。ただの噂にございまするよ。  
 わが軍は隅々に至るまで軍規が行き届き整然と行動しておりまする。  
 そのような人倫に悖る行為をする者など上にも下にもいよう筈がございませぬ。  
 麾下の艦隊の司令官たちも、それを証言するでしょう」  
『なら良いのだがな…』  
 
目を細め、明らさまに疑いをこめた視線でサムスンを凝視する。  
サムスンは屈辱に拳を握り締め、一体誰が情報を漏らしたのだ、  
これが終わったら遠征軍の内部で徹底的にスパイ狩りをしてやるぞ、  
と内心で罵声を飛ばしまくった。  
 
『まあ所詮は噂に過ぎぬ。卿に対してつまらぬ疑念を抱いて済まなかったな。  
 その代わり折り入って頼みがある。今日はそれを言いに来たのだ』  
「え」  
 
これから更なる執拗な穿鑿が待ち受けていると思い、深刻に身構えていたが、  
プリウスがあっさりと攻撃の矛先を収め、話題を転換してきたので  
サムスンは思わず全身の力が抜けた。  
 
『150年ほど前、辺境の宙域に空間の歪みによるワープゲートが発見されてからというもの  
 こちらでの戦に敗れ、更なる戦乱で衰亡の危機にあったフォルティス共和国が、  
 ゲートの彼方へと大規模な移民政策を実施した。  
 その結果オートザムやCLOVERという小国が出来たワケだが、   
 現地住民の言葉でセフィーロとか呼ばれているそちらの世界は  
 こちらの科学体系を根本から崩壊させかねないほどの、驚異の連続だったそうだな』  
「は…はぁ」  
(……?)  
 
話の流れが掴めず困惑しつつも相槌だけを返す。  
 
『何でもチゼータ、ファーレン、リグ・ヴェーダなどの国々を含め  
 そちらの世界は“魔法“と呼ばれる不可思議なエネルギーによって支配されているとか。  
 それだけでなく竜や獣人,精霊など、こちらの世界においては  
 長く伝説上のものとされた生物が現実のものとして実在するそうではないか』  
「は…はぁ。確かそうらしいですな」  
 
何のこっちゃと秘書と顔を見合わせる。  
そこでだ、とプリウスは本題に入った。  
 
『余はそちらの世界に住む固有種を試しに一匹欲しいのだ。  
 最近“可愛がり”すぎて今までのペットがまとめて死んでしまったのでな。  
 そろそろ新しい、珍しい生物を補給せねばならぬ』  
 
プリウス付きのセクサロイドであるフレイヤが絵本を手渡し、  
それを受け取った同じ専属セクサロイドのちぃが、その中の一ページを開いて  
画面ごしにサムスンたちへと見せ付ける。  
 
そこには夜光草の花被を傾けて甘い蜜を吸う、  
薄い翅を生やした裸体の少女の姿が描かれていた。  
そしてプリウスはニタリと薄気味悪い笑みを浮かべ、こう命令を下したのだった。  
 
『そこで余は“妖精”を所望する。  
 古来において童話の中で愛でられてきた、あの愛らしく可憐な存在。  
 自然の生んだ造形の奇跡の究極の形。生ける美少女フィギュア。  
 それを我がものとして“飼育”し、この手で存分に“可愛がって”やりたいのだ。  
 
 わかったな。妖精を一匹、すぐに生け捕りにして余のもとに献上せよ』  
 
 
………………………………………………………………………………………………  
 
 
    XX◆移送  
 
 
通信が切れた後、サムスンは机上の書類の束を引きつかんで床にぶちまけた。  
床一面が書類だらけになり、さらに壁際に置かれていた  
観賞植物の大鉢をありったけの力で蹴倒す。  
秘書たちはただおろおろと見守るほかなかった。  
 
「ヒュンダイを呼べ!」  
 
ややあって現れたヒュンダイ准将にプリウスの要求を伝える。  
 
ひとつ、妖精を可及的速やかに捕らえて献上する事。  
ひとつ、妖精の性別は女で、かつうら若く可憐なものである事。  
ひとつ、病気や怪我、身体的欠損のある「欠陥品」ではない事。  
ひとつ、飼育者に危害を与えるような危険な生物ではない事。  
ひとつ、一週間以内に届かなかったり、あるいは要求を満たさない代物であったならば  
プリウスが直接探索隊を派遣し、自らの権限でセフィーロを隈なく調べさせるという事。  
 
更にサムスンは、こちら側の情報が漏れており、  
先方に後宮についての疑念を抱かれた事についても伝えた。  
 
話を聞き終わったヒュンダイは短く沈思した上で口を開く。  
 
「おそらく閣下の権威失墜を狙った何者かが背後におり、  
 妖精うんぬんという話は、皇室の威光のもとに  
 我々に干渉されない調査隊を派遣するための単なる口実ではないかと…」  
「考え過ぎだ! あれはただの新しい玩具が欲しくてたまらんだけの  
 知恵遅れの餓鬼にしか過ぎん」  
 
そう言いつつも、内外に敵の多いサムスンの足は  
事が露見しての粛清を恐れて微かに震えていた。  
 
「それよりせっかくうまいこと後宮を築いたというのに、  
 調査隊などを派遣されて実態を暴露されては叶わん。  
すぐに捜索隊を編成して妖精とやらを捕獲して参れ!」  
「その件ですが…」  
 
妖精でしたら、既に一匹後宮に捕らえておりまして…と上奏するも、  
 
「馬鹿者が! そやつの口からこちらの情報が漏れてはどうするのだ!  
 さっさと他のものを探して来い!」  
 
と一蹴されてしまった。  
 
「わかりました」  
「それから、万一妖精とやらを献納しても、  
 好みに合わなかったとかほざかれて先方に来られてはかなわん。  
 儂は出来る限り足止めをしておくが、もしもに備えて“あの計画”を急がせろ」  
「はっ」  
「超音波による調査から、この宮殿に未知の広大な地下空間がある事はわかっている。  
 これからすぐ麾下に、艦内に囚えたセフィーロの重鎮どもに対して拷問を開始し、  
 早急に情報を引き出すようにと命じる事にするが、  
 なにぶん元より反抗的な者どもじゃ、口を割るまでまだ時間がかかるだろう。  
 そちらに頼らずお前はこれまで通り中央ゲートの暗号解読と、別ルートでの入口探索、  
 そして“アレ”の探索を進めさせるのだ」  
「了解いたしました」  
 
一礼して退室したヒュンダイはその他の業務を一時的に後回しにし、  
城内に幽閉されているセフィーロ住民を対象として、  
部下たちに妖精の居場所について手分けして訊ねて回らせた。  
しかしすぐにわかるとばかり思っていたのが、実際に情報収集した限りでは、  
皆目見当もつかないとの事であった。  
妖精たちは元々はセフィーロ西部の森に集団で住んでいたのだが、  
今やセフィーロ全体がこの中核部の王宮と辺縁を除いて完全に崩壊してしまい、  
同時に妖精たちの行方もわからなくなってしまったという。  
 
空を飛んで他国に移住したとの見方が一般的ではあったが、  
占領地ではないのでどうする事もできない。  
更に捕虜の中に他に妖精はいないかと隅々まで探して回ったが、  
プリメーラを除いてただの一人も見つからなかった。  
 
まったく別の理由から、セフィーロ宮外部を隅々まで巡り  
地下の様子を超音波で探査して回る捜索隊も数日前から出していたが、  
そちらに問い合わせても今までの妖精の目撃例は一件も無いとの事だった。  
 
「仕方がない、例の妖精を確保しろ!」  
 
こうして光たちと共にいたプリメーラを鳥籠に捕えたヒュンダイは、  
一旦上司へと報告を入れた。  
 
『馬鹿者が! 情報が漏れるからそやつ以外の妖精を捕えよと命令したじゃろうが!』  
「その件についてですが…」  
 
当然の反応ではあったが、これまでの調査から  
他の妖精の捕獲は絶望的に困難な事を伝え、さらにこうつけ加えた。  
 
「捕獲した個体の声帯を潰すか、舌を抜いてしまえば良いのです」  
『先方は完全な健康体を送って寄越せとの注文だぞ』  
「いえ、殿下の出された注文には、“危険性のない生物である事”ともありました。  
 フェレットやスカンクを飼育する際には飼い主に危害を与えぬよう、  
 肛門傍洞腺、いわゆる臭腺を除去するのが常識です。  
 その例に倣い、今回捕獲した妖精についても舌を除去した後、  
 “万一発声能力を残していれば、魔法を使って  
 周囲に危害を及ぼす与える可能性があるため、やむなく除去した”  
 とでも先方に伝えれば良いでしょう」  
『ううむ…』  
 
サムスンは迷ったが、往路にかかる日数を考慮すると  
もう殆ど時間的余裕が残れされてはいない。  
そのため、すぐに実行に移れと命令を下した。  
 
さっそくヒュンダイは軍医に命じ、  
鳥籠の中で暴れるプリメーラに麻酔ガスを吹き付けて眠らせ、  
手術台に移して根元から舌を切断させて止血処理を行わせる。  
その後の処置もせねばならないため、軍医ともども  
眠ったままのプリメーラを高速艇で帝都へ向けて送り出してしまった。  
 
余計なものをつけていては不興を買うのと、  
爆弾を仕込んだものを皇族に献上したりすれば叛逆罪に問われかねないのとで、  
彼女の首輪については電子キーを使って予め外しておいた。  
 
「取り敢えずこれで一段落か…」  
 
コキコキと肩の関節を鳴らしてひと息つく。  
そしてヒュンダイは部下に他の仕事を進めておくよう言い渡し、  
「1時間ほどで戻る」と告げると、城の一角にある自室に戻った。  
 
複雑な鍵をかけた頑丈な扉を開き、宏壮なリビングに歩を踏み入れる。  
そこにはまるで動物のように囚えられたアスカの姿があった。  
例の首輪に取り付けられた1mほどの鎖によって  
リビングの中央に立つ柱に繋ぎ留められ、  
何とかして外そうと試みているのだが、非常に頑丈なため何もできない。  
 
「いい子にしていたようだな」  
「ひっ…!」  
 
顔を引き攣らせてじりじりと後ずさりする。  
ヒュンダイは鍵を用いて鎖を取り外すと、軽々とアスカの体を抱え上げ、  
そのまま寝室に移動してベッドへと幼女を放り投げた。  
 
「さあ、お楽しみの時間だ」  
「や…っ、やぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」  
 
後ろ手に扉に鍵をかけ、軍服を脱いで  
剛毛の密生した鍛え抜かれた裸体を露にする。  
アスカは助けを求めて叫んだが、目の前の暴漢を除いて誰もそれを聞く者はなく、  
また彼女の力は余りにも弱く、これから行われる陰惨な行為に対して  
何ら抑止力にはなりえないのだった。  
 
 
                                          〈続〉  
 
………………………………………………………………………………………………  
 
 
◆次回、アスカが標的に。  
 そして魔法騎士3人も毒牙にかけられ…!?  
 
 

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