「やだぁ!やめて…やだぁぁ!!!」
「声出すんじゃねーよ」
すぐそこで何人かの男子生徒に押さえ込まれている女子生徒の悲鳴がうるさい。
「やだ、誰かぁああ!」
「誰もこねーよ、おい、足掴んでろ」
「いやぁぁぁ」
どうやら女子生徒はしぶとく抵抗しているらしい。
だが、四苦八苦していた男子生徒が痺れを切らし、女子生徒の顔を叩いたのだろうか、
パン、と乾いた音が響くとそれっきり叫び声は聞こえなくなった。
かわりに、すすり泣く声。
(うるさいな…)
雲雀は眉間に皺を寄せてため息をついた。
どいつもこいつも、邪魔だと思う。
雲雀にとって他人は生きていても死んでいても同じ、退屈な存在だった。
「…あ…あ、あ」
足元で蚊の鳴くような声をあげながら転がっている男の存在を思い出し、足で転がす。
俯せになっていた男が転がされた事で仰向けになる。鼻と口から血を流して、苦しそうに顔を歪めている男は
微かに唇を動かし、何かを呟いている。
「な…み……おみ」
よく聞けばそれはどうやら女の名だった。
冷たい目で男を見下ろす。
この男はこの地区でも荒れていると評判の高校の生徒で、わざわざ雲雀に喧嘩を売ってきた男だった。
おまえは生意気だと、男は言った。舐めてるんじゃねぇ、とも言った。
雲雀にとってこの転がって血を流している男は芥同然であったが、
そんな人間にも執着する人間がいるのかとぼんやりと考える。
体温が下がる感覚がする。
「ねえ」
一言、それは決して大きな声ではなかった。
しかし、それまで女子生徒を押さえ込んでいた男子生徒たちは手を止めて
一斉に雲雀に注目した。
「なんすか、雲雀さん」
「何かまずい事でも…」
羨望の眼差しの裏に怯えと恐怖が垣間見える。
彼らの反応に吐き気を覚えながらも、足元の男を転がしながら、言った。
「この男、意識がなくなるまでお前らでやっていいよ。
彼女が目の前で犯されるなんて可哀想だからね」
雲雀にとって、この世の全ては色を失った枯れた世界だった。
何を見ても、何を言われても、それはこの十数年生きてきて変わることはなかった。
「……つまらないな」
だったら気に入らないものは徹底的に潰す。
つまらない世界で生きてやる。だから誰も自分に逆らうな。
今まで雲雀そう思って生きてきた。
ハル、彼女に出会うまでは。