屋上。
俺にとっては、最高の場所。誰も来ない、俺だけの場所。
鍵は、先公にちょっと言いつめればすぐ貸してくれる。
ライターを手に取り、煙草に火をつけた。
下を覗くと、十代目たちが遊んでいる光景が目に入る。
普段は十代目を護らなければいけない。が、今日は特別で。
ちょっとぐらい一人で行動しなよ、と、十代目に遠慮された。
それに、この煙草も煙たいと。……どうして、この良さが分からないのか。
そして。煙草を咥えると、後ろから扉を開ける音が聞こえた。
「獄寺くん? あれ、今日はツナくんたちと一緒じゃないんだ」
女の声だ。それも、どこかで聞き覚えのある声。
けれど、振り向くのも面倒くさく、煙草を吸ったまま返事をした。
「十代目に遠慮されたんだよ、今日はいいって」
「へえ。…それと、お節介だろうけど。煙草、やめたほうがいいよ。
中学生はまだ吸っちゃだめでしょ? 体にも悪いし」
「うるせえな。俺はいいんだよ」
我慢ならなくて、後ろを振り返った。
そこには、笹川が居た。確か、十代目が好きな女だ。
…十代目に、あまり変な事はするなって言われてたっけ?
…もし、ここで殴ったりなんかしたら…?
「…チッ」
殴るのは止めた。もう一回前を向き、煙草を吸った。
面倒なことになるのはごめんだ。それを確認して、笹川からすこし離れた。
それにしても……こんなところに、あいつは何をしにきたのか?
すこし後ろを向くと、ただ空を見ているだけだ。
「何やってんだよ、こんなとこまで来て。楽しいか?
空見るだけなら、ここじゃなくても出来るし」
「暇だったの。花ちゃん、今日は欠席だし。
それで、いつも来てない所に行ってみようと、ね」
「……へえ」
あまり腑に落ちないが、これ以上質問するのはやめておいた。
そこまで追求する理由も無い。俺は煙草を吸って、あいつは空を見るだけで。
だめだ。なんだ、この変な空気は。何か質問したらいいのか?
「おまえ、十代目のことどう思う?」
「十代目って、ツナくんのこと? ツナくんは…いい人だよね。
ダメツナだなんて言われてたけど、只者じゃないって感じがする」
「それじゃあ、好きな奴は?」
「好きな人、か。……今は、言わなくてもいい?」
「はあ? 別にいいけど…変な奴」
とりあえず、分かりやすい質問をしておいた。
好きな奴を男に言うのは、やはり抵抗があるのか…女って、よくわかんねぇ。
そんなことを考えていると、笹川はこちらによってきた。
「なにしてんだ、おまえは」
「だめ? 話をするなら、近い方がいいでしょ」
「別に俺、おまえと話なんかしたくないし」
「…もう。それじゃあ、私の好きな人言おうか?」
「どうでもいい」
俺の返事を聞くたびに、ため息をつく。そんなに変な返事だったか?
ため息をついてから、また俺の方を向いた。何をするかと思えば。
笹川は、ちいさく笑った。
…そんな笑顔に、不意打ちを食らったような気分になる。
「私の好きな人はね、獄寺くん」
「……は?」
「二人っきりになりたかったんだよ。
だから、獄寺くんがいつも行く屋上に来たの」
一気に、鼓動が早くなった。
だって、ほら。これ、俗に言う……告白ってもんだろ?
けれど、この女を好きな人がいる。それが、十代目。
十代目を裏切ることなんて、俺は出来ないし。しては駄目なんだ。
「悪いけど、おまえと付き合ったりはできねーよ。
俺は、おまえを好きになっちゃいけねぇし」
「……どうして?」
「…それは言えねぇ。けど…嫌いと思い込まなきゃいけないんだよ」
「私は好きだよ、獄寺くんのこと」
笹川は、優しく微笑んで。
どうしよう、本当に。今まで思ってなかった感情が、込みあげてくる。
笹川を、好きになってる? どうしてだろう?
イタリアに居るときは、年上の女と付き合ったことだってある。
好きだなんて思ってなかった。ただ、付き合っていただけだ。
けれど、いまはなんだろう?
優しく笑ってくれる笹川を、どんどん好きになっていく。
…それは、必然なのかもしれない。
十代目、すみません。それを、心の中で何回も繰り返して。
真正面を向いて。さあ、伝えなきゃ。
「…今、わかった。おまえが好き。嫌いだなんて、もう思えないから」
「……ほんとうに?」
「本当に。絶対に。嘘なんかじゃ言わねぇよ」
好きだと伝えるのは、これが初めてかもしれない。
いや、その前に。本当に人を好きになったのが、初めてだ。
沈黙の中、自分の心臓の鼓動が聞こえる。それも、とても早く。
手だって、震えが止まらない。
好きだと伝えることは、こんなに緊張するものだったのか。
そんな俺を見て、笹川はまた笑って。
「うん、それじゃあ信じる。…好きだよ、獄寺くん」
「何回も言うなよ、恥ずかしい」
手を肩にそっと置いてみた。もちろん、手はまだ震えている。
笹川は、その行為の意味に気付いてくれて。
立ち止まって、キスをした。
唇を重ねるだけ。そんなキスだったけれど、凄くすごく緊張した。
そして、ふっと唇を離して。
「…ねえ、またここに来てもいい?」
「屋上に? 別にいいけど、なんでだよ?」
「わかるでしょ。獄寺くんと、また会いたいから」
「……わかったよ、いくらでも来いよ」
そして、笹川は教室へと戻っていった。
その瞬間、足の力が抜けて。ああ…緊張してたんだなぁ、俺。
もう一回、しっかりと立ち上がった。そして、また新しい煙草に火をつけた。
ここで煙草を吸うこともこれで最後だろうか。笹川も、煙草は嫌いらしいから。
一人だから楽しい屋上。
けれど、二人っきりもいいかもしれない。