(はひ――――――――――――!!!)  
(どうやらハルは迷ってしまった模様ですー!!!)  
ツナに手作り弁当を渡して驚かせる為に、  
ツナの中学に忍び込んだのは30分前のこと。  
5分とたたぬ間にすっかり迷ってしまい、現在に至る。  
(?! 向こうから人が来たみたいですっ)  
慌てて側の部屋に逃げ込む。どうやら教室ではないらしい。  
(良かった…誰もいないようですね)  
秋の陽射しの差し込む部屋の中を見渡すと、物々しい装飾が見える。  
床にはカーペットが敷かれ、中心には黒い皮のソファが―――  
(?!!)  
ソファの上には、1人の男子生徒が横たわっていた。  
 
(誰か眠ってるのでしょーか…?)  
興味本位に近づいて覗き込んだその顔に、ハルは見覚えがあった。  
(…っ!!!この人、あの時の…死体処理屋さん!!!)  
思わず身体を仰け反らせ、身を翻そうとしたその瞬間―――  
「待て」  
(はひっ…?!)  
ドサッ  
勢いよく腕を引かれ、身体がソファの上に投げ出された。  
「はひぃっっ」  
次の瞬間には、両手首は頭上で押さえつけられ、  
喉元には冷たい金属棒が押し当てられていた。  
逆転した視界の中心には、あの、冷たい眼差し。  
「他校の生徒が、こんなところに何の用?」  
 
どうやら自分のことは覚えていないらしい、とかそんなことを  
考える余裕もなく、呆気にとられたまま数秒がすぎた。  
やがて、組み敷かれているという状況が理解できてくると、  
ハルにもようやく危機感が芽生えてきた。  
(は…はひ―――!!!)  
(とっ…とりあえず逃げなきゃ…)  
身を捩ろうとすると、より強く押さえつけられた。  
「いたっ…っ」  
「質問、まだ答えてないよ」  
「……っ!…わ…私は唯っ…、ツナさんにお弁当を…っ」  
「……ああ。あの赤ん坊の」  
ハルの目には、心なしか彼の表情が緩んだように映った。  
 
「あのっ…!手離してください!ちゃんと答えたのに卑怯ですよ!」  
(逃げるなら今しかないです!)  
この機を逃すまいと、ひるまずに食いかかる。  
「離してくれないとっ…―――ふぁひっ?!」  
大声を出そうとして開いた口に、トンファーが押し付けられた。  
「離してくれないと―――、人を呼ぶ?」  
妖艶な笑みを浮かべて囁く。  
身動きもできず、噛まされた異物で言葉を発する事さえもままならない。  
ハルは既に潤い始めているその瞳で、目の前の悪魔を睨みつけた。  
「いいね、その表情。唯の小動物かと思ってたけど―――」  
トンファーから手を離してネクタイを解き、  
そのままハルの両腕を縛る。  
「楽しませてくれそうだね」  
 
雲雀の指が、ハルの肌に触れる。  
「ふゃっ…」  
ビクンッと、身体が小さく波打つ。  
持ち前の気丈さも、全身の力と共に抜け落ちてしまった。  
(…ツナさん…)  
(このままじゃハルはお嫁にいけなくなってしまいます…)  
赤らんだハルの表情を眺めて、クスリ、と雲雀が軽く笑う。  
そのままソファに脚をかけると、ギシッという乾いた音が応接室に響いた。  
「丁度退屈してたところだったんだ」  
(………ツナさん………)  
(…助けて………)  
形のよい唇が耳元で囁く。  
「ゆっくりしていきなよ」  
ハルの目から、涙が零れた。  
 
 両腕を縛られているため満足な抵抗が出来ず、ハルはそれをただ黙って  
受け入れるほかなかった。羞恥に目をつぶり、顔を背けた。スカートからシ  
ャツの裾が引きずり上げられ、ボタンが一つずつ外されていく。彼は今右手  
で自分の肩を押さえていて、使っているのは片手だけの筈なのだが、その  
所作には淀みがない。  
 やがて全てのボタンが外されると、外気が直接肌に触れ、ハルはそのヒ  
ヤリとした感触に、微かに身を震わせた。  
「ひあ……っ」  
「ふうん。細いんだね」  
 腹部を指先で辿りながら雲雀が言う。その声により羞恥を煽られ、ハルの  
顔は真っ赤に染まった。  
「無駄のない身体は、嫌いじゃないよ」  
 然したる感慨も無い声でハルの身体をそう評すと、雲雀はハルの顎を掴み  
強引に唇を重ねた。  
 予期せぬ感触にハルは堅く閉じた瞳を思わず開いてしまう。  
 すると瞳には(当たり前だが)雲雀の顔だけが映り、そんな至近距離で異性  
の顔を見たことがなかったハルは大きく動揺した。自分が置かれている状況  
を忘れジタバタと足を動かしはじめる。  
 
「……っ!」  
 雲雀の手が、ハルのシャツにかかる。  
 両腕を縛られているため満足な抵抗が出来ず、ハルはそれをただ黙って  
受け入れるほかなかった。羞恥に目をつぶり、顔を背けた。スカートからシ  
ャツの裾が引きずり上げられ、ボタンが一つずつ外されていく。彼は今右手  
で自分の肩を押さえていて、使っているのは片手だけの筈なのだが、その  
所作には淀みがない。  
 やがて全てのボタンが外されると、外気が直接肌に触れ、ハルはそのヒ  
ヤリとした感触に、微かに身を震わせた。  
「ひあ……っ」  
「ふうん。細いんだね」  
 腹部を指先で辿りながら雲雀が言う。その声により羞恥を煽られ、ハルの  
顔は真っ赤に染まった。  
「無駄のない身体は、嫌いじゃないよ」  
 然したる感慨も無い声でハルの身体をそう評すと、雲雀はハルの顎を掴み  
強引に唇を重ねた。  
 予期せぬ感触にハルは堅く閉じた瞳を思わず開いてしまう。  
 すると瞳には(当たり前だが)雲雀の顔だけが映り、そんな至近距離で異性  
の顔を見たことがなかったハルは大きく動揺した。自分が置かれている状況  
を忘れジタバタと足を動かしはじめる。  
 
「んむ――っ!」  
「!!」  
 だが、それが幸いした。  
 雲雀もこの反応は予想だにしなかったのだろう。常に悠然としたその表情に微か  
に驚きを浮かべて彼女から身を引いた。彼女を押さえつけていた両手も離し身体を  
起こす。  
 しかし、視界は開け状況が変わったことが分かる筈なのに、よほど混乱している  
のだろう。足の動きは止まったが、ハルは暫し放っておいてもパクパクと金魚のよ  
うに口を動かすばかりだった。  
 その様子に雲雀は一度軽く噴出すと、口許を押さえ、尋ねた。  
「なに?まさかはじめて?」  
「ハッ、ハルが好きになったのは…っ、ツナさんが初めてです!」  
「ふうん、もったいないね。結構可愛いのに」  
「か、かわ…!? はひー―――――――っ!? や、止めて下さい! 恥ずかし  
いですっ!」  
 雲雀は、チラッと思った事を言ってみただけなのだが、途端にハルはぶんぶんと  
音がしそうなほど首を大きく振った。  
 まるで、見た事のない反応。  
(…面白いな……)  
 
 今のこの状況は、雲雀にとって退屈しのぎに過ぎなかった筈なのだが、少女のこ  
の反応を見て雲雀は少々考えを改めた。  
(……少し、真面目に相手してあげてもいいかもね)  
 そう思うと、雲雀は人差し指をつ、とハルの唇の上に置く。  
「はひ…?」  
「噛まないでね」  
 意図がつかめなかったのだろう。ハルが一瞬きょとん、とした表情を浮かべると、  
その隙に雲雀の指が口内に入り込んだ。  
「! はひゃ…っ」  
 前歯の裏を、上顎を、雲雀は指の腹で丁寧に撫で回した。すると、得体の知れな  
い感覚が背筋に走り、ハルは身体中の力が抜け始めるのが分かった。  
(はひっ…?な、何ですか、これは……っ)  
 やがてハルの身体が小刻みに震えはじめるのを見てとると、雲雀は空いている左  
手で彼女の胸に触れた。下着の中に手を差し入れ、そっ、と包み込むようにすると、  
ハルの小振りな乳房は、雲雀の手の中にすっぽりと納まってしまった。  
「…ん、ふ…っ!」   
 だが、ここにきて状況を思い出したらしい。素直に従っていたハルが抵抗をみせ  
はじめた。雲雀はハルの口から指を抜き胸からも手を離すと  
「何?どうしたの?」  
 と、尋ねた。  
 
 内容はとうに分かっていながら、ことさら泰然とした様子で言い放つ。  
 雲雀のその様子に内心戸惑いながら、ハルは息を整えつつ、言う。  
「! …ハ、ハルが好きなのは、ツナさんです、よ……っ」  
「別にそいつを嫌いになれって言ってるわけじゃないよ」  
「……だ、だけど、あの…っ」  
「イヤ?」  
 戸惑うハルの言葉を遮り、雲雀は素早くその下腹部を手の平でなで上げた。  
 途端にハルの身体はビクン、と大きく震えハルは言葉を続けられなくなってしま  
う。  
「―――っ!!」  
「…もう少し、気楽に考えなよ」  
 そう言うと雲雀は楽しそうに笑い、ハルの首筋に舌をはわせた。  
 
 丁寧に舌を這わせながら胸元に軽いキスを繰り返す。  
「!…あ…っ!」  
 ハルは、口内を指で触れられた際に感じた感覚が、再び背筋に這い上がってくるのを感じた。ぞくリ、と頭のてっぺんが冴え渡り冷たくなり――しかし体は逆に、熱い。  
 視界に写る応接室の天井が、妙に広く感じられる。  
「はひゃっ…! あっ、や、やです、やめ……っ!!」  
 ふるふると、自らを捕らえようとする謎の感覚から逃げるようにハルは首を振ったが、その動作に先のような大胆さはない。彼女の身体の自由は、既に無くなりつつあった。  
 それに雲雀はちらとハルに視線をやり、全てを悟って満足気に微笑む。  
 素早くブラジャーのホックを外してずりあげ、露になった乳房の片方を口に含み、その突起を舌先で軽くつついて弄ぶ。それは即座に反応を見せて尖り、空いたもう片方も、指で同じように刺激を与えると即座に変わらぬ反応を見せた。  
「ひぁ…っ、あ、ああ……っ!!」  
 もう身体の自由などある筈がない。ハルは得体の知れない感覚に恐怖を感じながらも逆らえず、ただ喘ぎはじめた。無駄のない端整な肢体は、赤く色付いて痴態を晒していく。  
 初めにあった羞恥心は、もう既に消えてしまっているようだ――彼女の痴態にそう判断すると、雲雀は手をスカートの中へ入れた。  
 そこに唯一残された薄布越しの少女の秘部。布越しでも分かるほどに潤ったそこを感じて、雲雀はクスリ、と笑う。ハル自身もそれに気付いたのだろう。  
 
「ぁ…っ、や、やだ……」  
「初めて、だよね?」  
 キスも初めてだったということを知っていながら雲雀は意地悪く尋ねた。彼女はそれに恥ずかしそうに目を逸らし、小さく頷いた。他にも何か言ってみようかと思ったが、少し可哀想に思えてやめた。自分と違って彼女には余裕が無い。  
 質問の代わりに額に軽くキスをして――目が、合ったのだが、その瞬間バッとハルが顔を背けたのでその表情を雲雀が窺い知る事は出来なかった。  
(何かな?…まぁ、いいけど)  
 雲雀はショーツの中に手を入れ、指でそっ、と入り口に触れた。続いて肉芽を摘まむ。もともと今までの刺激で大分潤っていたそれは、直接の刺激にさらに蜜を溢れさせた。入り口に沿って指を這わすとクチュ、と卑猥な水音が響く。  
 それに合わせてハルの身体を奔りぬける衝撃は今までの比ではなかった。ハルの身体は彼女の意識に反して雲雀に弄ばれ大きく弓なりにしなる。  
「ひあっ、んぁあ…っ!はひゃぁっ…!…」  
 その度バランスを崩し、ソファーから落ちそうになるハルを雲雀は支えながら――、暫くして、その拘束を解いた。シュルリ、とネクタイがとけて落ちる音がする。  
「はひ…?何ですか…?」  
「腕、背中にまわして」  
 
 雲雀はハルの腕をとり自分の背中にまわす。自分が雲雀に抱きつく体勢になって意図がつかめず困惑するハル  
だったが、続いてきた衝撃に、意図を悟った。――指が、入ってきたのである。  
 ピクン、と、身体の中に異物が埋められていく感覚に、体が強張る。  
 まわした腕に微かに力がこもったが、痛い?と聞く雲雀の声には首を振った。痛みは無かった。ただ違和感があ  
るだけだ。引っ掻き回されるように中が探られる。その際響く水音には、耳を塞ぎたかったがそういうわけにもいか  
なかった。十分濡れていたからだろう指が一本二本と増えるのにそう時間はかからず、ハル自身も自分が感じて  
いるのが単なる違和感ではないことに気付き始めていた。  
(や、なんかハル…変な気分…ですっ、体が…あつ、い……っ?)  
 きゅうっと、身体の中心で何かを締め付けられるような、むず痒さに似たような、あるいはその真逆のような――今  
日これで何度目かになる、説明の出来ない感覚が、あるのだ。  
 緩慢な指の動きは思考の全てを浚っていくのに、この感覚だけ失くしてくれない。  
「あっ、ん、んん…っ!やぁっ、もう…や、ですぅ……っ!」  
 ハルはすがるように、雲雀の背に回した腕に力を込めた。雲雀はその耳元で囁く。  
「何が?…言ってみてよ」  
「んん…っ、『なに』って……言われても、わ…かん、ない…っです…っ! ひゃん…っ!」   
「……そっか」  
 
(そろそろ、かな)  
 自らの手の中で思うままになっている少女を、雲雀はふっ、と愛おしそうに眺めた。  
 この少女の様に素直な子は、嫌いではない。  
 雲雀の力と美しさに憧れて(というより、欲情して)やってくる女は後をたたないが、一度でも  
付き合うと何を勘違いしているのか対等に振舞おうとする奴等が多すぎる。自分は誰と対等  
になる気もない。そして、逆に言えば、可愛がってあげるくらいならしない気もないのだ。自分  
の立場と力をわきまえられる相手なら、退屈しのぎに丁度いい。  
 ――この、少女のような。  
 今自分に縋りついてくるこの少女なら、もしかしたらそうしたわずらわしい感情など、持って  
いないのではないだろうか。あの赤ん坊が仲間に入れているからには、多少の賢さは持ち合  
わせているだろう。  
 雲雀は、そこまで思いを巡らしたところで、ある事に気が付いた。  
(そういえば、名前も知らないんだっけ)  
 雲雀は彼女の名前を知らないし、彼女もまた雲雀の名前を知らない。  
(…これが終わったら、自己紹介くらいはしておこうかな)   
 そう決めると、雲雀はハルの両足を少し、ソファーから浮かべた。  
「はひゃっ…?」  
「息、止めないでね」  
 雲雀が言い終わるか言い終らないかのうちに、ハルの身体に衝撃が走りぬけた。無論、それ  
は今までとは全く違うものだ。   
 
 頭の中心を直接殴られたような痛みに、一瞬、視界が白んだ。  
「――!!」  
 それが何なのかはハルにも察しはついていた。しかし、知識として得ただけのもので実体験  
に備えることが出来るほど、ハルは器用ではない。  
 手足の痺れも、蕩けるような熱を帯びていた思考も、あっという間に彼方に収束し、目が、覚  
める。  
 今になってハルは、自分が眼前にいる少年の名前も知らないことを、思い出していた。  
「やあぁっ…!いた、痛い、です……っ!!」  
 離れてください、とハルは喚きながら雲雀の身体にしがみつく。これじゃ離れたくても離れら  
れないよ、と雲雀は内心で突っ込むが、離れる気はないので別にいい。  
「息、吸って。力抜いて。じゃなきゃ痛いよ?」  
「もう痛いですっ!」  
 間髪を入れず帰ってきた言葉にああそっか、と雲雀は嘆息する。雲雀としては彼女を気遣っ  
ての言葉だったのだがそう言われてしまえばお仕舞いだ。  
(まぁ、あと少しだしね。…いいか)  
 彼女の方にこれ以上の準備を求めるのは酷だ、と判断した雲雀は体制を多少楽になるよう  
組み替えると躊躇わず己の全てを挿しいれた。ひ、と小さな悲鳴が上がったが、これ以上気  
遣う気はなかった。少女の痴態に煽られていたのは雲雀も同じで、時間をかけずにすむなら  
ばもうかけたくはない。  
 
 互いの息遣いと粘膜の擦れる音だけが響く空間で、断続的な律動をほんの少し繰り返し――雲雀は、達した。  
 
「ふぅっ…大丈夫?」  
 己の身体を少女から引き抜き、まだ少々行為の余韻から抜けきれていない中で、雲雀は尋  
ねた。汗ばんだ額に前髪が張り付いて鬱陶しい。しかし、少女の返事は無い。  
「?」  
 不思議に思い顔を覗くと、まだ赤く高潮した頬でくたりと瞳を閉じているのが分かった。  
(…気絶しちゃったか)  
 眼前の少女は先程の痴態を全て忘れたかのように安らかな寝息を立てて無防備な寝姿を  
晒していた。  
「ふにゃ……」  
 これがいけ好かない女だったら早急に手下達に引き渡すところなのだが、楽しませてもらっ  
た以上そうする気はない。  
 かといって起こすのも無粋だ。  
 雲雀は後片付けをするためにソファーから立ち上がると暫く待っていようと思った。  
 
暗澹たる視界に一筋の眩しい光が差し込んで、ハルは自分が眠っていたのだ、という事に気付いた。  
 ゆっくりと身を起こすと、ぎし、と鈍い音がして体が沈む。  
 新たに自分がいるのはソファーの上だ、という事実に気付き、立ち上がるのをやめて辺りを  
見渡す。  
(はひ…?ここ、は……どこですか…?)   
 見覚えのない風景がそこにあった。  
 さして狭くも広くもない室内には美しい調度品が並び、自分が今座っているソファーと向か  
い合う形でソファーがもう一つあり、間にある机には、美しい花が花瓶に活けられていた。窓  
には何故かカーテンがかけられていて今何時ごろなのかが分からない。  
 自分の学校の、校長室に雰囲気こそ似ているが、違う――と区別し、そして思い出した。  
ここが、自分の学校では無い事を。  
(そうです…ハルは、確か……ツナさんの学校にきたんです!お弁当を、けど、道に迷って  
……)  
 記憶にかかった霞がゆっくりと晴れていく。そう、自分は今日学校を抜け出しツナに差し入  
れをしようとここまでやってきて、そして――。  
「起きた?」  
 不意に背後からかけられた声に、ハルは全てを思い出した。  
「はひぃっ!!」  
 大袈裟に仰け反るとガタン!と大きな音がしてソファーが揺れた。  
 
 雲雀はハルのそんな反応に何もそんな驚かなくても、と少々戸惑ったように言うと、手にし  
たカップをさしだした。ミントだろうか。鼻腔にほのかにふれた香に、ツン、と頭の奥が冴えい  
るような感覚が生まれる。  
「今まで、気絶してたんだよ。大丈夫? お茶入れたから、飲んでってよ」  
 まるで何事もなかったように顔に浮かべた微笑みは、いっそ優雅とも言えた。  
「け、けけけけ結構ですっ!ハルは今すぐ帰ります――――っ!!」  
「!」  
 しかし、ハルのほうはそういうわけにもいかない。  
 今自分がしていた事の恥ずかしさに、体中の血液が逆流しそうだった。   
 雲雀に背を向け立ち上がると――ハルは、一目散に出口に向かって駆け出そうとした。  
「っ!!ぁ……っ」  
 だが、全体重を片足にかけた瞬間下腹部から脳髄に向かって先鋭的な痛みが貫き、ハル  
は力をなくしてへたへたとその場に膝を着いた。下腹部が、痛い。  
「……っ」  
「少し休んでいきなよ」  
 動けなくなったハルを雲雀はソファーに再度座らせると机の上に静かにカップを置いた。ハ  
ルは一瞬躊躇したが結局はありがとうございます、と礼を言って口をつけてしまった。  
 
 本来なら礼を必要など全くないのだが、与えられたものに対して無条件にそうしてしまうの  
は彼女の育ちの良さゆえだろう。  
 カップの中身は、最初に予想したとおりミントで、鼻腔にぬけるその全てを冴え渡らせるよ  
うな感覚は心地よかった。  
「……今、何時ですか?」  
「四時。まだ明るいけど、見られるの嫌でしょ」  
 隣に座る雲雀を盗み見るようにしながらハルは尋ねてみる。返された答えに少々赤くなっ  
た。  
(確かに…この状況を、人に覗かれるのは、嫌ですね……)  
 ハルはこの状況を落ち着いて整理しようと、出来る限りゆっくりと紅茶を啜る。それで汚ら  
しく啜る音がたたないのもまた、彼女の育ちの良さを示していた。  
 自分がしたこと、隣の少年がしたこと――そして、この状況。どれもこれもハルの短い人  
生の中では全く体験した事がない類のものだ。なんだか、今日一日で暫くは歳を取らない  
ような気さえする。何が何だかよく分からなかったし分かりたくもない。ただ唯一、彼女に分  
かる事は――  
(うう〜…これでハル、ツナさんのお嫁さんになれないです……)  
 ――というより、誰のお嫁さんにもなれないのではないだろうか?  
 非常に時代錯誤なその考えを人が聞いたら一笑にふしただろう。だが、ハル自身はふざ  
けているのではなく到って真面目だ。  
 
(あれは、結婚してから旦那さんとそのお嫁さんがする事です……)  
 顔を赤くし、半ば涙目になってハルは情けなくなる。どうしよう、自分は一体どうしたらいい  
んでしょう、判断がつかず、混乱する。  
 その時ふっとハルの視界に影がさした。  
「大丈夫?」    
 淡々とした声と同時に冷たい指先がハルの頬に触れた。つ、と濡れた感触がそこに混じる  
のに気付き、ああ、自分は泣いているのだと悟った。  
 指先の持ち主は言わずと知れた隣の少年だ。くい、と顎を掴まれ振り仰がされる。  
 中世時代に作られた彫像のような端整な顔立ちに見据えられ、ハルは一瞬別の感覚で顔  
が赤くなった。そうだ、これは――軽いキスを額にされ、目が合った時と同じ感覚だ。あの時  
はとっさに顔を逸らしてしまったが、今は顎を掴まれているのでそれは出来ない。ハルは何  
も言えず雲雀を見つめ――その顔の、造形の美しさに息を呑んだ。  
 彼は、美しい顔をしている。おそらくハルが今まで出会った中で、誰よりも。  
「? ねえ、大丈夫?」  
 よほど驚いた顔をしていたのだろう――少年が再度ハルに尋ねた。ハルははっと正気に  
返ると、慌てて視線を逸らした。  
「?」  
「は、ハルはっ……!」  
 
 ああ、なんと答えようか。大丈夫、とは言えない。自分はもうツナを好きになれないどころ  
か誰のお嫁にもいけないのだ。あんな事を、してしまったのだから!  
 カアッと、また元の感覚が蘇り頬が赤くなる。ハルはもうええいやけよ、と目の前の少年に  
向かってまくしたてた。  
「――大丈夫じゃあ、ありませんっ!」  
「!」  
「ハ、ハハハハルは――これで、誰のお嫁さんにもいけないんですよっ!!?責任とって下  
さいっ!!」  
 言い終えると同時にガシャン、と乱暴にカップを机の上に置いた。まだ僅かに残っていたテ  
ィーが、飛沫となってそのまわりに散る。   
 ハルのその態度は、雲雀にとって予期しないものだったのだろう、暫し困惑した表情を浮か  
べ――ややあって、意味ありげにクスリと笑った。  
「何が可笑しいんですかっ!」  
「いや――だって、それって――」  
「?」  
「僕のお嫁さんにしろ、って言ってるのと、同じだよ?」  
「――――――――っ! はひいっ!!?」  
 思いもよらぬ少年の言葉にハルは素っ頓狂な声を上げた。それを見、少年はクスクスと笑  
い出した。  
 
「な――っ何を…………っ!!」  
 パクパクと、金魚のようにハルは口を動かす。だが、反論は出来ない。確かに少年の――  
彼の、言葉の通りだった。というより、それしかなかった。この行為は結婚した二人ならばし  
ても恥ずかしい事は無いのだから。だから、つまり――  
「…僕は先の事は決める気ないけど」  
 ちょうどハルの思考を遮るタイミングで少年は言った。  
「もう一度して欲しいって言うんなら、いつだってしてあげるよ?」  
「――!!!」  
 先程から思考の変化に表情筋がついていけないハルとは対照的に、泰然とした微笑みを  
崩すことなく少年は言う。もはや呆然と――思考が、思考の役割を果たさなくなりつつあった  
ハルは、その言葉に今度こそ沈黙した。  
 半分口を開けたまま固まっているハルをいったん放置し、雲雀はカップをとると隣部屋の  
流し場へと置いた。ここに置いておけば明日には誰かが片している。  
「…ねえ君、名前は?」  
「え、あ、あの……ハル、です…………」  
「そっかハル、僕は雲雀恭夜。『ヒバリ』でいいよ」  
 随分遠回りだったが、自己紹介をし雲雀は彼女――ハルに向かってヘルメットを投げた。  
それは丁度上手い具合にハルの手に収まる。  
 
「はひっ?な、なんですか?」  
「送るよ。歩けないでしょ?」  
 雲雀の言葉にパチパチと瞳を瞬いて、ハルは手の中のものと雲雀を見比べる。  
「バイクでですか……?」  
「速度は落とすよ」  
 そうじゃなくて、年齢は……? とハルは突っ込みたかったが余りにも雲雀が悠然としてい  
るので、聞き逃した。  
「ほら。はやく」  
 差し出された掌にしたがって、ハルは立ち上がる。その背に続いていきながら、ふと、思っ  
た。  
(ヒバリさんと結婚したら……ハル、もしかして人の死体をどうにかしたり、するんでしょーか  
……?)  
 それは嫌だなあ、と少し思った。  
 
 
                                                    ***fin***  
 
 

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