「何してるの?」
顔をあげると、こちらをじっと見つめる大きな瞳が目に入った。
「日誌書いてんの。笹川は?」
「私?山本君を見てるの」
なんだそりゃ。
「確かに。見られてるな」
軽く笑って、そう返す。
見かけによらず、結構面白いやつだな。
「珍しいね。今日は1人?」
「ああ、ツナは今日獄寺に引っ張られて帰っていったよ。あいつ、強引だからな」
ふふっと微笑う。微笑い方は外見通りだな。ふんわり、とかそんな感じだ。
小さな手で髪を撫でながら、笹川は放課後の教室を見渡した。
傾きかけた陽射しに、もともと色素の薄い髪の毛がより透き通って見える。
…ツナが惚れちまうのも、無理ないな。
「それじゃあ、2人きり、ってことだね」
「ん?」
再び動かし始めた手を止める。
「山本君」
もう一度顔をあげると、今度は瞳じゃなく、薄っすらと茶色がかった睫が見えた。
一瞬感じた感触は、さっきの笑顔以上に、柔らかい印象だったと思う。
唇が触れ合った直後、1秒の間もなく笹川は顔を遠ざけた。
つぅっと、軽く吸い付くようにしたまま。名残惜しそうに。
虚をつかれ呆然とした頭の中で、唯一、自分の唇が乾き始めるのだけが判った。
無意識に舌で潤すと、笹川が残していったんだろう、甘い味がした。
「…笹川」
ふふっと、さっきより僅かにぎこちなさを含んだ微笑みを浮かべた。
「ごめんね、驚いちゃった?」
「…え、あ…ああ、まあそれなりに」
「すごく落ち着いてるように見えるけどね」
小さく声をあげて笑っている姿を見て、何となく、俺と顔をあわせないようにしてるんじゃないかと思った。
照れ隠し…かな。
それにしても…まいったな。
状況が把握できてくると、やたら現実的なことばかりが浮かんでくる。
親友の、人当たりの良さそうな笑顔。
「あのさ…」
予想されていたかのように、言葉を遮られた。
「うん…判ってる」
まだ微かに赤みの残る顔に、すっと違う色が射したのが判った。
「判ってるから…」
繰り返す言葉にの重みを感じているかのように、笹川は目線を下げていった。
完全に顔を伏せてしまうと、その華奢な肩はますます小さなものに見えた。
ツナ…俺たちは親友だ。
裏切りは無しだ。…そうだろ?
差し出してよいものか迷った手を、静かに下ろす。
「でもね」
今度は、彼女が顔をあげた。
「私の気持ちだってあるんだよ」
ふわりと舞い上がった香りに、頬を滑り落ちた涙に、
ふっと、理性が昇華してしまいそうな予感を感じた。
笹川は、勢い良く席を立ちドアへ向かっていった。
その背中に声を投げかけたのは、ほとんど反射的にだったと思う。
「今度俺ん家来いよ!」
自分自身ハッとしたのと同時に笹川が振り向いた。
「寿司、おごるからさ」
一瞬きょとんとした表情をした後、笹川はまた、あの柔らかい微笑みを浮かべた。
…多分だけど、伝わったと思う。
「……うん。楽しみにしてる」
ツナ…俺たちは親友だ…。
親友の間には、恨みっこはなしだよな?
頭から離れない親友の笑顔に、卑怯だとは知りつつも、そう呟かずにはいられなかった。