「はひー、すっかり遅くなっちゃいました」
定例である新体操の合同打ち合わせが終わり、ハルは空を見上げた。
秋の日が落ちるのは早く、外はもう暗くなっていた。
(今日はツナさんに会えませんでした。)
しょんぼりと肩を落とす仕草が可愛らしい。
前回偶然にも会えた愛しい人を思い出し、今日も期待してこの学校に来たのだけれど。
小さく溜息をついたハルはてこてこと校門をくぐる。
丁度部活終りの帰宅時間と重なったらしく、ハルの周りには並盛中の生徒がぱらぱらといる。
「・・・・・・・おーい」
遠くから誰かの呼び声がする。
「おーい。・・・・・えーっと、ハル!」
「はひ!?」
突然呼ばれた名前にビクリと体ごと反応すると、慌てて振り返った。
すると遠くに大きな鞄を持ち、見慣れた笑顔を浮かべた山本の姿があった。
「あ・・・えーっと、山本、さん。」
ほっとした表情を浮かべたハルは、驚きのあまり胸に抱えこんでしまっていた鞄を下ろし、笑みを浮かべた。
「悪りぃ、驚かしちまったか?」
小走りに駆け寄った山本は部活あがりなのだろう、僅かに髪が乱れている。
「はい。あ、でもちょっとだけです。」
こんばんは、と律儀に挨拶をしたハルは、部活ですか?と隣に並んだ山本を見上げた。
「おー。そっちは新体操の集まりか?」
「はい!今日もお邪魔してました。」
ハルは鞄を肩に掛け直し、元気に答えた。
大きく口を開けて笑うハルの姿に、山本の頬が、ほんの僅かだけど緩む。
「それにしても、よくハルだって分かりましたね。外、結構暗いですよ。」
ハルの自然な問いかけに、山本は薄い唇の端を上げ、意味深な笑みで答えた。
「俺は後ろ姿だろうとハルならすぐに見つけられるぜ。」
「―――はひ??あぁ、制服違うからですね!」
「んー・・・・・少し違うけどな・・・・・・まぁいっか。帰るとこだろ?途中まで一緒に帰ろうぜ。」
「はい、いいですよ。」
山本の言葉に滲んだ深い意味など、ハルはまったく気付く様子も無く、じゃあ行きましょうと歩みを進めた。
並んで歩く二人の身長差はゆうに頭一つ分はある。
見上げる目線と見下ろす目線。
交わされる会話は殆どハルが話し、山本は時折笑いと相槌を挟んでいた。
こんなに山本と話したのは初めてだと、ふとハルは気付く。
そして、山本の表情がいつもとは違うことも感じていた。
ツナや獄寺、リボーンと一緒にいるときとは違う、もっと柔らかい笑顔。
まじまじと山本の横顔を見つめてしまう。
(――なんか、)
くるりとハルの方へ顔を向けた山本と、視線が、ふいに絡まる。
(―――吸い込まれそうです。)
思わず気を奪われたハルが、咄嗟に話題を探そうと口を開くが――――
「―――っくしゅん!!」
ハルの口から漏れたのはくしゃみだった。
「寒いのか?」
「だい、じょぶ、です。」
くすんと鼻をすすりながら答えるものの、吹き抜ける風は冷たくて僅かに身震いをする。
(えっと・・・今のって。)
ほんの一瞬ではあったが、ハルは確かにそこに流れた雰囲気を感じとった。
明らかにハルはあの瞬間、山本に惹かれていた。
その証拠に今でも胸が早鐘を打ち続けているのだから。
(そ、―――んなはずないです、だってハルが好きなのは)
「ハル」
「はひぃっ!?」
突如思考を遮られたものだから、ハルの口から思わず叫びがあがる。
目の前に差し出されたのは濃紺のマフラー。
朝練の為、早めに家を出た今朝は格別に冷え込んでいて、わざわざ引っ張り出してきたマフラーを鞄にしまいっぱなしだったのを山本は思い出したのだ。
「寒いんだろ。巻いていけよ。」
「あ、あのっ、でも―――」
言うが早いか、山本はハルの首にマフラーを回し、ふわりと巻いてゆく。
「いいから、スポーツ選手は体が資本だろ?」
「それなら山本さんもです!」
ハルは巻かれたマフラーを解こうとするが、それは山本によって押し留められてしまう。
重ねられた手に、また早鐘が打つ。
「人の好意は素直に受けとくもんだぜ。―――それに」
身を屈めた山本の端正な顔が近づく。
「そのまま帰して、ハルが風邪でもひいたらって考えたら心配でたまんねえし。」
「はひ!?」
至近距離で合う視線に、息が詰まる。
「俺を寝不足にさせないためにも巻いてけよな。」
大きな掌が、窘めるようにハルの前髪に優しく触れて。
ぶわっと、一瞬にして顔が真っ赤に染まるのがハル自身でもわかる。
「な、な、な、何を言ってるんですか!」
「ははは」
ハルとは対照的に平然としている山本が声をあげて笑う。
「可愛いのな、ハル」
「―――――!!!」
驚きと恥ずかしさのあまり、もう言葉もないハルから離れると、山本は、
「俺こっちだから」
と、ハルの帰路とは別の方向を指し示した。
「返すのは今度でいいぜ。」
見慣れたいつもの笑顔を、まだ展開についてゆけず戸惑ったままのハルに向ける。
(はひ?今度って――――いつ、なんですか?)
ハルは問いかけようとしたが、山本はそんなハルより早く口を開き、嬉しそうに告げる。
「これでまた会う口実ができたな。」
「はひ!?」
「じゃあな、ハル」
小走りに駆け出す山本の姿はあっという間に小さくなり、曲がり角へと消えていった。
残されたままのハルは立て続けに起きた出来事にただ呆然とするばかり。
それでも首元に感じる感触に、首をすくめるようにし、浸る。
(あったかい・・・・)
どうしてこんなに優しくしてくれるのだろうと不思議に思った。
(―――ハルにはよくわからないです。)
男の人にあんな事されたのも、言われたのも、ハルにとって初めての体験だった。
だからなんとなく、今までのは夢の中の出来事だったのではないかと思えてくる。
でも―――誰よりも至近距離でみた顔は、鮮明に覚えている。
(ちょっとカッコよかったかも・・・・・です。)
そんなことを考えてしまった自分にまた赤面し、ぶんぶんと首を振る。
(――――ハ、ハルが好きなのはツナさんなんですから!)
誰にともなく呟くと、ハルは家路へと足を速めた。
その間も、頭の中はぐるぐると色々なことでいっぱいだった。
次に会ったらなんて言おうとか、お礼は何にしようとか、
―――マフラーから微かに残る、持ち主の香りに心がフワフワしそうだとか。
赤くなったままの頬へあたる風に先程までの冷たさはなく、不思議なほど心地よかった。
<END>