目を開くと、閉じる前に辺りを囲んでいた薄暗い森はなかった。代わりに飛び込むのは、昔――そう、あいつが居た頃によく訪れた部屋。まだ『なりそこない』のオレの体もあいつと変わらない程だった頃に。
コンクリートが剥き出しの無機質な壁に立て掛けられたライフル。脱いだままの軍服。机に散らばる銃弾、バンダナ。ああオレは、この部屋の主を知っている。
躊躇いなくベッドに歩み寄ると案の定、明るい金髪が毛布の下から覗いていた。…相変わらず気味の悪い眠り方だ。アルコバレーノには目を閉じて眠る習慣がないのか。
オレは素早く拳を振り降ろした。が、毛布に隠れた鼻っ面を捕える寸前で、大きな掌がそれを遮った。
「…狸寝入りか」
「今起きた」
のそりと体を起こし、奴は乱暴に頭を掻いた。タンクトップからは引き締まった腕が伸びている。
「殺気消したつもりか、元軍人ナメんなコラ」
「それはすまなかった」
口だけで謝辞を述べ、踵を返す。瞬間、ぐいとマントを引かれてオレは後ろへのけ反った。
「ぐ」
首が締まって潰れた蛙の様な声が出た。そのままバランスを崩し、いつの間にかベッドの縁に腰掛けていた奴の胸板に後頭部で頭突きを喰らわす。
「痛ぇぞ」
「お前の所為だ」
「下手すりゃ顔面潰れる所じゃねぇか」
「そうか、惜しかったな」
「可愛げねぇな」
言いつつさりげなく腰に腕を回す馬鹿の顔に、オレは今度こそ頭突きを入れた。
「ぶっ」
「離せうっとうしい」
解こうと掴んだが、無駄に鍛えられた奴の腕はびくともしない。つい小さく舌打ちが漏れた。
「せっかく久し振りじゃねぇか」
「何処を触っている何処を」
「胸」
「よし、死にたいらしいな」
自身の腕に装備した銃をごつりと奴の額に押し当てる。だが眉ひとつ動かすことなく、奴はオレの手を取った。
「満更でもねぇだろ?久々なのはお互い様だ」
慣れた手付きでオレの腕や肩の装備を外し、部屋の隅に放る。この銃器マニアめ、たちが悪い。抱えられたままベッドに倒れ込んだ。
「コロ…」
咎める声は唇を塞がれて途切れた。奴の体の上で仰向けになったまま、無理やり顔だけを奴の方へ向けられてのキス。息苦しい上に首が攣りそうだ。相手の下唇に軽く噛みついてやると、何とか解放された。
「痛ぇ」
「盛るな」
「うるせぇぞコラ」
体をベッドに横たえられ、奴が上から覆い被さる形になった。両肘をオレの顔の横に突いて、再びキスを再開する。強く閉じた歯列を強引にこじ開けて舌が入って来た。丹念に口内を荒らし、舌を絡ませる。何度も角度を変えられる内に、いい加減オレも妙な気になって来た。
「やっぱ満更でもねぇじゃねぇか」
「…黙れ」
唇を離してオレの顔を覗き込んだ奴は、ニヤリと笑った。自分が物欲しそうな顔でもしていたのかと思うとますます苛立ちが募った。
「!」
奴の手はもうオレの服に潜り込んで、脇腹の辺りを撫でていた。首筋に舌を這わされ肌がぞくりと粟立つ。ああ、所詮はオレも女なのか。下から掬う様に胸を掴まれ、吐息が零れた。
「…下着ぐれぇ着けろっつってんだろーが」
「要らん、あんな窮屈なもの」
「将来垂れるぜ」
「知ったことか」
下らない会話の合間も、奴はオレの服を捲り上げて両手を胸に添えた。緩急を付けて揉みながら、不意に頂の飾りをかすめる。
「っ、」
息を呑むオレの表情を愉しげに眺めながら、奴は軽く先端を摘んだ。
「う…」
喉の奥からうめきが漏れる。口角を上げ、奴は押し潰す様にそこを攻めた。
「ここが弱ぇんだっけな」
「…っるさい」
奴の顔が降りて、反対側の胸に口付けられた。ゆっくりと登り、突起を含む。
「は…っ、はぁ…」
嫌でも呼吸が荒くなるが、何とか声を殺して耐える。最早この状況で馬鹿らしいかも知れないが、この男の手中に収まるのは気分が悪かった。
「何で我慢してんだ」
「…この程度で感じてたまるか」
「…言ったなコラ」
言うと同時に爪を立てられ、予期しなかった刺激に体が跳ねた。
「くぅ…!」
「はっ…しっかり感じてんじゃねぇか」
黙れ、黙れ、黙れ。口を開けば代わりに熱っぽい声が出るのは分かっているから、睨み付けるだけに留める。目が合うと、さも嬉しそうに笑いやがった。このサディストが。(そういえば、こいつの周囲は大概そういう奴ばかりだった)
「そろそろ素直に鳴いたらどうだ?」
「誰が…、っ!」
こちらが言葉を発しようとするのに合わせてまた先端を擦るものだから、危うく声が出る所だった。もうここまで来ればオレも意地になっていた。まるで餓鬼だ。
奴の舌が突起の周辺をなぞってゆく。こちらが自覚したくもないもどかしさを感じたのを見計らってか、音を立てて吸い上げると同時に、奴の指先がオレの脚の付け根を撫でた。
「っあ…!」
しまった、と思うが後の祭り。さっさと顔を背けて目を閉じたものの、満足げな奴の顔は容易に想像がついた。
「ふ…ぅん、あぁ…」
内股の感触を確かめる様に触れつつ、胸への愛撫も続けられる。微かにピチャピチャと奴の舌の音が聞こえるが、不本意ながらオレ自身の喘ぎでかき消される。
「エロい顔してんなぁ」
「っ…殺す…は、あんっ」
畜生、こんなことなら初めから素直に鳴いておけばよかった。そうすれば相手など気にせずに快楽に任せる口実となっただろうに。今やこいつの視線を、言葉を意識せずにいられないこの口惜しさ。顔が熱くなる。
「あ、んんっ!」
奴は片手でオレの短いズボンを脱がせた。金具にサポーターや包帯が引っ掛かるのも構わず無粋に取り払い、下着の上から秘部を辿る。
「何だかんだでこっちは正直みてぇだぜ?」
「黙れ変態」
ドスッ、と鈍い音。オレの脚が奴の横腹に入った。おー怖、などと口走る奴の顔はさも愉快そうだ。
「その変態で濡れてるのは何処のどいつだろうな?」
「…っく、あぁ」
開いた口から反論は叶わず、逆に甘い声が出た。奴の指先がクリトリスをかすめ、不可抗力で体がビクつく。
それに気を良くしたのか、奴は一ヶ所だけを執拗に攻め出した。
「う、っあ、あぁっ」
脚が震え始めたのが分かる。おい、まさか。くそ、どうなってる、まだ直接触られてすらいないのに。
「んぅ、あっあ、っは…ぁ…!」
限界が近いのを悟った奴は、また厭らしく笑んで胸元に顔を埋めた。ぐりぐりとクリトリスを押し潰し、胸の飾りを強く吸い上げられた途端、オレの背が反った。
「──……っ!!」
声帯を震わせることなく濡れた吐息だけが喉から漏れ、オレは一気に脱力した。
…軽くイってしまった。この程度で。酷く情けなくなった。