ハルはオレと違って体を痛めつけられてはいないようで、どこかを気遣  
う風でもなくごく自然に体を起こした。そのときついでに「あ、獄寺さん。  
おはようございます」と、暢気な挨拶をするのがコイツらしいと言うかな  
んと言うか……。  
「……あァ。」  
 焦りと混乱の所為か返事がおざなりになるオレを、ハルは特に気にせず  
体を伸ばす。でかいあくびと二三度のまばたきを終えると、ようやく自分  
の置かれている状況下がおかしいと気付いたらしい。  
「はひ……? あの、獄寺さん何してるんですか?」  
 ――知らねぇよ、そんなこと。  
 普段通り眼前の質問を一笑に伏して、はねつけられたら楽なのに。先の  
雲雀の言葉を借りれば時間は短く、喧嘩はおろか愚痴だって満足に言うこ  
とは出来ない。  
「ぁー……あのな、ハル」  
「何ですか?」  
 こんなことになった自分への苛立ちの所為か、それとも単に混乱しすぎ  
てどっかのタガが外れたのか、変に冷静になった頭で。  
「おまえ、セックスしたことあるか?」  
「…………はひ?」  
 結論を口に出していた。  
 
 
「なななななな何言ってるんですかーっ! 獄寺さんのエロ!どスケベ!  
超変態!」  
「だー!落ち着けハル!オレの話を聞……」  
 
「聞・き・た・く・ありませんっ!」  
 ハルの反応は壮絶だった。……いや、女子ってことを考えたら普通なの  
かも知んねーけど。  
 手の届く範囲にあったものを手当たり次第にオレに投げつけた挙げ句、  
しまいに自分の靴まで脱いで投げつけてきた。  
「近寄らないで下さいー!エエエエロが、スケベが、感染しますっ!」  
「するわけねーだろ!アホ! ……――つーかオレはそもそもエロじゃね  
え!」  
「だったら変態ですー!」  
「違うっ!」  
 投げつけるものがなくなったらなくなったで大人しくはならず、まさに  
喧々囂々のごとく。罵り言葉の嵐。  
 散々言い争って何言ってんだかお互いよく分かんなくなった頃、(息切  
れもし始めた)ハルがすっくと立ち上がった。  
「とにかく! ハルは変態の相手はしたくありません!帰りますっ!」  
 そのまま、扉へ向かう。  
 ……あ、そーいや。  
 その言葉を聞いた瞬間、サァッと冷静になったオレはただ黙ってことの  
顛末を見守った。  
「……っ!?」  
 扉の前でハルは、片手を上げたまま絶句する。オレのように蹴ったりは  
しないようだった。  
「無理だ。開かねーよ」  
「な、何で……!?」  
「閉じこめられてんだ、オレたちは」  
「――――……」  
 
 扉から、オレを振り返ったハルは何か言おうとしたのか口を開き、その  
ままの姿勢でしばしかたまっていた。  
 おそらくは、混乱しすぎて質問が上手くまとまらなかったんだろう。  
「どうし……、いえ、誰に、ですか……?」  
「それは――」  
『僕だよ』  
 答えようとしたオレの声をさえぎって、突如響いたのは雲雀の声だった。  
 
 
 嫌みったらしい、癇に障る口調は変わらない。  
『ちょっと退屈でね、いい獲物がいたからからかおうと思って』  
「……!?」  
 無意識にも顔がひきつるオレとは違い、ハルはただ困惑した表情を浮か  
べた。  
 そーいや、ハルはコイツと面識ねーんだったな。  
「あー、ハル、コイツは……」  
「雲雀……さん、ですよね」  
「……知ってんのか?」  
 ――面識はないはずなのに。  
「さっき廊下でお会いしたんですよ、ツナさんのお知り合いだって言われ  
て……それで……」  
 そこまで言って、ハルは手を顎にあてて考え込む。  
「……どーした?」  
「そこから……記憶がない、です」  
『名乗ってからすぐ眠ってもらったからね』  
「!」  
「!」  
『ねぇ、緑中の彼女。たしか……ハルといったかな? そこから出たい?』  
 
「なっ……!ふ、ふざけないでください! 当たり前じゃないですか!」  
『そっか。じゃあそこの彼と僕、どっちに抱かれたいか選んでくれる?』  
「!!!???」  
「な……!おい雲雀! なに勝手に……!」  
『じれったいんだよ君。さっきから喧嘩するばかりでろくに本題にはいら  
ないじゃないか』  
 変わらぬ口調でぞんざいに言い放たれたその問いに、ハルは今度こそ硬  
直した。  
 顔から血の気が引いて青くなり――それからまた耳まで赤くなる。  
「ご、ご、獄寺さん――」  
 しばらくして、その首から上がギギギィッ、と音をたてそうなほどぎこ  
ちなくオレの方を向いた。  
「さっきの質問って、つまりこの……?」  
「……ああ」  
「もう少し違う訊き方ってなかったんですか……?」  
「……。うるせぇ」  
 そんな状態でも憎まれ口を叩けることをらしいというべきなのだろうか。  
 だが、そんなの当然ほんの短い間だけで。  
「そ……んな、そんな……こ、と……」  
 次の瞬間、事の重大さ(?)を理解したハルは、ヘタヘタとその場にへ  
たりこんでしまった。  
 
 オレはハルの後ろにいるので、その表情は見えない。  
 だがその様子や声だけでもハルがどれだけ放心しているかは分かる。  
(……どうすりゃいいってんだよ)  
 何をすればいいのか分からずオレはただ黙って頭を掻いた。放心しているコイツに、下手なことは出来ないししたくもなかった。  
「……」  
「……」  
 無音の重圧。  
 どこかで見られているという意識が少しずつ、だが確実に肥大していく。  
(…畜生)  
 そして、オレは苛立つばかりで。  
 
 雲雀が撃っていた第2手に気づけなかった。  
 
 
(はひー!!もうっ、いったい何がどうなってるんですかぁっ!?)  
 ペタン、とその場にへたりこんだハルは二の句がつげず呆然としていた。  
 頭の中では、それこそありあらゆる疑問が座巻していたが。  
 いわく、ここはどこか?  
 いわく、自分はどうしてここにいるのか?  
 いわく、何故自分は監禁されたのか?  
 などなどエトセトラである。  
 そしてその多く――いや、全ては、「雲雀」に帰結していた。  
 いわく、「雲雀」とは何者で何が目的なのか?という問いに、である。  
 もっとも、前者はともかく、後者は先程の雲雀の発言が答えなのだろう  
が。感情が追いつがず、分からないでいるのだ。  
 自分が――誰に抱かれる抱かれたいなんて、今まで一度たりとも考えた  
ことなどないのだから。  
 
(大体――初対面の人間に向かって、……だ、だだだ、抱くなんて言葉出  
すなんて、どういう神経してるんですかあの人ー!!! しかも相手が獄  
寺さんなんて!! どう答えたって、明日以降気まずくなっちゃうじゃな  
いですか!!! 獄寺さんなんて短気だし声大きいし煙草吸うし喧嘩する  
し子供殴るし良いとこ全然な――……いえ、時々優しかったりするし笑っ  
た顔はけっこう可愛かったりもしますしなんだかんだ言って女性は殴りま  
せんしツナさん思いだし良いとこなしってほどではないんですけど…。し  
かしだからといっていきなり人に見られてどうこうというのでは明日以降  
が気まずく……  
 ――っていうか、ハルが好きなのはツナさんなんですってば!!!)  
 自分で叫んで(脳内だが)自分で自分に突っ込みを入れる。  
 ハルは今、混乱の極地にいた。  
 背後にたつ獄寺が――おそらくは自分に気を使ってなのだろうが――た  
だ黙っているのも、また混乱を煽る。  
(何か――何か言ってくださいよ、獄寺さん……)  
 半泣きの状態でそう思っても見るのだが、口に出せないそれが相手に伝  
わるはずもない。  
 二人の間は無音のまま、時間だけが過ぎていった。  
 
 
 そうして一体、どれだけの時間が過ぎたのか。  
『ドクンッ』  
「……、っ!?」  
 ハルの体に異変が――雲雀の放った第2手が――現れ、はじめた。  
 
 
(な――なんですか、これぇ……っ!?)  
『ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ』  
 心音があがる。鼓動が速まる。  
 突然起きた体の変化に耐えきれず、たまらずハルは胸元を押さえた。  
 ――ぽた、ぽたり。  
 体温が上昇し、異変が脂汗となって額からしたたり落ちていく。  
「…、っは…」  
 せめて呼吸を整えようとしたが、全身が小刻みに震えてそれもままなら  
なかった。  
(やだ、やだ、なんですかこれぇ……っ!)  
 のどが熱い。肺が熱い。全身が熱い。頭の奥が痺れてぼぅっとなる。  
 体の、ある一点がひくついているのだ。  
 飾りが充血し固くなっていくのと、奥がじわりとにじんでいくのが自分  
でも分かる。  
(っ、や……こんな、こんな……。何で……っ)  
「ぁ……は、はぁ、んぁ…っ!」  
 ひくひくと震えるそれに、体中の血液が集まるのが分かる。体温が上昇  
し、体が火照る。  
 必死で気を逸らそうとかぶりをふっていると、ハルの異変に気付いたら  
しい獄寺が、その肩に手を置いた。  
 
「……おい、どうした?」  
「!!」  
 布越しに伝わる新しい感触に全身が震えた。  
 
『ドクンッ』  
 
「――嫌ぁっ!」  
「!?」  
 反射的に大声を上げ、ハルはその手を振り払った。  
 獄寺から飛びずさるように離れる。  
 自分以外の人間が近くにいることをこれ以上怖いと思ったことはなかっ  
た。  
「……っ!」  
 全身の震えが収まらない。いや、むしろ、増していく。  
 太股を擦りあわせる、腰を浮かせる。  
 ごぽっ…と体の中から音がしてそこが溢れだすのが分かる。  
 体が勝手に動いて止められない。  
「おい?」  
 背中からかけられる獄寺の声は、困惑を露わにしたものだった。  
「っぁ……、やっ、見な…いでっ、くだ、さ…。…あっ…!」  
 体は元より、突如収縮しはじめたそれのために、腰と太股を震わせてい  
る自分は獄寺の瞳にどう写っているのだろう。  
 それを考えるとハルは消えてしまいたい気持ちになった。  
 へたりこんだ姿勢のままで太股をこすらせることがどれだけ恥ずかしい  
かは、女である自分がより知っている。  
「んぁ、は……」  
 呼吸に喘ぎが混じるのを止められない。  
(…ゃ、いや……、何で……っ!? いや、こんなのやです…っ!)  
 
 獄寺はそのハルの後ろ姿に――正確には、その所作が示すものに気付い  
て――一瞬呆然としたが、即座にある可能性に気付いて歯噛みした。  
「雲雀、テメェ……!」  
 どこにいるとも知れない存在に向かって、獄寺はかすれた声で叫んだ。  
『何?』  
 間髪を入れずに返ってきた声は嘲笑の色が濃い。  
「こいつに何仕込んだ!?答えろ!!」  
『ああ、今更気付いたんだ? ……さっき、眠らせるついでに媚薬を少し  
吸わせておいたんだよ。体から作用する強力なものを、ね』  
「……!」  
『ただ閉じこめるだけじゃ、大して期待できないと思ったからね。ま、楽  
しませてよ』  
「ふざっけんな!!死ね!!」  
 
 ――ガシャン!  
 壁にこぶしを叩きつけて獄寺は叫んだが、全ては後の祭りだった。  
 
 獄寺の目の前でハルはすでに意識を手放していた。  
 

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