「クフフ、待っていましたよ、僕のクローム」  
「骸さま、わざわざ降りてこられなくても…」  
「いえ、いいんです。迎えくらいさせて下さい。何せ君は、僕の、クロームですから」  
 
(相変わらず憎憎しい男だ…最危険人物、六道骸!)  
盗聴器のイヤホンに神経を集中させたまま、レヴィは苦々しく唇を噛んだ。  
ひっつくなくっつくな、えぇいそんなに身体を寄せるな若夫婦か!と  
一人つっこみを続けるレヴィは双眼鏡を片手に、今度は部屋の中が見える位置へと移動を始めた。  
屋根から屋根へと静かに移ると、匍匐全身のように身を潜めて部屋へ双眼鏡の先を定める。  
マンションのエントランスを潜ってから1分20秒後、計算から誤差10秒で  
可憐な少女と地獄帰りの男の姿が、カーテンを開け放した部屋に現れた。  
買い物の袋を机に置くと、食材を冷蔵庫に直して何やら談笑している。  
花が綻ぶような髑髏の笑顔。それを向けている相手が六道骸だと思うと  
憎憎しい事この上ないが、それでも可愛らしく思えて仕方は無い。  
自分以外誰も居ない屋根の上で、レヴィはにんまりと頬を緩ませた。  
 
(1640時、間食…今日のおやつはお気に入りのくずまんじゅう、か。  
 あぁ、あの唇に食まれるのなら、くずまんじゅうになってもいい…!)  
 
つるつるとしてそれでいてしっとりとしたくずまんじゅうがに、髑髏の唇が近付く。  
軽く彩られた唇がつん、と突付いたと思うと、柔らかく咥えこみ、  
前歯でゆっくりと噛み、噛み切った欠片を口で含んで咀嚼する。  
くずの表面を彩る僅かな甘い蜜が名残のように、唇を艶めかせた。  
 
もう一口、もう一口…と少女はその唇でくずまんじゅうを啄ばみ、  
その度に華がほころぶような微笑を浮かべ、合間に軽く談笑をしている。  
声は聞こえないが、一体何を話しているのか。  
鈴の鳴るような髑髏の声を聞きたい気持ちはレヴィを大きく占めている。  
だが、それを聞くという事はあの憎憎しい六道骸の声も聞く事になるのだ、という悪寒が  
不法侵入そして盗聴器の設置、という言い訳の出来ない行動からレヴィを抑止していた。  
…尤も、今していることが犯罪ではないのかと言われれば、  
どう見ても犯罪です本当に有難う御座いました、としか言えないが。  
 
不意に、少女に影が重なる。影が差す次の一瞬、レヴィは双眼鏡を覗き込んだまま眼を見開いた。  
髑髏の唇が、骸さま、とその名を呼びかける。  
だが、呼ばれた本人から言葉は返らず、ただ男は、少女の唇に己の唇を落とした。  
柔らかくぷっくりとした髑髏の唇を、薄い骸の唇が緩やかに押さえつける。  
触れるような優しい口付け。一度目は軽く、二度目は、啄ばむように少し吸って。  
僅かに見開かれていた髑髏の瞳が、ゆっくりと閉じられる。  
軽い音をして離れた唇だったが、間を置かず、骸の赤い舌が髑髏の唇を舐めた。  
艶めいていた唇を軽く、徐々に舐め上げるようにじっくりと、ねっとりと。  
その舌が唇を這う度に、些細だが確かな快楽に髑髏の肩が震え、  
きゅっと眉を寄せて与えられるままに享受しているように見える。  
やがて、骸の顔と影が離れると、赤みを帯びた頬と潤んだ瞳の髑髏の表情が露になった。  
摘み時には早いと思われる花の、それでも露を帯びた瑞々しさを思わせる姿。  
骸さま、ともう一度呼びかけた唇の動きは、先ほどより緩やかで、艶めいていた。  
 
(よ、妖艶だ…一度でいい、あの唇で名を呼ばれてみたい…!)  
 
昼は聖女、夜は娼婦というタイプではない。寧ろレヴィにとってその手の女は憎悪にすら値する。  
昼は聖女、夜も凛とした可憐さを纏いながら、愛と慈しみを与える聖女。  
何か違うのではないかと思えるが、そんな疑問は間違った幸せを噛み締めているレヴィにはない。  
到底適う事の無い淡い夢にレヴィが浸っている最中、骸が何か伝えたのか  
髑髏は小さく頷き、簡単にテーブルの上を片付けるとその身体を窓際へと運んだ。  
桃色の頬のまま白く小さな手を、部屋と外界を遮る左右のカーテンにかける。  
その行動は、これから部屋で行われる睦み合いを示唆していた。  
今日はここまでか、と無念さと六道骸への憎しみを抱きながらレヴィがその場を離れようとした時。  
 
いつの間にか髑髏の後ろに着ていた骸の腕が、少女の身体をかき抱いた。  
 
驚いた髑髏の唇が、慌てて相手の名を呼ぶ。だが、骸はその腕を放さない。  
それどころか、回した手で身体を撫で、その指先はゆるゆると髑髏に触れる。  
右手で細く締まった腹部を、左手で肉付きの良い太腿を。  
そして、露になっている腹部から上着の中に手を入れると、わざとゆっくりと服をずり上げる。  
白く、くすみなど全く無い処女雪のような綺麗な肌と、緩やかな二つのふくらみを包む  
淡い水色のブラジャーが、窓ガラス越しに露になった。  
困ったように眉を寄せた髑髏の頬が、恥ずかしそうに益々赤く染まる。  
それでも抵抗する事も出来ず、窓ガラスに手をつき、身体を預けることしか出来ないのだろう。  
指先から解放されたカーテンが、役目を果たすことなくはらりと落ちた。  
細い肩が震えているのは、骸から与えられる羞恥にも似た快楽に怯えているからなのか。  
それとも、それを期待しているからなのか。  
 
重力に縫い付けられたかのように、レヴィの身体は地面から離れずに  
びったりと張り付き、あらん限りの神経を集中させて双眼鏡を覗き込んでいた。  
息が荒いのは、少しでも身体を起こせば見つかるという危険と、  
密かに恋焦がれる少女の白い裸体を、双眼鏡越しとはいえ白昼目にしたからだろう。  
 
(ろ、六道骸め……えぇい、けしからん!もっとやれ!!)  
 
――髑髏の柔肌という名の過剰刺激に、レヴィの脳内は早くも焼け尽きる寸前である。  
そんな傍観者の姿は露知らず、髑髏は切なげに眉を寄せ、瞳をきつく閉じた。  
滑り落ちたカーテンにしがみつこうとした指は骸の言葉に諌められ、  
教会の扉に救いを求める乙女のように、両手を窓ガラスに押し付けて体重をかける。  
傾きかけの淡橙色の光が、髑髏の素肌を彩るように降り注ぐ。  
そしてその肌が輝けば輝くほど…彼女の後ろで不埒を働く男は、影として現れた。  
骸の手が太腿を撫で、露になったブラジャーの上から髑髏の柔らかな胸を揉みしだく。  
最初は掠る程度に触れ、ゆるゆると掌で下から持ち上げ、きゅっと指で優しく掴む。  
下着に覆われていない部分に触れると、大き目の胸は指を受け入れて僅かに沈んだ。  
抗えぬ快感に息を荒げ、頬を染め、動くその唇は、骸さま、と呼びかけ続ける。  
時折途絶えては微かな嬌声を上げるその声。聞く事が叶わぬはずの其れが、レヴィの頭に木霊する。  
と、骸の指が太腿から上り、スカートを捲り上げない絶妙の動きで、髑髏の腰へと辿りついた。  
陽光が傾き、いよいよ骸の姿は輪郭だけの影となり、髑髏を己の好きに懐柔する。  
それはまるで、髑髏自身が眼に見えぬ影に侵されているような様でもあった。  
 
その影に密かに己を重ねながら、レヴィは分単位で益々息を荒げた。  
うつ伏せになっている体の中心が熱を持って立ち上がってくるのが自覚できる。  
が、身体を起こせば見つかりかねないリスクを背負っている以上、腰を浮かせて  
手をもぐりこませる事すら出来ない。情けないが、それよりも今は目の前の情景が大事だ。  
しっかりと眼に焼き付ければ、後のことは部屋でゆっくりと思い出しながらでも…。  
果てしなく情けない思考で欲望を抑え、レヴィは双眼鏡をしっかり構えた。眼の周りに跡がつくほどに。  
 
髑髏の細く白い腰に辿りついた骸の手が、意地悪に腰の側面を撫で、ぴんと何かを跳ね上げる。  
それをマジックの合図のように、次の瞬間、髑髏のスカートが太いベルトごとばさりと床に滑り落ちた。  
滑らかで健康的な肉付きの太腿から爪先までの全てが、陽光の元に曝される。  
そして、ブラジャーと揃いの色のレースに僅かに縁取られた水色の下着。  
慌てて手で下着ごと隠そうとした髑髏だが、その手は途中で止まり、震えながら元の位置に戻った。  
上半身は上着をずり上げられ、胸元から足首までは、薄布の下着だけという格好になった髑髏。  
羞恥に耳まで赤く染め、それでも抗えず、声を上げないように唇を噛み締めるしかできない姿。  
どこかそれは、神話の怪物に捧げられた清廉な乙女の姿にも、レヴィには見えた。  
彼女を辱める両手がすっと、影の中に消える。  
と思えた刹那、その両手はしなやかに指を伸ばし、髑髏のブラジャーを胸の上までたくし上げた。  
ぷるん、と弾力を持ちながら、戒めから自由になった胸が露になる。  
育ちかけの二つの膨らみは、肌と同じように白く、象牙のような艶やかさを持っていた。  
その中心の、桜桃色に色付いた小さな突起はまだ柔らかく、少女の羞恥に合わせるようにぴくと震えた。  
 
影から伸びた骸の指先が、膨らみの下部から胸をなぞり上げ、小さな突起を押し上げる。  
両方に同じように与えられる確かな感触に、髑髏の身体がびくりと震えた。  
触れる指先は無慈悲に、人差し指で持ち上げた突起を親指で押さえ込み、優しく摘む。  
くりっと指を動かすと、それに合わせて髑髏の肩はびくびくと跳ね、身体から力が抜ける。  
よろめいて倒れそうになる身体を窓ガラスに預け、髑髏は快楽をやり過ごそうと息を吐いた。  
はぁ、と悩ましげに吐息が零れるたび、窓ガラスが白く曇り、透明を取り戻す前に白さが上書きされる。  
骸の指先は休む間を与えずに髑髏の胸先を責め立て、柔らかかった其処は  
あっという間にゆるゆると立ち上がり、程好い硬さを触れる指に伝えていた。  
ぴんと立ち上がった胸先の桜桃色が、吐息を繰り返すたびに切なげに震える。  
充分に苛めて満足したのか、骸の手が胸から腰へ、そしてなだらかな臀部へと降りると、  
髑髏は身体ごと窓ガラスに預け、明確な快楽が与えられない束の間の休息の恩恵に預かろうとした。  
白い胸が窓ガラスに押し付けられ、ふにゅりとその形を変える。  
はっきりしっかりばっちりとそれを目撃したレヴィは、何かもう色んな意味で爆発寸前だった。  
 
地獄帰りの男の”本領”―それはレヴィにも容易に想像できる―は、まだまだこれからだと言うのに。  
 
 
イタリアのそれとは違う湿った暑い風が、レヴィの頬を撫ぜる。  
額から僅かに零れてくる汗は、気候だけのせいではない。  
視界に飛び込んできた髑髏の肌の白さに、ぐっと飲み込んだ生唾が喉を鳴らした。  
 
傾きかけの日差しは強けれど、窓ガラスの感触はひやりと冷たい。  
預ける体の熱を吸い取るその冷ややかな感触に、髑髏は切なげに眉を顰めた。  
身を捩れば、白く大きな胸は窓に益々押し付けられ、立ち上がった胸先は  
無機物のもどかしい快楽にわなないているようにも見える。  
快感から休む事を許されない少女の身体に、背後から骸が再び手を伸ばし、臀部を撫でる。  
骸の、悪魔の黒い爪を連想させる細く筋張った指が、股間を覆う少女の薄布に容赦無く伸びた。  
昇りかけた髑髏の昂ぶりを押し上げるように、下着越しに尤も敏感な部位に触れる。  
後ろから脚の間をさする指筋は身体の曲線に沿うように微かに曲げられ、  
下からノックするように、髑髏の淫核を指先で転がした。  
少女の唇が酸素を望むようにひゅっと開いたかと思うと、一言一言区切るような嬌声に合わせて  
胸が震え、僅かに上下し、窓ガラスに白い吐息を幾度も上書きしていく。  
時々呟かれる二言以上の言葉は、拒絶だろうか。それとも懇願だろうか。  
いつしか髑髏の瞳には涙が潤み、頬には朱が差しきっていた。  
 
少女を懐柔し続ける指先は止まらない。  
レヴィの位置からは窺い知る事は出来ないが、擦り上げられる秘部は  
一度蜜が滲むと止まることなく滲み出て、下着をじっとりと濡らしていた。  
水分を含むその感触すら、髑髏には羞恥であり、快楽である。  
指筋で下着と一緒に割れ目を擦られ、指先で淫核を弾かれ、少女の膝が耐え切れず震え出す。  
いやいやをするように降る首に合わせてしなやかに揺れる髪を、骸の開いた指が触れる。  
宥める様に髪を撫でる、と思われた指が、くいっと跳ね上がり、少女の髪飾りを解き取った。  
黄昏時の、夜闇と夕陽の境い目を連想させる紫の光沢が、さらりと髪を滑り落ちる。  
解かれた髪は頼りなげに揺れ、汗を滲ませる額や首筋に張り付いた。  
縋る事さえ許されない指先で、必死に窓ガラスにしがみ付き、髑髏は瞳を強く閉じた。  
膝が、腰が、痙攣するように震え、身体はただ頼る物を求めて窓へと傾く。  
逃れられない快感は髑髏の理性を押し流し、脳へと甘い痺れが駆け抜ける。  
唇が、溺れたように空気を強く吸い込んだ後、強く噛み締められる。  
それを合図のように、背筋は弓なりにぴんと張り詰め、快楽の頂へと上り詰めた。  
 
――髑髏にとっては、随分長い間にも思える、ほんの一瞬の後。  
快感から解放された彼女の身体は膝からかくりと折れ、床にへたり込んだ。  
潤む瞳は、眼帯に隠された片方すらも使っているかのように、主を探いで天を仰いだ。  
その視線が一瞬、自分に向けられたように思えて、レヴィは思わず身じろいだ。  
そんな筈は無い。筈は無い…解っている筈なのに。  
 
探された主が、その腕をゆっくりと伸ばし、優しく少女の身体を包み込んだ。  
二人の姿が窓際にはっきり現れ、夕陽に彩られる姿は、疑うことなく睦まじい若夫婦のようである。  
髑髏は身体を翻し、男のその胸に顔を埋めるかのようにして、全身を預けきっている。  
少し苦げな微笑みを浮べながら、骸は少女へと愛を囁く。  
『少々やりすぎてしまいましたね…済みません、僕の可愛い髑髏』  
相手へと謳う様に聞かせる愛の言葉らしく男の唇は緩やかに動き、  
双眼鏡越しのレヴィの目からも充分に読み取れる速度だった。  
忌々しい筈なのに、それでも瞬間的に唇を、言葉を読み取ってしまうのは、既に職業病だ。  
うんざりとそんなことを思いながら、何となしに居づらさを感じ  
(そんなことを言っても最初から覗き見なのだから居心地もへったくれもないはずなのだが)  
レヴィが溜息を道連れにその場を去ろうとした刹那――男の顔が僅かに、上向いた。  
 
『―――それに、今より先を僕以外が見るのは、癪です』  
 
きっとその囁きは、少女の耳に入るか入らないか程の微かなものだったであろう。  
いや、もしかしたら、声には出さない、無音の独り言だったのかも知れない。  
だがそれを考える間も無く、気付いた時には、レヴィの身体は全力でその場から逃げる事を選んでいた。  
咄嗟に身を翻し、ふらつく足元を必死に理性で収めて宿へと最短ルートで飛び掛ける。  
先程までの覗き魔としての姿は消え失せており、そこにあったのは殺し屋としてのレヴィの本能だった。  
全身の神経が冷え切って痛い。あれは、あの男は、全て解った上で、”見せていた”。  
 
 
…結果、大成功に見せかけて、悪魔の掌の上で踊らされていたに過ぎない一日。  
地獄帰りの男に、出来れば今後二度と関わりたくない、と思いつつ、  
それでも可憐で妖艶なあの少女の姿を見ようと思えば、絶対にセットでついてくる。  
己の安全と好きな相手を見るという事を天秤に掛け、どちらをレヴィが選んだかと言われれば。  
――そんなことより真面目に任務をしろ、と。  
今回の経緯がどこからかバレたらしく、ボス以下ヴァリアーの同僚からも大目玉を喰らい、  
レヴィのストーカー生活は中断を余儀なくされたのであった。  
 

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