「けほ、けほっ。なによ、何なのよ一体っ」  
突然の爆発に巻き込まれ、花は煙たさに毒づく。  
手で煙を払うより早く視界が晴れて、見慣れた景色があらわれた。  
「え? ここ…京子の家?」  
しかしさっきまで目の前にあった花と京子の勉強道具はなく、部屋もどこか殺風景だ。  
「黒川かっ!?」  
声のほうを振り向くと誰かが立っていた。西日が強くて顔が見えない。  
「ここは危ない。来い」  
「え、ちょっとっ」  
男は花が拒否する間もなく、花の手を引いて家の外に出ようとする。  
手に何か違和感を覚えた。見ると男の手には包帯のようなものが巻かれている。  
――あれ? これは…  
見覚えのある手だと思う間もなく、花は玄関まで引っ張られてきた。  
「靴は京子のが合えば履いてかまわん、急げ」  
そこではじめて、花は男の顔を見た。  
見覚えのある芝生頭、左のこめかみに残る傷、手に巻いている包帯のようなものはバンテージだった。  
「京子のあ…お兄さん!?」  
花は思わず指差して大声をあげてしまった。  
了平は厳しい顔で花の口を手で塞ぐ。  
「静かにな。ここは敵に見張られているやもしれん」  
外の様子を伺いながら花を制する了平は、花の知っている了平とは違っていた。  
背がひとまわり高く、ボクシングで鍛え上げた体も、ひとまわり大きそうだ。  
だが何より、表情が違う。眉間の縦皺には力みがなく、かわりに苦渋が浮かんでいた。  
「早く。時間がないぞ」  
急かす声も、声は変わらないが口調が静かで、無駄に元気のよすぎるあの了平とは別人のようだ。  
花がもたもたしていると、見かねた了平が下駄箱から京子の物らしいスニーカーを出して花の足に履かせようとする。  
「きゃっ」  
思わずスカートの裾を押さえたが、真剣な了平は花の様子に気づいていない。  
「やはり大きさが違うか。これで走るのは危ない。  
 すまんが、抱えるぞ」  
「え?」  
驚く間もないまま、花は了平の肩に抱え上げられていた。  
「アジトに着くまで我慢してくれ」  
めまぐるしく変わる状況についていけない花を軽々と抱えて、了平は走り出した。  
 
「どういうことか説明してよ!」  
ようやく我に返った花は、抱えられながら了平にかみつく。  
「ねえ京子は? 京子はどうしたのよ?」  
「舌をかむぞ。それから、話すならもっと小さい声でな」  
「そんなことはいいから、敵って誰、アジトって何よ、何が危険だっていうのよ?」  
了平は花をちらりと見る。  
「詳しいことはアジトで奴らに聞け。京子もおそらく向かっているだろう」  
「教えてくれないの?」  
「俺には時間がない。黒川をアジトに送ったらすぐ発つ」  
「どうして京子が一緒じゃないのよ? あたし、さっきまで一緒にいたはずなのに…」  
了平の体がびくりとしたのが花にもわかって、花は驚く。  
「京子とは、しばらく会ってないのだ」  
了平の眉間の皺が更に深くなった。この兄妹仲のよさを昔から知っている花には、信じられない言葉だった。  
「どういうことよ?」  
その瞬間、また爆発が起きた。  
 
 
気づくと、花は京子の部屋に戻っていた。  
わずか5分くらいのことだったが、夢を見ていたのだろうか。  
パタパタと、階段を上がる音がした。  
「花ー、ごめんねー。お茶の用意が手間取っちゃって…。  
 ――花、どうしたの?」  
ぼんやりしている花に、京子がのぞきこむ。  
「ううん、なんでもない。勉強疲れたかな」  
「休憩しようよ。ケーキもあるよ」  
「うん、そうするわ」  
階下で玄関の開く音がして、帰宅を告げる声がした。京子がそれに顔をむける。  
「あ、お兄ちゃん帰ってきたみたい」  
花はドキッとした。さっきの大人っぽい了平の顔が思い浮かんで、花の頬が赤らむ。  
「おかえりなさい、お兄ちゃん」  
「うむ!」  
通りがかりにちらりと、京子の部屋に花が居るのを了平は見やる。  
了平はふだん、かしましい女どもにかかわると疲れるといって  
京子の友達が来ている間は用がない限り姿を現さないか、庭でトレーニングをしている。  
そっけない態度の了平にいつもだったら軽く「おじゃましてまーす」と挨拶する花であったが、  
さっきの了平の顔がまたもや思い浮かんで、「ど、どうも」ときまりわるく言うのがやっとだった。  
花は、何だか自分が了平が気になっていることに心地が悪い。  
「花、本当にどうしたの? さっきから変だよ?」  
「変かな?」  
「うん。顔もちょっと赤いし、調子よくないなら今日はおひらきにしよう」  
京子が心配するが、花は首を振る。  
「ううん、宿題終わらせたいから…」  
「京子! 明日、沢田に…」  
「きゃああっ!」  
もう今日は顔を合わせないだろうと油断していたところに了平が顔を出して、花は声をあげてしまった。  
「な、なんだ?」  
了平は面食らってまじまじと花を見ている。  
花はかーっと赤くなる。  
「やっぱ、帰るわ」とカバンに勉強道具を押し込むと、京子の家を逃げるように出て行った。  
 
「やだ、何やってんのよあたし。  
 京子の兄貴なんてまるで猿じゃないの。あんなのに…」  
帰り道にそう繰り返しながらも、花の頭から、夢のような時間の最後に見た了平の悲しげな表情が離れなかった。  
 
 
ツナたちがいなくなった、と、泣きそうな顔で京子に告げられたのは、  
あれから数日の後。  
「獄寺もいないんでしょ? 二人でどっか遊び歩いてるんじゃないの」  
と、冷たく花は言ったが、京子とハルの二人がかりで一緒に探してとお  
願いされて、花は仕方なく折れた。しかし、その日は見つからず、暗く  
ならないうちに二人と別れた。  
「沢田のことであんなに必死になるなんて、京子ってばダメツナなんか  
のどこがいいんだか」  
椅子にもたれて見るでもないテレビを眺めながら花は呆れ顔で言った。  
長いこと親友をやってきてるが、京子のそのあたりの心理は測りかねる。  
けれども好きな奴のためにじっとしていられない気持ちはわかる。  
家の電話が鳴る。一番近くにいた花は面倒がってすぐには出なかったが、  
家族が誰も出てくれないので仕方なく受話器を取る。  
かけてきたのは、了平だった。  
「黒川か?」  
電話ごしの声にドキリとする。数日前に聞いた声と話し方そっくりだっ  
たからだ。それがどうしてかは、了平の次の言葉で知ることになる。  
「京子がそっちに行ってはおらんか?」  
京子もハルもこの時間になっても帰っていないと了平が告げる。  
「帰っていないって、夕方まで一緒に沢田たちを探してて…」  
「そうか、わかった」  
電話はそこで一方的に切られた。  
「あ、ちょっと!   
 沢田たちだけじゃなくて京子たちまでいなくなるなんてどういうことな  
 のよ」  
花は八つ当たるように乱暴に受話器をおきかけて手が止まる。了平の声に  
いつものうるさいほどの元気さがなかった。だから似て聞こえたのかと花  
は合点がいった。  
 
 
ツナの周辺を中心に行方不明者が相次ぎ、並盛中は騒ぎになった。生徒た  
ちは外出を控えるよう言われたが、さすがの花も落ち着いていられない。  
事情を聞きにきた先生たちがようやく帰ると、花は家を抜け出した。  
 
 
「そう簡単に見つかるわけないか」  
公園で休憩しながら携帯の画面をみて花はため息をついた。花からの送信  
メールばかりがたまり、受信メールは1件も増えない。  
思いつくところは探しつくしていて、次はどこに行こうかと頭をかかえる。  
「おい」  
いきなり肩をたたかれ、花は驚いて振り向いた。  
そこにいた人物が信じられなくて、花は目をこする。  
数日前に遭遇した、大人びた姿の了平だった。  
 
 
「そうか、京子たちもいなくなったか…」  
花からこの世界の状況を聞いた了平は、ため息をつく。  
話を終えて改めて、花はちらりと了平を見る。  
先日のことは、夢を見たんだと花は思うようにしていた。  
けれどまた現実に、目の前に大人な了平がいる。夢でないなら何なのだろう。  
顔だちは花の知る了平とさして変わらず、強いて言うならより男っぽくなっ  
ているが、ちっとも花の好みではない。でもその見た目にそぐわない落ち  
着いた雰囲気と、いつもの了平にはない、苦悩を抱えて深く刻まれた眉間  
の縦皺が、花の目を奪う。  
「世話になったな、気をつけて帰れよ、黒川」  
「どこに行くのよ? 家に帰らないの?」  
了平はきょとんとする。  
「そんなことはできん。この姿では家族が驚くではないか」  
「あっ…!」  
花は馬鹿なことを言ったと口ごもる。  
「決めておらん。この後どうするか、ゆっくり考えられるところがあれば  
 いいが…」  
そこまで言いかけて、了平は何かを思いついて花を振り向く。  
「並中は休校中だと言ったな」  
「あ、うん」  
「決めたぞ。ボクシング部の部室に行く。休校なら誰も居るまい。  
 ではな!」  
了平は手を挙げて立ち去ろうとした。その了平の上着の裾を、花は反射的  
につかまえた。  
「む? どうし…」  
「待ってよ! 私も行く」  
 
 
部室の鍵の隠し場所を了平が覚えていたので、部室にはすんなりと入れた。  
「懐かしいな!」  
「うわ、汗くさっ!」  
鼻を押さえて、思わずついて来る気になってしまった自分を、花はけっ  
こう後悔していた。こういう世界は苦手だ。いっぽう了平は、花の様子  
にまったく気づかず、サンドバッグを軽く叩く。  
「一丁やるか」  
花の前に、了平の上着が投げられてきた。  
「ちょ、何、だらしないなぁ」  
しぶしぶと上着を拾って花はぐちる。了平はそれに答えず、そのままし  
ばらくシャドウボクシングを続けていた。  
少し日が傾きはじめたころ、了平が手を止めた。  
「はい」  
きちんと畳んだ上着を花が差し出す。  
「おぅ、拾ってくれたのか、すまんな。  
 久し振りにいい汗をかいた。やはりボクシングは燃えるな!」  
そう言う了平は汗一つかいていないが、受け取った上着を軽く肩にかけ、  
近くのベンチに座る。花も了平の隣に腰掛ける。  
了平の眉間の皺が少しだけ浅くなっている気がする。  
「平和でいいな、こっちは」  
「平和?」  
花が怪訝そうな顔で了平を見る。  
「京子たちがいなくなってるのに、どこが平和なのよ?」  
「獄寺たちも来ているなら、京子たちは無事だ、おそらく」  
「ねぇ、どういうことよ? そろそろちゃんと話して。  
 何でそんなこと言えるのよ。何で急に大人っぽくなったりしてるのよ」  
先日の相撲勝負あたりから、了平を含めたツナの周辺の男どもの動きが  
怪しいことをとっくに花は看過している。ツナたちにはぐらかされまくっ  
ていたが、自分に迷惑がかからなければいいとあまり問い詰めもしなかっ  
た。  
でも親友の京子にかかわってくるなら事情を知らないでは済まない。だ  
から花は何かを知ってそうな了平についてきた。むろん、それだけでは  
ないが。  
 
「どう説明していいか、俺にもよくわからん」  
「はぐらかすつもり?」  
「そうではない。いきなり10年前に連れてこられたから、いまひとつ状  
 況が飲み込めんところがあるのだ」  
「10年前?」  
了平は自分が10年後の世界から来たこと、10年バズーカというアイテム  
で撃たれると5分間だけ10年後の自分と入れ替わることを説明する。  
「機械にはとんと疎くてな、詳しいことはわからんが、この間、黒川を  
 未来に送ったのも、俺が過去に呼び出されたのも、たぶんそいつを撃  
 たれたからだ」  
「5分って…そんなのもうとっくに過ぎてるじゃない」  
「うむ、何故だかはわからん。だが先に撃たれた奴等が10年後から戻っ  
 来ててないなら、おそらく俺と同じ状況に違いあるまい」  
「信じられないことばっかだけど…」  
説明を聞き終えた花がそう感想をもらすが、この状況を納得できる材料  
が他にない。  
少なくとも、ここにいる了平が10年後の了平だということは、見た目の  
成長ぶりと雰囲気の落ち着きようからも信じるしかない。  
「だが……」  
ゆらりと了平が立ち上がり、サンドバッグめがけて拳をくりだす。離れ  
た位置にあるサンドバッグが、パンッとはじけた。  
「きゃっ!」  
「この時代から未来に行ったところで、間に合わんのだ、師匠の…!!」  
花は怖さに思わず声をあげたが、了平はしばらくそこに立ちつくしていた。  
背を向けていたが、握ったままの拳が震えているのがわかる。たぶん眉  
間の皺が、また陰を落としているのだろう。これ以上は話は聞かないで  
おいたほうが、今の了平にはいいのかもしれないと、花は思った。  
ややして、了平が振り向く。  
「すまん、恥ずかしいところを見せた」  
「ううん」  
花は首を振る。  
ベンチに戻って座った了平は、顔を伏せる。何かに悩む姿だというのに、  
花の胸はどんどん高鳴っていく。  
 
そのまま、了平は動かなかった。  
胸の鼓動はそのままに、花はその姿をじっと見守っているしかなかった。  
――この人のことをもっと知りたい、なんて、私、変よね。京子からい  
  ろいろ聞いてるし、私だって何度か話したことがあるのに。  
でも花が知っている了平と、隣にいる了平はあまりに違いすぎる。  
――だから知りたいのよ、この人がこんなふうに変わった理由を。  
  こんなに悩むことなんて、何があったのよ。  
了平の身に起きた何かが、辛いことであろうことは了平の言動で想像は  
つく。でもそれを打ち明けてくれない、いや打ち明けられないからこそ、  
こうして悩んでいるのだと思う。  
でもそれは全て、花の想像に過ぎない。  
――そこが魅力的だから、私はついて来たんだもの。  
知らず、花は了平の肩に頭を預けた。  
 
どれくらい経ったか、了平に肩を押されて花は我に返った。  
「離れてくれ」  
「迷惑?」  
「師匠がいなくなってからずっと一人でいたんでな、くっつかれると…、  
 その、何だ、何もしない自信がない」  
鼻の頭をかきながら、目を合わせずに了平が告白する。  
ようやく見られた柔らかい表情に、花の顔がほころぶ。  
「いいよ」  
「なに?」  
驚く了平の腕に、花の手がからむ。  
「いいって言ったのよ」  
触れている花の手の柔らかさが心地よい。  
もっと触れる場所を探るかのように、了平の手が花の頬に伸びる。  
目を閉じた花の唇に、了平は自分のそれを重ねた。  
 
 
了平は黙々と、花を愛撫し続ける。  
すべらかな肌を荒々しくまさぐる手は、目茶苦茶なようでしかし敏感な  
ところを逃さない。耳にも首筋にも乳房にも、了平の手がそれを捉える  
たびに花は、身じろぎして甘い声をあげる。  
自分の嬌声と、ときどき交わす深い口付けの水音ばかりが部屋に響いて、  
恥ずかしさに花の体が熱くなる。火照ってうっすら紅く色づいた花の肌  
にかかる了平の吐息にすら、感じて濡れそぼる。  
それが了平の欲情をかきたてているとまでは花は気づいていなかったが。  
了平の手が花の秘所に伸びるころには、下着がぐっしょりと濡れていた。  
指を入れて掻き回せば、そのたびに花の声は一段と高くあがる。さらに  
激しく繰り返すと、花の体は大きくのけ反る。  
もともと狭いベンチの上で行為に及んでいたため、力を失った花はずり  
落ちそうになるが、了平の逞しい腕にすぐに受け止められた。  
乱れた花の髪をかきあげて、了平は口付ける。  
「限界だ」  
押し入ってきたその痛みに、花が掴んでいる了平の腕に赤く痕がつく。  
しかし容赦なく、了平は腰を動かす。激しい動きに、花は何度も意識を  
手放しそうになった。  
さっきまでと比べものにならないくらいのいやらしい水音が二人の合わ  
された部分から立っているが、もう恥ずかしさなどない。  
それよりも快楽が襲ってきて、もっと欲しいと、もっと了平を感じてい  
たいと強く願う。意識が朦朧としはじめた花は覚えていなかったが、そ  
れを言葉に出して了平を求めていた。  
それを契機にするかのように了平の腰の動きが激しくなり、花はこらえ  
きれずに達し、続いて了平も、頂点を迎えた。  
果てた後に覆いかぶさった了平の耳元で、うつろなまま花が囁く。  
「好きよ。…好き」  
 
 
翌朝早く、二人は部室を後にした。  
花の家の前で、二人は別れた。  
「こっちでやれることがあるかもしれない」と了平は言った。  
どこに行くのかわからない了平にもう二度と会える保障はないが、花に  
止める術はない。  
「元気で」  
「ああ、黒川もな」  
ぽんぽんと、妹の頭と同じように了平は花の頭を軽く叩く。昨夜何度も  
情を交わした二人とは思えないくらい、簡単に。  
抱かれていた最中もその後も、了平は花の名を呼ぶどころか、「好きだ」  
の一言もなかった。そんなことは自分のわがままだとわかっていても、  
言葉がついて出る。  
「それだけ?」  
去りかけていた了平の足が止まる。  
「どうして、何も言ってくれないのよ!」  
「黒川?」  
「また会えるかも分からないんでしょ? なのにそれだけなんて…」  
「黒川」  
片腕で花は了平に抱き寄せられる。昨夜何度となく抱かれたもう知らな  
い胸ではないのに、はじめて触れたような甘い痺れを感じる。  
「すまん、俺がまどろっこしい説明ができんのは、黒川なら知っている  
 と思っていた」  
「知ってる。でも、まどろっこしいことなんてないじゃない」  
「うむ、そうだな。まどろっこしいのは俺の頭の中だ。  
 だからな、俺の頭の整理がついたら、ちゃんと黒川に言いに来る」  
「え…」  
少し驚いた顔で、花は了平を見返した。  
「なんだ、ちゃんと言えるじゃないの、私の聞きたかった言葉が」  
花はにこりと微笑んで、了平にやさしく口付けた。  
 
 
 

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