「んでよ!そんときあの野球バカ…!」
放課後の教室。静かな部屋には、声がよく響いた。
「…おい、聞いてんのか黒川」
「あ?ああ聞いてるって」
相槌を適当にうつと、黒川花は小さくため息をついた。
――一体何時間話し続ける気だコイツは…
獄寺がこうやって花に愚痴を話し始めて、もう2時間になる。
まあ話は花から振ったのだが。
放課後、先生から頼まれて花がプリントを運んでいたとき、目の前を通った獄寺に
「ちょっとあんた、女の子がこんなに沢山荷物持ってんのにどうも思わないわけ?」
と言って無理やり手伝わせたのだ。
「めんどくせぇ…」と言いながらもプリントを持って歩く獄寺に花は
「まあまあ、お礼に愚痴くらいなら聞くからさ」と言って…2時間になる。
今度からは不用意に愚痴くらい聞く、と人に言うのは改めようと思いながら
花は眉間にシワをよせ話す獄寺をまじまじと見た。
(まあ、顔は悪くない方。けどやっぱガキだわ。)
クラスの中でも大人びている花からすれば、同い年の男子などすべて子供だった。
「…ねえ、もう外暗くなっちゃってんだけど」
「あ、ほんとだな」
気づけば窓の外には夕闇が広がっていた。
「ったく、一体何時間話す気なのよ」
「あ?お前が愚痴聞くって言ったんじゃねーか」
「だからってこんなに時間がかかると思うわけないでしょ」
これだからガキは…と思いながら花は立ち上がり、自分のカバンを手に取った。
「おい黒川」
「なに?」
「お前の家、あっち側だろ?」
獄寺の指差す方向は、確かに花の家の方向。
「それが?」
「送ってってやるよ」
(あら、さすが帰国子女)
イタリアに居たんだったかしら。女の子のことちゃんと考えてるのね。
自分のせいで帰りを遅くしちゃったってこと気にしてるのか?
なんてことを考えながらも花は獄寺を見て言う。
「あんたがガラにもないことを言うものね」
「あ?何だよ」
「いやいや、別に?」
昇降口を出ると、周りにはもう部活動の生徒の姿もなかった。
時々街頭があるだけの薄暗い道を二人で歩く。
とはいえ、獄寺は花の1mほど後ろをついて歩いている、
といった方がいい構図だったが。
(だめね)
隣を歩くのは恥ずかしいのか。ま、知り合いに見られて変な誤解されるのは嫌ってことね。
やっぱガキだわ。
改めて同世代の男子に幻滅しながら花は、脳裏に一人の男を思い出した。
牛柄のシャツの人、どうしてるのかな。
もうずっと見てないし、何かあったのかしら。
ああ、できることならあの後ろにいるガキがあなただったらよかったのに。
牛柄のシャツの男を想いながら花はほぅとため息をついた。