その日は、ハルの様子がなんだかいつもと違った。
ツナは、ジュースを注いだコップをテーブルに置く。
今日は母親が学生時代の旧友と遊びに行くとかで、
朝から留守にしている。する事も特に無い休日、ツナは
部屋でひとり、何をするとも無しにのんびりしていた。
そんな時だ。
リボーンが、何やら思いつめた顔のハルを部屋に連れて来たのは。
「………」
ツナは、床に座ったまま固まっているハルに、どう声を掛けて
良いものか迷った。
部屋に入ってから約5分間、ハルはずっとこの調子で固まっている。
いま目の前に置いたジュースすらも目に入っていなさそうだ。
ハルを連れて来た張本人のリボーンは、さっさとどこかへ行ってしまった。
「……。……あの…ハル?」
「はひ!!?あ、ななな何でしょうツナさん!!?」
あまりに過剰な反応に、声を掛けた方が動揺してしまう。
「あ…い、いや、ジュース…飲まないのかなって」
「えっ!?あ、あっ、はひ、いただきますっ!」
顔を真っ赤にしながらコップに口をつけたハルは、途端に
勢いあまってむせてしまった。
「ちょっ、大丈夫ハル!?」
「はっ、ゲホ、はひ、すいませ…」
息を付き、むせたせいで涙目になりながらも、ハルは決意したように
きっ、とツナに向き直る。
「ツナさん!」
「え」
言うや否や、ハルはずい、とツナの至近距離まで近づき、そして
体ごとぶつかるように、ツナを――押し倒した。
「………え、えええ!?ハッ、ハル!!??」
「き、今日ハルは…決めた、んです。それで来たんです」
「きっ、決めたって何…ていうかまずいからこの体勢――!!」
「わわわかってます!!そのために来たんですから!!」
真っ赤な顔で、大汗をかきながら、まっすぐにツナを見おろすハル。
「だ、だから何を…」
「………。…っ、ツナ、さん、ハルを……」
一瞬の沈黙。ハルが息を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
「ハルを、…ツナさんのものにしてください」
目を大きく見開くツナ。
「何言っ――――」
言いさした瞬間、
他のものが視野に入らない位大きく、ハルの顔。
「……ハ」
「ツナさん……」
消え入りそうな程の、微かな声。震えているように聞こえたのは気のせいか。
そして、――ゆっくりと空気が近づき、唇に何かが触れるか触れないかのその瞬間――
「っ……だっ………ダメだって―――!!!」
「はひぃっ!!?」
肩口を押され、ハルはツナから勢いよく引き剥がされた。
「………あ……」
二人きりの部屋。
カチ、コチと、時計の音だけが妙に耳に響く。
ツナは恐る恐る、目の前で呆然としているハルを見た。
「…ご……ごめんハル…えっと」
「………。」
「…あの」
と、ハルはすくっと立ち上がると、おもむろにドアの方まで歩いていく。
「あ、あの…ハ」
「ツナさん」
振り返り、ハルは何事も無かったかのような笑顔でこっちを見た。
「えへ…ごめんなさいです。ハルが悪かったです」
「え、あの」
「お邪魔しました」
バタン。
扉が閉まり、ひとりツナは部屋に取り残される。
カチ、コチと、時計の音だけが妙に耳に響いた。
「………。」
ただ、呆然とドアの方を見るツナ。
今の出来事がまだ混乱した頭で整理できず、ツナはただ
部屋の真ん中でひとり呆然としていた。
「……。……えっ…と」
「お前は今アイツをとんでもなく傷つけたんだぞ」
突如背後から掛かった声。
ハッと我に返り、ツナは声の方向――窓の方を振り返る。
「リボーン!!」
「仮にもマフィアのボスになろうと言う奴が情けないぞ」
「何言って…っていうか見てたのかよお前!!?」
「当たり前だ」
とん、とリボーンは窓のさんから飛び降りる。
「ハルの奴をたきつけたのは俺だからな」
「はぁ!?」
「マフィアのボスたるもの、ある程度の女性経験は必要だろうと思ってな」
「なっ…大きなお世話だよ!!ていうかハルの様子がおかしかったのって
リボーンのせいだったの!?」
「俺じゃないぞ」
リボーンは一度ドアの方を見た。
「ここに来て、ツナに抱かれようと決めたのはあくまでハル自身だ」
「抱か…」
「もう一度言うぞ」
開いた窓から風が吹き込んだ。
「お前は、ハルをとんでもなく傷つけたんだぞ」