緩やかに波打つ海で無意識に「釣り」をした。ろくな魚はかからないだろうと思いながらも糸を垂らした。作り物の餌に食い付く魚は、おそらく頭が悪かった。
「沢田綱吉という人物を知っていますか」
「はい……?えっと、その制服、黒曜中学校ですよね?」
道端にて突然話し掛ける骸に京子は驚き、笑顔で対応する。バーズの用いる資料に一通り目を通した骸は、京子の顔を記憶していた。
沢田綱吉が大事に思う人間。利用するには持って来いだった。京子の無垢な笑顔を目の当たりにしても骸は動じない。罪悪感など無かった。マフィアを殱滅することが何よりも大きな望みだった。
「僕、沢田君と幼なじみなんです。僕が小さい頃に引っ越してからずっと会ってなくて……あ、でもたまに手紙送り合ったりとかして」
「仲良しさんなんですね!でも、どうして私がツナ君と友達ってわかったんですか?」
「沢田君からの手紙にはいつもクラスの写真が入ってたり、友人のことが書いてあったりしたんです。だから一方的にですけど、貴方のことは知っています。笹川京子……さんでしょう?」
口を開けば出てくるのは根も葉もない嘘ばかり。馬鹿げた演技をする骸は内心笑いだしそうだったが、京子が疑う事は無かった。
「あはは、なんだか照れちゃいますね」
無邪気に笑ったところで骸は翻弄されない。
「もしよかったら沢田君のこと、色々聞かせてくれませんか?」
完全なる作り話の誘惑に、京子は躊躇しなかった。罠とも知らずに、骸の手を引いた。
落ち着いた場所で話すことにした京子は自分の家に骸を案内する。そして現在、骸は見慣れない部屋で呑気にオレンジジュースを飲んでいる。ただ呑気というのは他人から見た状態であって、本人からすればそれほどかけ離れたものは無かった。
「急にお邪魔してしまってすみません」
「気にしないでください。ツナ君のお友達だし、大歓迎です!」
「なんて単純で浅はかな女なんだ」とは骸の本心。「なんだか嬉しいです」とは骸の建前。京子にはもちろん建前しか見えていない。
「笹川さんを偶然見つけられて良かった。実は道に迷ってたんです」
「引っ越してきてからまだあんまり経ってないんですか?」
「はい。学校にもまだ慣れてなくて……」
骸の苦笑する声と同時に、京子がふと思い立ったように立ち上がった。何の説明も無しに部屋を出ていき、三十秒後には黒い受話器を持って帰ってきた。
「ツナ君に電話してみませんか?きっとびっくりしますよ!」
願ってもいない状況。無邪気に返事をする骸の裏側には、淀んだ気持が渦巻いていた。
数字の書かれた番号を一つ一つ丁寧に押していく。京子が教えた順に全て押すと、案の定目的の人物へと繋がった。
やっと面倒な演技をやめることができると骸は強かに笑い、京子を床に押し倒した。
「ど、どうしたの?」
「お久しぶりです。沢田綱吉。突然ですが僕のお願いを聞いてもらっても宜しいでしょうか」
慌てる京子を無視して骸は電話の向こうの綱吉と会話を続ける。理解不能な申し立てに薄気味悪さを覚えた綱吉は、口数が少なかった。
「僕は貴方の体をのっとってボンゴレを支配することを、まだ諦めていません」
「あの……ツナ君と話してるんですよね?」
怪しい言葉を放つ骸に京子は疑問を抱く。しかし骸は返事をしなかった。
「ボンゴレを僕に手渡してください。嫌だと言うなら……」
「えっ、やだ、やめて!」
綱吉と会話する一方で、骸は京子のワイシャツに荒々しく手をかける。必死の抵抗も虚しく、形のいい乳房が露出する。
「聞こえますか?笹川京子の声」
「ん、ああっ、いやっ……」
片方の胸を揉む度、乳首をなぶる度に京子は目を潤ませて悲しげに声を漏らす。いくら拒否しても骸は止まらなかった。まさぐるようにワイシャツと下着の間に手を入れ、乱暴に動かす。異変を感知した綱吉は骸に噛み付いた。
「早く来ないと泣いちゃうかもしれませんよ。この娘」
「来ちゃだめッ!」
「おや?沢田綱吉に何か伝えたいことがあるんですか」
詳細はわからなくても骸が悪巧みをしているということは手に取るようにわかる。京子は綱吉の身を案じて咄嗟に叫んだが逆効果だった。骸は京子の口に受話器を押し付け、一層強く身体を刺激し、次第に下半身へと視線を移した。
「あっ、ああっ……さわら、ないでっ……」
無理矢理足を開脚させ、邪魔な下着をずらして小さな突起をしつこくいじる。押し潰しながら激しくこすると、京子は嫌がりながら身を震わせた。
「声、向こうに伝わってるんですよ?少しは控えたらどうですか」
「う……ん、んっ」
押し殺そうとしても快感がそれを許さなかった。受話器に京子の淫らな喘ぎ声が入り続ける。困惑しているであろう綱吉の顔を思い浮べたら、骸はおかしくてたまらなくなった。
「そういうわけです。さっさと来て下さいね。笹川京子の家に」
しばらく京子の柔い身体を弄んでから、骸は最後に居場所を伝え、電話を切った。ほぼ同時に手の動きも止まる。
用が済めばこんなことを続ける必要も無い。涙を零す京子を馬鹿にしているのか、何事もなかったかのように手を引く。
「何でもかんでも簡単に信用するからこういう目に合うんですよ」
冷酷に嘲笑う。京子は起き上がることもせずにずっと沈黙していた。生まれて初めての望まない性的行為のせいで、放心状態だったように思われた。
骸に罪悪感は無い。その内忘れてしまうくらいのどうでもいい行為。
のはずだった。
京子はゆっくりと上半身を起こし、静かに話す。
「私、信用とかじゃなくて……知ってました。ツナ君から聞いたことがあったから。ツナ君は、小さい頃からずっと友達がいなくて淋しくて、いつも一人だったって。手紙を送り合うような友達もいなかったはずで」
「……」
「中学校に入ってから獄寺君と山本君が友達になってくれて本当に嬉しかったって、教えてくれました」
「……僕の嘘、気付いてたんですね」
「そう……だけど、学校に慣れてないって言ったときの貴方が、よくわからないけどすごく、淋しそうで、ほっとけなかったんです」
見下していた京子に情けをかけられたような気分に陥る。何も考えていないと思っていたのは間違いだった。骸の心の奥底にある孤独感を、京子は簡単にすくい上げていた。
緩やかに波打つ海で「釣り」をした。ろくな魚はかからないだろうと思いながらも糸を垂らした。作り物の餌に食い付く魚は、おそらく汚かった。自分とは正反対である高級で綺麗な餌。それに魅せられたのは、かわいそうな魚だった。