はぁ…と吐き出したため息は重く、やけに熱っぽい。  
両手の指先でそっと押さえた頬もまるで発熱してでもいるかのように熱い。  
たった今洗ってきたばかりの手が冷たいせいもあるのだが、  
その冷たさを侵食しそうな熱さに京子はまた一つため息をついた。  
 
「花のばか…」  
 
思わず口をついた言葉は力ない。  
常にはない親友への悪態だが、当の本人が耳にしたところで何の効果もないことだろう。  
それどころか、「京子だって興味ないわけじゃないでしょ」などと言い返されて  
返事に詰まるのがオチだ。  
ましてや、もしも今の京子の状態を見られたならなおのこと。  
まるで効力のない悪態が単なる八つ当たりだということは、  
誰より京子自身が一番よくわかっているのだ。  
けれど、だからこそ、の八つ当たりだった。  
こんな自分がいることなど、できれば知らずにいたかった、そう思っても後の祭り。  
知らなかった頃には戻れないのだと、身体の芯にわだかまる熱がそう訴えかけているようで、  
京子はため息を繰り返さずにはいられないのだった。  
 
ため息の重さに比例しているように、教室に向かう足取りも重い。  
教室に戻れば『アレ』がある。  
処遇に困るそれを思い浮かべればますます気は重く、  
同時によけいなことまで思い出しそうで、さらに足が鈍る。  
これが平日なら、今日は置いて帰って明日花に返そう、と思えるところだが、あいにく明日は土曜日。  
その翌日の日曜まで含めてまる二日、部活生や部活監督の教師も出入りするだろう校内に  
『アレ』を置いていくのはどうしてもまずいように思えて、  
となると家に持ち帰るよりほかに選択肢はない。  
しかし家に持ち帰って万が一家族に見つかったら。  
そう思うと熱も一度に冷めるような心地がして、どうにも決断できない。  
帰りに花の家を訪ねて返そうか。  
でもそうしたらきっと人の悪い笑みを浮かべた花に「どうだった?」などと訊かれるに違いない。  
それは想像に難くなくて、八方塞がりの状況にもうため息も出てこない。  
どうしよう…、と、あてもない言葉がぐるぐると回るばかりの頭が、  
瞬間、真っ白になった。  
 
「───…や、まもと…、くん…?」  
 
咄嗟に、その名前だけが、京子の唇から零れ落ちた。  
 
 
完全に日が落ちる間際、名残の西日にオレンジ色に染まった教室。  
その真ん中にある、片足だけ胡坐を組むようにして机に腰掛ける後ろ姿。  
制服とは違う白い背中が野球のユニフォームだと気づくが早いか、  
肩越しに京子を振り返った顔がいつもの笑みを浮かべた。  
 
「よっ」  
 
机の上で、身体ごと京子を振り返るように向きをずらした山本に、  
どうしたの? と言いかけた京子はさらに硬直した。  
山本の膝の上にあるもの。  
それはもしかして。  
 
「…それ、って…」  
「ん? あ、これ、笹川の?」  
 
かろうじて動かした京子の視線をとらえたのだろう、山本は無造作にそれを掲げた。  
この一時間ほどのあいだ、京子を悩ませていたそれが今、山本の手にある。  
しかも、どこかはわからないがページを開いた形で。  
今しがたまで持て余していた熱っぽさもどこへやら、京子は一気に青褪めた。  
山本の問いに肯定も否定もできないまま、  
取り繕う言葉の一つも見つけられず立ち尽くす京子に気づいていないのか、  
山本は意外そうに、しかしどこかしみじみと言った。  
 
「いやー、笹川でもこういうの、読むのな」  
 
その一言に、京子の全身を血が逆流した。  
 
かつてない羞恥が京子を襲う。  
この場から逃げ出したいと思うのに萎えた足は少しも動かず、  
それどころかその場にへなへなとしゃがみこみそうになる。  
ようやく京子の異変に気づいたらしい山本が慌てて駆け寄ってきた。  
 
「笹川? 大丈夫かよ?」  
 
覗き込まれた顔はこの上なく赤いだろう。  
みっともない顔を見られたくなくて俯くと、山本はしばし逡巡して、  
京子の傍を離れて教室の外へと駆け出していった。  
一度遠ざかった足音は、またすぐに戻ってくる。  
 
「ほら、笹川」  
 
それ使ってないヤツだから、と渡されたのは、水に浸して固く絞ったタオルだった。  
促されるままタオルを顔に当てると、その冷たさと清潔な匂いに気持ちが少し落ち着いた。  
腕を引かれて自分の席に座ると、山本はその隣の机に腰掛けた。  
そうして黙り込むこと数分。  
沈黙を破ったのは、まだタオルに顔をうずめたままの京子のほうだった。  
 
「…これ、読んじゃった…?」  
「あー…、まー、ちっと、な」  
 
言いにくそうにした山本の言葉に、京子はまた黙り込む。  
すると、山本は慌ててフォローのように言い繕った。  
 
「や、でも、興味あるのは皆同じじゃねえ? そんな落ち込むことでもねーよ」  
 
だから気にすんなって。  
そう明るく言った山本をそっと見上げれば、屈託のない笑顔がそこにはある。  
いつもと変わらない笑顔に励まされて、ようやく京子は顔を上げた。  
 
「そう、かな」  
「そうそう、そんなもんだって!  
 つーかこの雑誌、笹川のじゃねーんだろ? なんでこんなもん持ってんだ?」  
「それは…」  
 
どこかのんびりとした山本の問いかけに、京子は今に至る経緯を話し始めた。  
 
女の子同士のナイショ話。  
恋にまつわるあれこれがほとんどを占めるそれに、京子はいつもついていけなかった。  
親友の花とそういう話をすることがないではなかったが、  
京子が、わからない、という顔をすると、  
しょうがないわねぇ、といういつもの言葉で話は途切れた。  
友達のいう「好き」という気持ちがぴんとこなくて、  
そこからもう少し突っ込んだ話となると、もう疑問符だらけの世界だった。  
もちろん、「好き」という気持ちの先にあることを、全く知らないわけではない。  
しかし、ささやかながらの知識は『知識』以上のものではなく、  
京子にはまだ縁遠い出来事だった。  
 
「で、それがなんでこの雑誌?」  
「…その、話をしてたら、知識だけのことさえちょっとあやしい、って言われて…」  
 
『ちょっとは勉強してみたら?  
週末じっくり読んで、せめて知識を増やすところから始めましょ』  
そう言って渡されたのが、件の雑誌だったのだ。  
 
「勉強、って…」  
「それで読んでみたんだけど、…やっぱりよくわからなくて」  
 
誰かを好きだと思う、その気持ちは優しくてあたたかいもの。  
そんな意識を持っていた京子の中で、雑誌の記事に書かれていた内容は  
まるでそれとは結びつかないようなものだった。  
読み進めるうちに『知識』だけは半端に増え、それによって想像は逞しくなる一方で。  
赤裸々に記されたあれやこれに、小さな火種は大きく育てられ、  
それを吐き出すすべを知らない京子をただ煽ったのだった。  
 
「…それで、もうどうしていいのかわからなくなっちゃって…」  
 
言いながら見上げた山本は、なにやらまじめな顔で雑誌に目を落としている。  
京子のほうに向けられた表紙にはあからさまなタイトルが踊っていて、  
生々しい描写で綴られた記事を思い出してまた赤面した。  
同級生の男の子に相談するような話じゃなかったかもしれない。  
そう思えばいっそう顔が熱くて、いまさらながら恥ずかしくなった京子は  
とっくにぬるくなったタオルを再び頬に押し当てた。  
目を閉じれば、聞こえてくるのは耳鳴りのような音。  
それに気を取られていた京子は、だから聞き逃したのだ。  
 
「───え?」  
 
あるいは、山本があまりにもいつもと変わらない調子で言ったからかもしれない。  
 
「今、なんて…?」  
 
タオルから顔を上げ訊き返した京子に、山本はごく軽く、答えを繰り返した。  
 
「とりあえず、やってみねえ? って」  
「やってみるって…?」  
 
わけもわからず山本の言葉を鸚鵡返しした京子に、笑いながら山本は机を降りた。  
そしてそのまま、不意打ちに京子にキスした。  
 
「!」  
「…どんなもんかってのは、やってみりゃわかるんじゃねーの?」  
 
至近距離で感じた山本の吐息も体温も、一瞬触れて離れた唇も、ひどく熱かった。  
京子の身体の奥で燻っていた火種はいつしか、山本に飛び火していた。  
 
───どうしてこんなことに。  
答えの見つからない、見つかるあてもない問いを重ねても、状況は変わらない。  
京子は今、のけぞるように仰向いて真上から山本にくちづけられていた。  
椅子に座ったままの京子に覆いかぶさるようにして、山本は京子の唇を貪る。  
反射的に背けようとした顔は山本の手に顎を取られ、  
その弾みに開いた唇の隙間から山本の舌がするりと滑り込んだ。  
抗うように動いた腕の片方は、机の上で手首を掴まれて封じられている。  
 
「ん…っ、んんっ…ぅ、ふ……ぅっ! ぅん……っ」  
 
くちゅ、ぴちゃ…と濡れた音が二人の唇の間から漏れる。  
飲み下すタイミングがわからず溢れた唾液が、喉元へと伝い落ちていく。  
流れ落ちるそばから冷えていくその道筋に、熱を帯びた肌を知った。  
逃げる京子の舌を追うように山本の舌が口の中を這い、気まぐれに歯列や上顎を撫でる。  
つるりとした舌先が上顎の隆起を舐めると、ゾクゾクッと何かが背中を駆け上がった。  
その感覚にびくりと肩を揺らせば、山本が執拗にそこを攻めるから、  
押しのけるつもりで山本の肩にかけた右手は、まるで縋るような動きになった。  
どうして、と思っていたことさえ、次第に遠くなる。  
初めての感覚に押し流され、満たされて、京子は意識ごと全身を山本に預けた。  
 
「笹川、ポジション交代な」  
「え…?」  
 
ようやく唇を解放されたものの、乱れた呼吸に邪魔されてよく聞こえない。  
ぼうっとする頭が理解するより早く、山本の腕が京子を引き起こした。  
くるりと入れ替えられた身体。  
山本は今まで京子が座っていた椅子に、  
京子はその目の前、両足を開いて山本の身体を挟むようにして机に座らされる。  
どうにも逃げようがない。  
そうと知りつつ身じろいだ京子を引き寄せ、その胸に山本が顔をうずめた。  
 
「あ…っ」  
 
制服のブラウスの上からでもはっきりとわかる胸の膨らみ。  
手のひらに包めば少し固いような弾力が押し返してくる。  
ボタンを外すのも面倒で、山本はスカートのウエストからブラウスをたくし上げた。  
隙間から差し込んだ手でブラのホックを外し、ブラウスごとずり上げる。  
 
「や…っ!」  
 
直接肌に触れた山本の手のひらは、所々かさついて硬い。  
その荒れた皮膚の感触は強い刺激となって京子に声を上げさせた。  
 
「あ、あ、っんん…、んぁっ、あっ」  
 
手のひらに包んだ片方をやわやわと揉みながら、指先でつんと尖った乳首をつまむ。  
小さいそれをくにゅくにゅと押しつぶしては、爪先でそろりと引っ掻くと、  
京子はそのたびに身体を跳ねさせて声を震わせた。  
もう片方の乳首には吸いついて、唇に挟んだそれを硬くした舌先で擦るようにすると、  
びくん! と大きく震えて吐息混じりに喘いだ。  
 
「っはぁんっ! あぁ…っ、んっ、ふ…っぅん…っ」  
 
舌と指先で刺激しながら見上げれば、  
しっかりと目を閉じて、けれど唇は開いたまま鼻にかかったような声を上げ、  
時々きゅっと唇を噛む。  
仔犬のように鼻を鳴らし、快感を追う表情はひどく扇情的だった。  
山本は口に含んだ乳首を甘噛みしながら、そろりと膝に手をかけた。  
 
はっとしたように目を開いた京子が肩を掴むのにも構わず、  
膝にかけた手を太腿に滑らせ、内腿を撫で下ろす。  
うっすらと汗ばんだ肌は滑らかで、手のひらに吸いつくようだ。  
スカートの裾もたくし上げて、内腿を滑らせた指先で足の間に触れた。  
 
「や…ぁっ! あ…、ぁはあ…んっ…!」  
 
薄い下着の上から指を這わせると、ぬるりと滑る感触がある。  
熱く湿った布地ごと上下に擦れば、くちゅくちゅと粘った水音がした。  
その音も、そんなところを触られていることも恥ずかしいのだろう。  
じりじりと後ろに下がって逃げようとする腰を膝裏に手をかけ引き寄せれば、  
咄嗟に机の縁を両手で掴んだせいで、山本に向かって秘所を突き出すような姿勢になる。  
山本は足の付け根から下着の中へ指を潜り込ませた。  
 
「っ、すげ…、濡れて…」  
「ぃやぁ……ぁっ、あ、あ、あぁ…っ」  
 
とろとろと溢れたもので、指先はぬるぬると滑る。  
ぷっくりと膨らんだような柔肉をそろっと開いて、  
濡れた亀裂を溢れた粘液を掬い上げるようにして、二度、三度と撫でた。  
そろそろと撫でているだけなのに、ぐちゅぐちゅと音が上がる。  
とめどなく溢れてくるぬめる体液をまとわせた指を這わせて、  
少し尖った感触のある部分に触れ軽く擦った。  
 
「っひゃ…ぁあああん!」  
 
ぬるりと撫でた指に、堪えきれずに京子が高い声を上げた。  
 
敏感な部分への刺激に軽くイってしまったらしい京子は、  
大きく身体を跳ねさせのけぞり、がくんと肘を折った。  
そのまま後ろに倒れそうになった京子を抱きとめて膝の上に抱え、  
はぁはぁと荒い呼吸を繰り返す口に噛みつくようにキスをした。  
 
「んんっ…! ん、ん…っふ……ぅっ、はぁ…っぁ……ん」  
 
絡ませた舌を、軽く噛まれては癒すように撫でられ。  
二人分の唾液を呑み込む隙もないほどのキスは、ぬちゅ、じゅぷ、と卑猥な音がする。  
口の中を蹂躙する山本の舌に応えるので精一杯の京子は、  
縋りつくように山本の肩を掴んでいる。  
もう恥ずかしさよりぬめぬめと擦り合わせる舌先の快感が勝って何も考えられない。  
そんな京子の腰を支えていた山本の右手が、するりと下着のゴムをくぐった。  
 
「んんっ!」  
 
少し開いた山本の脚の上、その隙間に収まっていた尻のほうから滑り込んだ手は、  
たやすく濡れた部分にたどり着く。  
じゅくじゅくと熟れた場所を撫でた指先に、  
思わず逃げるように前へ腰を突き出した京子はびくりと身体を竦ませた。  
下着の薄い布地越しに感じる、硬い感触。  
それが何かわかってしまうのは『勉強』の成果だろうか。  
生々しい感触に覚えた驚きと微かな恐怖に、一瞬我に返った京子はしかし、  
次の瞬間また大きく身体を震わせた。  
 
「あ、あ、あ……ぁっ!」  
 
ちゅくちゅくと濡れた場所を撫でていた山本の指先が、  
くぷん…と京子の中に入ってきたのだ。  
山本の硬い指先は深く突き入れられることはなく、ぬめる入り口をぬぷぬぷと浅く出入りする。  
他に比較するもののない京子には、それさえひどく太く感じて、  
初めての感覚に、山本の肩を掴んだ手に力がこもる。  
前後にある硬いものに迫られて逃げ場のない京子を、山本はさらに追いつめる。  
 
「きゃ…、っあ!」  
 
椅子の背から急に身体を起こした山本に、京子の身体もぐらりと傾ぐ。  
咄嗟にしがみついた京子の腰をぐっと引き寄せ、  
硬く勃ち上がったものを京子の秘所に押しつけた。  
直接触れている手はそのまま、もう片方で京子の臀部を支えて、  
京子のそこを擦りつけるように京子の身体をずりずりと動かした。  
まるで自分が山本の上で腰を動かしているような錯覚に羞恥を感じるよりも先に、  
身体は覚えはじめた快感に反応する。  
 
「あっ、はぁ…ぁっ、あぁ…んっ…、あ、あ、あぁぁ…」  
 
ちゅぷちゅぷと出入りする指の感触と、擦りつけられる硬いもの。  
そして、はっ、はっ、と速い呼吸を繰り返す山本に違う場面を想像して、  
京子はぶるりと背中を震わせる。  
ぎゅっと抱きついた京子の腕の中、胸に顔を埋めていた山本が不意に、  
ブラウス越し、尖りきった乳首に吸いつき歯を立てた。  
その鋭い快感に背中を反らせた瞬間、  
密着した股間の一番敏感な尖りを山本のものが擦り上げた。  
 
「ふぁ…っ! ぁあああ─────!」  
 
目の前で火花が散るように弾けた快感にがくがくっと震えて、  
京子はそのまま意識を失った。  
 
「───…川、笹川?」  
「…ん」  
 
耳元で低く名前を呼ぶ声に目を開けると、  
視界いっぱいに映っているのは真っ白い何か。  
周囲の暗がりの中に浮かび上がるそれがユニフォームに包まれた山本の肩だと気づいて、  
京子ははっと身体を起こした。  
 
「大丈夫か?」  
「あ…っ!」  
 
至近距離から顔を覗き込まれて、京子は今さらながら赤面した。  
まだ山本の膝の上に抱えられている体勢を自覚すればなおさらで、  
京子は慌てて山本の膝から降りた。  
 
「いきなりぐったりしたんで驚いたぜ」  
「っそ、…そう、なんだ…」  
 
こみ上げる羞恥心に顔を上げられない京子の視界で、  
「一瞬だったけどな」とからりと言いながら山本も立ち上がった。  
俯いたままの視線を自分に向ければ、乱れていたはずの制服がきちんと整えられている。  
何事もなかったかのような、自分の姿。  
しかしそれを裏切る、身体に残った違和感。  
なんとなく収まりの悪い胸は、山本が着け直してくれたらしいブラジャーのせいだろう。  
湿ったままの下着も気持ち悪い。  
それなのに、身体はまだ引ききらない熱に火照っている。  
そうやって、さっきまでの行為を反芻するように  
いくつもの違和感を数え上げる自分の浅ましさがいたたまれない。  
そんな京子とは対照的に、「いつの間にか真っ暗だなー」などと言って  
外を眺める山本があまりにいつもと変わりない様子で、  
拍車のかかった羞恥になんだか泣きそうになる。  
一方的に追いつめられ、痴態を晒したあの時間を消してしまえたらいいのに。  
そう思ったら、俯いた視界で爪先がじわりとぼやけた。  
 
「笹川ー」  
「っ…、…なに?」  
 
不意の呼びかけに、かろうじて平静を装う。  
それに気づいているのかいないのか、山本はやはりいつもの調子で言った。  
 
「帰ろーぜ。家まで送ってくからよ」  
 
近づいてきて目の前に立つ山本の言葉に、  
やはり顔を上げないまま首を横に振ろうとした。  
そんな京子の上に「それともー」と、どこか間延びした声が降ってくる。  
 
「…オレん家、来る?」  
「───え…?」  
 
予想外の言葉に思わず顔を上げるとそこには、耳を疑うほどいつもどおりの笑みがあった。  
しかしそれが幻聴ではないことを、続けられたセリフで確認する。  
 
「さっきの続き、一緒に『勉強』しねえ?」  
「!」  
 
山本の提案に、浮かびかけた涙は一瞬で引っ込んだ。  
呆然と山本を見上げる京子の顔に何を読み取ったのか、  
「興味あるのは同じだって、言ったろ?」と山本が笑う。  
その言葉だけを聞けば、一緒に宿題しよう、それだけの意味でしかないようなものが、  
二人の間でだけ全く違う、密かで淫靡な意味を持つ。  
そのことをようやく理解した京子はまた頬を赤く染めた。  
 
「さ、行くか」  
 
京子の返事を待たずに荷物を持ち上げた山本の手には、件の雑誌。  
自分が借りたはずのものを持ち帰られては、その持ち主にどんな言い訳もできない。  
あの敏い親友に秘密にできるだろうか、と、  
また新たな物思いの種を抱えつつ、それでも足取りは軽く、  
京子は山本の後を追って教室を後にしたのだった。  
 
 
  〜END〜  
 

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