「ご・獄寺さん…?」  
 
ふいに私を抱き締めたその腕は、今まで私を抱き締めてくれた誰のものよりさみしい空気を纏っていて、でも安心できる腕だった。  
 
「あ…の…?」  
 
どうしたんですかと続けようとしたら、ぎゅ・と力が入った。獄寺さんは何も言わないまま、おでこを私の肩につけている。ダウンライトがぽつぽつとついた薄暗いダイニング。暖色のライトに照らされてるせいか、獄寺さんの髪は金色に見えた。  
 
獄寺さんの腕が緊張しているのがわかる。腕の後ろが痺れるような、ちょっと冷たくなるような、そんな感じ。  
そっと背中に手を伸ばす。指先が少し汗ばんだTシャツに触れると、私は思い出したように獄寺さんの匂いを意識した。  
抱き合ったまま床にぺたりと座り込み頭を擦り寄せると、煙草の香りと一緒に、ふわりとシャンプーの香り。  
 
(ハルとおんなじ匂いです。)  
 
当たり前か、一緒に生活してるんだから。  
私は気付かれないよう苦笑いをこぼした。  
 
 
夜中に喉が乾いて、お茶でも貰おうとダイニングに来たら獄寺さんがいて。  
手元にある煙草の吸い殻の量がいつもと違ってるのに気付いた私は、注意の言葉をかけようとした。傍に近寄った理由はただそれだけ。  
指先を見つめていた視線がゆらりとあげられて、気付いたら私は腕のなか。  
 
「わりぃ…」  
 
静かで細い声。いつもの獄寺さんからは絶対想像できない声。  
 
「…いーですよ」  
 
気のきいた言葉なんて出てこなかった。何を言ったって意味ない気がしたから。  
そうは思っても、自分の経験の未熟さと語彙の少なさが少しだけ悔しかった。  
 
10年後の世界にきてから、良くわからないことばかり。いつもと変わらないメンバーに囲まれているけれど、空気が違うのは鈍感な私でもわかっていた。  
ビアンキさんと獄寺さんの関係が以前と違うのも気付いていた。  
 
それでも私が心配をしたところで、この人は絶対話そうとしない。まして下手を打って口論になんてなってしまったら、今後一切その話をすることが出来なくなる。  
 
(頼ってくれるの待ってたって言ったら、怒るんでしょうねー。)  
 
「…ハル」  
 
「はひ?」  
 
どれくらい無言で抱き合っていただろう。獄寺さんはようやく口を開いた。  
 
「俺、さ。…10代目の右腕になることだけ考えてる時期とかあってさ。自分の考えてる理想とか押し付けて、それのせいで10代目にすげープレッシャーかけてたんだ。」  
 
「…」  
 
「自分がいつ死んでも、それがボンゴレのためなら惜しくねーし、力の無い自分なんて意味ねーって思っててさ。」  
 
「でも10代目御本人やリボーンさん、山本のバカからさ、そっちのが駄目だって、…それじゃ何も護れねーって…教えてもらったんだ。」  
 
「実力が足りてない自分を認めるの、すげー怖くて。10代目たちと一緒にいる意味なくなっちまうんじゃないかって思って。…でも誰もそんなこと思ってなくてさ。…正直嬉しかった。」  
 
獄寺さんはそこまで言って、一つ深い溜め息をついた。自分を見つめるだけでも大変なことなのに、それを人に話すのはものすごく疲れることだからだろう。  
 

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