ツナと京子が恋人になって間もなく一年が経とうとしていた。
二人は一度も喧嘩することなく、とても仲の良いカップルとして過ごしてきたのだが――。
「君達ってマンネリなんじゃないですか?」
「…え?」
一人の男の言葉がツナを動揺させた。
◆◆◆
「ツナ君どっちがいいと思う?」
京子は色違いのセーターを手にしてツナに見せる。
「う〜ん」
ツナは頭をかいた。
今日は買い物がしたいと言う京子のリクエストでデパートに来ているのだ。
「モスグリーンが綺麗でいいかなーと思うんだけど、ベージュも可愛いし迷うなぁ」
(京子ちゃんなら何でも似合うのに)
そんなことを考えてデレデレするツナ。
「おや?ボンゴレに笹川さんじゃないですか」
その声にツナはドキリとして振り返る。
思ったとおり骸がいつもの笑みを浮かべて立っている。
「む、骸…」
「こんな所で会うとは奇遇ですね」
ひょこっと骸の後ろから髑髏が顔を出した。
「こんにちはボス、京子ちゃん」
「こ、こんにちは」
ツナは骸と髑髏が苦手だった。
骸は味方となった今でもツナにとっては「変人」のカテゴリーに入っているし、
髑髏はいい子なのだがコミュニケーション能力が低く、話をしようとしても続かないのだ。
一方京子は屈託の無い笑顔で二人に話しかける。
「こんにちは。髑髏ちゃんと骸君もデート?」
ポッと髑髏が顔を赤くし、
「ええ、そうなんです」
と何でもないように骸が答える。
「これから寒くなるのでマフラーや手袋を買ったところなんですよ。ちなみにお揃いです」
「わぁ、仲良しだね」
(髪型もお揃いだしなー)
ツナは骸と髑髏を見比べてそんなことを考えた。
(…なんかパイナップル食べたくなってきた)
「ボンゴレ、今僕とクロームに失礼なこと考えませんでした?」
「ひいっ!?か、考えてないよ…」
ずいっと骸の顔がアップになりツナは後ずさった。
骸のこういう所が苦手なのだ。
その後髑髏の意見を聞いて京子はモスグリーンの方を選び買い物は無事終わった。
「どうですか?僕達の部屋ここから近いんです。よかったらお茶でも」
今骸達は黒曜センターではなくマンションを借りているのだ。
ツナは迷ったが髑髏にも
「迷惑じゃなかったら来て…」
と誘われ断るのも悪い気がして京子と一緒にお邪魔することにした。
マンションは思った以上に豪華で部屋も広かった。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい」
リビングでは千種が雑誌を読んでいた。
「おや犬は?」
「ヒマだからって狩りに出かけました」
(狩りって何?何を狩るの!?)
ツッコミたかったが恐ろしい答えが返ってきそうな気がしてツナは言葉を飲み込んだ。
五人は紅茶とドーナツでお茶をしながら和やかな雰囲気になっていた。
最初は何となく緊張していたツナも今ではリラックスしている。
「髑髏ちゃんイタリア語の勉強は順調?」
「うん、日常会話くらいは喋れるようになってきたの」
「すご〜い。私も勉強したら髑髏ちゃんみたいになれるかな?」
「よかったら本とか見てみる?」
「うん」
二人は髑髏の部屋に連れたって行った。
その後ろ姿を見送って骸が微笑む。
「笹川さんのおかげでクローム楽しそうですね」
「そう?」
正直ツナには髑髏はいつもとそう変わらないように見えた。
「僕には分かります。女の子が遊びに来たのが嬉しいんでしょう」
「そっか…。京子ちゃんは素直でいい子だからきっといい友達になれるよ」
「…ボンゴレ、それノロケですか?」
「ち、違うよ!オレはただクロームにも女友達が…」
真っ赤になるツナを骸は「ハイハイ」と子どもをあやすようになだめる。
「大体自分だってクロームのことノロケるくせに…」
小さく呟いたつもりだったが
「聞こえてますよ」
(地獄耳〜!)
「僕は別に非難したわけじゃありません。大いに結構なことだと思いますよ。
それだけ相手を愛してるということでしょう」
愛してるとさらりと言われてツナは再び真っ赤になった。
「…まあそうだけど」
「ところで」
骸はツナににじり寄った。
「セックスの方はうまくいってますか?」
「ブッ!」
ツナは口に含んだ紅茶を勢いよく噴出し千種にかけてしまった。
「ご、ごめん!」
「…大丈夫」
千種は無表情でティッシュで顔を拭いた。
もう温くなっていたのが幸いだ。
ツナはキッと骸を振り返った。
「いきなり何て話するんだよー!」
「いいじゃないですか、男同士腹を割って話すのも。ちょうど女性達も席を外してるわけですし」
「だからって…」
ちらっと千種を見るが、彼は知らん顔で雑誌を読んでいる。
とても助け舟は出してくれそうもない。
それにツナも正直他人の話が気にならないわけではなかった。
獄寺や山本は未だ恋人がいないから話が聞けないし、
大人でそういうことには長けていそうなディーノは最近忙しいらしく会えない。
身近にいて恋人を持つ骸と話をしてみるのも悪くはない気がした。
「うまくいってるかってつまりどういうこと?」
「そうですね。まず君達週何回してますか?」
ツナは首を傾げた。
初めて結ばれたのが半年前で、それからしばらくは夢中で体を重ねていた。
…が、最近はそう頻繁にはしなくなっていた。
京子に興味がなくなったわけではもちろんない。
ただどちらかの家で過ごす時でも他愛のないお喋りをしたりDVDを観たりと、
二人で穏やかな時間を過ごすようになっていたからである。
「最近は月二回くらいかなぁ…」
「月に二回!?」
骸は彼らしくもなく素っ頓狂な声を上げた。
「僕とクロームなんてほぼ毎日ですよ!?」
「毎日!?」
ツナも仰天した。
が、一緒に暮らしているのだからそれも有り得るかと納得する。
「君達家が遠いわけでもないし、学校でも会えるのでしょう?それで月二回ですか?
あ、もしかして一回のセックスが濃いという奴ですか?」
「別に普通だけど…」
「普通…。ちなみに一回につき何発ですか?」
「二発か…一発で終わる時もあるけど」
「いっぱつぅぅっ!?」
絶叫する骸にツナは正直に話したことを後悔した。
同時にこの男の口を封じたくなった。
「ボンゴレ、君一発で満足できるんですか!?今ってまさにやりたい盛りじゃないんですか?」
ツナは何も言えなかった。
京子のことは大好きだが骸と髑髏のように毎日したいかというと特にそうは思わない。
それがどうしてなのかツナにもよく分からないのだ。
黙っているツナを見て骸は首を横に振りながら言った。
「ボンゴレ、君達ってマンネリなんじゃないですか?」
そして冒頭に至るわけである。
◆◆◆
(マンネリ…?オレと京子ちゃんが?)
そんなわけないと心の中で否定する。
自分達は付き合いだしてからずっと上手くやってきた。
マンネリなんてあるはずない。
(でも…)
「君はそんなつもりなくても、笹川さんの方はどうでしょうね」
思っていたことを口に出されてツナはハッとして骸を見た。
「彼女の方から誘ってくることもないんでしょう?案外もう気持ちが冷めてるのかもしれません」
確かに京子から誘われたことはなかった。
する時はいつもその場の雰囲気だったような気がする。
京子はそういったことにはあまり乗り気ではないのかも…とツナは思った。
「正直に言って君と笹川さんは釣り合ってませんよね」
「うっ」
「僕と最初に出会った頃に比べたら最近の君は瞳が大きいしやたらキラキラしてますけど、
所詮モブ顔が主人公らしくなった程度ですし」
「何だよモブ顔って!主人公って何のこと言ってるの!?」
ストレートな骸の言葉に心はズタズタになりながらもツッコミは忘れないところが悲しい性である。
「それに比べて笹川さんはクロームとはまたタイプの違う明るい可愛らしい女性ですからね。
最初のうちはよくてもだんだん君に飽きてきたのかも…」
「うう…」
きっぱりそんなことはないと言えないところが情けなくツナはうなだれた。
骸はやけに人の良さそうな笑顔を浮かべてツナの肩を叩いた。
「大丈夫ですよボンゴレ。僕に任せればマンネリ打破できますよ」
「マンネリ打破…?」
クフフ…と怪しく笑う骸に任せて大丈夫なのかという不安があったが今頼れるのが彼しかいないのも事実である。
ツナは千種の「やめておきなよボンゴレ」という視線に気付かず骸に言われるままに寝室へついて行った。
骸と髑髏が使っている寝室には大きなダブルベッドが置いてあった。
あんな話をした後だからつい二人は毎晩ここで…と想像してしまう。
「で、マンネリ打破の方法って?」
寝室に連れて来られた時点で何となく想像はついていたが一応聞いてみる。
「クフフ、それはもちろん今までとは一味変わったセックスをすることです」
やっぱりか…とゲンナリするツナに骸はチッチッチと指を振る。
「セックスを甘く見てはいけません。セックスは体で互いを理解し合う行為。
極めれば刺激的なボンゴレに笹川さんも惚れ直すこと間違いなしです」
自信満々な骸にツナも何となく納得してしまった。
骸はベッドの下から箱を引きずり出した。
「まずは基本からですかね」
そう言って床に並べていくのはローターやバイブなどいわゆる大人の玩具である。
「一口にローターといっても種類や形が豊富なので好みに合った物を探すのが大切ですよ。
例えばこれは防水機能がついていてお風呂でも使えるんです」
得意げに解説する骸に、初めて見る大人の玩具に引き気味だったツナもだんだんと興味を引かれていった。
「これ苺の形してるんだ…」
「そうです可愛いでしょう?最近はいろんなデザインの物が出てて面白いですよ」
骸は一つを手に取るとスイッチを入れた。
思ったより静かな音で振動が始まる。
「おぉ〜」
思わず感嘆の声を上げるツナ。
「ここで強さを調節できますから、焦らすのも思うがままですよ」
次に骸は様々なローションを取り出した。
「これはハチミツ入りで肌に優しいローションです。マッサージにも使えます」
「マッサージ?肩とか腰に?」
ツナの問いに骸はやれやれと頭を振った。
「そういうマッサージじゃありません。これを感じやすい部分に塗って撫でるようにマッサージすると快感が得られるんですよ」
「へぇ〜」
自分は本当に何も知らないんだなぁと思う一方、やたら詳しい骸に感心していいのか呆れていいのか悩むツナだった。
道具や薬についてツナの知識が豊富になったところで骸はまた新たに床に並べ始めた。
「…これって」
手錠に縄、蝋燭…とどう見ても危ない用途に使うとしか思えないグッズにツナは顔をひきつらせた。
やっぱり骸って変態だ…そんな思いがツナの頭を駆け巡る。
「クフフ、ドン引きしてますねボンゴレ。しかしこれは結構盛り上がるんですよ」
「骸とクロームって毎晩どんなことしてるんだよ…」
「聞きたいですか?」
「…やっぱいい」
そう言うと残念そうに骸は引き下がった。
「どうやらボンゴレはSMプレイはお気に召さないようですね。一度試してみると新たな世界が開けるかもしれないのに」
「いや、そんな世界閉じたままでいいから」
ぶんぶんと首を横に振るツナを見て骸は納得したように頷いた。
「そうですよね。ボンゴレはいじめる側よりもいじめられる側がお似合いですし」
これで笹川さんが意外とSだったら面白いのにと恐ろしいことを呟きながら骸は立ち上がった。
何をするのかと見ているとクローゼットを開く。
そこに掛かった数々のコスプレ衣装にツナはまたもや開いた口がふさがらなくなった。
「これを着てプレイするのが最近のお気に入りなんです」
「それってイメクラってやつ…?」
「まあそういうことです」
骸は何着か出してベッドに広げた。
真っ白なナース服にフリルのたくさんついたメイド服、そしてセーラー服。
「ナース服の時は僕も白衣を着てドジッ娘ナースをお仕置きするドクターの役をやります。
そんな感じでなりきってプレイするのが醍醐味ですね」
「それ楽しいの?」
「ボンゴレも一度やってみてはいかがです?意外とハマりますよ」
「そうかなぁ」
ツナは衣装を眺めた。
(…京子ちゃんに似合いそうではあるけど)
それらを着た京子を想像してツナの頬が緩む。
「まあボンゴレはドクター役よりも患者役という感じですね」
介護プレイもいいかもしれません、今度やってみましょうと骸は思った。
◆◆◆
その後骸は未使用の玩具や衣装を紙袋に詰めて「お土産です」と渡してきた。
リビングに戻ると千種はさっきのままの姿勢で雑誌を読んでいる。
「おや、あの二人はまだ戻ってないんですか?」
「はい。ずっと部屋にいます」
千種が答えたところで二人が戻ってきた。
「ごめんなさい、つい話が弾んじゃって」
「いえいえ。クロームの相手をしてくれてありがとうございます」
そろそろ夕飯の時間なのでツナと京子は帰ることにした。
「ごちそうさまでした。髑髏ちゃん、今度はハルちゃんと花と一緒にケーキ屋さん行こうね」
「うん」
髑髏は嬉しそうに頷く。
骸はツナだけに聞こえるように「楽しい夜を過ごしてくださいね」と囁いた。
ツナは大きな袋を持ってぎこちない笑みを返すしかなかった。
そのため京子と髑髏が意味ありげな視線を交わしたことに気がつかなかった。
マンションを出ると辺りはもう暗く冷たい風が吹いている。
二人は自然と身を寄せ合いどちらからともなく手を繋いだ。
(京子ちゃんの手冷えてる…)
ツナは京子の手を包み込むように握り締めた。
(これからどうしよう)
本来の予定では夕食までに京子を家に送り届けるつもりだった。
しかし京子とこのまま別れていいのだろうかという気がする。
『案外もう気持ちが冷めてるのかもしれません』
『正直に言って君と笹川さんは釣り合ってませんよね』
『最初のうちはよくてもだんだん君に飽きてきたのかも…』
骸の言葉が甦り、右手に持った袋がずっしりと重くなる。
『セックスを甘く見てはいけません。セックスは体で互いを理解し合う行為。
極めれば刺激的なボンゴレに笹川さんも惚れ直すこと間違いなしです』
「ツナ君…。ツナ君どうしたの?」
うつむいて考え込んでいたツナはハッと顔を上げた。
京子が心配そうに顔を覗き込んでいる。
「あ、ごめん。何でもないんだ」
ごまかすように笑顔を向けるが京子の顔色は晴れない。
ぎゅっとツナの腕にしがみつく。
「どうしたの京子ちゃん」
ようやくツナは京子の様子がいつもと違うことに気がついた。
「ツナ君、私…」
京子は少しためらった後、大きく息を吸い込んだ。
「帰りたくない。もっとツナ君と一緒にいたい」
◆◆◆
十分後二人はホテルの一室にいた。
家には急な用事で遅くなると連絡済だ。
ツナは横目で京子を窺う。
ホテルに入った時から京子はずっと黙って俯いたままだ。
(京子ちゃんから誘ってくるなんて初めてだ…。嬉しいけど、京子ちゃん何か様子が…)
「ツナ君」
「うん?」
「先にシャワー浴びてきて…」
京子は頬を染めてバスルームを指差す。
「う、うん。じゃあお先…」
ツナはぎくしゃくした足取りでバスルームへ向かった。
「ふー」
ドアを閉めて大きく息を吐く。
京子の様子がおかしいせいでどうも自分まで妙に緊張してしまう。
と、自分が骸からもらったお土産の入った袋を持ったままであることに気付いた。
(こんなぎこちない空気じゃあとても道具なんか出せる雰囲気じゃないよ…)
むしろいつもどおりできるかどうかも怪しい。
ツナは再びため息をつくと袋を床に置くと服を脱ぎ始めた。
ザー…。
熱いシャワーを浴びているうちにツナは少し落ち着いてきた。
(やっぱ道具はまた次の機会に使おう。今日はせっかく京子ちゃんから誘ってくれたんだし、
いきなり道具使おうなんて言って引かれたら困るし)
その時扉の向こうで人が動く気配がしてツナはシャワーを止めた。
曇りガラスに京子のシルエットが映っている。
「京子ちゃん?」
「ツナ君…。私も入っていい?」
「えっ!?」
(い、一緒に…?)
気持ち的には大歓迎なのだが今まで一緒に入ったことがないのでツナは動揺した。
扉の向こうで京子が服を脱ぐのがぼんやりと見え、ツナはゴクリと唾を飲んだ。
「きゃっ」
小さい悲鳴と同時に何かが床に転がる音がする。
ツナは急いで腰にタオルを巻くと扉を開けた。
「京子ちゃん、どうし――」
そこまで言ってツナはぎゃっと心の中で叫んだ。
袋が倒れ床にはローターやらローションやらが転がっているのだ。
どうやら京子の足が当たって袋が倒れてしまったらしい。
「ごめん、今拾うね」
すでにバスタオルを体に巻いただけの姿になった京子がそれらを拾おうとするのを
ツナは慌てて制した(一瞬胸に目がいったのは男の性である)。
「だ、大丈夫!オレが拾――」
しかし今一歩遅く京子はローションが入った箱を拾ってしまっていた。
箱に書かれた文字を見て目を瞬かせる。
「これって…」
しばし考えた後京子はツナを見上げた。
「…これ骸君からもらったお土産だよね?」
「う、うん…」
どうやら京子はこれらの用途を知っているらしい。
骸からこんな物をもらってきたなんて一体どう思うだろうか。
二人は大人の玩具が散乱した床を声もなく見つめていた。
なかなかにシュールな光景である。
沈黙を破ったのは京子だった。
「…これ使ってみない?」
「ぬぇっ?」
思わず間抜けな声を出してしまう。
「えと、だから…。これ使ってみない?せっかく骸君がくれたんだし…」
焦ったように早口で喋る京子をツナは驚いて見つめた。
こうもあっさり京子が受け入れてくれるとは思わなかった。
やはり今日の京子はどこかおかしい。
しかし京子から使ってみようと言ってくれたのだからこちらから断る理由はない。
ツナは京子の手を取った。
京子はツナに背を向けた状態でシャワーを浴びている。
白く瑞々しい裸体が水に濡れ、肌を流れる水滴が蛍光灯の光を反射してキラキラと輝く。
明るい中で京子の裸を見るのは初めてだった。
抱き合う時でも京子が恥ずかしがるのでいつも電気を消していたからだ。
(京子ちゃんやっぱ肌綺麗だな…)
ポヤーッとだらしのない顔をしながらツナはローションの瓶を目の前にかざした。
骸に説明された蜂蜜入りの物だ。
「京子ちゃん」
呼びかけると京子はシャワーを止めてこちらに顔を向けた。
手を伸ばし濡れた髪から紅潮した頬にかけて撫でると気持ち良さそうに目を閉じた。
ほんのりと温まった体を抱き寄せ唇を重ねると、閉じられた瞼を縁取る睫毛がふるふると震えた。
そのまま啄ばむような軽い口付けを何度も交わす。
京子の体の力が抜けたところで一旦体を離し、ローションを手のひらに出した。
(えーと、感じやすい場所に塗って撫でるようにマッサージ、だったよな…)
その手で胸に触れると、ぬるっとした冷たい物を塗られる感触に京子はびくりと体を震わせた。
ローションのぬめりのおかげでいつもより滑らかな手つきで、丸く円を描くように乳房を撫で回す。
柔らかな膨らみは揉みしだかれる度に形を変えた。
「や、あぁ…」
京子は甘い声を出しながら壁に背中を預けた。
「どう?気持ちいい?」
胸の頂上の赤い果実に塗りこみながら尋ねると京子は小さく首を振った。
それがツナの問いに対する答えにしろ快感から来る震えにしろ、気持ちいいのは確かのようだ。
一通り胸を愛撫し終わるとツナは京子の体を眺めた。
白い乳房に黄金色の蜜が塗りつけられ、それが重力に従って下腹部へと垂れている様はひどくいやらしい。
(…感じやすい場所ってことは、アソコもいいのかな)
いいも悪いもローションはそもそも挿入をスムーズにするために女性器の周りや中に塗るための物である。
そんな本来の目的を分かっていない辺り骸に馬鹿にされるのも仕方がない。
わざわざ箱に書いてある説明文を確認する。
(大丈夫だ)
当たり前だ。
新たにローションを手に出し京子の秘所に運ぶ。
京子自身が溢れさせる愛液とローションが混じり合ってくちゅくちゅと粘着質な音を立てる。
「あ…はぁっ…」
耳からも犯されるような感覚に京子はツナの肩にしがみついて体を震わせる。
吐息が首筋をくすぐりツナは空いた左手で京子の腰をしっかりと抱きしめた。
「ツナ君…」
切なく自分を呼ぶ声に愛しさが増す。
自分の名を何度も繰り返す唇を塞ぎ、柔らかな舌を絡め取り軽く歯を立てる。
唾液や息までも吸い取ってしまうほど激しい口付けに、京子は息苦しさを覚えてツナの肩をぺちぺちと叩いた。
最後に唇を舐め上げて解放すると京子の瞳はうっすらと涙が滲み快楽に蕩けていた。
大好きな、大切な女の子。
か弱い彼女を守ってあげたいとずっと思ってきた。
抱く時もいつも壊れ物を扱うように優しく抱いていた。
しかし今、壊してしまうほど強く抱きたいという矛盾した欲望が湧き上がってくるのをツナは感じた。
床にしゃがみ込むとツナは京子の秘部に顔を近づけた。
赤く熟れたその場所はぬらぬらと光って、蜂蜜の噎せ返るような甘い香りが鼻を刺激する。
その香りに誘われるようにツナは舌を差し込んだ。
「ひゃうっ!」
生暖かい舌の蠢きに京子は崩れそうになる体を必死で支えた。
口の中に広がる甘いような酸っぱいような味をツナは夢中で貪った。
花弁の中を舌でなぞり、ぷっくりと充血した淫核を刺激する。
「や、ダメ、ツナ君…!」
京子の切羽詰った声に流石にハッとして、ツナは顔を離した。
その直後京子のそこからぴゅっ、と潮が噴出す。
京子はぐったりとしゃがみ込んだ。
ツナは慌てて京子を抱きとめる。
「京子ちゃん、ごめんオレ夢中になっちゃって――」
「ううん、いいの…」
京子は緩く首を横に振り微笑んだ。
「ツナ君が私に夢中になってくれるのは嬉しいから…」
「京子ちゃん…」
抱きしめる腕に力を込め、ツナは京子の顔にキスを降らせた。
「…ツナ君」
「ん?」
「あの…」
口ごもっている京子の視線を追うと腰に巻いたタオルが妙な形に膨れている。
今の京子の痴態ですっかり勃ち上がってしまっているのだ。
気まずさと照れくささでツナはバツの悪い顔になったが、京子の次の言葉で今度は驚きの顔になった。
「私が…口でしようか…」
フェラは今までしてもらったことがなかった。
してもらいたいと思ったことはあったが何となく言い出せずにいたのだ。
まさか京子から言い出すとは思いも寄らなかった。
「…嫌?」
返事をしないツナに心配そうに尋ねる京子。
ツナは高速で首を横に振った。
せっかくのチャンスを断るわけがない。
「お、お願いします」
タオルを取ってバスタブの縁に腰掛けると京子はその前にしゃがみ込んだ。
そしてさっきまでツナが使っていたローションを自分の手のひらに出す。
「感じやすい場所に塗って、撫でるようにマッサージ…」
小さく呟いた言葉をツナは聞き逃さなかった。
(オレが骸から聞いたのと同じこと言ってる…)
何でだろうと思った瞬間、京子の手が自身をそっと掴んだのでそれどころではなくなった。
細い指が性器にローションを塗りこんでいく。
怖々と触れているせいかくすぐったい。
根元まで丁寧に塗ると、下の袋の部分まで手を伸ばす。
全て塗り終えると京子は舌を出して先端をぺろりと舐めた。
「っ…!」
舐めている物体はグロテスクな色と形なのに、京子の顔はアイスキャンディーを舐める子どものようにあどけない。
そのギャップがツナを興奮させた。
「甘い…」
「蜂蜜が入ってるから…」
「そっか」
納得したように頷くと京子はつーっと舌を裏筋に這わせた。
ぞくぞくと快感が背筋を走る。
先端からは先走りが滲み出て、京子はそれも舐め取った。
「ん…。これは甘くないね、苦いや…」
少し眉をしかめて上目遣いにツナを見つめる。
(そんな可愛い顔でそんなこと言わないで――っ!)
直接的な刺激と同時に精神的なツボまで刺激されツナは悶えた。
そんな男の心理状態を知ってか知らずか、京子は尿道口を舌先でつついてくる。
(何で!?何で初めてなのにこんな的確に気持ちいい場所知ってんの!?)
指や舌の動きは疎いのにことごとく男の感じる部分を責めてくるのが奇妙だ。
まさか天然でここまで出来ないだろう。
ということは本で読んだか誰かに教わったか。
しかしそんなことを考える余裕が今のツナにはなかった。
そろそろ限界に達しようとしている。
「京子ちゃん、口離し…」
「え?」
顔を上げようとして先端が歯に軽く当たり、それが引き金となって白濁が京子の顔に命中した。
驚いた顔のまま固まっている京子の頬をどろりと伝う。
「うわーっ!ごめん京子ちゃん――!」
ツナは慌てて京子の顔を洗い流した。
「びっくりしちゃった」
「ホントごめんっ!」
「ツナ君気持ちよかった?」
「え?そりゃあもう…」
そう言うと京子は嬉しそうに笑った。
「よかった。私初めてだから上手く出来るか不安だったんだ。ツナ君が気持ちよかったなら安心した」
「京子ちゃん…」
健気な言葉にツナは感激した。
「じゃあ、体洗おっか。ベタベタだもんね」
「うん」
「ねえツナ君、骸君は他に何くれたの?」
ツナにシャワーを浴びせながら京子は尋ねる。
「オレも全部は確認してないけど、後はローターとバイブと…。あ、ナース服も入れてたなぁ」
「ナース服…」
「骸がドクター役でナースのクロームにお仕置きするんだって。それが骸は楽しいらしいけど」
オレにはよく分かんないな〜とぼやくツナに京子は言った。
「じゃあ私達もやってみたら分かるかも」
「えっ」
「私がナースでツナ君がドクターの役」
京子の言葉にツナは戸惑った。
(ナース姿の京子ちゃんが見られるのは嬉しいけど…。
でも京子ちゃんホントどうしちゃったんだろう。いつになく積極的だ…)
ツナは一足先にバスルームを出ると袋からナース服を取り出し脱衣籠の隣に置いておいた。
トランクス一枚でベッドに座り袋の中身を全て出す。
中身は京子に言った物全てが入っていたが、ツナが知らない間に入れられていた物もあった。
――乗馬鞭である。
「何でだよっ!!」
この場にいない骸にツッコむ。
(SMの世界には興味ないってあれほど言ったのに何で入れるんだよー!
叩けってか。オレに京子ちゃん叩けってか――!?)
鞭を握り締めたままブルブルと震えるツナ。
そこへ京子が戻ってきた。
純白のナース服から伸びるすらりとした脚が美しい。
またもやポヤーッとだらしない顔で見とれるツナだったが、京子の方は彼が持つ鞭を見て表情を強張らせた。
それに気付いてツナは慌てる。
「あ、これは違――」
「ぶつの…?」
怯えたように瞳を揺らす京子にときめきながらツナは鞭を壁に放り投げた。
「ぶたない!オレが京子ちゃんをぶつわけないじゃん!」
「でも、ツナ君がしたいなら私…。こういうことはお互いの趣味を尊重させることが大事だって髑髏ちゃんも…」
「え、クローム?」
「あ…」
しまったというように慌てて口を押さえたが、やがて決意したように京子はツナの隣に腰掛けると
「実は今日髑髏ちゃんに相談に乗ってもらったの」
と話し出した。