今日のザンザスは朝から機嫌が悪かった。  
 ただそれだけだ。  
 そこにうっかり踏み込んだ京子は実に不運だった、と言うしかない。  
 踏み込ませたのは自分だが。  
 おかげで、ボスの機嫌は少しよくなった。一応、感謝してやらないでもない。  
 服の汚れを隠すように、恥ずかしそうに胸の辺りを握りしめる白い手を見下ろしながら、スクアーロはそんなことを思った。  
 
 
*  
 
「あ、あの、スクアーロさんが、持って行けけって……」  
 ノックの返事から不機嫌さは扉越しに伝わってきていたのだ。  
 京子は気の毒なほどびくびくと身を震わせながら、大仰なチェアにどっかりと腰を下ろしてぎろりと己を睨む視線を受け止める。  
 飾り気のない白い器を抱えた両手が、小さく震える。  
 中に盛られた大粒のぶどうが、ころんと一つ房から外れて山の上を転がった。  
 
「…………」  
「ぶ、ぶどう、です。日本のって、食べたこと、ありますか? 甘いんですよ」  
 はい、と両手で差し出して、精一杯笑顔を見せる。  
 機嫌が悪いときはいつも以上に無口で、口調も乱暴で、空気もギスギスとするけれどほんとうは優しいひとだと、京子は信じている。  
 甘い甘いぶどうが、彼の心を落ち着けてくれたらいい、とひっそり願ったから、スクアーロの頼みを引き受けたのだ。  
 
「いらねぇ。出てけ、カス」  
 きつく言われて、びく、と肩が震えた。  
「あ、あのでも、せっかくスクアーロさんが冷やしてくれたのに。一個だけでも、ね?」  
 ザンザスの返事を聞かず、サイドテーブルに器を勝手に置いて、気が向いたら食べてくださいね、と顔を見ないまま伝えた。  
 出てけ、と言われているのだから、早く出て行くに越したことはない。  
 食器は後で取りに来よう、と身を翻したところで、手首を乱暴に掴まれた。  
「え?」  
「…………食べてやっても、いいぜ」  
「ほんとうですか?」  
 ああ、とザンザスはくちびるの端を歪めた。  
 いいひと、からはちょっと遠い表情だった。  
「食わせろ」  
 ときどきこのひとは、子供のようだと京子は思った。  
 身体が大きくて頭もいいくせに、我がままで横暴だ、と。どうやったらこんな危険な人間が出来上がるのだろう。  
 
 返答を迷っているうちに、早くしろ、とザンザスが焦れたようにもう一度低い声で告げる。  
 迷ったところで答えは一つだ。  
 ザンザスに逆らうことなんて、出来ないししたくない。  
 小さく頷いて、大粒のぶどうを一つつまみあげる。  
 ゆるく掴まれた手をするりと解いて、丁寧に皮を剥いていく。  
 
 そういえば皮ごと食べようとしていたランボを慌てて止めて、こうして剥いてやったことがあった、と懐かしく思い出して小さく笑った。  
 早く早く、もっともっととせっつかれて、結局あの時、自分は一粒しか食べられなかったけれど、嬉しそうなランボの顔が、京子も嬉しかった。  
 あんな顔をしてくれたらな、と逆立ちしても無理なことを思う。  
 
 つるんと姿を表した淡い宝石のような色のそれを、相変わらずの無表情の前に差し出す。  
「どうぞ」  
 その手首をぐいと引かれて、ついでに腰も抱きかかえられて、気がついたらザンザスの膝の上にいた。  
 あれ、と思う暇もなく、ザンザスが掴んだ手首を口に寄せて、京子の指ごとぱくりと咥えた。  
 びっくりして声も出なかった。  
 ザンザスは器用に果実だけを舌で奪い取ると、申し訳程度に数回咀嚼をして飲むように嚥下する。  
 その喉もとに見とれていると、咎めるように見開かれた鋭い瞳が京子を睨む。  
 慌てて、もう一粒を摘み上げて、だけど手首は握られたままなので仕方なくその目前で皮を剥く。  
「お、美味しいですか?」  
 差し出された新たな粒を、また指ごと奪い取られて、くすぐったさに皮膚がぞわりとする。  
 ああ、と低く呟いたその声音が嬉しくて、皮を捨てがてらまた一粒つまみ上げて、皮に爪を引っ掛ける。  
 
 3度ほどそれを繰り返してから、そういえば、ハンカチを持ってきていなかった、と果汁で濡れて光る指を見てふと思った。   
 指を伝った雫が手のひらを伝った。  
 あ、垂れる、と思った次の瞬間には、ザンザスの舌がそれをぺろりと舐め取った。  
「……っ、」  
 身を震わせる。ちらりと眉を上げた片目と目が合った。  
 指に挟まったままの粒に歯を立てて、半分だけザンザスが噛み取った。  
 じわ、と溢れた蜜がついにぽたりと垂れて、彼の白いシャツを汚す。  
「あっ、ごめんなさい!」  
 どうしよう、と繰り返しながら、何か拭くものを、と膝から降りようとするけれど、腰に回った手はがっちりと硬く京子を捕らえて離さない。  
「あの、シミになっちゃいます……」  
 頓着せずに、残りの半分もぱくりと口にする。  
「……早くしろ」  
 くだもののシミはなかなか取れないのに。  
 潔く真っ白なそのシャツについたシミを、泣き出しそうな気分でちらりと見やって、もう一つぶどうを手にする。  
 とりあえず、機嫌よく食べているザンザスの気がすむまで続けないと。シャツはそれからだ。  
 
 はい、と差し出した粒を、赤い舌を突き出して咥えたザンザスの大きな手が首の後ろに突然回った。  
「お前も食え」  
 あっという間にくちびるが重なって、薄く開いた隙間からみずみずしい果実が押し込まれる。  
 それを追うように彼の熱い舌が入り込んで、京子の呼吸を奪った。  
「……っ、……んんっ!」  
 くちの中でごろごろと丸い果実を転がされて、甘い果汁が唾液と絡まる。  
 歯に押し付けられて身が割れて、ますます溢れた汁が顎を伝って喉へこぼれた。  
 甘い。  
 溶けてしまいそうだ。  
 みずみずしいくだものの香りにくらりと酔って、京子は本能のままザンザスの舌を受け入れる。  
「ん……ふ、あ……あ、ん……」  
 重ねたくちびるのはしが、楽しそうに歪んでいる気がする。  
 ザンザスがサッカーボールのように追いかけていた果実は、とうとうその実の形を保ったまま喉の奥に押し込まれてげほ、とむせた。  
 ようやく、くちびるが開放される。  
 
 けほけほと震える肩を、大きな手がそっと撫でた。  
「美味いか」  
 耳元で低く尋ねられて、なんとか、はい、と頷いた。  
「よこせ」  
 サイドテーブルに手を伸ばす。  
 呼吸はまだ苦しいけれど、それよりも喜んで食べてくれるのが心から嬉しい。  
 欲を言えば手を離して欲しいけれど、下手なことを言って機嫌を損ねてしまうのは恐ろしかった。  
「どうぞ」  
 差し出そうとしたところで、背に触れていた手が突然すそから入り込んで素肌に触れた。  
 驚いて思わず粒を取り落とす。  
 ぽろりと指からこぼれた剥き身のぶどうは、京子の薄いピンクの服にもシミをつけたあと、ザンザスの胸へと落ちた。  
 白いシャツの胸元が、盛大にぶどう色の模様を作る。  
「あっ、ごめんなさい! ……きゃっ」  
 慌てる京子の細い身体を、強くザンザスが抱き寄せてくちびるを奪う。  
 密着した身体の間で、くちゃ、と生々しい音がする。  
 腹のあたりがじんわりと湿って、ぶどうがつぶれた、と思った。  
 なぜザンザスがそんなことをするのか、口付けに翻弄される京子には判らない。  
 
 やっとくちびるがはなれて、はあ、と吐息が漏れた。  
 数度肩での呼吸を繰り返して、目の前の冷たい瞳をじっと見つめる。  
「お洋服、汚れちゃいました」  
「……そうだな、お前が汚した」  
 とんだ言いがかりだ。  
 だけどザンザスが口にすれば、すべて己が悪いような気がしてくるから不思議だ。  
 ごめんなさい、と小さく呟いて深くうなだれる。  
「償え」  
「……はい」  
「脱がせろ」  
 そうね、お洗濯に持っていかなくちゃ、と考えた京子は、何のためらいもなく果汁で少しべとつく細い指を、シャツのボタンにかけて、一つずつ丁寧に外していく。  
 手首のボタンまですべて外し終えて、肩を滑らせてそっとその逞しい腕から袖を引き抜く。  
 一人で服も脱げないなんて、ほんとうに子供みたいだ。  
 
「お前も脱げ」  
「………………え?」  
「汚れている」  
 見れば確かに、自分の服の胸元から腹にかけてべっとりとぶどうのシミが広がっている。  
 でも、と瞳を揺らすと、早くしろと有無を言わさぬ声音で命じられる。  
 
 このままここで、また抱かれるのだ。  
 そう予感を抱いただけで、腰の辺りが切なく痛む。  
 何故かは判らない。  
 理由が知りたくて、意を決して洋服の裾に手をかけた。思い切って脱ぎ捨てて床に落とす。  
 じっとザンザスが下着のみの身体を見つめている。  
 恥ずかしくなって顔を逸らした。  
 くびすじにくちびるが落ちてくる。  
「……んっ、」  
 熱を高められた身体は従順に反応をしてみせ、甘い声が漏れてますます羞恥が深くなる。  
 大きな手のひらが背中を撫でた。  
 もっと触れて欲しくて、いつものように乱暴に扱って欲しくて内側がうずく。  
 もどかしくて、自分が自分でないようだ。  
「脱げ」  
 暗示に掛けられたように、両手を背中に回してホックを外す。  
 腕からするりとそれも抜き取って、さっき脱ぎ捨てた服の上にぽとりと落とした。  
 露わになった両のふくらみの先端は、すでに硬く張り詰めて男を誘う。  
 片手に足りないほどの乳房をやわやわと揉まれていたかと思うと、前触れもなく指先でぎゅっと頂を挟まれて、思わず身体がのけぞった。  
「ひゃんっ、あ……ん……」  
 
 執拗にこね回されて、深い深い口付けを幾度も交わして、ねっとりと身体中を撫で回されて。京子の思考は完全に溶けてしまった。  
 自分でも判るほど濡れた下肢に触れて欲しくて、両腕を太い首に回してザンザスの意識を引く。  
 薄目で彼を見やれば、相変わらずの冷えた目がそこにあった。  
 
「……ザン、ザスさん」  
「欲しいか?」  
 まっすぐときつい視線で問われて、浮かされた身体が少し冷えた。  
 だけど素直にこくりと頷いた。  
「だったら自分で入れろ」  
 あんまりだ。服を汚したことを、そんなに怒っているのか。  
 京子は泣き出したくなった。  
 でも例えここで泣いたとしても、ザンザスはこの凍えるような目で、面倒な女に用はない、などと言いそうだし、まるで無意味だ。  
 それに熱く火照った身体を沈めるには彼が必要なのだ。  
 結局、この傲慢な男に身を預け、従い、すがるしかないのだ。  
 
「…………はい」  
 消え入りそうな声で頷いて、ザンザスの膝から降りる。  
 くつもスカートも下着も乱雑に床に脱ぎ捨てて、ザンザスのベルトに手をかけて反応を見せるそれを取り出した。  
 実はじっくりと見るのは初めてだった。こんなものが、自分の中に埋め込まれるのだ。  
 想像だけで、外気に触れた秘部がとろりと熱くなる。  
 その様子を、いかにも楽しげに見下ろされて全身がますます熱くなった。  
「乗れよ」  
 顔を上げた途端にまた細い身体を持ち上げられてザンザスの上に跨がされる。  
 この状態で入れろというわけか。  
 張り詰めた先端をあてがって、ゆっくりと慎重に腰を落とす。先端が内部に入り込んで、背筋にぞわぞわと酷い快感が走った。  
「んっ! やぁ、あ……」  
 甘い声を漏らしながらどんどんとザンザスを自分の中に埋めていく。  
 時折意識が薄れて倒れそうになる身体を、両手を彼の首に回して支えた。  
 
 すべてを飲み込んだころには、それだけですっかりと息が上がってしまいぶるると身を振るわせた。  
「ザンザス、さん……んく、苦しい……」  
 熱いものが埋め込まれたそこからは確かにゆるゆるとした快感が沸きあがってくるものの、はっきりとした激しい絶頂を知ってしまった身体には酷く物足りない。  
 かといって自ら貪る術も判らずに、目じりに浮いた涙をそのままにザンザスに目で強請る。  
「助けて……」  
 
「……イきたきゃ自分で動いて見せろ、カス」  
 とうとう大きな瞳からぽろぽろと涙がこぼれた。  
 いや、と子供のようにゆるく頭を振る。  
 だけどザンザスは、その涙を舐め取って口付けを落とすものの、京子に確固たる快楽は与えてくれはしない。  
 
 張り詰めた頂が痛い。  
 熱い下肢が疼く。  
 もどかしくて胸が潰れそうだ。  
 とうとう京子は、溢れる涙を止められないまま、ゆっくりと腰を持ち上げて、半ばまでザンザスを引き抜いたあと、すとんと勢いよくもう一度下ろした。  
「んんっ!!」  
 鋭い快楽が全身を駆け巡る。  
 逃れたくて、苦しくて、貪りたくて、頭がおかしくなってしまいそうだった。  
 もう一度、とその動作を繰り返す。  
 
 繋がった場所から、ぐちゃぐちゃとぶどうが潰れる音が絶え間なく響く。  
 もう剥いたぶどうはないはずなのに、おかしい。  
 首を振りながらそんなことを考えた。  
 
「あ、くぅ……や、いや、いやぁ……」  
 自ら腰を振りながら、そんな高い悲鳴を漏らし続ける自分にどうしようもなく背徳と興奮を覚えた。  
「……ザンザス、さん、ザン……んっ、あ!」  
 うわごとのように繰り返しながら、くちびるを求める。  
 乱暴に重ねた瞬間に、下からずん、と突き上げられてますます悲鳴が漏れた。  
「や……もっと、ん、あっ」  
 首に回した手がぶるぶると震えた。  
 傾きかけた腰をザンザスがしっかりと掴んで、叩きつけるように身体がぶつかる。  
 奥まで貫かれて背中が弓なりに反れた。  
 仰け反った喉元に、噛み付くように吸い付かれて、また京子の頭は真っ白になってしまった。  
 
 
 逞しい腕と厚い胸に抱かれながら、何度も何度も強烈な絶頂を味わった。  
 それはスクアーロのぶどうなんかより、ずっとずっと甘い果実だった。  
 

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