ようやく容態の落ち着いたクロームの口まわりをシーツで拭ってやる。  
血は半分乾いていて落ちなかった。  
後で草壁に湯を持ってこさせよう。思いながら、雲雀はクロームの頬に触れた。  
細い。  
抱くたびにそう思っていたが、それでも10年の月日は彼女を成長させていたのだと実感するほど、過去から来たクロームはちいさかった。  
「凪……」  
名を呟くと、クロームが目を開けた。  
「気がついたかい?」  
声をかけると、大きな目をくりくりさせながらこちらを見つめてくる。  
「雲の守護者の人?」  
不思議そうに言われ、雲雀はああ、と気づいた。  
「10年前は、まだ付き合ってないんだった」  
「……つきあって?」  
「うん」  
「………」  
黙ってしまったクロームの顔を、雲雀はのぞきこむ。  
「凪?」  
「……嘘。あなたはわたしみたいに弱い奴を嫌ってた。それに、わたし……」  
 
 
「………」  
 
 
「わたし……骸さまが好きだもの」  
 
 
しばらく沈黙が続いた。  
不安になったクロームは、黙り込んでしまった雲雀をおそるおそる伺う。  
雲雀は無表情にこちらを見下ろしていた。  
彼は指輪戦でも始終不機嫌そうだったが、明らかにそれとは違う、怒りが混じっている。  
「よく知っているよ。君にとって奴が一番なのは、この時代でも変わらないからね」  
そう言って、再び雲雀の手がクロームの頬に触れてくる。  
大きく、骨ばった「男の手」。  
怖い。クロームは無意識に、かけられていたシーツを手繰り寄せた。  
その時やっと、身に纏うものが薄いシーツ一枚だけだったことに気づく。  
肌の露出こそ少ないが、体のラインははっきりと浮かび上がっていた。  
恐怖と羞恥で身を縮めようとしたが、雲雀が肩を抑えつけてそれを阻んだ。  
「君は僕に体は許しても、心は決して許さなかった。いくら君に触れても、何度体を重ねても、君が心に描くのは僕じゃない、あいつだ」  
雲雀の顔が近づいてくる。  
「そして君は、僕が止めるのも聞かずにあの監獄へ行ってしまった」  
互いの息が触れ合うほどの距離から見つめられる。  
 
「何であいつなの?」  
 
隣に居るのは僕なのに……  
 
 
重ねられた唇から溢れた唾液がクロームの頬を伝う。  
侵入してきた舌が自分のそれに絡められる度、くちゅ、くちゅ、と耳を塞ぎたくなる音が聞こえた。  
逃げたくとも、大の男に押さえつけられてしまっては身動きすらとれない。  
「はっ…あふぅ」  
───ファーストキスなのに……。  
ムードもなければ相手は愛する骸ですらない。  
悲しい。泣きたいのに、こみ上げてくる涙はそれとは違う意味のものだった。  
 
雲雀は少しネクタイを緩めると、すっかり息が上がっているクロームを見て、口の端をつり上げた。  
「くす、気持ち良かった?」  
悔しくて、クロームは言い返そうとしたが、意思に反して自分のものとは思えぬ吐息まじりの喘ぎが漏れてしまう。  
それを合図にしたかのように、乱されていたシーツの隙間から雲雀の手が入ってきた。  
「いやッ!」  
「ワオ、本当に?大人の君はここがお気に入りだったけど?」  
わざとらしく驚かれる。  
クロームは必死で身をよじったが、まあ試してみなよと、難なくささやかな胸の膨らみに触れられた。  
やわやわと緩急をつけて愛撫されたかと思うと、先端を指でこねられ、ビクン、と背中に電撃が走った。  
「や、な、何…?」  
その間にも、雲雀は先端を弾いたり、口に含んで吸い付いたり、舌先で窪みをくりくりと潰してくる。  
「んぁああ……ッ」  
「ちゅ……。しっかり感じてるじゃないか。他に好きな男がいるのに、僕に喘がされていいわけ?」  
「そ、それは……はうッ!」  
 
望まぬ刺激にも体はしっかり反応し、クロームの下半身は熱を帯びていた。  
すっかり体に力が入らなくなった彼女の足を大きく開かせ、秘部を外気に晒す。  
下半身はすっかり濡れていて、敷き布団に大きな染みを作っていた。  
丸見えになったクリトリスに指を伸ばす。  
優しく撫でてやると、クロームの体が大きく跳ねた。  
 
「いい眺めだね」  
 
にちゅ、にちゅ、くちゅ、  
 
擦れば擦るほど秘部から蜜が溢れ、クロームの息も荒くなる。  
 
「六道骸は殺したいほど憎いけれど、同じくらい感謝もしているんだ」  
下半身への愛撫は止めず、耳元で囁く。  
「奴のおかげで、君に出会えたから」  
「ふッ……! しゃ、喋らないでぇ……」  
 
ちゅぷ、ちゅぷ、ちゅぷ、  
 
「出会った時はね、今まで戦いと縁のなかった素人に何ができるんだって苛立ってたんだ」  
「予想通り、霧戦では戦力外。大空戦では足手まとい」  
「君みたいな子を引き入れたあいつや沢田にも腹が立った」  
 
徐々に雲雀の手の動きが早まっていき、クロームはたまらず雲雀の上着を掴む。  
 
「んっ、んぅっ……、んっ」  
「でも……それでも君は、戦いを止めなかった」  
 
くちゅ、ちゅぷ、ちゅぷ、  
 
「次第に僕は……」  
 
ちゅぷ、ちゅぷ、くちゃ……  
 
「どんなに辛くても、どんなに傷ついても」  
「あっ……や、、なん、か、変……ッ」  
ゾクゾクと、宙に浮くような快感がクロームの全身を駆け巡る。  
「んあ、あぁああ……ッ」  
体中の神経という神経が痺れる感覚が怖くなって、必死に雲雀の胸に縋りつく。  
雲雀はそれを優しく迎え入れた。  
 
 
 
「戦い続ける君の強さに、惹かれていったんだ……」  
 
「あうぅぅ……ッ!!!!」  
 
敏感な部分を強くつまみ上げられて一際大きく鳴くと、クロームは意識を手放した。  
 
 
 
目を開けると、先ほどと同じ天井が見えた。  
まだ体中にジンジンと甘い痺れとけだるさが残っている。  
自分の体に目をやると、相変わらず何も身に着けていないものの、掛けられたシーツは汚れのないもので、体も清められていた。  
清潔なシーツの肌触りのよさに身じろぎをする。  
 
と。  
 
「もう起きたの?」  
声と共に、こちらを覗きこむ雲雀が視界に入った。  
「まだ寝てて構わないよ。軽く失神してただけだから、まだ大して時間も経ってないし」  
そう言って雲雀はネクタイを締め直し、少し皺の入った上着を整える。  
起き抜けのクロームは頭が働かなくて、身なりを整える雲雀をボーっと見入っていたが、それに気づいて雲雀が腕を伸ばしてきた。  
頬に触れる寸前でクロームはハッとし、出せる限りの力で雲雀の手に噛みついた。  
てっきり避けられるか頬を叩(はた)かれる覚悟をしての抵抗だったが、雲雀は簡単に噛みつかれ、何のリアクションも起こさない。  
効いてないのだろうか。不思議に思って口を離すと、やはり手にはくっきりと歯形がついていた。  
「……あ……」  
じわじわと痛々しい色に変わっていく患部に、クロームは顔をしかめた。  
自分が噛みついたとはいえ、抵抗もしなかった雲雀にバツが悪くなって、顔をそらす。  
雲雀は再び腕を伸ばすと、クロームを抱きしめて呟いた。  
 
「謝らないからね」  
 
「君のこと諦めないし、どんなに君が奴のことを思おうと……だから謝らない」  
 
 
「……愛してる、凪」  
 
 
あたたかい。  
幼い頃からひとりぼっちで、人の肌の温もりを知らないクロームは、雲雀の腕に包まれるような心地よさを感じていた。  
先刻の行為では恐怖ばかりが勝っていたはずなのに、今はもっと抱きしめてほしいと思っている。  
この温かさは、意識の中でしか会ったことのない骸からは得られなかったものだ。  
気持ちよくて目を閉じると、急にその温もりが離れた。  
「時間だ。沢田綱吉達のところへ行ってくる」  
先ほどまで熱烈に愛を囁いていたのが嘘のように、雲雀は急に踵を返し、スタスタと部屋を出て行ってしまった。  
「え……」  
扉が閉まった後の部屋の静けさに、熱の名残惜しさを感じていたクロームは急に放り出された気分になる。  
「……く、雲の守護者って……」  
 
わからない。  
 
 
 
 
 
雲雀は通路を早足で進んでいた。  
六道骸。  
いくら凪がお前のことを思い、お前が凪のことを思っていても、僕は諦めない。  
だってそうだろう。  
彼女の隣にいるのは僕だ。  
精神体でしか彼女と共に居られないお前ができるのは、せいぜい幻覚の内臓で恩を売ることくらいだ。  
それで心がつながっていても、人間は気持ちだけでは満たされない。  
彼女に触れることすらできないお前は、彼女の体も、心も満足させてやれない。  
 
 
彼女は必ず奪い取る。  
 
愛しているよ、凪。  
 
誰よりも。  
 
 
 
 
end  
 

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