獄寺さんが並盛に帰ってきた。  
「お、腕を上げたじゃねーか。」  
「おいしいですか?」  
「大将に比べたら、まだまだだな!」  
 カウンター席でラーメンを汁まで飲んでいる彼を、頬杖をつきながら見守る。  
沢田さんにあげる餃子饅を買いに訪れた彼を、口実を付けて引き止めたのは、ほ  
んの三十分前の話だ。  
「ごちそうさまでした。」  
もう食べ終わってしまった。なんのかのと時間を引き伸ばしたのに、やっと三十  
分。早いなあ。  
「げ、もうこんな時間かよ! ええと、財布…」  
「お代はいらないです! わたしが無理に付き合わせてしまったんだし…」  
「そうか? ……そうだ、雲雀なら元気にやってるみてえだぜ。」  
「え?」  
 突然の話題に目を丸くすると、獄寺さんも驚いたように片方の眉を上げた。  
「それが聞きたかったんじゃなかったのか?」  
 違います! 思ったよりも大きな声が出て、彼はまたびっくりした顔をする。  
「…そうなのか? まあいいか、バイトと勉強、頑張れよ。」  
「……はい……」  
「じゃーな。」  
 獄寺さんは私の頭にぽんと手を乗せて、後ろも振り向かずに行ってしまった。  
「…さようなら…」  
 忙しそうな彼をそれ以上引き止めることもできず、店には、私と、彼が食べた  
残骸だけが残される。  
 
 店長が留守にしているから、帰ってくるまでは追い掛けることもできない。た  
め息を吐いて、ラーメンと餃子の皿を片付けにかかる。  
 ――彼に初めて出会ったのは、私がまだ学校にも通わないくらい小さかった頃  
で、その頃は、正直、雲雀さんと比べたら子供っぽい人だと思っていたのだけれ  
ど。  
 年を追うごとに格好良くなっていく獄寺さんは、十年経って、すっかり大人の  
男の人になってしまった。四六時中不機嫌そうだった雰囲気は落ち着いて、沢田  
さんのサポートもしっかりこなしているらしい。  
 と、人の噂に聞いた。  
 最近ではミルフィオーレとかいう、新興のファミリーとの調整にやっきになっ  
ているとか…  
「…全部、聞いた話にすぎませんけど。」  
「何がだい?」  
 テーブルを拭きながら独り言を言っていたら、店長のおじさんが帰ってきた。  
「それ、どうしたんですか?」  
「戸に挟まっていたんだが…」  
 ぴらりと差し出されたのは、一枚の千円札だった。一緒に付箋が貼りつけてあ  
る。『バイトの身分で無理すんな』…――獄寺さんだ!  
「わたし、ちょっと出てきます!」  
気が付いたら、店長の返事も聞かずに、お店を飛び出していた。  
 
 ここぞとばかりに脚力を発揮して走ったら、そう遠くないところで彼の背中を  
見つけることができた。  
「獄寺さ…――」  
「何!? 分かった、オレが行くまで十代目をお引き止めしろ、いいな!?」  
 誰かと携帯電話で話している彼からは、少しだけだけれど殺気が滲みだしてい  
て、どきりとする。  
 そのまま次の番号に掛け始めたらしい。  
「もしもし、笹川か?」  
…私のことなんて、これっぽっちも気付いていないんだ。  
 年を重ねるたびに格好良くなっていった獄寺さんは、その度に、難しい顔をす  
る回数も増えていった気がする。  
「じゃな、頼んだぜ! ……イーピン?」  
「獄寺さん…」  
 電話を切って、ようやく私の気配を振り返った彼は、取り繕う余裕もないのか  
、厳しい表情をしたままだった。  
「…何かあったんですか?」  
「ちょっとな。どうしたんだ?」  
 するりとはぐらかされて、そこで私は彼の笑顔を見ることができた。  
 ああ、私はもう、部外者なんだ。  
 私はもう、あの世界からは足を洗ってしまったから。彼の話に関わることはで  
きないんだな、と思ったら、初めて私は、捨ててきた世界のことを惜しいと思っ  
た。  
「…お金は、いいんです。」  
「あ? けど…」  
「獄寺さん…疲れた顔してますね。体、気を付けてください。」  
 きょとんとしている彼は、十も年の離れた私を、知り合いか…良くて妹くらい  
にしか思っていないかもしれない。こんな心配、煩わしいだけかもしれないと思  
う。  
 けれど、言わずにはいられない。  
「ずっと、獄寺さんの、深刻そうな顔しか見てない気がします。私にできること  
、何かありませんか?」  
 獄寺さんは携帯電話を握ったまましばらく私を見つめていたけれど、やがて、  
沢田さんに見せるような顔でニカッと笑って、  
「ラーメンと餃子、うまかったぜ。」  
と言った。  
「実は朝から何も食ってなかったから、助かったんだよ。」  
「あの…」  
「じゃ、今度来るときまで金は付けといてくれよ。」  
 私の手からお札を抜き取って、スーツの内ポケットにしまった。上から確かめ  
るように軽く叩いて、その手で獄寺さんは私の頭を撫でる。  
「今度は時間とって来るから、ついでに手合せしてくれっか?」  
「あ、はい…」  
「おし。――それじゃ、またな!」  
「あ……と、特訓しておきます!」  
と…その背を見送りながらそう言うのが、いっぱいいっぱいだった。  
 髪の毛に残る感触と、手の平に握った付箋の存在を噛み締めながら、走って戻  
る。  
 赤い顔してる、と指摘されたのは、そのせいにした。胸の動悸はまだ鳴り止ま  
ない。  
 

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