※
この行為は、一体どういう位置付け
の行為になるのだろう。
――ちゃんと、意味や結果のあること
なんだろうか。
与えられ続けた、皮膚に纏わり付く
霧の粒子のように温く優しく、
それでいて執拗な刺激に沸騰し朦朧と
した頭に、今までに何度となく考えた
疑問が再び去来する。
「はひゅ、ん、ンンん、ッ……!」
瞬間、今までの温さを振り払うよう
に強く突き上げられ、彼女はベッドに
膝をついた細くしなやかな大腿を震え
させ、
きゅうと身体を丸め、両手でシャツを
握りしめて、その刺激を与えた相手の
背中に縋った。
下着と一緒に大きく捲くり上げられ
た制服の中、鼓動の止まらない心臓の上に添えられ、
掌に納まる大きさのささやかな胸を
ぐにぐにと握り混むようにして
うごめいていた掌の指先が、
ヒクリ、と痙攣する。
少年らしさの僅かに残る、それでも
自分の華奢なソレより筋肉質で骨の感
触を伝える肩にその小さな顎を乗せてクロームは、
はひゅ、ひゅう、ひぅ、と
上がった息を必死に整えようとする。
この行為の度にクロームはいつも、
最愛の人の前で、はしたない声を上げ
る訳にはいかないと、
その薄い唇を噛み締め、
嵐を絶える小動物のように与えられる
刺激に可能な限り堪えようとする。
だが――
「んぁっ……あん、やぁっ!」
短いスカートを捲くり上げ、
腰の上に回されていた手が
その華奢な身体を抱き寄せるように
して揺すったことで、
そのいじましい小さな腐心は泡のよう
に呆気なく砕け落ちた。
五感を通して身体に入り込み、頭の
てっぺんから爪先までを貫くような快
感と羞恥を同時に振り払うように頭を振り、
見開いた眼を強く綴じ合わせ、縋った
布地を更に握り込み、華奢な身体を灼
く熱に、ただ耐える。
気を抜いたばかりに自分の喉から無
意識に漏れた媚びるような響きを纏っ
た声が、くちゅくちゅと耳を犯す水音が、
跨がるようにして押し広げられてる脚
の痺れが、お腹の中で擦れる熱の感触
が――この行為の全てが。
クロームには恥ずかしく、そして情け
なくてしかたない。
少しでも気を抜いてしまえば、いま
にも弾けてしまいそうなほどに膨らん
だいたたまれなさから零れる涙を、
その大きな瞳に滲ませながら温いシャ
ツに額を押し付ける。
と、縋り付く身体からクフフと、僅
かな笑いを零す振動が額に伝わって来た。
「もっと、鳴き声を聞かせて貰っても
構いませんよ。僕のクローム」
「っ……むく、ろ……さまぁ?」
浅ましく上がった息をあまり聞かせ
たくなく、そして、胎内を穿つ熱を意
識するばかりに、返事はどうしてもと
てもか細いものになってしまう。
彼女のその葛藤に気付いたのか、縋
り付いている為に顔の見えない骸は小さな
子供をあやすように彼女の背を撫で、
またクフフと、苦笑めいた笑い声を漏らす。
「そうして、強すぎる刺激に耐える姿
もナカナカではありますがねぇ……」
背中を辿る掌の動きとともに、端切
れ悪く止まった言葉に首を傾げて、ク
ロームは肩に埋めていた顔をそっと上げる。
それでも全く動くことのない手に強
い不安を覚え、こくりと喉を鳴らした
後に、一気に顔を上げる。
と、優しく自身を見下ろす二色の瞳と
視線が絡む。
行動を読まれていた。それだけで、
かぁっと生まれついての赤みを帯びた
頬が勝手に紅潮する。
下ろしかけた視線は先程まで胸に置
かれていた手に顎を捕らえて防がれて
、覆っていた温い熱を失った胸元がす
ぅっと冷えてゾクゾクとする。
「浅ましく、欲望に対し素直なおまえ
の方が、僕は……好き、ですよ」
「ぁ、やっ……!」
咄嗟にのけ反り、逃げようとした背
中を押さえ付けられ、耳の横で囁かれ
るその声が、余裕を滲ませた言葉の響
きとは対象的に、
平静と比べて僅かに掠れている事に、
何故か背筋が震える。
瞬間、自分の意思とは関係なくうご
めき、中のモノをきゅうと締め付けた
内臓の動きに、クロームは更に涙を溢
れさせる。
「ッ……」
しかし、その羞恥に丸まる前に、耳
元で小さく詰まった息にクロームは一気に顔を上げる。
「んんっ……、ごめんなさい、骸さまっ!」
「ッ、何で……謝るんですか?」
「だっ、て……」
こうしてただ喋っている間にも、
内臓がひくんと不随意な痙攣を起こす度、
みちりと隙間なく繋がっている筈の奥
をとろりと零れていく液体の感触がある。
「……だって、私のお腹、ぜん……ぜ
んっ、ひぅこと、きいてくれない。
勝手にあっつくて、きゅぅん、と、
して……おかしぃ、し、ゃらしい……。
だから――」
上がった息で一生懸命に言葉を搾り
出して俯くと、今度は咎められる事も
なかった。
下ろした視線が捉えた先のスカート
は、腰を押し付けるワイシャツに引っ
かるようにしてたくし上げられている。
垂れてくるもので僅かに濡れて、
色の変わったスカートの裾。
その内側で大腿にぺたりと張り付く、
跨る布の感触。
覆い被さるその布の下にある浅まし
さのことなど、想像したくない。
でも、今の状況で顔を上げるのはも
っと辛い。
半端に視線をさ迷わせ唇を引き結んで
滲んだ視界に耐えていれば、ぽふん、
と頭の上に手が置かれた。
「ソレは別に、おまえのせいではないでしょう?」
やはり視線は合わせられないまま、
黙っていると、今度は強く抱き寄せられる。
身体を離したことで冷えていた肌に
伝わる温もりに、ぐっとお腹の奥に押
し付けられた感触に、クロームの口から、
はふ、と小さく漏れた吐息は、骸の大げさな嘆息と重なった。
「……しいて犯人をさがすのならむしろ、
恥ずかしがるおまえに、こんな酷
い真似をする僕でしょうか?」
「そんなぁ……コトっ!?」
自嘲めいた小さな呟きに咄嗟に顔を
上げれば、愉悦を含んだ瞳に見下ろされる。
再び同じ手に、しかもこんな短い時間
の中で騙されたのだと気付いて、
また、かあぁと頬が熱くなる。
「……クロームは本当に、素直な良い子なのですね」
優しく宥めるようなその言葉も、
背中をゆるゆると撫で摩る手も、
いつだって心から求めている嬉しいものの筈なのに。
彼女の心は相変わらずに苦しいままだ。
――私たちのこの行為は、何のために有るのだろうか。
胡乱な瞳をさ迷わせ、髑髏は再び繰り返す。
首もとに縋るようにて腕を回し、押
しつけた胸をぎゅうと握り込まれ、指
の腹で先端を擦られ、息がこぼれる。
閉じられない口の端から、唾液が落ちる。
与えられる物を受け取るだけで、
恥ずかしさなど感じている余裕もないのに、
その問いだけは消える事がない。
(私のお腹の中、もうずっとずっと、
なんにもない。のに……)
骸と出会うきっかけとなった事故――身体から離れた意識が
視界の端で僅かに捉えた、
棄てられた人形のような血まみれの自分。
あの時に損傷したヶ所から考えるなら、
この空っぽのお腹にはもう大分前から
生殖器官などというものはない筈で、
そもそも、内蔵の中でも直接生存に関
わるものではないのだから、
まっさきに摘出されてしかるべきなのだ。
昔に見たテレビドラマのように
「女の子にそんな残酷なこと……!」
などと泣いて止めてくれるような身内
を彼女は持たなかったのだから。
勿論、骸がそういった髑髏を動揺
させるような事をわざわざ言う訳はなく、
幼い少女に、そんな残酷な問いを唱え
られる人間は、少なくとも今現在、優
しいファミリーに犬や千種、
そういったクロームの周囲の人間には
存在しない。
彼女自身、自分で導き出したその強
く強く心をえぐる凄惨な結論を、
何でもないような顔をして大好きな人
達に問える程に大人でも、そして、
返ってくるだろう真実に耐えられるほ
どに強くはなかった。
それでも――自問は絶える事がない。
「くぅんっ、あん……んんんっ!
……さま、むくろさ……ぁ」
「ッ、クフフ。良いですよクローム、
あなたは本当に、素直な良い子ですね。
……淫蕩で、いやらしい顔をしていますよ」
「やぁ、いやっ……言わなぃ……んくっ」
大好きな人に恥ずかしい事を指摘される度に、
口付けあい、ぎこちなく舌先を絡ませ合う度に、
お腹の中できゅんきゅんと甘く喘ぐ
この内臓の正体は、一体何なのだろう。
クロームの意思に関係なく、
与えられる熱に、嫌らしくねっとりと
絡み付いて締め付けているコレが、
『クローム以外の、誰かの意思でそうしている』
かもしれないという可能性を、一体誰が否定出来るのだろう。
(だとしたら、それは誰に……何の為?)
「っぷ。あ、あああぁ!」
舌を引き抜かれた瞬間、がつん、
指先が食い込む程に掴まれてより強く
叩き付けけられた腰が震える。
何度も何度も繰り返されるそれに、
問いは簡単にちぎれて行く。
ぎりぎりまで保った理性も同じく。
ただ快楽を与える為に、得させる為に作られた疑似
的な器官ならば、わざわざ避妊なんて
する必要もないだろう。
まだ本来の機能を保っているのだという
確信があれば、何事にも周到な彼の事だから、
もっと絶対に間違いのない方法を選択するだろう。
どっちつかずの扱いは、彼女の心に希望を与え絶望を思い出させ
――どちらにしても切り刻んで行く。
「むく…ろ、さま……ぁ」
真っ暗に焼け落ちかけている視界の中、
伸ばした手を握られたことに心底安堵する。
(教えてください、あなたは何故、
私をこんな身体に作ったのですか……?
道具でもいいです。
あなたにちゃんと、意味や利益を与えられているなら)
汗で濡れた前髪を撫でる、額の掌に答えはない
真っ暗な世界には、ただ温もりだけ
が満ちていた。