『ピー という発信音の後にメッセージを入れてください』  
機械的な女性の声が流れて、ピー、と発信音が鳴った。  
咄嗟に通話ボタンを切ったのだが、後ろで様子を見ながらパンに噛り付いていた山本が  
「なんで切るんだよー」と言ってパンの袋を投げつけてきた。  
無性に落ち着かない心臓のあたりが気持ち悪くて、ばつ悪くそれを投げ返す。  
どうしたものか、というかどうもこうもないのだが、  
いやもうこれは慣れないことは止めとけって言う警報みたいなやつじゃないのか。  
「笹川は今日風邪で休み」  
と担任が朝のHRで口にしたときから妙に何か落ち着きはしなかった。  
しかし、京子ちゃんが休みという事態を山本に知られたのがまずかった。  
「今日 笹川休みなんだって?」  
「ん?うん、風邪だって」  
「よし、電話しようぜ!」  
「は?」  
思考のままのハ?だった。箸の先につまんだじゃがいもの煮つけを思わずつぶしてしまった。  
山本の顔は嬉々としていた。「ほら早く」と言って勝手に俺の鞄から携帯を取り出して、  
(もともと弁当を出したときに携帯もはみ出してしまっていたのだが)俺に差し出した。  
「待ってよ、何言ってんの」  
「だから 笹川に見舞いの電話すんだよ」  
「い、いきなり電話したら迷惑だろ。だいたい変に思われたらどうすんだよ」  
「別に変じゃねーだろ、弱ってるときはそういうのが心強いもんだって!」  
「いや、 京子ちゃんの携帯番号知らないし」  
「なんだとう?や、家の電話にかけりゃいいじゃん」  
「家族の人とか出たらどうすんだよ 無理だって」  
「問題ナシ!(つーか俺のことじゃないから知らん!)」  
さすがに 京子ちゃんの家の番号なんてものは登録しちゃいなかったし、  
それを理由に山本の思惑を止めようかと試みたのだけど当たり前に覆されてしまった。  
(というよりも「連絡網かなんかの紙ねえの」という問いに、  
 うっかり「教卓にならあったけど、」などと口を滑らせてしまった俺が馬鹿だった…)  
 
わざわざ取りに行くの面倒くさいだろと渋る俺をよそに、  
山本は自分の携帯を取り出し何やら通話し始めたかと思うと、  
そう経たないうちにクラスの奴がプリントを持ってやってきた。  
もう片方の手にバスケットボールを持っていたことから察するに。  
体育館でバスケをするついでに持ってきたんだろう、ってそんなことは問題じゃない。  
山本はサンキュー!とプリントを受け取るとすぐさま俺の携帯のボタンを押し始めた。  
「ちょっと、待って!」  
「ほい」  
冷や汗だか興奮の熱だか判断する余裕もなくとりあえず携帯を受け取った。  
携帯の向こうではプルルル、と呼び出し音が響いている。  
切ればいいのだけど 京子ちゃんの体調が心配なのも本当で。  
内臓が妙な感覚になっているのを誤魔化すために立ち上がって山本に背中を向けた。  
それでも山本がニヤついているのは容易に想像できた。  
「なぜ切る!」  
山本が投げつけてきたパンの袋を投げ返して「留守電になってたんだよ」と腰を下ろした。  
「それなら一言ぐらい見舞いの言葉を残せよ、この意気地なし〜」  
山本のからかいの声を聞き流しながら弁当をひとくち口に入れる。  
だいたい山本だって他人事だからそんな風に面白がっていられるのだ。  
俺の緊張なんかわかるものか!  
(京子ちゃんの家の留守電音声を聞いただけで手の平に汗をかく有様だ)  
「は〜い、ツナ、ワンモアチャーンス」  
「!」  
 
またしても山本は俺に携帯を差し出し(バッチリ呼び出し中だ)、  
悪気もないような笑顔を見せている。ああもう、マジで勘弁してくれ、  
(まあでもどうせ留守電なんだからまた切ってしまえばいい)  
と渋々携帯を受け取って、目に入った画面には<通話中>と表示されていた。  
『もしもし?』  
擦れたように携帯から漏れてくる声は確かに 京子ちゃんのものだった。  
ドキッなのかギクッなのか、とにかく俺の肩は一度跳ねて、  
携帯を持った右手は即座に耳の横にセットされた。  
『あの?』  
「あ、俺、沢田だけど…」  
『  あ ツナくん?どうしたの』  
携帯から聞こえてくるのは確かに 京子ちゃんの声なのだ。  
風邪のせいか少しかすれているけど間違いなく。  
いや、大した用はないんだけど風邪、大丈夫?と動揺を精一杯隠して言葉を吐き出す。  
くそ、お茶を飲んでおけばよかった。咽喉が乾いてしまっている。  
『わーごめん、全然大したことないの、病院も行ったし うあ』  
ピューーとやかんが鳴るような音がして 京子ちゃんは慌てたのかバサバサと何かを落としたようだった。  
『ちょっと待ってて』  
「や、もう切るよ お大事にな」  
『あ…ごめんね、うん』  
「じゃーまた」  
『あ、ちょっと待って、 』  
京子ちゃんのその声に、耳から離しかけた携帯を戻して、なんだろうと次の声を待った。  
『ありがとう 嬉しかった』  
京子ちゃんの後ろではまだやかんがピューと鳴っている。  
それじゃ、と言って電話は切れた。  
顔に血が上ってくるのがわかった。  
こんな何でもないことでなぜこんなに喜んでいるのだ。だけど。  
嬉しいのは俺のほうだ。  
 
 

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