真夜中、γはアジトの廊下で目を覚ました。
顔を上げた先、薄暗い廊下の突き当たりは、ジッリョネロのボスであるユニの寝室だ。
少し離れた壁際に置かれた椅子は護衛の任務につく者の定位置だった。
椅子からずり落ちそうな、寝入りかけた時と同じ格好のままでγは耳をすませる。
何か異質な物音のせいで目を覚ましたような気がしていた。
神経を研ぎ澄ませ、獣のように気配を探る。
アジト内はみな寝静まり、屋敷の外では森が微かに葉を揺らすのみだ。
「……何もねえか」
ふっと息を吐いて、タバコでも吸おうとスーツの内側を探ろううとした、その時。
「……あっ、……、…っ、………」
突き当たりの扉の向こうから、声が漏れてきた。
ボスの寝室は壁も厚ければ扉も厚い。廃墟に近いアジトの中でもほぼ完璧な防音防弾設備である。
少女であるユニのあどけない寝言など聞こえようはずもない。
γが不審に思いながら顔を向ければ、その寝室の扉は、少し開いていた。
「なんだよ、無用心だな…」
こんな状態でうたた寝していたのかと内省しながら、γは立ち上がった。
分厚い絨毯に靴音を吸わせ、重い扉の取っ手に手をかける。
「がんま、がんまぁっ……」
「──」
名を、呼ばれた。
扉の向こう、幼い主の掠れた声が、γの動きを止めた。
静寂は長く続かない。
はふ、と甘い吐息が隙間から漏れてきて、γの耳をかすめ、弱く擽る。
「…あ……あ、んっ……、は、んん!……あ、……っ」
荒い、不規則な呼吸音だ。苦しげにも聞こえた。
体調が悪いのならば、聞かなかったふりはできない。だが覗き見もできない。
──どうすりゃいい…
γは金属のノブを思わず握りしめる。
「がん、ま…」
まただ。呼ばれた。錯覚ではない。
「姫さん?起きてるのか?」
「きゃっ、…あぁ……!! だめ、だめです! γっ開けないで!」
何気なしに声をかけると、少女の短い悲鳴が聞こえた。
ユニの悲鳴、それはγが一番恐れていたものだ。
震える声に弾かれるようにして、γは勢いよくノブを引く。
扉を開けるやいなや部屋の中に飛び込んだ。
「姫!! 何があったん、……ひ、姫…?」
まず目に入ったのはベッドの上に体操座りをしているユニだった。
部屋着のワンピースが膝まで捲くられ、ほそい脚が剥き出しになっている。
両腿に挟むようにして、両手は足の付け根へと伸びていた。
ベッド横のオレンジのライトが、それを暗い部屋の中に浮き立たせている。
それから部屋を見渡すが、ぷるぷると震えるユニ以外は誰もいない。
もう一度γがユニへ目を向けると、白い足首に脱ぎかけのショーツが絡んでいるのが見えた。
さすがに、混乱したγにも状況が飲めてきた。
ユニは俯いたまま、両手をワンピースの裾の内側に隠すようにして座っている。
「開けないでって、言いました…」
真っ赤に染まったユニの頬に、しっとりと濡れた額から汗が伝い落ちる。
「いや…それがあのー、緊急事態かと思っちまってな…」
弁解しながら近寄って、γはドキリとした。
慌てて裾を引き下ろし隠したらしいユニの脚の間から、とろっとした愛液がシーツの上に零れている。
「こ、来ないでくださいっ」
「…う」
泣きそうな顔で睨まれる。
急いで顔を逸らして、なんて無神経だオレは、とγは後頭部をかきむしった。
うぶな少女の相手は、慣れていない。
視線をさ迷わせたのち、γは椅子の上に畳んであったタオルを拾いあげた。
「拭くものがいるよな」
「……はい、…」
衣擦れの音がして、ユニがγのいる方のベッドの端へにじり寄って来た。
γは振り返って、手を伸ばしてきたユニへタオルを渡す。
気恥ずかしそうにしながらも彼女は小首を傾げて微笑んだ。
「ありがとう、γ」
「……!」
がんま、と呼ばれて思い出した。ついさっき、甘く掠れた切ない声で呼ばれたことを。
あのとき彼女は自分を慰めていて、なぜかγを呼んでいた。聞かれているとは知らず、熱心に……。
かっと体が熱くなった。本能だ。発情した雌に発情してしまうのは。
「……いやいやいや!何かの間違いだろ!」
「えっ」
「おやすみ!じゃな、姫!!」
引き止める暇も与えずにγは部屋を出て、後ろ手に扉を閉める。
ずるずるとその場に座り込むと、くしゃっと髪を掻きあげた。
「まてまてオレ、少女はダメだろ、少女は……しかもボスだぜ」
先代ボスに夜這いをかけたときですらこれほどの危機感はなかった。
対象にしてはいけない人を性の対象にしている背徳にγは震える。
「でも脈アリだろ、据え膳じゃねーか。……って違う!姫はオレが守るんだ…食ってどうすんだよ」
γの夜は、長い。