ミルフィオーレ本部。その頂点に立つ男は、革張りのソファーに深く座り込み、向かいのソファーに座る女を品定めするかのように眺めていた。彼はいたって機嫌がよかった。自分の計画は実に順調に進んでいるし、先日は予想外の“拾い物”もできた。
「今からそんなに緊張していると、一晩もたないよ?クローム髑髏、ちゃん?」
白蘭がからかうように声をかけても、彼女は思いつめた表情で俯いたままだ。膝の上で握り締められた華奢な手は、時折小刻みに震えていた。
ボンゴレの霧の守護者の代行人を務めていたこの女が、彼女の主を救出すべくミルフィオーレ本部に襲撃を仕掛けてきたことは記憶に新しい。
ボンゴレの一員だけあって、ミルフィオーレ側も相応の損失を被った。しかし、所詮は多勢に無勢。彼女はこちらの手に落ちた。今は捕虜、というべきだろう。
「それにしても、ずいぶん若いね。西洋じゃ東洋人は見た目より幼く見えるものだけど・・・・・・歳はいくつだっけ?」
クロームから返事はない。白蘭はわざとらしくため息をついた。
「・・・あんまり退屈だと、誰でもいいからぐちゃぐちゃにしたくなるなぁ」
「っ・・・・・・」
ようやく向けられた視線を絡めとって、いたぶるように言葉を投げかける。
「確か、とっておきの捕虜がいたっけ。ボンゴレの守護者なら、簡単に壊れないよね」
「待って!」
白蘭が立ち上げるそぶりを見せると、クロームが遮った。視線で何だと問いかければ、かけるべき言葉を探し出せないように、小さく口ごもる。
初々しいというかなんと言うか、マフィアの世界で10年も生きながらえていたにしては、免疫が少ないようだ。
「・・・私が、何でもしますから・・・・・・骸様には・・・」
すがるような瞳には、主への思いが色濃く浮かんでいた。そのひたむきな心を弄ぶのは実に愉快だ。
「もちろん、君が僕の言うことを聞いてくれているうちは、骸君をひどい目に合わせはしないよ。そういう約束だしね」
にこりと笑みを浮かべてみせても、白蘭の言葉に潜む脅迫は和らぐことなくクロームに押しかかった。自分の行動一つが骸の生命に関わる可能性があるのだ。
壁にかけられた大きな振り子時計が、夜の到来を告げる鐘の音を響かせると同時に、部屋の扉が開いた。
小柄な体躯に不釣合いなほど大きな帽子を被り、年齢に相応しくない硬質な表情を貼り付けた少女が、共も連れずに入室してきた。
「やあ、ユニ。時間ぴったりだね」
少女は白蘭の傍らまで歩を進めると、感情のこもらない瞳を男に向けた。
「何の用でしょうか」
「うん。ユニもそろそろ夜のお勉強が必要なお年頃かな、って思って」
「・・・・・・・・・・・・」
「いやだなぁ、さすがに僕もまだ手は出さないよ。言ったでしょ、“お勉強”だって。見てるだけだよ」
今日はね、とは付け加えず、クロームに視線をそらした。そこでようやくユニも彼女を見る。
ユニとて先日の襲撃の張本人を知らないわけはなかった。今しがたまで、そのとき被った被害の復旧作業に立ち会っていたとことなのだ。こうして直に会うのは初めてではあるが。
「クロームちゃんが実習してくれるから。よく見せてもらおうね」
ユニにしても、クロームにしても、拒否権などない。白い男は満足したように、あるいは今夜の饗宴を心待ちにするかのように、薄い唇をチロリと舐めた。
その部屋には窓がなかった。出入り口は一つだけ。キングサイズのベッドとサイドテーブル、その傍らに置かれた二つの椅子以外、家具は存在しなかった。
寝室と呼ぶにはいささか広すぎるその空間で、クロームとユニは言葉を交わすこともなく、椅子に腰を掛けていた。
気まずいとはまた異なる、沈んだ空気はそう長くは続かなかった。高い電子音とともに開かれたドアを振り返ると同時に、クロームは喉の奥で悲鳴を上げた。
相変わらずの薄っぺら意笑みを浮かべた白蘭は、囚人のごとく手足を拘束された骸の襟元を掴んで、キャリアケースのように引きずっていた。
骸の右目は力を封じるためか硬質な光を放つ金属製の装置で覆われている。
「心配しなくてもちゃんと生きてるよ。薬で動けないだけ」
骸を支えようとしていたクロームごとベッドの上に投げ出すと、クロームが座っていた椅子をユニの隣に移動させ、腰を掛けて伸びをする。
部屋の近くまでは部下に運ばせていたとはいえ、大の男一人を引きずるのは楽な仕事ではない。ポケットから鍵を取り出し、ベッドの上に放り投げる。
「手枷と足枷の鍵。わかってるだろうけど、右目の装置には触らないでね。骸君が死んだら嫌でしょ?」
クロームが骸の枷をはずし始めたのを確認し、白蘭はユニに向かい直った。少女の目には不快感と非難がありありと浮かんでいる。
「そんなに怖い顔しないでよ。ユニのお勉強のためにここまでお膳立てしたんだからさ」
ゆっくりとした手つきで少女から帽子を取り、白いマントを脱がせる。その間、少女は身動き一つしなかった。代わりに少女の瞳はますます険のあるものになっていった。
嫌がりながらも抵抗一つしないユニの様子を、未発達な体のラインを指先でなぞりながら観賞する。あと数年もすればこの少女も甘い香りを放つようになるのだろう。
今はまだその香りは体内に留まっているが、近頃はその芳香が時折外に漏れるようになってきている。摘み時は、近い。
白蘭がユニの頬を軽くつついていると、男の声が割り込んだ。
「どういうつもりですか。僕とクロームを引き合わせて」
口の拘束を解かれた骸が、嘲るように言葉を吐く。クロームにためらいがちに名を呼ばれても、骸は口を閉じなかった。
「ミルフィオーレのトップが二人そろって、何のようです?魅力的な取引でも?」
「この状況でそんな憎まれ口を叩けるところはさすがだね。君の予想は当たってるよ。これは取引みたいなもの。まあ、取引自体はもう終わってるけど」
これから実行されるの、と指一本ろくに動かせない男に挑発的な視線を投げかける。どう足掻こうと主導権はこちらのものだ。この部屋で白蘭に抵抗できる者はいない。骸の配下であるクロームすら、白蘭の人形だ。
「ユニのお勉強に協力してもらおうと思って。骸君は何もしなくていいよ。動いてもらうのはクロームちゃんだから」
白蘭に視線で促され、クロームは唇を噛み締めて、動けない骸に覆いかぶさった。怪訝な表情で自分を見つめる主の顔を直視できず、その首元に視線を落とした。
骸のためとはいえ白蘭の命令に従うなど、主に対する一種の裏切りではないか。後ろめたい感情が、この行為をやめろと訴えている。それでも。
(ごめんなさい、骸様・・・・・・)
クロームにとって彼の命より大切なものなど、ありはしなかった。
「クローム?」
自分の名を呼ぶ唇に、そっと顔を近づける。心音がやけにうるさかった。ただでさえ自分から口付けることは滅多にしないのに、他人の前でするなど――。
唇か触れるか触れないかの距離で逡巡し、横目で傍らに腰掛ける二人を見やる。白蘭と目が合うと、彼の口の端がさらに釣りあがった。
「どうしたの?早く授業始めてもらわないと。約束の報酬だって、あげられないよ」
この男はやるといったら躊躇わずに実行するだろう。ボンゴレのボスのような情けは微塵も持ち合わせていないように見える。
クロームは観念して瞳を閉じた。少し体を震わせながら唇を重ねる。骸は今、どんな顔をしているのだろう。想像するのが恐ろしかった。触れ合うだけの口付けを数回重ねたあと、押し付けるような口付けに変化させる。
こうして主と触れ合うのは、ひどく久しかった。前回触れ合ったのはいつだったかとそのときの記憶をぼんやりと思い出し、思わず顔を上げてしまった。
間近で骸と目が合い、顔に赤みが差す。彼はクロームを見つめると、合点がいったというように小さく笑った。
「そういうことですか・・・・・・」
「もう少し驚いて見せてよ。観客としては面白みがないじゃない」
つまらないと白蘭が肩をすくめるのを目の端に捉えて、骸は軽薄な笑みを浮かべた。
「君の思惑にわざわざ付き合うつもりはありません。僕のクロームにこんなことをさせるなんて趣味が悪いですね。どこぞの娼館に連れて行ったほうが、そちらのお嬢さんのお勉強ははかどりそうなものですが」
「いやだなぁ、僕はユニを売春婦にするつもりなんてないよ。ユニに勉強してもらいたいのはあくまで普通のセックスなんだ」
白蘭の返答を鼻で笑うと、骸は先ほどから顔を赤らめているクロームに微笑みかけた。
「・・・おいで、僕のクローム」
「でも・・・」
「クローム」
有無を言わせぬ口調で主に呼ばれ、クロームは躊躇いがちに再び口付ける。赤い唇を舌でなぞられ、わずかばかりに口を開くと、その隙間から舌が侵入してきた。はじめは怯えるクロームを宥めるように優しく、次第に強く彼女の舌を絡めとっていく。
それまでおとなしく見ていたユニが、二人の姿を視界から若干はずした。ディープキスは、知識自体は持っているし、テレビで何度か見たこともある。
しかし、実際に見たことはなかった。他人の情事を盗み見ているようで――盗み見というレベルではないのだが――妙に気恥ずかしい。こんな生々しい音だって、テレビではしなかった。
「ユニ、ちゃんと見ないと」
びくりと顔を上げれば、楽しそうな男がこちらを見つめていた。ボンゴレの霧の守護者の言うとおり、悪趣味な男だ。自分の反応を見て楽しんでいることは明白で、それでも何一つ逆らえない状況が悔しい。
「・・・んっ・・・ぁ、・・・・・・はっ・・・ん・・・・・・」
耳に響いた女の甘い声に反応して、思わずそちらを見てしまう。時折角度を変えて口付けていくたびに、絡みあった舌が見え隠れする。艶のある黒髪が揺れ、色づいたクロームの横顔が垣間見え、ユニの心臓は高鳴った。
得体の知れない感覚が体中を駆け巡る。胸を締め付けるように、脳を掻き回すように。
少し苦しげに眉は寄せられ、閉じられた瞳を飾る睫毛は涙で濡らされていた。白い頬は甘く色づき、唇は男に答えるように口付けを深めていく。熱い吐息に混じり始めた艶かしい声は、その甘さを増していくようだった。
羞恥や息苦しさだけではない表情は、性に対して疎いユニすらも煽り立てた。意図せず体が熱くなる。
(好きな人とキスをしたら、私もこんな風になるんでしょうか・・・)
脳裏にとある人物の顔を思い浮かべ、一人赤くなる。
「顔が赤いね、ユニ。熱でもあるの?」
その声に、冷水を浴びせられたかのように我に返る。先ほどからずっと、隣にいる男を忘れてしまうほどに目の前の二人に見入っていたらしいと自己認識し、その事実に先ほどとは別の意味で顔が赤くなる。
「な、何でもありません」
「そう?」
幸運にも、白蘭がそれ以上の追求をすることはなかった。ユニはぎゅっと体を強張らせ、頭から雑念を振り払い、何も考えないように努めた。この男を喜ばせる行動を自分から取りたくはない。表向き逆らうことのできないユニの、せめてもの意地だった。
そんなユニを横目で眺め、白蘭はうっすらと笑った。
「クロームちゃん、そろそろ次にいこうか」
白蘭が声をかければ、重なり合っていた影は素直に離れた。クロームは、糸を引いた銀糸と口元から零れ落ちた唾液を、動けぬ主に代わって丁寧に拭う。
「ほんと、甲斐甲斐しいね。骸君にはもったいないんじゃない?」
「君と違って、部下の教育には手抜かりありませんから」
「心外だなぁ。部下が片手で数え上げられるくらいしかいない骸君には言われたくないよ」
棘のある言葉の応酬が続く中、クロームは骸のベルトに手をかけ、そこで止まっていた。
「どうしました、クローム?」
「あ・・・あの・・・・・・」
瞳を潤ませ、途方にくれるクロームの様子は、恥らう少女のそれだった。初めて抱いてから何年も経つのに、彼女はいっこうに性交に慣れないままだ。こうして彼女から動いたことなどほとんどない。
白蘭の差し金というのは尺に触るが、ある意味役得といえる。ここで白蘭に対する怒りや苛立ちを表しても、どうにかなるものでもないし、白蘭を満足させるだけだろう。この屈辱はいずれきっちり返させてもらうが――。
(せいぜい楽しみますか。今のところは)
「ベルトくらい、一人ではずせるでしょう?」
クロームは一瞬顔を歪めると、ぎこちない所作で骸のベルトをはずし始めた。細い指が金具からベルトの先端を抜き、そのまま腰周りからベルトを抜き取る。
次にズボンのボタンを外し、ジッパーをおろして前面をくつろげる。下着を掴んだところで、また動作が止まる。どうしても横にいる二人が気になるらしく、遠慮がちに盗み見ていた。
「ユニ、ここからじゃ良く見えないから、もっと近くに行ってきなよ」
「・・・・・・」
それまでおとなしく座っていた少女が、しぶしぶと立ち上がりベッドに乗りあがってきた。不本意だと顔に出ているが、白蘭には何一つ文句を言わないあたり、この二人の上下関係が見て取れた。
ホワイトスペルとブラックスペルのいがみ合いは水面下でも激しいが、ミルフィオーレ結成にあたり何か取引でもあったのか。骸は頭の片隅にこの事実を記録すると、何食わぬ顔でユニを見上げた。
年端もいかない少女だ。クロームとはまた違った意味で表情の薄い顔は、赤く染まっている。クロームから少し距離をとった場所にちょこんと座り、目を泳がせていた。重要人物ではあるが、今気にかける必要はないと判断し、再びクロームに視線を移す。
「クローム、いつまで待たせるつもりですか」
「あ・・・・・・・・・はい・・・」
「今日はクロームが先生、なんでしょう?ちゃんと教えてあげなさい」
僕が教えたことは全部覚えているでしょう、と意地悪く囁けば、か細い声で肯定の返事を返される。ようやく、緩慢な動作でやや熱を持った塊が取り出された。
柔らかい指が表面をなぞり、弱い愛撫を始める。慈しむかのようなその動きは、体の奥に潜む性欲を徐々に引き出していく。
クロームがしごくそれが、完全に芯を持ち始めたころ、視界の端で小さな影が揺れた。男の性器を直視できないでいる少女が、居心地悪そうに体をすくめている。
「クローム、生徒さんが困ってますよ」
「え・・・・・・」
クロームが顔を上げると、ちょうどこちらを向いていたユニと目が合った。しかしすぐに顔をそらされてしまう。それを見て、クロームは彼女の気持ちがわかるような気がした。
クロームも初めて骸のそれを見たとき、まともに見ることができなかった。今だって、こんな明るい場所では――もちろん暗い場所でも、だが――恥ずかしい。
「実際にやって見せることも大切ですが、言葉でないと伝わらないこともありますよ」
「・・・でも・・・・・・」
言葉で説明するにしても、一体何を言えばいいのか。性に関する言葉を口にすることさえ躊躇われるのに。
「クロームちゃんが説明してくれるって。ユニもクロームちゃんの隣に行ったら?」
その声に従って傍に寄ってきた少女の顔色をそっと伺う。その幼い顔立ちを見ると、子供にこんなことを教える自分がひどい人間だと思えてくる。骸のためではあるが、これは明らかに正しくない行為だった。
(でも、私がやらないと骸様が・・・)
「・・・こ、これが男性の性器、です」
自分の言動に自信が持てないクロームは、横目で少女の反応を窺う。ユニは何もしゃべらず、クロームの手元を見つめている。
「性的に興奮すると勃起して、精液を射精します」
ユニはやはり無反応だった。不安が募り、助けを求めて骸を見ても、続けろと促されるだけ。続けろといわれても、これ以上何を説明するのか。
(どうすれば気持ちよくできるのか、とか・・・)
一瞬頭に浮かんだ考えをすぐさま打ち消す。そんなこと、どうやって言葉で説明するというのか。それをやって見せるのが目的ではあるのだろうけど。
「クロームちゃん、フェラチオ、教えてあげて?」
「・・・はい」
横から飛んできた要望に、大人しく従うしかない。体勢をずらして顔の位置を低くする。間近にあるそれから、熱が伝わってくるかのようだった。
「フェラチオは、口で性器に刺激を与えて・・・・・・その・・・男の人を気持ちよくさせること・・・で・・・・・・あの・・・・・・・・・」
クロームは口ごもり、有耶無耶にするように唇を寄せて奉仕しはじめた。側面を根元から先端に向かってなぞり、時折軽く吸い付く。
(骸様は他の人に見られて恥ずかしくないのかな・・・)
反応を窺うために彼の顔を見ても、すました顔で見返してくるだけだ。クローム自身は恥ずかしくてたまらないのに、ポーカーフェイスを崩さない主が少し恨めしい。
亀頭をひと舐めする際にわざと歯を擦らせると、息をつめる気配が伝わってきた。間髪をいれずに先端を口に含み、軽く吸い上げる。
「んっ・・・は・・・・・・」
大きく脈打ち一回り大きくなったモノからいったん口を離す。横から見つめるユニに見えやすいように支えておく。
ユニはグロテスクとも表現できるそれに、恐怖心にも似たものを覚えていた。それでも目を逸らせない。白蘭の命令だから、というものもちろんあるが、ユニにもその年頃相応の、性に関する好奇心というものが備わっていた。妙に胸がざわついて、落ち着かない。
いつもの自分と、どこか違うことを理解していた。動いてもいないのに動悸が激しいし、呼吸も速い。しかし、興奮しているのだとは認められなかった。
いや、心のどこかでそれに気づいているからこそ、平常とは違う自分を押し隠そうという心理が働いていたのかもしれない。
太いそれが口に飲み込まれ、出し入れするように女の頭が前後に動く。そこから漏れる水音は決して大きなものでないはずなのに、耳の中でこだまし頭の働きを鈍らせる。
男の息も若干上がってきた頃、それまで静観していた白蘭が注文をつけた。
「クロームちゃん、飲み込まなくていいから。ユニに見せてあげて」
その声が聞こえたのかどうか定かではないが、クロームの動きが変化した。緩急をつけて刺激を与え、骸の反応に注意を払う。
もうすぐ終わるのだ、とユニは漠然と感じた。瞬き一つすら惜しむように二人の様子を見つめる。
不意に動きが激しくなり、クロームが先端を音がするほど強く吸い上げ――ぱっと顔を離す。何かに耐えるような男の呻き声がすると同時に、白濁色の液体が宙に放出された。遅れて嗅いだことのない臭いが、ユニの鼻をツンと刺激する。
この状況を脳が理解する前に、なれなれしく肩を抱かれた。
「骸君ずいぶん溜まってたみたいだね。もしかしてここに来てから一度も抜いてなかった?」
サイドテーブルからティッシュを箱ごとクロームに投げ渡すと、白蘭はユニの顔を覗き込んだ。
「知ってるよね、これが精液。見たのは初めて、だよね」
ユニは俯いた。上手く顔を繕っている自信がない。この男にだけは翻弄されたくないのに。
「ねぇ、どうだった?見てて興奮した?」
耳元で囁かれ、不快感に眉をひそめる。
「・・・していません」
「そ、残念。まだ子供ってことかな」
ユニを解放すると、白蘭はそのままベッドに上がりこみ、背後からクロームを抱え込んだ。細身の彼女は簡単に倒れこむ。身じろぎする彼女を無視して、白蘭はクロームのカーディガンのボタンに手をかける。
「今日の授業は終わりだよ。この先も見たいって言うならここにいていいけど」
挑発するように横目でユニを捕らえる。
「見ていきたい?」
「・・・・・・っ!」
少女はぱっと身を翻し、帽子とマントを掴むと半ば走るように部屋から退出していった。男の笑い声が後を追うように響いた。
「いいんですか。最後まで見せないで」
「一度に全部やっちゃったらつまらないじゃない。せっかくの玩具なんだし、できるだけ長く使わないとね」
「貴方は玩具を使い捨てるタイプの人間だと思っていましたが、意外ですね」
「その言葉、そのまま返すよ。気に入った玩具は、僕なりに大切に扱うさ」
骸君も、そうみたいだけどね、と付け加えると、ボタンをすべて外し終わったカーディガンを肩から滑り落とした。
ノースリーブの紺色のワンピースはクロームに良く似合っていた。柔らかい体のラインが良くわかり、暗い紺色は肌の白さを引き立てている。
「・・・・・・」
「どうかした?怖い顔して」
白蘭は勝ち誇った笑みを浮かべ、クロームを引き寄せる。彼女のさらされた両腕の肌は、ところどころ包帯やガーゼで隠されていた。おそらく、ワンピースの下も同じだろう。
さらに開いた胸元から首筋にかけて、赤い跡が散らばっていた。それが戦闘によって負ったものではないことは明らかだ。
「自分の玩具を取られて悔しいの?この怪我が心配?それとも、捕まった後、この子が僕に何されたか知りたい?」
クロームはひたすら下を向いて、骸と顔を合わせようとしなかった。細い手でシーツを握り締め、白蘭の行為に耐えている。
「あははっ。いい顔だね、骸君。余裕ぶっているよりずっといいよ」
一人楽しそうに笑う男は、クロームの肌に唇を這わせ始めた。柔肌が小さく震える。
「心配しなくても怪我はたいしたことないよ。傷も浅いものばかりだ」
「別に、心配なんてしていませんよ」
「それじゃあ、この子が他の男のものになって、怒ってるのかな」
「誰に抱かれようと、クロームは僕のものです」
そうでしょう、と骸が問いかければ、クロームが、はい、と答える。
「まあ、強がるのは君の自由だけど。クロームちゃんって抱き心地いいし、君を人質にしちゃえば何でも言うこときいてくれるから、ユニが使えるようになるまで、しばらく僕の遊び相手になってもらおうと思うんだけど、どうかな」
「・・・どうぞ、ご自由に」
感情を抑え切れていない声を聞いて、白蘭は静かに笑った。
了