ボディソープの泡が洗い流されると、赤い痕に彩られた白い肌が現れた。
曇った鏡を擦って自分の体を眺めながら、イーピンはその痕をつけた男――雲雀の顔を思い浮かべる。
一目惚れした時の穏やかな寝顔とはまるで違う、獲物をいたぶる残忍な獣のような瞳。
初めてそれを目の当たりにした時、衝撃を受けるとともにどうしようもなく惹かれてしまった。
そしてアタックしては軽くあしらわれる長い片想いが続いたのだが、三日前突然雲雀に抱かれた。
抱かれている最中は夢中で何も考えられなかったが、今になって思い出すといろいろと恥ずかしくて頬が熱くなってしまう。
(ヒバリさんが私にキスして、抱きしめてくれて……恥ずかしかったけど嬉しかったなぁ)
しかし幸せに浸る一方で、雲雀が結局一度も好きだと言ってくれなかったことがイーピンは引っ掛かっていた。
もしかしたら雲雀はただの気まぐれで自分を抱いただけかもしれない。
そう思うと怖くてあれから連絡することも出来ずにいる。
ため息を一つついて、薄くなってきた肌の痕をそっとなぞる。
鎖骨や胸に散らばったキスマークの中には、いくつか噛み跡もあった。
(ヒバリさんよく噛み殺すなんて言ってるから、本当に食べられちゃうのかと思った)
荒々しい雲雀の愛撫を思い返し、イーピンは体の奥が熱くなるのを感じた。
雲雀がしたように乳房をやや乱暴に捏ねて、先端を爪で刺激してみる。
初めての自慰も触れているのが雲雀だと想像すれば感度は高まった。
雲雀の瞳、息遣い、指の動き。一つ一つを思い返してイーピンは自身を愛撫した。
彼を受け入れた場所に触れると、お湯ともボディソープとも違うぬめりが指に絡まる。
クチュクチュという水音が狭い浴室の壁に反響し羞恥を煽るが、もはやイーピンは止まらなかった。
あの夜のことが夢ではないのを確かめるように、必死で快感を追い求める。
肌の痕がだんだんと薄れていくように、あの夜の幸せが消えてしまうのではという不安を打ち消したくて、イーピンはここにはいない雲雀を求める。
(ヒバリさんっ……。また私を抱いてください……!)
一瞬電流が走ったように痙攣し、イーピンはぐったりと背中を壁に預けた。
一人で達してしまった恥ずかしさと虚しさに苛まれながら体を洗い流し、浴室を出たイーピンの耳に携帯の着信音が届いた。
(……もしかして!?)
バスタオルを体に巻き付け、床がビショ濡れになるのも構わず携帯の置いてあるベッドへ急ぐ。
「も、もしもし!」
『遅いよ』
待ち望んでいた人の声に、イーピンの胸は高鳴る。
「ヒバリさん……!初めてですね、電話してくれたの」
『別に……。あれから連絡が来ないからどうしてるかと思ってさ』
「……私、ずっとヒバリさんのことを考えてました」
震える体を叱咤して、勇気を振り絞ってイーピンは続ける。
「どうしてヒバリさんは私を抱いたのかわからなくて……。ヒバリさんの気持ちが知りたいんです。教えてください」
雲雀が次の言葉を発するまでの間がイーピンには永遠にも感じられた。
やがて電話の向こうから雲雀のため息が聞こえた。
『君って勉強は頑張ってるようだけど、こういうことは理解力ないね。言葉にしないと分からないなんて』
「え?」
雲雀の言う意味が分からず戸惑っていると
『今から家においで。僕の気持ちをたっぷりと分からせてあげる』
と告げて電話を切られた。
携帯を握りしめたままイーピンはしばらく困惑顔で固まっていたが、
「えーと、とにかくこれはお家へ来ていいっていうお誘いだよね?」
やがて気を取り直し慌てて支度を整えてアパートを飛び出した。
早く雲雀に会いたい。本当の気持ちが聞きたい。
愛する人の元へ走る彼女の顔にもう迷いはなかった。