もう誰も残っていないと思っていた教室から、いやらしい声が零れている。
僅かにあいたそこから漏れるそれにわたしは少し驚いて、溜息を吐く。
「…!?っきゃあ!」
容赦なく―音を強調するように―扉をあげれば、今の今まで彼の上であんあん善がっていた
女子生徒が一転して悲鳴を上げ、顔を蒼白させながら剥き出しになった乳房を両手で覆う。
それよりもっと、隠す所があるよなあ、とか、
あ、よくみればこの人女バスのキャプテンだ、とか、
その年にして騎乗位なんてチャレンジャーだなあ、とか、思っている内に
ほとんど引っ掛ける様にして服を着た女子生徒が風のような早さでわたしの横を通り抜けていった。
「はは、どうした笹川。忘れもんか?」
一目散に逃げて行ってしまった彼女とは対照的に、彼―山本くんは、
ひょうひょうとそう言うと、寝転ばせていた身体を起こし、わたしがいる方へと歩み寄ってきた。
「…うん、理科で出されたプリント、机に置いてきちゃって。」
「え、んなもん出されたっけ?」
「提出期限、明日だよ?」
「げっ。まじで?」
まいったなー、と頭を掻く山本くんの様子はまるで何時も通りの姿だ。
さっきの事なんかなかったみたいな、そんな彼の姿はいっそ清々しいといえば清々しいけど、
彼があまりに爽やかだから、今頃どこかで頭を抱えている女子生徒が気の毒に思えてきてしまう。
おかしなの。さっきまでは寧ろ、嫉妬していたぐらいなのに。
「山本くん」
彼の名を呼びながら、わたしは背伸びして山本くんの髪の毛に触れる。
短くてつんつんの、柔らかな山本君の髪の毛をわたしは気に入っている。
「しようよ」
彼の髪にこの指を絡ませながら放ったわたしの言葉に、
彼はとくに驚いた様子もなく、色素の薄い瞳でこちらへと視線をくれた。
「さっきのじゃ、ものたりないでしょ?」
それはセックスが途中で終わってしまってからという意味だけじゃない。
「だからわたしを抱いていいよ」
わたしは、先ほどの子より、自分の方がいい女だという事をちゃんと知っているのだ。
「…いいけどさ。」
山本君がわたしの腰に手を回す。彼の高い体温が服越しで伝わって、どきりとした。
「知ってるか?笹川」
山本くんが身を屈めてわたしの耳元で囁く。含みのある低い声。嫌な予感が背中を走る。
「さっきから肩、震えてるぜ」
そう言われたわたしが眼を瞠ったのと、彼がわたしの制服の下に手を伸ばしたのはどちらが早かったんだろう。
今自分が浮かべている表情を彼に見られるわけにはいかなかったので、
わたしは彼の胸に自分の顔をおしつけて、それで全てを誤魔化した気になる。
山本くんはひどい。その笑顔の下で全てを見抜いておいて、その先の処置をとろうとはしてくれないから。