軽く呼吸を整える。身体が熱いのは走って来たからだけではないと分かっているけど。  
「毎度、楽々軒です」  
弾む心臓を宥めるよう深呼吸をすれば、がらがらと音をたてて古びた引き戸が開いた。  
「やあ、遅かったね」  
中から現れたその人は、いつもと変わらず穏やかな声で言う。  
「すみません……」  
謝る私に、ただ黙ってにこりとひとつ微笑むと、その人は一歩下がる。  
入れ、の合図だ。  
ぺこりと頭を下げつつ、一人分の隙間に身体を滑り込ませると、背後でまたがらがらと音を立てて引き戸が閉められた。  
「また10年前に飛ばされた?」  
「はい」  
「君も強情だねえ。どうせならもっとバレないような嘘をついたらいいのに」  
「嘘なんか……」  
ついていません、そう言おうと振り返った先にいるのは、  
「……ま、別に理由何て何だって構わないんだけどね」  
酷く愉しそうな表情を浮かべた、  
ああ、また。……私、は。  
しんと静まり返る室内に響く声に、身体はますます熱を帯びる。  
「きっともう、ラーメンのびちゃっただろうねえ?」  
「……はい」  
クスクス笑う声に目を閉じて、そっと岡持ちを下ろすと、震える指でエプロンを外した。  
 
 

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