アーデルハイトは編み上げのブーツをかつかつと鳴らして寝台に近づき、横たえられた少女を見下ろした。  
クローム髑髏――憎きボンゴレの一角を担う女。  
同じ世代の、同じ女であるのに、とアーデルハイトは少女の寝顔を見ながら唇をかみ締めた。  
当たり前のように平和な日常を映す瞳や、武器などもったこともなかったのだろう、真新しい肉刺のできた小さな掌。  
甘い香りを匂い立たせる、恐らくは誰にも汚されていない清らかな体。全て、アーデルハイトがはるか昔に捨ててしまったものだ。  
 
(……憎い。)  
 
瞬時に浮かんだ感情は、幼い頃から教え込まれたものだった。  
ボンゴレファミリーは敵である。ボンゴレファミリーに報復を。憎め、憎め、憎め!  
刷り込みのように繰り返されるその言葉で、アーデルハイトの人生は構築された。  
目の前に眠るボンゴレファミリーの霧の守護者を手にかけることなど容易い。  
炎魔の力など借りずとも、一瞬でその命の灯火を吹き消すことができる。  
だが、それで自分は満足できるだろうか。  
失われてしまった、大切だったもの。  
その全てを持っているように思える少女が、アーデルハイトには羨ましく、そして同時に妬ましく、疎ましい。  
夢か現かわからぬ間に、一瞬のうちにあの世に送ってやるのはある意味で慈悲だ。  
それでは足りない。  
行きながらに全てを奪い、絶望の淵ぎりぎりまで追い詰め、そして……  
そうだ、それが良い。  
形の良い唇をにまりとあげたアーデルハイトは、クロームの首筋にかぶりついた。  
 
「……っ、!?」  
 
クロームの肩が、突然訪れた痛みに震えた。  
尖った八重歯が食い込んだ皮膚を舌で舐め上げれば、ひ、と小さな声が喉を鳴らす。  
 
「起きましたか。ボンゴレの守護者。」  
 
「……なに、だれ?」  
 
強張る表情。思った以上に幼く高い声に、アーデルハイトはほくそ笑む。  
それでこそ穢し甲斐もあるものだ。  
クロームの疑問に答えぬまま、アーデルハイトは寝台に乗り上げた。  
アルミのフレームが二人分の体重に乾いた音を立てる。  
豊満な胸を押し付けるようにクロームに覆いかぶさったアーデルハイトは、赤く染まった喉をそっと撫でた。  
浅く上下する喉、騒ぐ血流。  
殺されるかもしれないという恐怖に青ざめるクローム。  
だが、思ったとおりになどしてやるかとアーデルハイトは優位体勢のまま唇を少女に重ねた。  
見開かれたクロームの瞳に映ったのは、憎悪と優越に蕩けた表情、赤い瞳の生き物だった。  
 
 

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