柔らかな若草の芽が頬をくすぐる感触に、クロームはふと目を開けた。  
骸との夢の逢瀬に使われる、精神世界と呼ぶ場所を、彼女はずくずくと鈍く痛む頭をゆっくり持ち上げて見回す。  
 
(……大丈夫、いつもと同じ。)  
 
一番最後の忌まわしい記憶。  
なぜか現れた初代霧の守護者、D・スペードによって、骸の幻術から切り離された身体。  
おそらくそれは今から、彼によって良いように使われてしまうのだろう。  
例えばクロームがシモン側に寝返ったと見せかけてボンゴレを攪乱させるためかもしれないし、骸の身体を奪還するための駒としてかもしれない。  
クロームには考えが及ばなかったが、もしかしたら、もっと卑劣な――男としての欲を満たすための手段等に用いられるのかもしれなかった。  
いずれにせよ、彼女と、その仲間に危険なことに代わりはない。  
クロームは細い肩を両手で抱えてきつく目を閉じた。  
 
(……骸様、骸様……!)  
 
心の声で必死に呼び掛ける。  
普段ならば、この精神世界では通常の世界よりずっと簡単に、骸にアクセスすることが可能だ。  
毎夜とは言わずとも頻繁にこの世界で彼と交わす逢瀬は、クロームにとって自分が骸ときちんと繋がっていると再確認し、安心できる機会でもあった。  
 
(……感じない……骸様、どこ……?)  
 
未来に飛ばされたあの時と、同じ感覚がクロームの足元からじわじわとせりあがってくる。  
スペードの言った言葉が、急激に現実観を伴ったものとしてクロームに迫る。  
何度も違うと打ち消そうとしても、消えない不安が頭の隅にこびりついた。  
 
 
「……探しましたよ、クローム。こんなところにいたのですか。」  
 
「……骸様!!」  
 
どれほどたっただろうか。  
クロームの背後に、大きな影がふと現れた。  
特徴的なシルエット、鼓膜を震わせる甘く優しげな声。  
骸だ。  
じわ、と滲みだしそうな涙をそっと拭いながら、クロームはよく馴染んだ香りのする白いシャツに顔を埋めた。  
広い背中を確かめるように何度も撫でれば、頭の少し上の辺りで擽ったそうに揺れる喉。  
状況は何も変わっていないけれども、骸がいる、ただそれだけでクロームは少しだけ救われたような気持ちになる。  
 
「どうかしましたか? 誰かにいじめられましたか?」  
 
「違う……ごめんなさい、骸様。私、私……」  
 
優しい声で問い掛けられると、つい涙腺が弛んでしまいそうになる。  
頭を撫でる大きな手が、さらにそれに拍車を掛けた。  
 
「……初代、霧の守護者に……D・スペードに、」  
 
「D・スペード?」  
 
骸の端正な顔が歪む。  
瞳は鋭く細められ、眉の間に深い縦皺が浮かぶ。  
面白くなさそうに閉じられた唇は、きつく結ばれてしまった。  
滅多に見せない骸の表情に、クロームはなぜか嫌な風を感じ一歩後退りした。  
 
「……D・スペード、ですか。」  
 
静かな、しかし強い怒りを含んだ声が、耳元で揺れる。  
更に一歩骸から離れようとした肩を、骸が強い力で掴む。  
 
「誰が、いつ、呼び捨てにしても良いと言いましたか?」  
 
「む、くろ……様?」  
 
ざわ、とひとつ大きな風がクロームのワンピースを煽った。  
瞑ってしまった目を恐る恐る開けてみると、そこにいたのは彼女の知る骸ではなかった。  
 
「ねえ、可愛い、『私の』クローム?」  
 
「あな、たは……!」  
 
淡い藍色の炎に覆われた骸の身体は、じわじわとその形を変えていく。  
装飾の多い服、眉元で揺れる前髪。  
くつくつと震える喉からは、クロームの知らない笑い声。  
 
「……いけない子ですねえ。君の主人は、私だと言っているのに。」  
 
「や……来ないで……」  
 
「ダメですよ。だってほら、『おしおき』だって、言ったでしょう?」  
 
「あ、」  
 
掴まれた肩を押され、草原に倒れ込む。  
またひとつ大きく吹いた風が、クロームのスカートをふわりと持ち上げ、内側の白い足を顕にしたのを見て、骸の形を保つことを放棄したスペードはにまりと笑んだ。  
 
 穏やかな陽光の下には似つかわしくない声が、誰もいない草原に響く。  
 
「…っぁ、や……っ、んんっ!」  
 
「ヌフフ……『何でも』言うことを聞いてくれる君も素直でとても可愛いですが、こんなふうに抵抗されるほうが燃えますね。」  
 
「……いやっ!!」  
 
脱ぎ捨てられた白いワンピースが風ではためいているのが見える。  
男に組み敷かれたクロームは、涙のたまった目で必死で耐えていた。  
淡い桃色の唇を噛み、長い睫が涙で滲むその様は哀れではあったが、それがいっそうスペードの嗜虐心を煽る。  
 
「おやおや、嫌じゃないでしょう? あちらの君は、とても喜んでいましたよ。」  
 
わざと音を立てて乳首に吸い付き、舐め上げる。  
大きく撓った背中の間に手を入れ、なだめるように撫であげる。  
ぞわぞわと這い上がる羞恥と、時としてそれを上回ってしまいそうな快楽に、クロームは何度も嫌嫌と首を振った。  
鎖骨のあたりに散った、痛々しいほどの所有印。  
ひとつつけるたびにクロームが手の中に落ちてくるようで、スペードは愉快でたまらない。  
六道骸の実体を手に入れた暁には、骸に自分のものだと思っていた女が身も心も、もう他の男のものなのだという事実を見せ付けてみるのも一興かもしれない、なんて思いながらスペードはクロームの秘部に指を突き刺した。  
 
「っ!?」  
 
「……やっぱり、きついですねえ。でも、きっとこちらの君も、処女じゃない。あちらの君と同じで、もう知っているのでしょう?」  
 
骸のとは違う、彼女の体をいたわることも無い手。  
スペードはただ、次の行為を行いやすくするために何度も何度も角度と深度を変えて出し入れする。  
ぐちぐちとそれでも解されていく内部の浅ましさに、クロームはきつく目を閉じた。  
 
「一度、イっておきましょう。そのほうが、僕も君も楽だ。」  
 
「あ、……っ、ふ、……んっ、あ、あ、」  
 
ぐり、と長い指がクロームのいいところを突く。  
頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなる。  
ぐったりと身体の力が抜けたクロームに、スペードは小さく笑って口付ける。  
 
「最後の慈悲をあげましょう。……君の主人は誰ですか?」  
 
「ちが……う、あなたじゃ、ない……。」  
 
スペードだと言えば、楽になれたのかもしれない。  
クロームの貞操も、守られたかもしれなかった。  
しかし彼女にとって大事なのは、自分の身体ではなく、骸と自分が特別強い力で結ばれあっているという意識だった。  
実体を犯され、彼女の領分である精神世界の中でまでも犯されたにも関わらず、彼女の瞳は未だ強い意思を秘めて静かに輝く。  
 
「そうですか。やっぱり魂のほうは、身体とは違って思い通りには行きませんね。まあ、構いません。楽しみは、長く続くほうがいい。一途な思いが、どこで屈するか見るのも面白いかもしれませんし、ねっ!」  
 
「ああっ!」  
 
差し込まれた熱く硬いものに、クロームの背中が震える。  
途切れ途切れになる意識の中、骸の顔がだんだんと見えなくなっていく。  
 
「骸様っ、むくろ、さまっ!」  
 
「ヌフフ、さあっ、私のものに……なりなさいっ、」  
 
ぶつかりあう肌の音が、静かな静かな世界に響く。  
誰にも邪魔されることの無い世界で、クロームの精神は蹂躙し続けられた。  
 
 

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