今まで感じたことの無いくらいの強い光の刺激を受け、六道骸はゆっくりと瞳をこじ開けた。
薄く靄のかかったような世界。
おそらくはまだ見る、ということに慣れていないせいであろう。骸の周りでゆらゆらと揺れる黒い影も、的確な像を結べていない。
二度瞬きをした後、骸は慎重に首を左右に巡らせた。
ぎちぎちと鳴る骨や、その周りの筋肉が悲鳴をあげるが、我慢できないほどの苦痛ではない。
試しに指先から手首、肘、肩へと力を移動させれば、とりあえず目の高さ程までは持ち上げることができた。
決して短くは無い時間、光も音も届かない世界にいたのだから、この衰えは当然である。
六道骸ともあろう男が、と彼は眉を寄せてため息を吐くが、むしろ、ここまで動かせるのが奇跡的なほどだ。
「お目覚めですか? 六道骸くん。」
骸の周りで揺れていた影のひとつが、骸に問い掛けた。
口調は丁寧だがどこか人を馬鹿にしてあざけるような声色に骸は不快感を顕にした。
問いには答えず、割と自由になる首だけを動かして声の聞こえるほうから顔を背ける。
「……ヌフフ、怒らせてしまいましたか。せっかく、復讐者から出してあげたというのに。」
影は徐々に形をはっきりとしたものに変えていく。
浮かび上がるのは何を考えているのか読めない薄気味悪い表情。
特徴的な口調からある程度予想はしていたものの、本物を見るのはこの時代の骸は初めてだ。
初代霧の守護者、D・スペード。
未来の世界で骸は、彼の力を一度借りている。
その時は考える余地もないほど切迫した状況だったのだが、今、こうやって対峙してみると、スペードの力の大きさや彼の不気味さがありありと伝わってきた。
嫌な予感が骸の背中をゆっくりと撫でる。
「……何が不満だと言うのです。君の都合を聞かずに私が勝手に復讐者から君を受けとったから? 私がボンゴレを潰そうとしているから? それとも、」
芝居がかった動作でぐるりと骸の横たわる寝台の周りを歩いたスペードは、革の手袋で包まれた右手をぱちんと鳴らした。
「……君の大事な女の子が、私の物になったから、でしょうか?」
骸の近くを漂っていた小さな影が形を結ぶ。
見慣れた髪型、大きな瞳を隠す眼帯。
「……クロー、ム?」
「ご挨拶なさい、私の可愛いクローム。」
瞬間、骸は目の前のクロームはまがい物ではないかと疑った。
形こそ自分の知るクロームだが、与えたはずの内臓の気配がどこにも無い。
「……六道、骸。D様に捧げる身体。」
「そうですよ。よくできましたね。あとでご褒美をあげましょう。」
小さな頭を撫でられたクロームは、大きな瞳をほんの少しだけ細め俯く。淡く染まった頬と形の良い耳は、骸にも見覚えのある光景だった。
自分のものを勝手に触られたのを拗ねる子どものように、骸は面白くない。
ふいとクロームから反らした視線がスペードとかちあう。
にま、と美しい唇が弧を描いたのを見て、また、嫌な予感がこみあげてきた。
「さあ、はじめましょう。」
骸の危惧など知らぬというように、ぱち、ともう一度スペードの指先から軽い音が鳴る。
音と同時に、クロームが与えた覚えの無い靴をかつりと鳴らし、骸に一歩近づいた。
「……何…を、っ、クロームっ!?」
ためらいの無い指が骸の方に伸び、ベルトをかちゃりと触る。
慣れた手つきに目を見開いているうちに、ズボンの金具がぷつりと外され、焦らすようにゆっくりとジッパーが下げられる。
寛げられた前にクロームの顔が近づく。
「――っ!?」
ぬる、とあたたかな舌が骸を襲う。感覚という感覚を閉ざされていた骸には、大きすぎる刺激だった。
思わずしなった背中に、低い笑い声が重なる。
「ヌフフ……気持ちが好いでしょう? クローム、もっと舌を使って。大丈夫、……練習した通りに。」
「ん、……ふ、はい、デイモ、さま……っ、」
くすくすと笑う男に恍惚の表情を向け、クロームは再び骸の性器を口に含んだ。
幼い顔とは対照的なその行為は、骸の瞳には酷く淫らなものに映る。
幼い彼女が知るはずもない巧妙な舌技がいっそう現実を倒錯させる。
「クロー…ムっ、やめ、なさ……っ、」
流されそうになる自分を理性が支える。
いつものクロームなら――そもそも、本来のクロームならこのような行為はおそらくは決して行わないのだが、骸が制止の令を出せば必ず聞き入れる。
しかし目の前の彼女はクロームであってクロームでない。
ならば意志とは関係なく膨れ上がる劣情にこのまま身を任せることなどあってはならない。
きつく目を閉じて今にも放たれてしまいそうな欲望を押し込める。
その姿を楽しむかのように、低く甘い声が骸の耳元でささやかれる。
「長い間牢獄に繋がれて、溜まっていたのでしょう? この大事な女に挿れて、吐き出して、めちゃくちゃにして……心も身体も自分のものにしてやりたいと思っているくせに。ほら、素直になればいい。」
「っ、」
骸の息が上がる。
くらくらと眩む世界に、響く水音と、揺れる女の顔。
「んで、……こんなっ、」
クロームの唇が骸の先端を吸い上げ、終幕の予感に離れる。
吹き出した痴態の残骸を両手に受けとめたクロームは、にこりと笑ってこう言った。
「……挨拶。身体をくれたら……あなたもD様が可愛がってくれるって。」
ちろりと唇の端を舐めた舌がやけに赤い、そんなことを思いながら骸はくたりと意識を手放した。