「……やばいな」
そう雲雀が呟いた時、その言葉を聞いたのは、ハルだけ。その場にいたのも、ハルだけ。
「何がですか?」
目の前にあるプリントに手を伸ばすのを途中で止めて、顔を上げた。
雲雀はそっぽを向いて机に肘をついたまま動かない。
口元に手を当てて、その視線はどことなく落ち着かない感じだ。
「ヒバリさん?」
ハルをちらっと見て、またすぐに目を反らしてしまった。雲雀にしては珍しい。
「あの、どうかしました?」
「…うるさいな。わめかないでくれる?」
(何なんでしょうか、一体)
高そうな革張りのソファーに座っている雲雀を見上げてしゃがみ込んだまま、
不思議そうに首を傾げる。
けれど、雲雀の様子がおかしいからといって、相手にしていられなかった。
部活で他校との合同練習があったついでに、いつものように応接室に寄ってみると、
一暴れしたのであろう。被害者はいないものの、机は倒れ、書類などのプリントが散乱していた。
ハルは初めは驚いたが、今ではその状態の時に訪れると、片付ける習慣がついていた。
「……ハル」
「はひ、何ですか?もー、今日も派手に散らかしてますねぇ」
「いつ終わった?生理」
あまりにも驚きすぎて、ハルは人形のように固まったまま目線だけをゆっくり雲雀に向けた。
ぶつかった視線の先にあるその顔は、僅かに敵意の混じったようにも取れる目つきをしている。
「……頭、打っちゃいましたか?」
「いいから答えなよ」
「………………おととい、です…」
(何で答えてるんでしょう、ハルは…)
ハルを見る、その強い視線に負けてしまった、…とでも言うか。
雲雀は僅かにに目を細めると傲慢な動作で少しだけ腰を上げた。
「…じゃあ大丈夫だね」
ハルはつい今し方の発言に呆気に取られたまま、見下ろしてくる雲雀に顔をしかめる。
雲雀は立ち上がったまま移動しようともせず、
ハルの手首を掴むと自分の方へぐいと引っ張り寄せた。
その衝撃で手に持っていたものが全部その場にバラバラと落ちる。
あ、と足元を気にしたハルの様子など知った事じゃないのか、もう一方の手が腰に回って、
強制的に雲雀へと正面から向き合わなければいけない。
雲雀はまたソファーに腰を下ろし、ハルは雲雀の座っている場所の目の前に
おぼつかない足取りのまま立たされて、両手で腰を抑えられた。動けない。
「はひっ、何、」
言い切る前に、覗き込むように近づいた雲雀の唇が、押さえ込むように後頭部に回された手が、
息を飲む暇もなくハルの唇を塞ぐ。
「ん、っ…」
弛んでいた唇の隙間からすぐに舌が入る。入るというよりまるで全てを舐めるみたいに。
油断していたせいで、唇の隙間から唾液が伝った。
中で動き回る舌は、なんだかせわしない。
ハルの熱を急いで上げようとしているみたいに執拗に絡んでくるせいで、
思惑通りなのか意識が朦朧としてきた。
「…っあ、……ヒバリさん…な、何ですか?いきなり、」
やっと声を出す事を許されて目を開けた。
口元を拭うと、自分の顔なのに妙に熱い。雲雀は何だか不機嫌な表情だ。
「君のせいだよ」
「はひっ?!何ですかそれ、ハルが何したって…」
「勃った」
一瞬言葉の意味が理解出来なくて。
それでも次の瞬間心臓がドクリと音を立てて、ハルは真っ赤になった。
「…責任取ってくれる?」
腰に回っていた手が下へと降りて、するりとスカートを持ち上げた。
逃れようと反射的に腕に力を入れると、拘束する様にその腕にぐっと頑なに力が篭る。
「だ、だめですよ!ヒバリさんたら!…こんな…こんなトコで!」
「このままじゃ帰れないよ」
それはそうだ、とハルは思う。
一瞬で頭を過った映像は、言いたくもないけれど卑猥なものばかりだった。
学校という社会生活では遮断しているはずの、もっと動物的な感情。
そこに混じって「ここは学校だ」という冷静な自分を見つけて、赤かったはずが青くなった。
何においても、雲雀の自分勝手な行動を食い止める術をハルは心得ていない。
「だめです!!…人が通りかかります!絶対!」
人が通りかかったところで、応接室の中で何が起ころうと、
ドアを開ける人間はこの中学でいないのだが。
「もし、誰か入ってきたら殺してあげるから」
(…そういう問題なんでしょーか)
呆気に取られたハルをよそに、目の前の雲雀は口元を歪めて笑っている。
「ひあっ…、だっだめですよ!ヒバリさん!」
なんとか身を捻って抜けようにも、腰に回された手がそれを許さない。
近づいてきた唇がもう一度重なって、
薄く開いたままだった狭い間を割って入ってくる濡れた感触に、
ハルはビクリと身体を離しそうになる。
抱き込むように腰から下半身へと滑り降りた両手が、
再びスカートを持ち上げて直に太腿を撫でる。
「んぅ…」
塞がれたまま舌を絡め取られて、簡単に雲雀の口に誘い込まれる。
絡む舌にちょっと気持ちいいかも、とか思ってしまって。
ぼーっとしているとその手がスカートの奥へ伸びてきた。
今さらながら突き放そうと力を入れるものの、もう遅い。
唇の間の糸が切れて、ようやく息を吸い込んだ。
「…っヒバ…」
「黙って」
言葉を出そうとするよりも先に数段強い口調を返される。
ハルの主張なんか、受け入れられるどころか届きさえしない。
「…ひゃ……ぁ、ヒバリ、さんっ…」
指が、下着の上から撫でてきてハルは身体を震わせる。
足に力が入らない。
「君っていつもキスだけでその気になるね。やらしいなあ」
中に入ってきた指が、遠慮なく動いて、それだけで息と声を出してしまった。
雲雀は皮肉一杯な表情でそれを見ている。
(性格悪いの丸分かりですよ、その顔)
ハルは雲雀の首に腕を回して抱きついた。
力が入らなくて体重をほとんど全部かけてしまう。
「すごく重いんですけど」
(…ホント、意地悪な人だ)
制服のまま、下着だけ脱がされた。雲雀はソファーに座ったまま、二人は向き合っている。
ハルは嫌な予感を巡らせた。
「乗って」
「や、やです…無理……っ」
雲雀が腰を掴んで、ハルを自分の腰の上に無理矢理乗せた。
ハルの予想通りだ。
ハルのソコは愛撫で完全に慣れてしまって、
力が入らず体重を支えきれないせいもあってか、いつもよりも簡単に入ってしまった。
けれど雲雀のが入っている圧迫感はいつも通りだから、少し辛い。
大して動いて無いのに、一気に奥まで入ってしまった。
「ふ、ぁっ……!」
あまりに感覚がついていかなくて、身体が大げさに震えた割りに声は出ない。
「…動いて、ハル」
(無茶を言わないでください、この体勢苦手だって知ってるでしょう!だから嫌だったんだ…)
首にぎゅっとしがみついたまま、ただ必死で顔を横に振る。
雲雀がため息をついたせいで息が耳元にかかって、ゾクゾクする。
涙が出そうだ。大体、ため息をつきたいのはこっちですよ、とハルは項垂れる。
「面倒くさいね、君って…」
(ヒバリさんだって、十分面倒くさい男ですよ!)
ハルは首元に埋めていた顔を持ち上げて雲雀の唇に自分のを重ねた。
このままではあまりにも辛い。
思った通り雲雀は舌を絡ませたまま、ようやく動いてくれた。
「ん、んっ…」
いつまで経ってもこの声慣れないな、とハルは思いながら必死で雲雀の動きに合わせる。
ソファーの軋む音が、うるさい。
突き上げられて、ハルはその度に背筋を震わせた。
何だかいつもより少し乱暴だ。
「ひゃ、あ、っ…んっ!」
「…キツイな」
「ヒバリ…さん、あ、あっ!」
ハルはというと、大して時間ももたず先に力尽きてしまった。
それでもお構いなしに突き上げてくる雲雀を、一生恨んでやります、と思いながら。
ぼんやりした思考のまま意地悪で少し締め付けてやったら、
雲雀は中に全部出してしまった。
多分…いや、間違いなく、始めからそうするつもりだったのだろう。
ハルは雲雀がわざわざあんな質問をしてきたのもやっと理解できた。
(…ほんとひどいこと、平気でするんだから)
口をとがらして、ハルは雲雀を見つめた。
「…何?その目」
ハルは思わず吹き出しそうになった。
『何』?
どうなっているんでしょう、この人の思考は。
恋人だったら何してもいいって訳じゃ、ないんですからね!
雲雀を一発ぐらい叩いてやりたいけど、繋がったままだから下手に動けない。
だからせめて文句いってやる、と思ってハルは荒い息を必死で整える。
「……もう、させてあげません…から!」
「ふぅん。君、そんなこと僕に出来るの?」
(……自分で言っておいてなんだけど、無理です…)
「疲れてるね。体力無いんじゃない」
うっすら汗を滲ませているにしても、雲雀の呼吸はもう普通と変わらない。
「ハ…ハルは、部活帰りだからですよ!」
「新体操部、運動量増やした方がいいよ」
「余計なお世話です!それにこの部屋の掃除もしてたし…」
「そうそう、掃除してるからって、スカートで座り込まないでくれる?誘いたいならもっと、
マシな誘い方しなよ」
「はひい?!ヒ、ヒバリさん!ハルは、さそ、誘ってなんか!」
雲雀は舌打ちして、ハルの額を片手で掴み、ぐいぐい後ろに押し返す。
「いいから、さっさと離れて。また勃つから」
「え!?」
ハルは慌てて、逃げるように雲雀から身体を離したのだった。
「送ってくよ。君一人で帰すの、危ないからね」
ハルの家に着くまで、その間の二人の会話は一方的に雲雀がハルをからかうことばかり。
家に着いて門の前で帰り際に雲雀が吐いた言葉は、
お別れの時に言う「バイバイ」的セリフじゃなく、やっぱり
「全部ハルのせいだからね」
って。
(…なんでですか。 どう考えても悪いのはヒバリさんじゃない!)
小さくなっていく雲雀の背中を見送りながら、それでも雲雀を嫌いになれない自分がいる。
彼の世界では、ハルの言い分なんてどこにも届かない。
そこに完全に入り浸ってしまっているハル自身の世界もすべて。
逃げ出さない限り、世界は彼のモノ。