いつ来るかいつ来るかと正直暗殺の仕事を遂行する時以外は考えていたがそれはあっけなくやってくる。
嫌な汗なんてかきたくてもかけないほど彼の周りの空気は乾ききっていて、今にもパリパリと崩れそうだった。
最近マフィアに狙われているシャマルは廃病院に身を潜めていた。
病院内は、薄暗くすべてのものが錆びれ荒れ果てている。
ビアンキに背を向けて締まりきらないロッカーの扉を無理矢理押さえつけているシャマルは、
噛み合ってない扉のたてる間抜けなガコガコという音に苛立っているようだった。
それがやけに響くのだ。乾いた空気の中を音がうるさく駆け回って吠えている。
何度か派手に扉を叩きつけても閉まらないそれにとうとう大きく蹴りを入れた。
ビアンキはそれに一瞬びくりと体を強張らせ、これ以上の時間をここでは過ごせないと思って立ち上がったが、
「待てよ。」と、あっけなく制される。逆らえない。依存していた。
それは、ビアンキに性を教え込んだのが紛れもないシャマルだったからだ。
所詮自分なんて遊びのための存在だったんだとビアンキはいまさら突然気付いた。
本当になんていまさらだ。彼は自分に飽きたのだ。
ふざけるな。
多少は舞い上がっていた自分、それを見て楽しんでいたのであろうシャマル、すべてが恥かしくて憎たらしかった。
「上着…何で着てないの」
「シャワー浴びてたんだよ。で、どのシャツ着ようか迷ってて」
にしても着替えが遅い。立ったままで居るのもなんなので結局またもとの位置に座り込む。
ロッカーの一つに背を凭れ、時計の針をぼんやり目で追った。
「…着替えるなら着替えるで、用件済ますなら済ますではっきりしてほしいんだけど。」
ビアンキの言葉にやっと振り返ったシャマルはいやらしく笑っている。
ああ彼は自分が欲情してるとでも思っているのだろうか。
ご期待に沿ってしまっている浅はかな自分と遊びの過ぎるシャマルに一層苛立ってビアンキは拳を握った。
「おまえ、手。」
見透かされたようにまた釘を刺される。
シャマルが一体どうしたいのかビアンキには大体想像がつく。
形ばかりの恋人ごっこを終わりにする前に、恋人としては最後の(切なく甘ァい)セックスをして雰囲気に酔いたいのだ。
ここで。今すぐこの場所で。
ハ、なめるんじゃないわよ。
ビアンキは唇の端が持ち上がっていくのを感じて、おかしい、と思った。
自分はまだシャマルのことが好きで別れ話なんてごめんなはずなのにどうしてだろう、と。
はじめてシャマルの気持ちを読めた優越からくる余裕かもしれないし、
或いは単純にオモチャにされていた事実を認めて一段とバカになったのかもしれない。
ビアンキは首に巻いていたストールを緩めた。シュッ、と、乾いた空気は敏感にふるえる。
近づいてシャマルの周りの乾いた空気に触れるたびに体が痺れて興奮した。
「案外つまらない男なのね。」
ビアンキはシャマルの肩に顎を載せて小さく呟いた。
シャマルは例によってにやにや笑って、オレなんてフツーにつまんねぇ男だけど。と言った。呆れた。
「コレ終ったら私達別れるの、やっぱり。」
「あー。まぁ、気が向いたらセックスでもしようや。」
現実になった言葉に顔をあげていられなくて、ビアンキはシャマルの首筋に表情を隠して鼻をすすると、
シャマルが熱い息を吐きながらオマエはもう一人前だ、と囁いた。
ビアンキは思わず目を細める。
それはつまり飽きたのではなく、彼は自分が成長してしまったから手放すということだった。
簡単にシャマルの感じるところを探り当てられるようになった自分の指先を憎んでももう遅い。
シャマルはこの後再び女を育てて楽しむ為にできるだけ性に疎くて清潔で恋を知らない女を探しはじめるのだ。