「山本武、見えるのと見えないのとどっちがいい?」
と訊ねてくるビアンキの顔にはこれといった表情は浮かんでいない。
バレンタインに、スイートとビターとどっちにする?と訊ねてきたときと同じ顔をしている。
山本は一拍置いて、見えるほうがいいです、と答えた。
見えないよりは見えるほうがいいだろう。そう思ってのことだ。
「そう」
と答えて、くるりと背を向けた同級生の姉、ビアンキの思いは全く分からない。
分かることといえば、先ほど野球部の部室に山本に続いて入ったビアンキが鍵をかけたということだけだ。
鍵をかけたということは、邪魔が入ってほしくないということだろう。
邪魔が入っては拙いことを、これからするのだ。
薄暗い部室には薄いカーテンと硬い青のベンチ。野球道具が山積みで、ほこりの匂いがする。
神出鬼没な人ではあるが、ここ最近授業中にも関わらず並盛中に顔を出すようになった。
山本は胸中に湧きあがる複雑な想いに、いつまでたっても慣れない。
「山本武、はさみ持ってない?」
「持ってないです、けど部室のどっかにあるんじゃないっすか?そこのボールペンとか入ってるとこ」
「あ、あったわ」
「えっ、ビアンキさん、何してんですか」
「何って・・・だって、アナタが見えたほうがいいって言ったじゃないの」
ジャキン。ジャキン。
ビアンキのほっそりとした指には不釣合いの大きな刃が二度、音を立てた。
暗色系の布切れがふたつ彼女の足元に落ちている。
驚き目を見開く山本の前で、袋はもう本来の役目を充分に果たすことのできない、
二つの不揃いな穴が開いたものになってしまった。
「ビアンキさん、もうその袋使えないですよ」
「そうね」
「もっと、物は大切にしなきゃ。大事に使ってくださいよ」
「別に、また新しく買うからいいのよ、こんな袋くらい」
山本からしてみれば、それがコンビニのビニール袋ならともかく、
今、ビアンキが切ってしまったような布の袋に鋏を入れるということは非常識なことだった。
未だ使えるものに穴を開けて、簡単にゴミにしてしまうのか。新しく買うからいい、と言い切るのか。
そんな山本の内心など知りもしない、考えもしないビアンキは、
先ほどの遣り取りなど関係ないとばかりに、袋を差し出した。
「はい、山本武、かぶって」
「は?」
「ほら」
ビアンキの意図が掴めずに呆然としている間に、頭に袋を被されてしまう。
山本は部室に置かれたベンチに腰をかけたまま、ビアンキは立っていた為にそれは簡単に成された。
ビアンキが先ほど鋏で切ってあけた穴は、山本の目の位置の下方にある。
ふふ、と涼やかに笑う声がした。
「アナタの頬が見えるわ」
どん、と肩を押されて山本は抵抗らしい抵抗もせずベンチに押し倒された。
布の色は黒だろうか紺だろうか。あまりにも目に近くて色のはっきりとした判別がつかない。
ただ暗い視界のまま、山本はビアンキの声を聞いた。
「ああ、折角穴を二個あけたのにこれじゃ全然見えないわ。ま、これも悪くないかしら。
ね、全然見えないっていうのも、良いでしょう?」
言いながら、山本の襟元からネクタイが抜き取られた。
ビアンキの動きが見えないため、総てが唐突に山本には感じられる。
「もう、空気穴みたいな感じでいいわよね」
首にぞろりと巻かれたネクタイは頭に被さった袋の上から、ぎゅっと結ばれた。
息が苦しい。
縛られた首は、ネクタイでそう強く結ばれているわけではないが圧倒的に酸素が足りなかった。
はあはあ、と零れる息が山本の顔と布の間で出口を求めて彷徨う。
二つ穴が開いているとはいえ、追いつかぬほど熱かった。
しかし、ビアンキはそれに気付いているのかいないのか、山本を助けようとはしなかった。
「じっとしてなさい」
「こんなの嫌です」
「嫌?じゃあ、これは何なの。この、ガチガチになってるのは何なのよ」
ぎゅっと山本自身を握るビアンキの手のひらが冷たい。
それは山本のものの方が熱をもっているということの何よりの証だった。
片手で腹部を優しく押さえ、山本の股間にねっとりと舌を這わせる。
「ほら、アナタの、だらだら涎垂らしてる」
尿道を舌先で割ると僅かに滲み出ていた先走りの味がビアンキの舌先に染みる。
ちろちろと裏筋を舌で辿りながら茎をなぞって陰嚢まで到達するとそれを吸い込むように口に含んだ。
片方ずつ口の中で舐め転がして、更にその奥へと舌を伸ばす。
「はぁっ」
執拗な舌の動きに、山本の口から思わずといった声が洩れた。
その反応に気をよくしたビアンキは更に奥へと咥え込む。
「ちょ、ビアンキさん、やめ…」
ちゅ、と音を立てて吸うと山本はビアンキに抵抗することを放棄して身悶えた。
「…声」
「いいわよ、いくらでも出して」
口では拒絶しているようだけれど、山本の体は意志に反して自らビアンキの顔に押しつけた。
「あの、やばいんすけど」
「駄目。まだ、イったら駄目よ」
ずるり、と引き抜かれたかと思うと、山本よりもずっと軽い体が、腰の上に乗りかかってくる。
ビアンキのそこは容易に山本のものを咥え込んだ。
「ふぅ……んっ」
二、三度腰を揺すり慣らした後、一気に腰を沈め打ち付けるように激しく上下に動く。
速度が早くなると、ビアンキの中でますます硬く大きくなっていった。
袋の上から口を寄せるビアンキに、苦しいと言って、山本は目を閉じた。
ビアンキの汗がぽたりと山本の袋に落ちてくる。
目の前は暗くビアンキがどのような表情をして動き、感じているのか見えない。
山本は閉じた瞼の裏で想像してみる。
彼女の温度を、彼女からもらう快感を、
この体中めいっぱい邪魔されること無く感じることが出来たなら。
薄暗い部室に響くビアンキのかすれた声と荒い息、肉のぶつかりあう音が山本の耳を刺激した。
「袋なんか、使いたくないです」
ビアンキはケロッとした顔で、「感じてるんだから一緒でしょ」と返す。
ビアンキには今までに体の繋がりを持った人間が多く居ただろう。
その人間とビアンキが、どのような行為をしてきたのかなんて幾ら山本でもわからない。
ひょっとするとビアンキにとって自分はたくさんある体のうちのひとつなのかもしれない、と考えていた。
ビアンキの言葉が蘇る。別に、また新しく買うからいいのよ、こんな袋くらい。
別に、また新しく誰かが代わりになるからいいのよ、こんな体くらい。
こうやって袋を頭からかぶれば、顔が見えなくなって誰か分からなくなる。
性器を持つ体にしかならなくなる。ビアンキはそこに跨りいいように動く。
山本だろうと誰だろうと関係ない。悲しい想像だ。しかし、それは正しい想像ではないか。
山本の腰を掴んでいるビアンキ指に力が入った。ッふ、と押し殺した息が聞こえる。
俺は誰とやっているのだろう。
ビアンキ?では、ビアンキは、この袋の下に誰の顔を思っているのだろう。
誰を犯しているのだろう?それは果たして、山本と同じ顔をしているか?
ベンチで擦れる背中が痛い。
気持ち良い。痛い。熱い。苦しい。辛い。
全部の感情がごちゃまぜになって訳が分からなくなってくる。
「も、限界…」
「や、ぁ…あっ」
「やばい、やばいやばい、ビアンキさん、出る」
「ああ、ん!ちょっと、待ちなさい…っ」
「無理、無理です!」
山本はビアンキの腰が逃げないように掴み、ビクリと大きく波打ったかと思うと、
一瞬の硬直の後、堰を切ったように溢れるものがあった。
ジャキンジャキン。鋏が二度、音を立てた。新しく買ったばかりの袋に奇妙な二つの穴が開く。
布切れがぽとりぽとりと汚れた部室の床に落ちた。相変わらず、準太はものを大切にしない。
大事にしない。袋だって、何だって。ビアンキが、美しい表情を浮かべて袋を差し出す。
その袋を被される頭の持ち主は、はたして。