骸はいつも、たくさんのお金をくれた。  
お金以外のものをくれたことは、一度もないけれど。  
 
「MM。今、何かほかの仕事は入れていませんか?」  
入れていない。  
骸ちゃん以上に羽振りのいい雇い手なんてなかったし  
今はボンゴレファミリーを壊滅させろと指示を出されていた。  
「入れてないわよ」  
「そうですか。それはよかった」  
にっこりと、口をゆがめた骸ちゃんからは、温かみを一切感じない。  
 
犬や柿ピーも、骸ちゃんと同じような大罪を犯してきたはずだ。  
もっとも、私だって。  
皆同じような人間の集まりなのに、骸ちゃんだけはどこか違う。  
 
笑っているのに、笑っていない気がする。  
怒っていても、怒っていない気がする。  
今までいろんな人間を見てきたけれど、この人ほど掴み所のない人は見たことがない。  
 
「それで、何?新しいお仕事をくれるの?」  
仕事はいくらだってほしい。  
働けば働くほど、金が貰える。  
「ええまあ。そうですね…今夜、僕の部屋に来てもらえますか」  
「…何の仕事なの」  
「クフフ、最後まで言わなくても分かるでしょう、MM。」  
分かっていた。  
当然。  
手に、変な汗の粒がにじみ、悟られないように拳を握り締める。  
骸からはさまざまな仕事を請け負ったが、こんな『仕事』を言いつけられたのは初めてだ。  
恐いことは何もなかった。  
売春行為なんて、飽きるほど繰り返してきた。  
中年のにおい、精液、いやというほど浴びた。  
だから、緊張なんてしないはず、なのに。  
 
「いいですか?MM」  
「…もちろん。お金が貰えるなら、何だって」  
「何だって、平気ですか」  
「当然よ」  
「勇ましいですね、クフフ…じゃ、楽しみにしていますよ。今夜二時に」  
 
返事をせず、部屋を出た。  
もっとも、朽ちた廃墟はドアなんかついてないほうが多くて、どこの部屋も開けっぴろげなんだけど。  
もし今の話を誰かにー…犬か柿ピーに聞かれていたらどうしよう。  
奇妙な羞恥心が浮かんでは邂逅した。  
 
真夜中の二時まで、時間はたっぷりとある。  
何をしようか。  
何をして待とうか。  
とりあえず、ヘルシーランドからできるだけ離れたカフェに腰を下ろすことに決める  
夕方のカフェは若い女で沸いていた。  
制服姿を見る限り、きっと学校帰りなのだろう。  
屈託もないおしゃべりに夢中になる少女たちを、横目でみる。  
恋だの恋愛だのしか見なくていい生活が、少しだけ羨ましく思った。  
 
あまいタルトと温かいミルクティが、そっと運ばれてくる。  
満腹ではない、むしろ食欲はあるほうだけど、なぜかがつがつと食べる気が起きない。  
頭の中は、骸とどうやって事を進めるか?それしかなかった。  
 
(…情けない)  
いくつもの死線を逃れ、度胸や忍耐やらそういうスキルは人一倍身に付いたはずだった。  
なのに、この様はどうだ。  
情けなくなり、ますます食欲は失せてしまう。  
フォークの先で、タルトの生地をぼろぼろと崩し、ミルクティの中にいくつもの角砂糖を入れては混ぜた。  
 
真夜中の一時になった。  
約束の、仕事の時間まであと一時間。  
自分の部屋として与えられている廃墟の一室で、私は雑誌のモデルの目を、ひたすらマジックで塗りつぶしていた。  
特に意味はない。ただの暇つぶしである。  
 
(いっそこのまま…寝ちゃおうかしら)  
そうだ、寝てしまおう。  
そう本気で思った。  
骸は金もあるし、頭だっていい。モテるのよ。  
セックスする相手くらい吐いて捨てるほどいる。間違いなく。  
今日はたまたま、近くに居た私を誘っただけ…  
寝てしまっても、骸は何も悔やまないだろう。  
きっと、ほかの女のところへ行くに違いない。そうだ、寝てしまえばいいんだわ。  
 
そう思って、ふとんを捲った瞬間だった。  
「MM。早いおやすみですね」  
「ヒッ」  
つい声が出た。  
何よ、ノックくらいしなさいよ、そう思ったが反論するのはやめる。  
 
「犬も千種も、もう寝付いたようなので。約束より早いですが…いいですか?」  
「…ええ、いいわよ」  
パチリ、  
電気を消す音がドアの近くから聞こえた。  
 
(お金のため、報酬のため。  
何も緊張することなんてないわ。  
セックスなんて、目を瞑っていれば終わるんだから。)  
 
なんとなく目を合わせづらく、床に目をやる。  
骸が、ベッドに腰を下ろす。古びたスプリングがぎしりと鳴いた  
ふわりと鼻腔に届く骸の香りにふと目を開ける。  
 
(きれい)  
長いこと仕事を共にしながらも、こんなに近くで骸を見たのは初めてだった。  
整った顔。  
化粧をしている自分のほうが劣っているな、だなんて柄にもないことを思う。情けない。  
骸の手の平が、スカート越しに太股をやさしく撫でる。  
「MM」  
「…何」  
「キスも、いいですか?」  
ばかじゃないの。  
いいに決まってるじゃない、あんたはお金で私を買ったのよ?  
妙に情けを掛けられると、余計みじめになる。やめてほしい。  
 
黙って頷くと、骸はすこしはにかんだように微笑み(たぶん)、手を私の首に添える。  
気恥ずかしかった。  
骸の唇が、そっと触れる。  
いちど触れたあと、ぺろりと唇を舐められた。あつい舌だ。  
何度か唇と唇のあいだを舐められ、口を開くように催促されているということが分かった。  
 
小さく口を開くと、粘液を帯びた骸の舌が滑り込んでくる。  
慣れていると分からせるため、私も舌を絡めてやろうかと思ったが、やめておいた。  
私がただ合わせ、顔を傾けているあいだ、  
骸はなにかを確かめるように、ていねいに、私の口内を舌でなぞっていた。  
 
尖らせた骸の舌が、私の舌の側面を撫でる。  
いったりきたり  
粘液が口の端から零れる  
熱い。  
体が。骸のせいで。  
 
っちゅ…  
やっとの思いで、口を離される。  
キスだけで私の血液は顔に集まったのだろう、あまりの熱さだ。  
なのに骸はいっこうに顔色を変えず、微笑みさえ浮かべている。  
息も絶え絶えな私に、骸は核心を突くことばを並べる。  
 
「緊張しているんですね」  
「…してないわよ」  
「クフフ…恥ずかしがることはないでしょう?  
セックスは、相手のことを知るのにとても便利なんですよ。恥ずかしがっていては何も分かりません、MM」  
「…私は、骸ちゃんのこと、知りたいなんて思ってないわ」  
嘘だった。  
もっと知りたい。その表情の裏をみたい。  
「そうですか…それは残念です」  
 
言い終わるや否や、私の髪は引っ張られる。  
急に引っ張られたせいでバランスを崩し、私は両手をついて、まるで上半身だけ土下座してるみたいな格好になった。  
目の前には、開いた骸の脚。  
 
「奉仕しなさい。お金がほしいんでしょう」  
 
こみ上げる涙。  
私は、お金のことだけを考えるようにした。  
 
 
汗ばんだ指先で、骸のズボンのチャックを裂き下ろす。  
ジジジ、  
歯をかみ締めるような音が廃墟の一室に響いた  
わずかな音でさえ、今のMMには心臓に響くほど大きくきこえる。  
犬が、柿ピーが起きてしまわないか心配だった  
みられたくなかった。なかったことにしてしまいたかった。  
 
チッ、  
ジッパーがいちばん下まで落ちる。  
(はやく…終わらせるのよ、私。)  
表情にこそ出ていないが、骸のそれは下着越しにも分かるほどに勢っていた。  
それがまた悔しかった。  
私はこんなにも精一杯なのに!  
震える指を二本ほど添え、下から上へとなぞる。  
あつく熱を帯び、今まで感じたことのない雄雄しさを持っている気がした。  
(報酬をもらったら、あたらしいバッグを買おう  
アクセサリーに香水、同じ同年代の子が持っていないような高級品を、いっぱい…)  
 
「MM。それが愛撫ですか」  
冷たい声に背筋が凍るようだ。  
「仕事でしょう…早く抜いてください」  
業を煮やした骸が、下着から自身を引っ張り出す。  
むわっと鼻を突く男性器のにおいに意識が保てなくなりそうだった。  
ペニスの先端が唇に押し付けられ、私は舌を突き出し口内に亀頭を含む。  
口の中に広がる 苦くて異質なかたちの造形物。  
亀頭のみを集中して、舌先でまんべんなく転がして刺激を与える  
できるだけ早く射精できるように、手の平で竿をしごくことも忘れなかった。  
男がどうすれば歓ぶのかは熟知しているつもりだ。  
そこらへんの売春婦よりは、はるかに。  
 
どくどくと脈打つ鼓動が、手の平を通じてわかる…  
いま、骸の核を握っているのだと思うと少しだけ興奮した。  
 
しばらく愛撫したのち、くちびるで裏筋に吸い付いた。まるでフルートを吹いている様。  
骸は相変わらず表情を変えなかったが、すこしだけ、顔が高潮しているような…  
ぽっかり開いた尿道がなんだかかわいく思えて、硬くした舌先で舐め探った。  
「ん」  
僅かであるが、骸から声が漏れた気がする。  
(いや、漏れたにちがいないわ、今)  
睾丸から精を込み上げさせるように竿を素早くしごき、尿道を舌でほじる。  
ぐりぐりと舌先に当たる穴ぼこからは、透明な粘液が水飴のように粘った。  
キスをするように唇で吸い上げると その粘液が少しだけ口内に溜まり いかに感じ始めているのか手に取るように分かった。  
もうそろそろイってくれるかもしれない、そう思い、亀頭にあてがった唇をねっとりと下部まで下ろす。  
口いっぱいに、苦いカウパー液の味と男性器のにおいが広がった。  
 
「んウ!」  
いきなりペニスが喉奥に突きつけられ、鼻から熱い息が漏れた。  
「あ、今のよかったですよ。もっと奥まで入れていいですよね?」  
 
否応なしに、骸がペニスを打ち付けてくる。  
まるでモノを扱っているかのように、私の頭を掴んだままで。  
「ん゛っん゛っ…!!」  
喉奥をペニスの先端が叩くたび、私は吐きそうになった。  
苦しい  
鼻水まで出てきたせいで、鼻でも息が出来ない。  
「あー…いいです、いいですよMM…これ…」  
骸は私のことなんてちっとも見ていなかった。  
MM、MMと名前は呼ぶものの、私のことなんて目の端にも入れていない。  
 
ぬっ ぬ ぷっ…  
「んぶっ…ん!!んっ!!」  
「あっ…いいです、吸って、吸いなさいMM」  
息が出来ず、苦しいあまり涙をこぼしても骸は一向に私を見なかった。  
骸の腰が早まり、射精が近いんだろうと予想する。  
血の溜まりきったそれは、私のくちのなかも喉も無理矢理に犯し続ける。  
垂れた鼻水がすこし、骸の性器を濡らしたが  
骸は気にもせず腰を打ちつけ続けた。  
(まるでオナニーしてるみたい)  
ここに存在する自分のことを、忘れられてさえいるような気がした。  
 
「ん…チ゛ュッ…!!」  
喉奥まで差し入れられたときに、思い切り吸い上げて射精を急かす。  
自分のよだれと、骸の粘液が喉に溜まり、またも嘔吐しそうになった。  
「飲みなさいMM…」  
「ンんんん…っ!」  
一滴も漏らさないようにするためか、私の顔にまたがり、真上から注ぎ込まれるそれ。  
げほげほと咳き込みたかったが、頭を掴んだままの骸がそれを許してくれない。  
喉に直接注ぎ込まれたせいで味は分からないが、生臭い粘液が次から次から、流れ込んできた。  
喉を鳴らし、ごくごくと飲み干していくものの、射精は永遠に続くのかと思うほど長い。  
こぼさないよう、必死で吸い付く私を、骸は上から見下ろしていた。  
 
どくっどくっどくっ  
(綺麗な顔して、こんなのを体内に溜めていたなんてね。)  
そんなことをふと思った。  
「クフフ。まるで赤ちゃんみたいですね」  
「んぐ、っぐ…ごく、ごくごく…んぶっ」  
「ストローからお乳を飲む、赤ちゃんみたいです」  
ぬぽっ  
「っぷハ!…はぁ、はぁ…ゲホッ!はぁ…」  
 
長い射精を終え、私の口からペニスを引き抜くと、骸は事無げに私の頬で性器を拭ったので、  
べとべとの精液が頬にこびり付いた。  
さぞ今の私はみじめだろう。でももう、そんなことはどうでもよかった。  
 
ぜいぜいと肩で息をする私を、骸はじっと見つめている。  
いくら唾を飲んでも、イガイガしたその粘液が邪魔していまいちうまく唾が飲めない。  
 
「MM、どうでしたか」  
「何が?」  
「クフフ 僕の精子が、ですよ」  
「…どうって言われても、困るわよ」  
「美味しかったとかまずかったとか、何かあるでしょう?」  
「…」  
「不満でしたか。おかしいですね、自ら飲みたがる女性もいるのに、クフフフ」  
「…」  
 
「…今度はお金、いらない。」  
精一杯、言った。  
お金をもらわず、仕事から離れてセックスしたら、そのときは骸と少しは対等になれるかもしれない。  
そう思った。  
「そうですか。無償で抜いて頂けるとは助かりますね。クフフ」  
 
 
 
翌日、私の口座には大金の報酬が振り込まれていた。  
お金が貰えてうれしいはずなのに、骸ちゃんの仕事を請け負うたびに孤独になるのは何なのかしら。  
 
私は罪を犯したから罪人。  
骸ちゃんに手を貸したから、私は大罪人。  
もう、普通の人生は生きれない。  
普通の女の子みたいに、恋だの恋愛だのに夢中になって生きれない。  
 
だからせめて、  
普通の女の子の持ってないようなものを持ちたいの。  
 
 
---おわり----  
 

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